黒羽の森
更に森へ奥に進むエリー達だが数度戦闘を行っただけで、ほとんどの時間を探索に費やしていた。兵士に言われたとおりに幹の色をこまめに確認しながら進んでいる。
時折見つけた薬草を鞄に入れながら探索を続けていると、森の奥の方から低い唸り声のような音が聞こえてきた。
「今の……なに?」
「分からない、けど……少なくとも良い事は起きない、かな……」
声の聞こえた方へは近寄らないようにしつつ、森の入口へと戻っている途中でセラが何かに気づいて顔を上げる。
「こっちに、来る。まずいかも」
「うえっ!? に、逃げた方が良い!?」
セラのその言葉にシエルは驚いてそう聞くが、セラはふるふると首を振った。
「無理、間に合わない。足の速い魔物が何体か私達に向かってくる」
その言葉を聞いてエリーは剣を抜き戦闘に備える。次の瞬間、黒い影が木々の隙間を縫ってシエル達に襲い掛かる。
反射的にエリーが剣を振るうと、悲鳴と共に狼のような魔物が斬られる。仲間が斬られてもお構いなしに襲い掛かって来る狼型の魔物達。視認できるだけでも5匹はいた。
「いきなり何なのよこいつら……っ!!」
「兎にも角にも囲まれる前に倒さなければ不味いじゃろ! 流石に森の中では妾達も満足に動けんでな!」
「確かにそうですねっ!」
ルリ達は各々で一体ずつ狼を相手取り、セラとルクスリアがエリーを守るように位置取りながら戦う。
「こいつら森の浅い所で出るような魔物じゃないでしょ……っ! 速すぎなのよ!」
「何とかして振り切るしかないのう……っ、このままでは入り口に戻ることも出来んしの!」
クオンが前方の魔物に対して強烈な咆哮を使って相手を吹き飛ばして突破口を作り出す。
「けほっ、げほっ……今じゃ……っ!」
クオンの働きに応えるためにシエル達は一気に敵のいない場所を一気に駆け抜ける。
「セラ、魔物が居ない方向ってどっち!?」
「あっち。入り口からは遠ざかるけど、敵の魔力は感じない」
セラの言葉を聞いて、シエル達は敵の少ない方向へと走る。
「隙を見つけて兵士の人から貰った転移の結晶で逃げようっ」
「なら、もう少し先に開けた場所がある。そこまで走って」
セラの案内に従ってしばらく走ると開けた場所に辿り着く。周囲が開けていて、そこだけは上を見ると空を見ることが出来た。後から追ってくる魔物達をセラとシルフィードが魔法で足止めしている間にシエルが鞄の中から転移結晶を取り出す。
それに魔力を込めると、空気が震えるような高い音を上げながら光を放ち地面に魔方陣が現れる。シエル達はその中に入って魔法が発動するまでの間、魔方陣の中からシルフィード達の防衛線を抜けてきた魔物達へ攻撃して時間を稼ぐ。魔方陣が一際大きく輝き魔法が発動する瞬間──
「っ!? ダメっ!!」
セラが土弾を飛ばしてシエルが持っていた転移結晶を破壊すると同時に、衝撃波で陣の外へとシエル達を弾き出した。
「ちょっと! なにする──っ!?」
エリーが抗議の声を上げようとした瞬間セラが何故、そんな事をしたのかを理解する。魔方陣のあった場所に巨大な黒い棍棒が突き刺さっていたのだ。
「何じゃあいつ……」
突き刺さった棍棒を引き抜いたものの姿は巨大な一つ目の鬼。周りに生えている木の倍はあるその身長は5メートル半ほどはあるだろう。
「サイクロプス、だね」
「こ、こんなに大きいの……?」
「知ってる種類だとそんなに大きくない。多分、変異種とかかも」
「なんでそんなのがこんなところにいるのよ……っ」
エリーが悪態をつきながらサイクロプスと相対する。サイクロプスはというと、シエル達を見て歪んだ笑みを浮かべていた。シルフィードとルクスリアは際限なく現れ続ける魔物達をひたすらに相手をしていた。
「セラ、私達だけで何とかなりそう?」
