星霊祭-7
星霊祭6日目、昨日は探索部の出店の手伝いに出ていて、シルフィードたちの事を考えている余裕はなかったが、あの少年が言っていた通りシルフィードとルクスリアがシエル達の元へ帰ってくることはなかった。
「明日で星霊祭も終わりだね」
「そうね。こういう大きなお祭りは初めてだったけれど……結構楽しめたわ」
エリーはそう言って窓の外を眺める。催し物はあまり好きではないと言っていたエリーもこの星霊祭は違ったのか、少し名残惜しそうな声色でそう言う。
「それにしても……シルフィード達、どこへ行ったのかな?」
「さあね……でも、しぃにも言ってないって事だし、何か隠しておきたい事なんじゃない? 例えば……何かのサプライズとか」
「あー……確かにそうかもしれないね」
と、シエルもそう笑って返しているが、シルフィードが黙ってどこかに行ったという事は一緒に過ごしてきて一度としてなかった。すぐ帰ってくると言って3、4日帰ってこなかった事もありはしたが、シエルに対して何も言わずに言ったことは一度としてなかった。
「んー……でもやっぱり、連絡がないと心配になっちゃうね」
「戻ってきたときに、そう言ったらいい。霊姫が負ける事なんて基本的にない。あるとしたら……古代龍とかと戦うとき……?」
シエルの言葉にセラがそう言って問題ないと言うと、独特な言い方にクスッと笑いながら「ありがとう」と言葉を返す。
「よしっ」と気合を入れる掛け声を出しながら立ち上がって、エリーに声を掛けようとしたその時。
──パキンッ
「……? えーちゃん、なんか割れる音しなかった?」
「割れる音? そんな音しなかったと思うけど……」
──パキッ、パキンッ
「ほら、今したよ! パキパキって──」
シエルがそう言ってエリーの元へ近寄ろうとしたその時、
──パリンッ。
ガラスのような何かが砕け散ったような音が部屋中に響く。シエルが耳を塞ぐと同時に、強烈な光が辺りを覆った。
◇◆◇◆◇◆◇
光が収まり目を開けられるようになったエリーが目を開くと、辺り一帯……いや、世界全体から色が喪われていた。先ほどまで聞こえていた音も、風も、何も感じられない。まるで時が止まっているかのようだった。
「な、何が起こってるの……?」
「わかんない……けど……何か、やばい」
シエル達が困惑していると、セラが突如窓の外の方角を見る。そして間髪を入れずに窓の外に向かって魔法を放つ。
「セラ!?」
突然のセラの行動に驚いていると、
「酷いわね、いきなり魔法を放つなんて」
窓の外からふわりと部屋の中へ1人の女性が入ってきた。真っ白なドレスを身にまとっているその女性を見てセラは最大限の警戒をしている。
「……誰」
「あれ……? ああ、そっか。あなた達霊姫の記憶は会うたびに消していたんだっけ」
白いドレスの女性は自分だけで納得いったようにぽんと手を叩く。そして、シエル達に向けて優雅に礼をする。
「妾の名前はエターニア。7人目の霊姫であり、時を司っているわ」
「ありえない。霊姫は属性を統べる6人だけ、例外はない」
セラはそう言って、再びエターニアと名乗った女性に魔法を放とうとするが……
「ダメよ? 妾の貴重な魔力が無くなってしまうじゃない」
そう言って彼女がパチン、と指を鳴らすとセラの動きがピタリと止まる。
「何を……したの?」
「ああ、安心して。別に殺したわけじゃないわ。でもこのままだと話が進みそうになかったし、一旦私の世界からはご退場願っただけだもの。霊姫は私にとっても必要な存在だからあまり手荒な真似はしたくないのよ。で、それはそれとして……妾の目的は貴女なの、シエル」
エターニアはそう言ってシエルにゆっくりと近づく。
「私……ですか?」
「ええ、貴女。貴女は複数の霊姫と契約を交わして、高みへと至る権利を得た。妾と同じ……7人目として世界を統べる資格を得たのよ」
「そ、そんなこと言われても……」
「無理強いはしないわ。貴女にだってまだやりたい事があるんでしょう?」
エターニアはそう言ってシエルの反応を伺う。シエルは少しの間をおいてこくりと頷く。エターニアは「そうよね」と言ってほほ笑むと──
「なら、妾の器になって貰うわね」
そういって、エターニアはシエルの瞳に指をあてる。エリーはエターニアのそれに咄嗟に手を伸ばしたが──
「あっ……ああああっ!!?」
身を引き裂かれるような痛みがシエルを襲い、床に倒れこむ。
「シエルっ!?」
その様子を見て反射的に剣を抜いてエターニアへと斬りかかるが、まるであざ笑うかのような笑みを浮かべて、2本の指でその剣を軽々と受け止める。
