学園祭の準備です
シエルの毒殺未遂から二週間。学校では生徒達に目に触れない形で警戒態勢が強まっていた。犯人が分かっていない以上、生徒達には不安にさせないためか教師たちにのみシエルの暗殺未遂の話が通達されていた。
ルクスリア達もまた独自で犯人を捜していたが、見つかることはなく時間だけが過ぎていった。
一週間の療養期間を経て、シエルは再び教室で授業を受けられるようになったが、あの時以降シエルに危害を加えられるような事は起こらなかった。
「ステラさん、お久しぶりです」
迷宮探索部の部室に久しぶりに足を運ぶと、部屋の中でアスティアが何やら作業をしていたが、シエルの声を聞くと驚いたように顔を上げる。
「うむ。シエル達は指名依頼を受けていたらしいな?」
「ええ、初めての事だったし依頼地が西のサバラという都市だったので結構な期間かかったわ」
「サバラ……というと、大陸の果てにある都市の事かな。あそこの生物は独特の生態系を持っていて面白いと聞くね。依頼内容に触らない程度でいいからどんな場所だったか教えてくれないかい? 私も気になるんだ」
アスティアは目をきらきらさせてそう聞いてきた。
「そうですね……私達が出会った魔物の中ではとんでもなく大きい砂虫とか、あとはアースドラゴンってやつかな、巨大な角を持った竜がいたりしましたね」
「王都付近ではまず見ないような顔ぶれだな。それにしてもドラゴンか……素材って持って帰ってきたかい?」
「持ってこられる分には持ってきましたよ」
そう言って魔法鞄からドラゴンの鱗や、巨大な角を机の上にドカンと取り出す。素材としての状態になってなお圧を放つその角にアスティアはおぉ……! と感嘆の声を出す。
「……これ、使わせて欲しいっていったらダメかい?」
「ダメではないですけど、素材の代金は払ってくださいよ? で、何が使いたいんですか?」
エリーがそう聞くと、アスティアはうーんと唸った後で、
「じゃあ、牙と鱗を使わせてほしい。私の装備もそろそろ新調したい頃合いだったんだが……学園の依頼で受けられる場所では満足のいく素材が得られなくてな」
「それならいいですよ。値段は……そうですね、金貨十五枚でいいですよ」
「そんな値段で良いのか? この素材ならもっとしてもおかしくないぞ?」
「先輩から搾り取るような事はしたくないですし、加工したりでお金がかかるんですからこれくらいでいいですよ」
「すまない……恩に着る」
アスティアがそう言って素材を布に包もうとすると、扉が開いて探索部の部員の生徒達が入ってくる。
「うおおお! それ凄いっすね!! ドラゴンの素材っすか!?」
「ああ、シエルたちが依頼で行った砂漠で狩ってきたらしいぞ」
「ドラゴンなんて凄いっすね……俺らじゃ絶対狩れないっすよ」
ドラゴンの素材に興奮している部員たちを見てアスティアは一つため息をついて、
「ここにドラゴンの素材を見に来るために来たんじゃないだろう? 要件はなんだ?」
「ああ、そうっす。今年の星霊祭の出し物についての話をしに来たんでした」
「星霊祭?」
シエルがその言葉に反応する。アスティアはそんなシエルを見てくすっと笑う。
「星霊祭というのはアルドラで開かれる大きな祭典の事だ。学園ではそれに合わせて出し物を出したりするんだ」
「出し物ですか……」
「ああ、私達はダンジョンで出てきた物を売る店を出店する予定でね。君たちにも協力してほしいんだ」
「協力って……私達もダンジョンに潜ってアイテムを探してくるって事ですか?」
「ああ、売り上げの一部は取得者にも支払われるし、支払われなかった分は実技課題の一部として評価されるから損することはないぞ」
「面白そう! えーちゃん、良いよね?」
シエルはそれを聞いて、目を輝かせながらエリーに聞く。エリーは、シエルの表情を見て止めれないと思ったのか、
「しぃがやりたいなら私は止めないよ」
「やったっ、ありがとうえーちゃん」
シエルが嬉しそうに笑う。
「……で、ダンジョンってどこのダンジョンでもいいんですか?」
「ん? ああ、一応学園指定のダンジョンで入手できる素材限定だ。だから天風の塔、草原の大洞、あとは黒羽の森の三ヶ所だな」
天風の塔、草原の大洞に関してはシエル達も行ったことのあるダンジョンなので勝手は知っている。だが、黒羽の森というダンジョンは初耳だ。
「黒羽の森っていうのはどこにあるんですか?」
「アルドラから東に歩いて半日位の位置にある。馬車を使えばそこまで時間もかからないから安心してくれ」
「分かりました。なら明日の授業が終わってから向かうことにします」
「頼むぞ、我が部のエースだからな!」
アスティアは笑顔でシエルの方をポンポンと叩く。
「ああ、そういえば……何やら最近学園内の動きがきな臭い。君達なら問題ないとは思うが、もし何かあれば私にも相談してくれ。出来る限り力になる」
