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私達より強い人が会いに来た

 あのキマイラを倒してもらった後、残りの素材を回収して塔を降りている最中に、ふと名前を聞いていないことに気がついた。


「あ、名前聞いてない、よね?」


 そうなのだ。唯一、あの女性の言っていた「リュー君」というのが、助けてくれた男性の愛称なのだろう。


「そうだけど、どうやって会うの?名前が分からないんじゃ、無理でしょ?」


 エリーの正論に言葉が詰まる。シエルはむ~っ、と頬を膨らませてぴょんぴょんと階段を下りていく。

 ルリはそれを心配そうに見つめながら、危ないときはすぐにでも飛び出せるように、スタンバイしている。


「いいもん、あの人たち強かったから、帰って聞けば分かるでしょ?」

「どうかしら?他国の人だったって可能性もあるわよ?」


 シエルの言葉にエリーは意地悪く返す。


「そ、そんな事無い…もん」


 ふくれっ面で、言い返そうとしたがもしかしたら、という可能性も捨て切れなかったのだろう。そういう部分では、シエルという少女はひどく現実的だった。

 確かに、帝国の人間の方がこの塔を訪れやすい。だが、訪れやすいだけで他国の人間が訪れないとは限らない。

 世界中で、ダンジョンは存在地点の土地を持っている者、または国が所有者となるが、許可さえ取れば何処の国の人間でも入れる、という事になっている。

 だから、ダンジョン所有国の人間以外にも、来る人間というのは少なからずいるのだ。

 但し、そう言う場合は基本は、ギルドの人間が来ることになる。そういうダンジョンは、何かしらの事情が存在している。それが、どんな内容かはその場所にもよるが、大抵の場合はそこの魔物たちがあふれ出し、対応に困っている、といったのが一般的な事案だ。


「もういいっ、先にもどるからね~!」


 シエルが、階段を飛び跳ねるように下りていると、内ポケットが熱い。

 何かと思って、探ってみると頂上で見つけた結晶のようなものが熱を帯びていた。と、いっても俗に言う焼けるような熱さではなく、ほんのりと暖かいような感じだった。


「なんだろ…?」


 そして、その熱には魔力が少しだけ篭っていた。

 それは、まるで中に何かが閉じ込められているような、そしてそれが自分に呼びかけているようなそんな感じがした。

 だが、自分には今、それに答えられるのか、と言われたら答えは否だ。やり方がわからないし、何より本当にそうなのかどうかが分からない。

 何ともいえない感情を手に持った結晶と共にしまい込んで、階段をもう一度下り始める。

 ダンジョンを下りる時には、魔物が出にくいというが、それは本当だったようで魔物の気配というのが全く無い。

 と、言っても下りる時にその仕掛けが分かった。ダンジョンにの最奥から戻るときに先人達は、入り口への一本道を作り、それに魔物よけの魔法や物を使って、魔物を寄り付かないようにしていたのだ。

 ダンジョンは、それ自体が生命体の為、最奥にいる守護者ガーディアンを倒してもダンジョンそのものにさしたる影響はないし、さらには時間が経てばその守護者も再生する。

 ダンジョンそのものをどうにかしたいのならば、そのダンジョンを作っている核を破壊するしかない。

 だが、その核はもちろんむき出しになっている訳でもなく、その核を動力源としているダンジョン内での最強の敵、守護霊獣ガーディストを倒すことでようやく、ダンジョンの核を手にする事ができる。

 それは、素材としても最高級のもので、どんなものにも化ける事ができ、強化素材として使えばその武器の性能を更に引き上げることができる。


「一番最初の人は下りながら戦ったんだよね~……感謝、感謝」


 拝みながら、シエルは下の階へと下り進んでいく。


「……えーちゃん、大丈夫かな……?」


  悔しさから、先々と下りてしまったが一抹の不安は残る。ここが安全地帯と分かっていても、やはり分かれていると不安だ。

 常に一緒にいたから、それが余計に寂しく感じられてしまうのだろう。少し待とうかとも考えたが、やはり言い出したのは自分だ、待っていてどうこう言われても悔しい。

 何とも言えない気持ちを押さえ込んで、最下層へと下りていく。と、言っても最下層の入り口はもうすぐそこまで来ていた。


「お、着いた」


 そこで、シエルは重大なことを忘れていたことに気づいた。


「……待ってる間、どうしよ……」


 何もすることが無いのだ。強いて言うなら、魔力の精密制御の練習くらいはできるだろうが、シエルがそんな事を大人しくしている等、柄に合わない。


「うあ~やること無い~!!」


 シエルが、唸るとこのダンジョンに来た数少ない冒険者たちが、シエルに視線を向ける。


「……やっぱ、一緒に下りたほうが良かったぁ……」


 そんな後悔が今になってシエルを襲っていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 シエルが下りてきて数分後には、二人も下りて来た。

