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華焔の剣姫-2

 月の光のみが照らす夜の砂漠……そこに二人は立っていた。


「負ける用意は出来ましたか?」

「残念だけれど、負けるつもりなんてないわ」


 銀の髪を夜風に靡かせながらエリーはにやりと笑いながらそう答える。視線の先にいるツバキはそれを聞いて、ぴくりと少しだけ眉をひそめた。


「……そう、ですか。ならば仕方がありませんね。せめて怪我無く帰ってもらおうと思いましたが……貴女がそう言うのであれば、多少の痛い目は見てもらいますよ?」


 ツバキは彼女の髪と同じ色の緋色の鞘から刀をすらりと引き抜き、正眼に構える。互いの距離は、遠すぎず近すぎずの距離。だが、二人の歩法であれば一瞬のうちに詰まるであろう距離だろう。

 エリーもまた、彼女に打ち直してもらった剣を鞘から抜いて、すっと構えを取る。


 遠目からその様子を見守っているのはシエル達と、ツバキと共にこの図書館に住んでいる土の霊姫であるセラ。


「ツバキさんに勝てるのかな……?」


 不安から思わず漏れたシエルの言葉に、セラは二人の方向をじっと見つめながら口を開く。


「わからない。けれど、勝負にならないわけじゃないくらいには戦えるようにはなっている……はず」


 無表情ながらも何かを期待しているのか、じっと二人の動き出す瞬間を見つめていた。


 向かい合う二人は剣を構えたまま微動だにせず、きっかけとなる一瞬を待つ。ちりちりと張り詰めた空気と静寂の中で、カシャンと透き通った何かが砕けるような音が聞こえた。

 それと同時に、二人は疾走した。ツバキの刀がエリーの身体の真芯を捉え、このまま真っすぐに走ると一刀両断されてしまうだろう。だが、それでも止まらずに走る。彼女の身体に刀が触れるか触れないか程に接近したその時、エリーの姿が一瞬にして目の前から消え去る。

 そして次の瞬間、背後から袈裟懸けに切り下そうとしたエリーを、ツバキは体を勢いよく回転させて刀の背を当ててエリーの剣戟を受け止めた。


「それが、貴女の得た私に勝つための力ですか?」

「ええ、そうよ」


 仄かに白く輝くエリーの髪が風に靡くと同時彼女の姿がまた消える。その瞬間、幾重もの斬撃がツバキを切り裂く。

 いくつかの斬撃は刀で受けたものの、ほぼ同時に近い複数のものは受けきれなかったのか、彼女の服に切り傷が出来ていた。


「流石にこれは受けきれないのかしら?」


 少しの距離を取って再び姿を現したエリーはにやりと笑みを浮かべながらそう言う。だが、彼女は分かっていた。服にこそ傷を与えられていても、肝心のツバキの身体には傷を負わせられていないのだ。

 得体の知れない不安に襲われながらも、攻める事を止めれば勝ちの目は無くなると本能的に察しているエリーは再び一条の光となってツバキに切りかかる。

 一撃一撃が必殺になりえるエリーの光速の剣閃を、ツバキに浴びせる。一撃でも多く彼女に浴びせ、少しでも傷を負わせたい。


「……そろそろ、いいですね?」


 今まで剣戟を受け続けていたツバキがぼそりとそう呟いた。瞬間、エリーの身体が反射的に後ろに飛び退く。一瞬前にいたそこを空間ごと切り裂くような強烈な斬撃が襲った。


「正直、驚きましたが……予想の範疇ですね、倒させていただきます」


 ツバキの纏う雰囲気が一気に変わり目の前にいたエリーはおろか、離れた所で二人の戦いを見ていたシエル達でさえぞわりと背筋に寒気が走る。それはツバキが本気でエリーを倒す気になったという事を意味していた。


「見せてあげましょう。何故、私が接近戦で最強の霊姫と呼ばれるのかを」


 そう言うと、瞬間ツバキの姿がエリーと同じように消える。感覚を研ぎ澄まし攻撃に備えるが……



「どこを見ているのですか?」



 背後から一瞬のうちに現れたツバキが、刀の背で強くエリーの右腕を叩く。


「~~っ!!」


 速度の乗った一撃に、声すらもあげれない程の痛みが走る。強く唇を噛んで、必死で声を殺すとうっすら涙の浮かんだ瞳でツバキを睨みつける。


「大したものですね、あの一撃で終わらせてあげようと思ったのですが……耐えるのであれば、また打ち込むのみです」


 先程の戦闘の構図を正反対にしたような、戦闘が繰り広げられる。だが、違う点がそこにはあった。ツバキの一撃一撃は全て致命傷ではないがエリーの身体に当たり、彼女に確実に傷を与えていった。必死で姿の見えない斬撃の嵐をいなそうとするも全てを捌ききることは出来ず、傷だらけの身体で立っているのもやっとのように見える。