「……厳しい。こっちに向かってくる魔物も増えてきてる。それにあいつ、砂漠で戦ったどの魔物よりも強いし」
「じゃあどうしたら……」
「私達が全力を出せば何とかなるけど、少なく見積もっても地形が変わる」
「それは不味いね……でも、あれだけ大きいなら小屋からでも見えると思うし、持ちこたえてたら応援が来てくれるとか、ないかなっ!?」
シエルとセラがサイクロプスをどう対処するかを考えていると、サイクロプスがシエル目掛けて棍棒を思いっきり投げつけてくる。
セラが魔法で壁を作って軌道を逸らしたうえで大きく横に飛んで回避した。エリーを無視してシエルを狙った事がエリーの怒りの琴線に触れ、サイクロプスに向かって一直線に飛び出す。
「私を無視するなあっ!」
エリーは疑似霊衣纏装を纏ってサイクロプスを切りつける。木の幹のような太い腕の上に魔力を纏っているのか、岩だろうが問題なく切り裂くシエルの剣が皮膚をわずかに斬る程度の傷しか負わせられなかった。
「硬すぎでしょ……っ!?」
エリーは空中で体勢を整えると幾度も剣を振るうが、サイクロプスに対して有効打を与えられていない。
「いい加減に──」
「ダメっ!!!」
苛立ったエリーが剣を振るおうとしたその時、シエルが危険を察知して咄嗟に叫んだが、既に遅くサイクロプスのもう片方の腕がエリーをまるで羽虫かのように叩き落す。
「がっ……!?」
「えーちゃん!!!!」
地面でバウンドして転がり倒れるエリーに駆け寄ろうとすると、シエルの目の前に矢が飛んでくる。当たらないように魔法で正面を守りながらエリーをかばう為に前に出る。
「流石に、フォローしきれない。少しだけ、本気を出す」
セラの魔力が高まり、身体が淡く輝く。
『メテオインパクト』
次の瞬間、空から隕石が降り注ぎサイクロプスと森の中の魔物を同時に攻撃する。予想外の方向からの攻撃に魔物達は不意を打たれ、次々と斃されていく。
隕石によって起こされる地響きと立ち上がる土煙が晴れる頃には、潰されて原型を留めていない魔物達がクレーターの中で息絶えていた。
「ん、被害も頑張って抑えた。えらい」
「助かりました。セラ」
「ルクスリアもね。シエルの事、守ってくれてたでしょ」
シエルがエリーを守るために覆いかぶさるように抱きしめていたが、その外側に真っ白な羽の盾が作られていて、シエル達を隕石から守っていた。
「お嬢様を守るのは当然の事ですから。エリミア、あとは貴女に任せます」
「はいはいっと」
エリミアがシエル達の元に駆け寄って、エリーの傷を見る。
「何本か骨にヒビ入ってるけど、これくらいならすぐ治せるかな」
エリミアが両手に魔力を集めると淡い青色の魔力がエリーの身体を包み込む。浅い呼吸を繰り返していていたエリーの呼吸が段々と落ち着いていく。
「よし、これで応急処置は完了。ちゃんとした治療は戻ってからやるわ。こんな所じゃやってられないもの」
「さて、もう気配はない?」
「大丈夫。周りに気配はない」
セラは魔法でエリーの身体を浮かせて運ぼうとする。
「ご主人様、私とクオンはここで倒れてる魔物の素材を集めてから戻ります」
「分かった。無理してまで沢山集めなくていいからね」
シエルの言葉にルリは「はいっ」と元気良く返事をして、ルリ達と別れる。
あの魔物の群れが嘘のように帰り道では行きと同じように魔物の姿を見ることなく入り口まで帰り着くことが出来た。
入り口に戻ると、小屋の中にいた冒険者たちが全員と言っていい程の数外に出ているのが見えた。
「お前ら、大丈夫なのか!?」
「大丈夫って……?」
「入り口からでも見えたあのバカみたいにデカい巨人だよ! あの後いきなり隕石みたいなものが降ってくるしどうなってんだ一体……」
リーダー格の冒険者がぼりぼりと頭を掻いてこの騒動の原因について考えていたが、全く分からずに途方に暮れていた。
