時の霊姫
灰色の世界でそこだけが大理石のように真っ白な宮殿があった。そこの中央には巨大な十字架が立てられていて、その下には見たことのない複雑な魔法陣が描かれていた。
エターニアはシエルをその十字架に張り付けると、とんとんとシエルの身体をたたいてシエルの目を覚まさせる。
「こ、こは……?」
「ここは妾の宮殿。貴女の見る最後の景色よ」
「さい、ご……?」
「ええ、貴女は妾の器になるの。私は永遠を生きてこの世界を支配させてもらうわ」
エターニアはそう言って魔法陣を起動させたのか、シエルの足元に描かれた魔法陣が薄く光りだす。
「とはいっても、この魔法の発動には時間がかかるの。だから最後までせっかくだし貴女のお話に付き合ってあげるわ」
「……どうして、こんな事をするの?」
「どうしてって? 妾は貴女の身体が……ううん、正確には実体のある肉体が欲しいの。もちろん妾を受け入れられるだけの適正とか色々あったのだけど、それで一番適しているのが貴女だったってだけよ」
エターニアのその言葉にシエルは信じられないといった表情を見せる。
「そんな顔されても困るわ。だって神様なんて自分勝手なものでしょう?」
シエルのその表情を見てクスクスと笑う。
「何を期待しても無駄よ、もしここにたどり着くことが出来たとしても妾を倒すことなんて不可能だもの。貴女の最後の話し相手が私で不服かもしれないけれどこれも運命よ。諦めて受け入れて頂戴」
エターニアはそう言って少しの間を置いた後、
「……ねぇ、気づいてないの?」
「何のことを言っているの……?」
「はぁ……目を開けてみなさい」
呆れたようにそう言われて、シエルはどういう意味……? と思いながら、いつ上げたかも忘れてしまった瞼を上げる。
すると、そこには
「え……なん、で目が、見え……て……?」
シエルがずっと待ち望んでいた色のある景色がシエルの視界に広がっていた。エターニアはその表情を見てニヤリと笑う。
「元々貴女の目は妾の物を貸し与えていたにすぎないの。だから妾に帰ってきたなら貴女の目は元の何の変哲もないただの目に元通りってわけ。貴女はこの目の正しい使い方を知らなかったから正しい使い方を教えてあげようかしら」
そう言ってエターニアは目を開くとキィン、と高い音と共に目の前に全く違う景色が広がっていた。
「こ、れは……?」
「これは過去の景色。妾が人だった頃のここの景色よ。今から……いつだったかしら、大体……3000年くらい前かしら」
「そんなに、前……なの?」
「信じられない?」
「……うん。信じられない」
シエルがそう答えると、エターニアは「そうよね」と言ってクスクスと笑う。シエルの瞳に映る景色には平原で走り回って遊ぶ一人の少女。その少女にはどことなく今目の前にいるエターニアに似ていた。
「あの娘? あの娘は妾よ、何も知らない純粋だった頃の妾。世界は綺麗で、悪人なんていないと信じられていた時の妾よ……ま、今となってはどうだっていい話だけれどね。それに、妾の話なんかより貴女はこっちの方が気になるんじゃないかしら?」
エターニアがそう言うと、平原の景色は消え、色のない部屋で何かを話している少女達の姿が見えた。その姿を見た事はなかったが、それでも誰かなんてシエルは言われずとも分かった。
「えーちゃん、みんな!」
磔にされている身体をぐっと前に突き出してシエルは叫ぶ。しかしその声は届いていないのかエリー達はシエルとエターニアに気づく事なく何やら話し合いをしていた。
「ふふ、無駄な努力よねぇ。どれだけ話したところで妾に勝つ事なんて不可能なのに」
「そんな……事、ない……きっと、えーちゃんが私を助けてくれる」
「随分とあのエルフの事を信用しているのね?」
エターニアはシエルの言葉が気に障ったのか、ほんの少しだけ棘のある口調で答える。
「うん。だって……えーちゃんは私の騎士なんだから。絶対に私の事を助けてくれる」
「ふん……まあいいわ。貴女の騎士様が斃れる時が貴女が貴女でいられる最期なのだから。精々叶う事のない期待を抱いておきなさい」
◇◆◇◆◇◆◇
シエルの連れ去られた後、ロキは覚悟を決めた瞳でエリーを見て、
「僕があいつを倒す為に作り上げたとっておきの魔法だ。これで……エリー、君をエターニアが倒せるようなレベルまで上がってもらうよ」
ロキは両手の中に極限まで圧縮した魔力を作り上げる。そしてそれを泡のように膨らませて部屋全体を包み込む。
『概念歪曲』
その空間の中に入ると、身体全体がふわりと浮き上がるような感覚に襲われる。
「この中は……時間の流れる速度がかなり遅くなってる。そのままだと足りない時間も、この空間の中なら……間に合わせられるはずだ」
ロキはガクリと膝をつきながらそう言う。
「だ、大丈夫!?」
「今は……僕の事を気にしてる場合じゃない。1秒でも長く……君はあいつを倒す為の技を身に着けるんだ」
「……分かったわ。なら、早く教えなさい……一刻も早く身に着けて、しぃを助けに行くんだから」
