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未来への布石

「やあ、来てくれて嬉しいよ。君が闇の霊姫、ロキで間違いないかい?」

「いかにも、僕がロキだよ」



 二人が話すのはとある屋敷の一室。ロキと話す男の背後にはルプスとリーネの姿が見えた。一度ロキと戦い弄ばれた二人が護衛たりえるか、と問われれば否だろう。



「それで……突然僕に会ってくれるなんてどういう風の吹き回しかな? 後ろの二人は君に遊ばれたって聞いたけど」

「そうだね、理由としては君に会う理由が出来たから……かな」

「理由……?」

「ああ、君とこうして話すのはこれで──」

「238回目、だろ?」


 男がロキの言葉を遮ってそう言う。ロキはその言葉にクスリと笑って


「残念。僕が君と話すのはこれで286回目だ。……君がこの先の未来が見えてる事は知っているよ。それに、完璧に未来の事を分かっている訳じゃなくて、断片的にしか未来の事を知る事が出来ないこともね」


 ロキがそう言うと、男は驚いた表情をした後にくつくつと笑う。


「知っていたんだね……そこまで知っている君が、僕に何の用だい? 僕以上に未来を知っている君なら、僕なんて必要ないんじゃないのかい?」


 男がそう尋ねると、ロキは自嘲気味な笑みを零して、


「そうだね、僕も実際そう思っていたさ。僕一人であの人を助けられるってね。でも、ダメだったんだよ。 どうやら、僕一人では未来は変えられないみたいなんだ」

「それで、僕を頼りに来たってことかな?」

「その通り。僕に出来ない事を君に頼みたいんだ。代わりに君が僕の力を借りたい時には可能な限り力を貸すよ。だから……力を貸してほしい」


 ロキはそう言って静かに頭を下げる。彼女のその態度にリーネ達は声を出さずに驚いた。これまでにも数度、ロキを捕まえる為に闘ったが、彼女の飄々とした態度とその強さで、彼女は決して頭を下げる事はなかったからだ。

 そんな彼女が今、自分達の為に頭を深々と下げているのだ。驚くのも無理はない。


「いいよ。霊姫にお願いされる人間なんて、この世界に僕くらいじゃないかな?」


 彼はそう言って楽しそうに笑う。


「じゃあ改めて自己紹介を……と、思ったけれど、君には必要ないのかな? 僕の事知ってそうだし」

「あははっ、そうだね。確かに君の事はよく知ってるよ。よろしくね、メルクリウス」



 ◇◆◇◆◇◆◇



「これで、シルフィ、みーちゃん、セラ、ルーシャの四人と、ツバキさんとロキさん……六人の霊姫全員と出会った、よね?」


 サバラの町の宿屋でシエル達は話し合いをしていた。とは言っても、話し合いに参加しているのはシエルとエリー、そして霊姫の四人で、ルリとクオンは自由行動をしている。


「そうですね。私達の知らない未知の霊姫が存在しなければ全員ですね」

「一度学園に戻る? あまり長く授業を開けるとまた悪目立ちしそうだし」


 エリーがシエルに聞くと、シエルは不安そうな表情をして


「そう、だね……戻らないと、だね」

「何かあったの?」


 シエルが言うべきかどうかを迷っていると、エリーは安心させるように微笑んで、


「話したくないのなら、無理に話さなくてもいいからね。話せるようになったら話してくれると……私は嬉しい、かな」

「……ごめんね、話せなくて」


 シエルがそう謝ると、気にしなくていいから、ね? と優しく言う。それから少しの間、沈黙が流れてからルクスリアが口を開いた。


「もしもお嬢様の身に何かあれば私たちが全力で何とかしますから、私達のことも信じて貰えませんか?」

「……そうね、お願いするわ」


 ルクスリアの言葉にエリーは素直に首を縦に降った。


「では、ここからアルドラに向かう馬車の時間を聞きに行きましょう。ここでじっとしていては気分も変えられないでしょうし」


 ルクスリアはそう言って、シエルとエリーの手を引っ張って外へと出る。宿屋の店主にルリとクオンが戻ってきたら、自分たちはアルドラ行きの馬車の時間を確かめに行った、と伝えて欲しいと頼んでおいた。