シエルは申し訳なさそうに「えっと……」と言葉に詰まりながら答える。
「それなんだけど、私の使い魔の魔法なんだよね」
「お前さんの使い魔……?」
リーダーの冒険者がシエルを訝しげに見つめる。シエルはセラの方を見ると、セラも理解したようでエリーを降ろしてセラが冒険者のリーダーにぺこりと礼をする。
後ろの方にいた冒険者たちはセラの事を可愛らしい使い魔だと思っているようだが、リーダー格含めて何人かの冒険者はセラがただの使い魔ではないという事に気づいていた。
「……なるほど。確かに普通の使い魔ではないようだな」
「分かってくれたようで良かったです」
「詳しい話は小屋で聞かせてくれ。降ろした嬢ちゃんの手当ても必要だろうしな」
冒険者たちはシエルの話を聞くと文句半分、安堵半分な言葉を口々にして散っていく。シエル達も小屋に入ると、エリーを小屋の二階に作られている休憩部屋のベッドに寝かせてから改めてエリミアが魔法で治療する。
「これは今日中には帰れなさそうかな……」
「そうだねー……」
エリーの治療だけではなくルリとクオンの素材回収も待たないといけないため、今日中には帰れないだろうとシエルは思っていた。
「明日の一番早い馬車っていつになるのかな? ちょっと聞いてくるね」
シエルはパタパタと冒険者達が飲み食いしている一階へと降りていく。
一階では仕事を終えたのか冒険者たちが仲間同士で机を囲んで食事をしていたり酒を飲んでいたりしていた。
「ちょっとお聞きしてもいいですか?」
「どうした、嬢ちゃん?」
声をかけたのはカウンターで酒を飲んでいた先ほどの小屋の外で先頭に立っていたリーダー格の男。
「明日の一番早い時間でアルドラに向かう馬車っていつになりますか?」
「一番早いのなら8時に着く馬車に乗るといい。今日の馬車に間に合わないなら早めに飯を食った方が良いぞ、酒場だから嬢ちゃんたちに合うような飯がそんなに無いだろうからな」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
リーダー冒険者は「いいって事よ」と笑って、また酒を飲み始めた。
シエルは一階で軽食を作って貰うと、上に持っていく。エリミア達の様子を見ると治療は終わったのか、エリーは小さな寝息を立てて眠っていた。
「ご飯持ってきたけど……えーちゃんは寝てるみたいだね」
「治療される側も体力を使うからね。明日起きたら一緒にご飯を食べるといいよ」
シエルは「分かった」と短く答えて持ってきたパスタのようなものを食べる。濃い味付けのそれをもぐもぐと食べていると、扉が開いてルリ達が戻ってきた。その背には自分たちの身長よりも大きく見える袋を背負っていた。その中に大量の素材が入っているのだろう。
「2人とも、お疲れ様」
「お待たせしました、ご主人様」
「多すぎて集めるのに骨が折れたのじゃ……」
クオンは大きく息を吐くとドサッと背負っていた袋を降ろす。
袋の中には先ほどの狼の皮や牙、セラの魔法で倒れたであろう魔物の素材が詰め込まれていた。
「ものすごい量だね……」
「これでも全ての素材は取り切れておらん。それだけの数の魔物が何故妾達を狙ってきたのか……」
クオンの疑問に対して答えられる者は誰もいなかった。原因を調査するのも恐らく上位の冒険者たちが行うはずなので、仮に原因が分かったとしてもかなり先になるだろう。
「とりあえずご飯を食べて、身体を拭いて今日はもう寝よっか」
シエルはぽん、と手を叩いて話題を変える。ルリ達もそれに納得したのか「そうですね」と答えて運んできたパスタを食べ始めるのだった。
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