「……本当に、大したものです。私の攻撃をここまで受けて倒れないのは称賛に値しますよ。この辺で負けを認めてはどうですか? 私も貴女の未来を奪いたくはありません」


 そうは言いつつも警戒を解かないツバキに、傷だらけのままエリーはにやりと笑う。


「いや、よ……私はね、負けられないから、ね……!」


 そう言うと、彼女の身体にまた魔力が集まっていく。白から銀に戻っていた彼女の髪もそれに伴って少しずつ色を変え蒼銀色へと変わっていった。


「……貴方の事を内心見くびっていた事を謝罪しましょう。貴女は私を倒すまでは何を言っても止まらないと思いますので──終わらせます」


 ツバキの気迫がより一層強くなり、刀をゆっくりと鞘に納める。それは自らも幾度か使ったことのある居合の型と全く同じものだった。

 見栄を切っては見たものの、エリーの身体は既に限界を超えている。霊衣纏装(オーバーレイ)の反動と、ツバキからの攻撃でのダメージ、それに加えて続けてもう一度霊衣纏装を行おうとしているのだ。付け焼刃のそれを二度も行って無事に済む保証などどこにも無かったが、彼女の矜持にかけてここで退くことを許さなかった。例え、もう目の前すら霞んで見えなくなっていたとしても。


「貴女は強いです。だからこそ、また今度……もっと、力をつけてから訪れてください。次は一人の剣士として貴女と手合わせがしたい」


 ふっと目の前からツバキの姿が消え、一瞬で背後へと移動する。そして、次の瞬間彼女の身体が袈裟懸けに斬られた。

 声すらも上げることなく砂漠に倒れ伏したエリーに、シエルは必死で駆け寄る。


「大丈夫!? えーちゃん!?」

「落ち着いて、シエルちゃん。傷だらけだけど、致命傷はさっきの一撃しかないわ。すぐに処置はするから待ってて」


 そう言って、横で実体化したエリミアがエリーの身体を仰向けに寝かせて傷口を確認する。その中でも一番大きく、死に繋がりかねない居合での一撃の傷を最優先で治療するために魔法を詠唱する。


Guarisci(彼の者) le() sue(傷を) ferite(癒せ) Il dolore(痛み) è() tornato() al() cielo(還し) dare(安らぎ) la() pace(与えよ)


 通常、魔法を極めた者は詠唱せずとも魔法を使用する事が出来るが、敢えて詠唱することによってさらに協力を上げるという方法が稀に取られる事があるのだ。それが今エリミアのやっている詠唱魔法にあたる。ぺたりと傷口に手を当てると、まるで時間が巻き戻っていくように傷口が塞がっていく。


「……これで応急処置は出来たから、あとは安静にしているだけ。横になれる場所ってどこかあるのかしら?」

「ある、から……ついてきて」


 エリーを抱き上げたエリミアをセラが図書館の中へと連れて行き、外にいるのはツバキと、シエル達だけになった。


「ツバキさん、強いね」

「ええ。あの娘の為にも負ける事は許されないですから」

「……えーちゃんも、同じこと言ってた。私の為に、って」

「彼女も私も、似た者同士なのかもしれないですね」


 ツバキはそう言って、夜空の星を見て刀を鞘に仕舞う。


「彼女は決して弱くないですよ。相手が悪かっただけです」


 ばさりと唐突に着ていた服を脱ぐ。突然の事に驚いたが、さらに驚いたのはその服の下の素肌だった。先ほどの戦いでツバキは全くと言っていいほど傷を負っていないように見えたが、それは違ったのだ。

 負った傷を、彼女は斬られた直後に焼いて傷を無理矢理に塞いでいたのだ。シエルの目が見えないことを察していたツバキは、手を引きエリーにその傷に触れさせる。


「こ、これって……」

「ええ、彼女が私に与えた傷です。本当に、彼女は強いですよ。もしも十分に時間があったならば負けているのは私でした」


 そう言って、恥ずかしそうに服を着直しエリーの手をそっと握る。


「さあ、戻りましょうか。彼女の傷が癒えるまではここにいてもらって構いません。セラもその方が喜ぶでしょうし」


 ツバキの手はほんのりと温かく、それは霊姫も人も同じだとそう思わせるような、そんな温もりだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「……私は、負けたのね」


 朝日とともに目が覚めたエリーの第一声はそれだった。喉の乾きや、小さく鳴って主張をする空腹のサインが、それなりに長い時間眠っていた事を教えてくれる。


「誰もいないのかしら……?」


 ステンドグラスから陽の光が差し込み温かい部屋の中でぼんやりと虚空を見つめていると、コツコツと靴が床を叩く音が聞こえる。


「ようやくお目覚めですか、丸三日寝込んでいましたよ?」


 ツバキが呆れた表情で開けた扉の近くで待っていた。外に出ようとベッドから立ち上がると、ぐらりとバランスを一瞬崩しかける。傷が治りきっていないのか、それとも純粋に寝すぎて体が鈍っているのか、どちらでもいいが自分の身体に喝を入れて、しっかりと立ち上がる。