「そういえば、お嬢様達は将来何かになりたい……みたいなものってありますか?」


 馬車の乗合所に向かう途中で、ルクスリアはふと気になった疑問を二人に聞いてみる。すると、エリーは驚いたような表情をした後に


「え? そういえば……考えた事もなかった……えーちゃんは何かある?」

「わ、私!? えぇ……えっと……しぃの力になれるなら何でもいいんだけど……」


 エリーはシエルに話を振られて、しどろもどろになりながらもそう答える。

 エリーの答えにルクスリアは苦笑いしながら


「エリーさんらしいといえばらしい答えですね……お嬢様も、そんな感じであまり気負わずに考えて見てください」


 そう言われて、シエルは改めて将来どうしたいかを考えてみた。歩きながらしばらく考えて導き出したシエルの答えは、


「うーん……それなら、私はみんなで一緒に過ごせたらそれで満足かも……?」

「そう……なんですか?」


 ルクスリアが斜め上の回答に調子を外されていると、シエルがあ、でも……と言葉を続けた。


「みんなの姿がちゃんと見れたら嬉しいな……って」

「……そう、ですね。見えるようになれば、いいですね」



 そんな話をしていると、いつの間にか乗合所に辿り着いていた。

 話を聞くと、どうやら次のアルドラ行きの馬車は翌日の正午になるらしい。そこまでは自由時間になりそうだ。


「それじゃあ宿に戻って、ここでの出来事のレポートを書かないとね?」


 エリーがクスッと笑ってそう言うと、すっかり忘れていたと言わんばかりの表情で、シエルがうっ……と渋い表情をする。


「あ、明日じゃダメ……?」

「だーめ、帰ってから書くわよ。私も手伝ってあげるから、ね?」


 エリーがそう言うと、シエルも渋々といった表情で頷いた。シエル達は宿に帰り、戻っていたルリ達と夕食を食べてから、シエルとエリーは部屋でレポートを書く。フィオーレ学院では依頼などでの長期の欠席を認めていて、その代わりにその依頼中の出来事をレポート形式でまとめて提出する必要がある。

 エリーはスラスラと書き進めていたが、シエルはというと難しい表情をしながらペンをクルクルと回していた。


「まだかかりそう?」

「んー……まだかかるかも……」


 シエルは机に突っ伏しながらうぅー……と唸っている。エリーは苦笑して、


「しょうがないな……手伝ってあげるから、見せて?」

「うう……ありがと……」


 シエルはエリーに自分の書いたレポートを渡す。目が見えない代わりに、魔力を感知するその瞳の為に作られた特別なインクで書かれた内容を目に通していく。

 内容はサバラに行くまでの砂漠での出来事や、着いた後の出来事について書かれていた。ただ、霊姫の事については多少内容が変えられていた。


「これなら問題ないと思うわよ? 提出して指摘されたら直したらいいと思うわ」

「そっか……良かったぁ……」


 エリーにレポートを返してもらうと、シエルはほっと息を吐いてそれをまとめて鞄の中にしまい込む。


「じゃ、私は寝る前に少しだけ外の空気を吸ってくるわね」

「うん、いってらっしゃい」


 エリーが外に出るために部屋の扉を開けると、そこにはちょうど戻ってきたクオンがいた。


「どこかへ出るのか?」

「散歩してくるだけだから、すぐに戻るわよ」

「そうか、明日には戻るのじゃろ? 寝坊だけはせんようにの」


 クオンがクスっとからかうように笑うと、エリーはぺちっとデコピンをしてから廊下に出る。


「私は寝坊なんてしないから安心なさい」

「妾もついていっていいかの?」

「あんたはさっき出てたんじゃないの……?」

「それはそれ、これはこれじゃ」


 クオンはそう言っていたずらっぽく微笑む。エリーは仕方ないといった表情をしてからクオンを連れて夜の町へと出かけて行った。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 次の日の朝。シエルが目を覚ますと、隣には小さな寝息を立てて眠っているエリーの姿があった。シエルはクスっと微笑んで、エリーを起こさないようにゆっくりベッドから降りて、服を着替える。


「んー……朝ごはん、どこで食べようかな……」


 宿の食堂で食べるのもいいが、今なら朝市がやっている時間帯だ。せっかくなのでシエルはその朝市に行ってみることにした。


「お嬢様、どこかへ行くんですか?」

「うん、朝市に行ってみたくて」

「なら、私もついてく。この町なら、案内できるから」


 セラとルクスリアがシエルと一緒に行くことになり、三人は宿を出てセラの案内で朝市の開かれている広場へとやってきた。


「うわぁ……!」


 屋台から漂ってくる香ばしい匂い。新鮮な野菜や果物を売る商人たちの声が聞こえてくる。それは、シエルが魔力を見ずともわかるほどに活気のある市場だった。


「すっごい賑わってるね……」

「ここは町の中心だから」


 シエルの言葉にセラが答える。サバラの町の中心には砂漠の町にもかかわらず大きな噴水があり、そこから放射状に道が広がっている。朝市ではその噴水を中心に東西南北の四方向にそれぞれ別の焦点や露店がある。