「大丈夫よ。死ぬほど痛かったかもしれないけれど、死んではないわ。だって妾の器になって貰わないといけないもの」
受け止めたエリーの剣を軽く振ると、まるで大型の魔物の突進を受けたかのような勢いで壁に吹き飛ばされる。
「ぐっ……うっ!?」
「無駄よ。妾の分けていた力を返してもらったもの。貴女程度の力では私に傷をつける事など出来ないわ。たとえ高位妖精だとしてもね」
エターニアはそう言うと、くるくると指を振ってシエルの身体を浮かべる。そして、シエルと共に窓の外へと飛び去って行った。
エリーは後を追うように窓に足をかけたが、その瞬間セラに止められる。
「ダメ。あいつは……後先考えずに戦いに行って勝てるような相手じゃない」
「でも……このままじゃ──」
エリーが、とそう言いかけた所で部屋の扉が開かれる。
「ちっ、間に合わなかったか……」
部屋に入るなり舌打ちをするロキ、そしてそれに遅れてシルフィードとルクスリア、そして知らない男が入ってきた。
「ロキ!?」
「久しぶりだね。こっちの男はメルクリウス、僕の協力者だよ」
「お初にお目にかかる、メルクリウスだ。ロキの協力者として一時的に協力関係を築かせてもらってるよ」
「そんなことより早くしぃを助けに行かないと……!!」
「分かってる。だけど少し待ってくれないか?」
ロキのその言葉にエリーはなぜそんな事を言うんだと言わんばかりの表情で睨みつける。
「あいつはかつて6人の霊姫から力を受け継いで世界を管理する事を選んだ元人間だ。ただ、肉体そのものは僕達と似たような霊体に近い……だけど、数百年毎に管理者を変える必要があるんだ」
「それとしぃに何の関係があるのよ」
「シエルは星眼を持っていて、僕とツバキを除いた4人の霊姫と契約している……少し未熟だけどシエルにはあいつと同じ、7人目の霊姫になり得る存在なんだ」
「……それがどうしたって言うのよ」
ロキの話に付き合いきれないと言わんばかりに苛立ちを隠さないエリーの様子を気にすることなく、ロキは再び口を開く。
「さっきも言った通りあいつの肉体はほぼ霊体だ。だから、シエルの身体を奪って新たな霊姫として転生するつもりなのさ」
「そんなの……許すわけないじゃない!」
「僕らもそれを阻止するために動いていたんだけどね……少しだけ間に合わなかったみたいだ。すまない」
ロキがそう言って頭を下げると、エリーは少しの間を置いて
「……今は、そんな事を言ってる場合じゃないわ。あいつは……エターニアは倒せるの?」
「方法がない事もない……かな。だけど、少なくともこのまま戦いを挑んでも犬死だ」
「なら……さっさともったいぶってないで教えなさいよ。早くしないとシエルが……!」
「焦らなくてもいい。まだ時間はある、あいつがシエルの身体に乗り移る為にも色々と儀式が必要なんだ。だから……それが完了する前に、君に奴を倒す為の方法を教える」
ロキはそう言ってパチン、と指を鳴らすと部屋の中にシルフィード、エリミア、ルクスリア、そしてツバキが虚空から突然現れる。
「うわっ、何いきなりっ!?」
「ロキ……どうしてこんな所に!?」
「色々言いたい事はあるだろうけど、まずは僕の話を聞いてほしい。時間があるとはいえ悠長にはしていられないからね」
◇◆◇◆◇◆◇
ロキは今まで起きた事をシルフィード達に伝えると、シルフィード達は苦虫を嚙み潰したような表情をした後に、
「……状況は分かった。で、私達はどうしたらいいわけ?」
「君達にはエリーに霊衣纏装を改めて修得しなおしてもらう。ただ通常の霊衣纏装ではなく複数の属性を一度に取り込む形になる」
「そんな無茶な……! 通常の霊衣纏装ですら凄まじい負担がかかる技ですよ!?」
「知ってるよ。でも……あいつを倒すには一つの属性のみでは不可能だ。6属性全てを収束させた攻撃でないと奴を倒すことは出来ない」
ロキの言葉に、セラが不思議そうに口を開く。
「どうしてロキはそれだけ知ってる? 貴女は、私たちの知らない事を、あまりにも知りすぎてる」
セラにそう問われると、ロキは間を置いてから
「……すまない。今は、話せない。この戦いが終わったら必ず話す。だから、それまでは……」
「……そう。なら、必ず約束を守って。今は、シエルを取り返すことが、一番重要」
「そう、だな……すまない」
ロキのその言葉にセラは何も答えず、すぐにエリーの方へ身体を向けると
「なら、早く始めよう。時間は長く残されてない、少しでもやれる事をやるべき」
セラのその言葉に、シルフィード達もこくりと首を縦に振った。