ロキの作り出した空間は1分を10万倍に引き延ばす。エリーはその空間の中で5年ほどの修練を積んで、エターニアを倒す為の術を何とか修得した。
真っ黒な泡が、パチンとはじけるとその中からエリー達が現れる。見た目の変化こそないが、エリーからは泡の中に入る前にあった焦りのような感情が一切消えているように見える。
「みんな、行きましょう」
エリーの言葉にロキ達はこくりと頷くと、シエルの捉えられている場所へと向かう。
◇◆◇◆◇◆◇
エターニアとシエルのいる白の宮殿では、エターニアは優雅に紅茶を飲みながら磔にされたシエルの方を見る。
シエルの足元にある魔法陣は淡く光り、シエルの身体に薄くまとわり付いている。だが、今のところはそれだけでシエルの身体へはさしたる影響はなかった。シエルは今できる精一杯の抵抗をして未知の魔法への抵抗をしていた。
「随分と頑張るのね。やっぱり、あの娘がまだ生きているからかしら?」
「そう……だよ、えーちゃんが、私を助けてくれる……から、私は諦めない……!」
「ふぅん……なら、あの娘を殺せば貴女の身体も得られそうね。精々叶わない希望に縋っていなさい」
エターニアがクスクスと笑うと、シエルはキッとエターニアを睨みつける。シエルのそれをエターニアは嘲る様に笑って、
「貴女がどう思おうと無駄よ。ただ……少し元気すぎるわね。少しだけ大人しくしていてもらおうかしら?」
エターニアはほんの少しだけ鬱陶しそうな声音になって、シエルの額にとん、と指を当てる。すると、シエルの意識が消え、ガクリと項垂れる。
「さて……あの娘達はいつ来るのかしらね」
エターニアはそう言ってくすくすと笑いながら、宮殿の外を見ていた。すると、こちらへ向かってくる複数の気配をエターニアがキャッチする。
「……なんだ、案外早いじゃない」
エターニアは意外そうにそう呟いて、エリー達のやってくる方向を見る。すると、きらりと何かが光ったかと思った次の瞬間、強烈な魔力の籠った斬撃が宮殿の柱を一息に切り裂いた。
ほんの少しの驚きの表情を見せるが、エターニアは迫る斬撃に腕を伸ばすとまるで元からそんな斬撃は存在しなかったとでも言わんばかりに消滅する。
「……さっきの一撃でやられてくれれば早かったのだけどね」
斬撃から一息遅れてエリーと霊姫達がエターニアの元へやってきて相対する。
「あんたを倒して、しぃは返してもらう」
エリーはそう言いながら、剣先をエターニアへと向ける。それと同時に、シエルの姿を探すと十字架に張り付けられているシエルの姿を見つけ、瞳に怒りの感情が宿る。
エターニアはそんなエリーを見てクスリと笑う。警戒すらされていないルクスリア達はエターニアを囲むように位置取った。
「ね、本当に妾に勝つつもりなの?」
エターニアは笑みを消し、不機嫌そうにエリー達へ問いかける。
「当たり前でしょ。あんたを倒さないと……しぃは助からないんでしょう? これからも、あんたはしぃの身体を器として狙うんでしょ? だから、あんたを倒すわ」
エリーはそう言ってエターニアに向けて突進する。エターニアは初めて笑みを消し、怒りを含んだ声音で、
「あまり調子に乗らない事ね……! 神と人間の力の差を教えてあげるわ!」
エターニアは中空から剣を取り出すと、そのまま横薙ぎに一閃。瞬間、空間がぐにゃりと歪み爆発が起こる。
エリーは咄嗟に剣を構え、防御魔法を併用することでなんとか爆発から身を守るが、その爆発によって大きく吹き飛ばされる。だが、吹き飛ばされると同時に、シエルは風魔法で真空の刃をエターニアに向けて放つ。
「そんなもの、効くわけないでしょ?」
涼しい顔でエターニアは軽く腕を振るうと、その斬撃が掻き消える。2人の戦いとなっているその背後から、
「死毒之太刀一刀、翠」
ツバキが背後から居合と共に緑色の炎を奔らせる。斬撃と共に放たれた炎は強烈な毒を含んだ、近くにいるだけでも危険な死の炎だ。それがエターニアの身体を焼き尽くさんとばかりに迫る。
「無駄な事を……」
エターニアは緑炎に対してぎゅっと握りつぶすようなジェスチャーを取った瞬間、強烈な冷気が迸り炎が凍り付く。
ツバキは驚きの表情をするが、すぐに刀を振るい複数の斬撃をエターニアに向けて放つ。
「僕らも合わせるぞ!」
エターニアの左方からロキとシルフィード、右方からはエリミアとセラがお互いの属性を合わせた魔法を放ち挟撃する。
流石に三方向からの攻撃を同時に処理することは出来なかったのか、エターニアはほんの少し表情を歪める。そして、次の瞬間エターニアを中心とした爆発と衝撃が宮殿を破壊した。
「……少しは効いていてくれるといいんだけど……」
ロキの不安げな言葉が漏れる。瞬間、宮殿内を包んでいた煙がぶわっと舞い煙を吹き飛ばす。煙の中から現れたエターニアの姿は複数の切り傷が刻まれていて、彼女の服は純白に赤い色が混じる。
「……少しは効いたわ、褒めてあげる。妾を倒すというそれが身の程知らずの言葉でないことも認めてあげる」
エターニアの雰囲気が変わり、ロキ達はその圧にわずかに後ずさる。
「だから……しっかり、殺してあげるわ」