「お嬢様は食べたいものとかありますか?」

「うーん……おすすめとかないの?」


 セラにそう聞くと、きょろきょろとあたりを見回してからシエルの服の袖を引っ張って屋台の前へ連れていく。


「ここ、おすすめ。ツバキがよく買って持ってきてくれてたし」

「じゃあここにしよっか」


 シエルが屋台に入ると、香ばしい肉の焼ける匂いがシエルの鼻腔をくすぐった。


「お、うちのネルケが気になるかい?」

「ネルケ?」

「ああ、うすーく焼いた小麦のパンに肉と野菜を挟むのさ。一回食べたら癖になるぜ?」


 シエルはそれを聞いて興味津々といった様子で、


「美味しいですか?」

「当たり前よ。食べてみて無理だって思うならお金も返すぜ!」


 自信満々にそう言い切る店主の言葉に乗って、


「じゃあ一つくださいっ」

「まいどありっ、銅貨二枚だよ」


 シエルは代金を払って商品を受け取ると、熱々のそれにパクっとかぶりつく。口の中に溢れ出す旨味と辛みの混じったスパイスの香り。そして何よりもそれを包む中の具でほんのりと温まったパンがシエルの食欲を加速させる。


「ん……おいしいっ!」

「そうだろ? これにかけては町一番だと思ってるからな。気に入ったならまた来てくれよな」


 シエルは満足そうな顔で屋台を後にする。セラは自慢げな表情でシエルに、


「美味しかったでしょ?」


 と聞いてくる。シエルは笑顔で、


「うん、とってもおいしかった! ありがとう、セラ」

「……なら、よかった」


 セラは恥ずかしそうにそう言って顔をそむけた。



 三人は朝市を楽しんだ後、宿屋に戻る。陽もだんだんと高く昇り始め、人通りも商人たち以外の人たちも増えてきた。流石に起きているだろうと部屋を開けてみると──


「すぅ……」

「わ、珍しい……まだ寝てる」


 ここまでぐっすりと寝ているエリーを見るのも珍しい、とシエルは思ったが昼には出発しなければならないので、エリーを起こさなければならない。


「えーちゃん、起きて」

「んぇ……もうそんな時間……?」


 エリーにしては珍しく目を擦りながら欠伸をして、ひどく眠そうにしながら起き上がる。


「おはよう、えーちゃん」

「ん、おはよ……ってあれ……?」


 エリーは着替えたシエルと隣にいるセラとルクスリアを見て状況が分からなかったのか、少しの間固まっていた。数秒の後に状況を理解したのか、


「ごめんなさい……寝坊しちゃったみたいね」


 エリーはしゅん……と申し訳なさそうな表情をして謝る。シエルは意外、といった表情で


「珍しいね、えーちゃんが寝坊なんて」

「昨日はしぃと別れた後に色々あったから……本当にごめんね?」

「あ、謝らなくてもいいからっ!」


 エリーの謝罪が本気のものだったので、シエルは慌ててフォローを入れる。


「それより、あと二時間くらい……かな? アルドラ行きの馬車が出るのって」

「え……ええ、そうね……多分それくらいのはずよ」

「じゃあ、ルリ達を起こして早く準備しないとね?」


 シエルがでしょ? という表情をするとエリーは、


「そうね。起こしに行きましょうか」

「うんっ」


 ルリとクオンの部屋に行くために二人は廊下に出る。隣の部屋をノックした後に開けると、ベッドの上で動き回った末に熟睡している二人の姿があった。


「二人とも起きてよー?」

「あれ……お嬢様……もう朝ですか?」

「そうだよー、クオンもほら、起きてー?」


 ルリがぼんやりした様子で目を覚ましたので、シエルは未だに眠っているクオンを優しく揺り動かす。


「あ、あと五分……」

「だめよ、今日アルドラに戻るんだから支度をするの」

「わ、わかったのじゃ……」


 クオンはゆっくりと起き上がると、服を着替える。ルリ達の用意が終わると、シエルはぽん、と両手をたたく。


「それじゃあ、みんなで出発まで改めてこの町を見て回ろうよっ」


 シエルは楽しそうな笑顔でそういうのだった。

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