 エリーは、シエルの心を読んだかのように、的確な言葉でシエルに精神攻撃を仕掛けていた。その様子を、ルリはおろおろと見守っていたが、


「ごめん、ごめんってぇ」

「全く……先に下りるのは良いけど、シエルは暇になったら絶対何かするから……一人で下りるのは止めてくれるとありがたいんだけど?」


 ルリにはその言葉が心配と安心の気持ちがこもった言葉だと、すぐに理解できた。シエルも、それを分かった上で、反撃する。


「それじゃ、次からは色々持っていって下りることにするね♪」


 そうじゃなくって!!と言い返すシエルとエリーの表情は笑っていた。

 結局のところ、二人ともが寂しかったのだ。そんな様子をルリは一歩後ろから見て、羨ましいと感じた。もしも、あの中に自分も入れたら。そんな、奴隷としてはあるまじき事を考えられるくらいには。

 だが、シエルにそんな事を言えば、それは叶ってしまうだろう。シエルは短い時間しか過ごしていなくても、自分を奴隷として扱っていないことが分かるからだ。

 公の場では、主人であるシエルの体裁を保つために無理を言って、主従関係を演じてもらっているが、部屋の中では完全にフラットだ。主人、奴隷、そんなもの関係ないとばかりに接してきてくれる。

 その気持ちは嬉しいのだが、そこにはどうしようもない壁が存在してしまう。


 (私…本当に、この人たちと、一緒にいて良いのかな…?)