「……ありがとうございます」
シエルはぺこりとお辞儀をして部室から出る。
◇◆◇◆◇◆◇
翌日、シエル達はアスティアから教えられた馬車に乗って黒羽の森へと向かった。陽はまだ高いが、名の通りの黒い葉に覆われた森は陽の光を通さず薄暗い。
入口らしき場所の横には小さな小屋が建っていて、窓から見ると中には兵士や冒険者が数人居るのが確認できた。
どういう場所なのかと気になって覗いているのがバレたのか、一人の兵士がこちらに気づいて小屋の中から出てくる。
「君たちは黒羽の森に入りたいのか?」
「はい、そうです」
「そうか、それならこの森の注意点を説明したいから中に入ってくれるかい?」
シエル達は兵士の言葉に従って小屋の中に入る。冒険者たちはシエル達の事を一瞬だけ見るが、学園の制服だと気づいた人間が何人かいたのか、仲間に止めとけよ、と静止の声を掛けられていた。
「この森の特徴は見ての通り光を遮る黒い葉だ。それと分かりにくいが幹の方にも特徴があるんだ」
「そうなんですか?」
「ああ、外側の方は普通の樹木と同じような色をしているのだが、奥地……森の中央の方へ行けば行くほど幹の色が黒くなっていくんだ。学生の君たちと下級冒険者たちは幹の色が入り口の幹と同じ色……要するに幹の色がその辺にある木と同じ色をしている木が生えている場所までが探索可能地域になる。君たちは光魔法か灯りを付けられるランタンとかは持ってきているかい?」
「私が光魔法を使えますっ」
シエルがそう答えると、
「なら大丈夫だ。中に入ると陽の光が遮られて正確な幹の色が分からなくなる。だから灯りがいるんだ」
「そうなんですね、幹の色っていうのは明るかったら見たらわかるものなんですか?」
「ああ、わかるよ。ここにサンプルがあるから見ていくといいよ」
そう言って兵士は小屋の奥にあった三本の丸太を持ってくる。兵士の腕に抱えられる程の太さの割には軽い音を立てて机の上に置かれる。
確かに見たらわかるほどに色が違っていた。置かれた丸太は三本、左から普通の木と変わらないような茶色、真ん中に置かれているのはかなり濃い紫色、そして右に置かれていた丸太は炭と見間違えるような真っ黒な色をしていた。
「想像していた以上に分かりやすいわね……」
「明るいところで見ればな。森の中で灯りがないと分からないもんだ。特に真ん中と右の違いとかな。初見の中級冒険者が舐めてかかって色の違いを見分けられずにパーティーが半壊したとか全滅した、なんて報告も上がってきた事もあるんだ」
その言葉を聞いてシエル達の背筋が凍る。
「き、気を付けます……」
「大丈夫さ。灯りの魔法が使えるなら少なくとも紫と茶色の見間違いはよっぽどのことが無ければ無いはずだ。もし危なくなったらこれを使ってくれ」
そう言って兵士が渡してきたのは青い小さな結晶。
「これは転移の結晶。これを割れば森の入り口まで戻ってこられるから、緊急の時はこれで戻ってきてくれ。あ、何事もなければ返してくれよ? これ高いんだ」
兵士の男はそう言って笑う。シエルは「ありがとうございます」と言ってお辞儀をして、結晶を魔法鞄の中に仕舞う。
「ちなみに、どれくらい探索してくる予定かな。学生の子には聞かないといけない規則だから聞かせてくれるかい?」
「そうですね……えっと、ここから出る馬車で一番最後の王都に向かう馬車っていつ出ますか?」
「それなら後3時間だね。一番浅い区域だから十分探索して戻ってこれるから安心していいよ」
「ありがとうございます。じゃあ、いってきます」
シエル達はそう言って小屋を出て、黒羽の森へ入る。数歩歩いただけで陽の光が満足に届かなくなり、言われた通り灯りがないと先の方を見ることも出来ないだろう。
「随分と静かね……」
「そう、ですね……動物の気配というものがこの森には無いですね」
聞こえるのは自分たちが進む足音と、風に揺れて擦れる木の葉の音。シエルや吸血姫であるクオンは問題ないが、エリー達は暗闇の中で戦うことも幹の色を確認することも出来ないのでシエルが光魔法を使って灯りを生み出す。
「ありがと、しぃ」
「どういたしましてっ」
四人は森の中を進むが、生き物の気配がないままどんどんと奥の方まで歩いていく。その道中で見つけた薬草などを魔法鞄に納めて少しでも成果を上げておく。
「こんなに魔物とか動物っていないものなの?」
「さあのう。ただ、行ったことのあるダンジョンでこんなに生き物が少なかった事は無かったの」
「という事は何かあるんでしょうか……?」
「さあね、まあやばくなったら逃げろって言われてるし、行けるところまで行ってみましょう」
エリーの言葉に「そうだね」と答えてシエル達は森の奥へとさらに進んでいった。
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