「貴女の傷が完全に癒えるまではここにいてもらって構いません。シエルさんたちにも許可は得ていますし、私も構いませんので」

「悪いわね……負けたのにそんな事までさせてしまって」

「気にしないでください。彼女達にとっても、私たちにとっても最善で最良の選択肢がこれなんですから」


 そこから特に何か話すわけでもなく、ただ廊下を二人の歩く音が響く。この図書館はセラの空間魔法によって見た目よりも数段広くなっている。だからこそ地下の工房や、巨大な図書館だけの部屋の中に人一人が休めるような部屋があるらしい。


「あ……!!」


 二階から降りる音が聞こえたのか、真剣そうに本を読んでいたシエルが振り返ると途端に本を閉じてこちらに向かって来る。


「えーちゃん! 心配したんだよ!? もう大丈夫なの!?」


 エリーの身体に飛びついてぎゅっと抱き着かれると、流石に少し傷口が痛むが、それくらい彼女にとっては些細な問題だった。


「ええ、大丈夫。心配かけてごめんなさい」


 優しくシエルの頭を撫でて、彼女を安心させる。まだ不安そうな声を上げてはいるものの、それで少しは納得したのかゆっくり離れる。


「大きな怪我はもう無いみたいだけど……まだ、休んでてね? 傷がちゃんと癒えたらここを出よう?」

「そうね……ごめんなさい、しぃの期待に応えられなくて……」

「え!? き、気にしなくていいよ!? 私は、えーちゃんが生きていてくれるだけで……私はいいから……」


 シエルがぎゅう、と腕に抱き着く。


「……二人で仲良く話している所悪いのだけれど、私もついて行くことにしたから。貴女の事が気になった」


 セラが無表情でエリーの方を見る。いや……微妙に表情が違うことが分かってきた。若干だが、照れているような……そんな気がした。


「……そう、ですか。セラの事を止める事はしません。彼女の──エリーさんの力は十分に先日の戦いで理解できましたから、貴女の力を信用してセラを預けてもいいです」

「ツバキ……私は貴女の子供じゃないって何度言ったらわかるの……? それに、私だって霊姫、自分の身くらい、守れる」


 呆れ顔でそう言うセラにツバキは少しだけ困った表情を浮かべた。


「う……で、ですけど……」

「ですけど、じゃない」

「は、はい……」


 完全にセラに言い負けたツバキが、苦笑して一人別行動を取るために、また二階へと戻っていく。


「では、私はまた後で」



 ◇◆◇◆◇◆◇



 一人別行動をしたツバキは、長い廊下を抜けて空間魔法によって隠蔽された、二つ目の建物と図書館の渡り廊下に出る。吹き抜けになっているそこには砂漠の乾いた強い風が直に吹いてきた。

 柵を乗り越えて、軽く飛び上がり渡り廊下の屋根の上、そこからもう一つの建物の屋根の上へと飛び移っていく。

 すると、屋根の上に一つの人影が見えた。


「……これでいいのよね?」

「ああ、ありがとう。だが、君が本当に僕の言葉を信じてくれるとはね……ツバキ」

「貴女の言葉は突拍子もないし、整合性もありませんけれど……少なくとも根っからの嘘を言う人でないことは理解しています。貴女の言葉には何か意味を持っている、それを信頼しての行動です」


 ツバキが会話をしているその相手は──夜色の髪の中性的な少女、サバラの町でエリー達に本を持ってきてくれと依頼した本人だった。


「それで、貴女は一体何をするつもりなのですか? 突然私の前に現れたと思えば、エリーさんを倒せと言ってきて……私が勝とうが負けようが、セラは彼女たちについて行く何て予言じみた事も的中させましたし……」

「それは……今は言えない。それを言ってしまうと物語が破綻してしまうからね。然るべき時が来たら言わせてもらうよ」

「……そうですか」


 ツバキはそう言うと、くるりと振り向く。


「では、またいつか会いましょう、ロキ」




「ありがとう、おかげで傷もだいぶ良くなったわ」


 エリーが服を脱ぎ巻かれていた包帯を取ると、傷はすっかり癒え、傷痕も目をよく凝らしてみなければ見えないほどになっていた。

 約束通り、彼女達は用意を整えて図書館を後にする。


「次は……貴女を倒す」

「ええ、楽しみに待ってますよ。では、またいつか」


 二人は言葉を多く交わすことなく、サバラの町の方向へと歩いていく。それに急いで追いつくようにクオンも小走りでついて行った。


「……それじゃあ、また今度」

「ええ、また今度ね。セラ」


 頭を優しく撫でて、その後額に口づけする。


「……行こう」


 新たな霊姫を一人仲間に加えて、彼女たちはサバラの町へと戻る。そして、彼女たちの新たな戦いもまた始まるのだ。

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