「良いよ、一緒にいても」


 シエルが心を読んだかのように──いや、実際に読んだのかも知れない。笑いかけて、ルリに優しくそう言う。


「私も、えーちゃんも、ルリの、るぅちゃんの味方だよ」

「あ……わ、私……る、ぅ……?」


 いきなり、愛称で呼ばれて困惑しているルリのぴょこぴょこ揺れている耳をぽふぽふと触りながら、


「そうだよ?私はしぃ、って呼ばれてるし、エリーはえーちゃん、って呼んでるんだから、ルリも何かいい呼び方無いかな?って下りてくるまで考えてたんだよ~」


 むぎゅっとルリの身体を抱きしめる。奴隷として買い取ったときよりも数段肉付きもよくなって、身長も少しずつ伸びてきたが、それでもまだシエルよりは小さい。


「かえろっか、ね?」


 シエルの一言に、ルリは頷く。シエルは、ルリの手を握ってやろうとする。いつもなら、びくびくしながらも、結局のところは繋げず仕舞いなのだが、

 少しだけ、ほんの少しだけなら、と思ったのかルリもその手を握り返してくれた。


「おじさ~ん、持って来たよ~」

「だから……俺はおじさんじゃねぇよ……」


 帰ってきて早々おじさん呼ばわりされたアトラは、ため息をつきながら嬉しそうに駆け寄ってくるシエルをどうどうと宥めてから。


「じゃあ、素材見せてもらえるか?」


 アトラは言っておいた素材がどれだけ集まったかを確認する。

 正直な話、すべて集まることは無いだろうと思っていた。素材一つ一つの入手難度が学生どころか一般の冒険者でも数多くは入手できないほどに難しい。

 そんな素材を数十個も集めるなど、普通は無理なのだが──


「まさか……依頼した量、全部集めきったのか!?」


 学園から支給された二人のマジックバッグの中に入っていたのは、大量の素材の山だった。

 シエルはその言葉に自慢げに、エリーは事も無げに、と別々の反応を見せる。


「そうだよ、頑張ったんだから!」

「しぃのためだし…ちゃんと、一番いい武器作りなさいよ?」


 想像以上だった。武器自体は書かれていた数の半分以下でもできたのだが、それだけ持ってきてくれたのだ。年上である自分が引き下がるわけにも行かない。


「もちろんだ。すげーの作ってやるから、待っといてくれ」

「あ、そうだ」


 唐突に、シエルが口を開いたと思ったら、内ポケットから手のひら大の結晶を取り出す。

 それが何かを聞こうとしたが、その前に答えを出してくれた。


「おい!?それ、ちょっと見せてくれないか!?」


 興奮気味のアトラに若干引きながら、結晶を手渡す。すると、まじまじとその結晶を見つめている。

 それは、新しいおもちゃを与えられた子供みたいで、可愛らしく……は、見えなかったが、子供っぽくは見えた。

 しばらくの間、見つめたり、触ったりとした後シエルに結晶を返して、結論付ける。


「これは、恐らくだが前に俺が嬢ちゃんに渡した星霊結晶と同じものだ、もちろん性能は段違いで、もっと高位の星霊を呼ぶ結晶だろう」


 戻ってきた結晶を見ながら、シエルはよし!と、何かを決めた様子で、


「それじゃ、星霊さん呼んでくるね~」


 そう言って外へ行こうとするのを、エリーが慌てて止める。


「ちょっと待って、一体どこで呼ぶ気なの?」

「皆に見られたりしたらいけないように、部屋の中だよ?」


 当然でしょ?と言わんばかりの答えに、エリーはため息をつきながら返す。


「星霊をあんな場所で呼び出したら、確実に部屋の中がとんでもない事になるから、止めてもらえるかしら?」


 エリーの威圧するような笑顔はシエルには見えないが、それでも声でなんとなく察しが付く。

 このまま強行すれば、確実に不味い。もちろん、自分が。


「わ、わかった……けど、じゃあどこで──」


 やればいいの?という声は、いきなり響いた歓声にかき消された。

 何事か、と工房の外へ出る扉を開ける尾と、中央玄関にほぼ全ての生徒がいるのではないかと思わせるほどの人の波ができていた。

 アトラが後ろから首を伸ばして、


「あ~あいつらが帰ってきたのか?」

「あいつら?」


 エリーが珍しく、シエルよりも早く食いつく──という訳でもなく、シエルは人の波が作る巨大な魔力の塊に驚いていて、アトラの話を聞いていなかっただけだった。


「この学園出身で、史上最年少で帝国のギルドに入った二人だ。今は『討ち滅ぼす者セレスティアル』なんて名前で活動してたっけな」


 アトラの呟きは誰にも聞かれずに、二人は歓声の方に向かって行ってしまった。


「俺は、大人しく武器でも作ってやるかね……あいつらに、最高の武器をな」



 ◇◆◇◆◇◆◇



 近くに行くと、その人の数はまさに圧巻の一言だった。そして、歓声の中に二人の名前が聞こえる。

 リューベック様、レイラ姫、と聞こえたので、二人の名前はそれで間違いないだろう。

 だが、その姿を見ることはできない。それはとても簡単な理由だった。周りと比べると歳も幼いため、身長の壁も大きく見えてしまう。ぴょんぴょん飛んで、その姿を見ようとしたが、見えなかった。

 シエルは飛んでもその姿を見ることができないということは、考えてはいけない。

 それに、意味が全く無いわけでもなく、シエルが飛び跳ねているのは、その二人の魔力を見るためだ。姿の正確な情報は無くとも、魔力で人を判別することはできる。

 だからこそ、シエルはルリやエリーを判断できているのだ。

 普通に飛んでいても埒が明かないため、風の魔法で身体を浮かして姿を見ることにした。

 そうして、二人が見た先には、


「お、やっぱりいたでしょ~?」

「そりゃ、あの制服は俺らの母校のだからな、わかるだろ」


 聞き覚えのある声、姿、シエルにとっては魔力だったが、それは紛れも無く、


「あの時助けてくれた人、だよね?」

「そうね…まさか、この学校の人は思ってなかったけど」


 そんな事を浮きながら話していると、こちらに気づいた二人が手を振っている。浮いているだけでも、何かと注目を集められるのに、現在最も注目を集められている人間に、手を振られては嫌でも視線がこちらに向かってしまう。

 困っていることに気づいたのか、リューベックと言われていた青年がレイラをたしなめる。

 その後、シエルの頭に声が響く。それは、ルリも使っていた魔法だったが、あまりにも使用用途が限られていたため、使える人間はほぼいなかった。それゆえに、秘密の会話に使われることも多々あった。


 『後で、学園長せんせーのとこに来てね』


 学園長なのに先生とはこれいかに、と頭の中で考えながら、こくりと小さく頷いておいた。



 人波から逃げるように、自室へと逃げ込んだ後もその歓声は止むことなく続いていて、それは部屋にまで小さくだが響いてきていた。

 その歓声が徐々に小さくなって、聞こえなくなる頃に小さく扉を開ける。

 そして、気配を消しながら学園長の部屋へと向かう。学園長室は最上階にあり、上につれて上級生や上位クラスの生徒が多くなる。

 上級生たちは別に下の学年の生徒が居たところで、特に気にすることはない。なので、特段気配を消す必要は無いのだが、そこまで行くまでに見つかると厄介なのだ。

 生徒達は、エリートが多いし貴族が多い。だからと言っても所詮は学生だ、噂には目が無いし、貴族関係なしに、情報網を作り上げている。


「よっし、着いたね」

「気配、消す必要あった?」


 エリーがシエルに問いかけるが、いいじゃん? と得意げな笑みで返してくる。

 微妙な心境になりつつも、学園長室の扉を開けると、そこにはレイラとリューベック、そしてセッカとゲッカの四人の姿があった。

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