ダンジョン探索!……したかった
「それじゃあ、今日は試しに簡単な迷宮に潜ってみるか!」
アスティアの楽しそうな声に同調して楽しそうに「お~♪」と声を上げているのがシエル、その後ろで「お、お~……」と小さく声を出しているのがルリ、そして横で仕方なさそうな顔色をしているのがエリーだ。
今いる場所は、国の郊外にある平原の一角。四人の目の前には光を飲み込むように大きな口を開けた洞窟──いわゆるダンジョンだ。
「……それで、今日は潜って何するんですか?」
エリーがジト目でアスティアに聞く。エリーの中ではアスティアはあまり好印象ではないらしい。
「ああ、とりあえず最深部のボスを倒してボスの核をとってくる。簡単だろう?」
そうは言うものの、普通の人間ならば確実に大怪我以上を負わなければ達成できないことを、アスティアは簡単にできることかのように言ってのける。
「で?何階層なんです?さすがに百階層クラスじゃないでしょう?」
「ああ、確か…三十五階層だったはずだ、とは言っても、そこまで強くないから大丈夫なはずだぞ?」
アスティアの言葉に、エリーは少し不安になる。アスティアの言う「そこまで強くない」が本当にそうなのか、自分を基準にしていないのか、など不安が募るがシエルは特に気にすることも無く、
「それじゃあ、れっつご~♪」
そう楽しそうに迷宮に入って行った。
迷宮の中は以外にも広く横に五人ほど並んでも歩けそうな程、通路幅があった。
シエルはどんどん奥に進んでいるが、魔物の気配はないようだ。それに、ルリも話を聞くところによると、魔物の気配を感知できるらしい。
そんな事を思いながら一歩後ろを歩いていると、
「お、お嬢様…ま、魔物の、気配が…しますっ」
早速ルリが魔物の気配を察知する。シエル達は全員臨戦態勢を取り、武器を構える。シエルは借りてきた杖を、エリーはシンプルな長剣を、ルリは武器を持たないスタイルのようだった。
「さぁ、行くぞ!まずは君たちの実力を測らせて貰おう」
通路の角から現れたのは、子鬼の群れだ。低層ダンジョンならよく見る光景なのだが、このダンジョンの子鬼の群れの数は明らかに他のダンジョンと比べて多い。通常は五~十匹で行動するはずの子鬼が目の前には三十匹はいた。
「それじゃあ……『終なる災厄よ、我が声に応え全ての敵を灼き払え『ラスト・ディザスター』』!!」
次の瞬間、閃光がダンジョンを覆い尽くす。そして、内部を揺らす轟音と衝撃波が辺り一帯の景色を一変させる。
「……な、何だ、これは……!?」
煙が晴れた後に見えた景色は、壁が全て吹き飛び通路という概念がなくなったダンジョンの姿だった。
「え、えっと……『力を見せる』って言ったから多分、一番強いやつ使ったんだけど……」
「あ、いや……構わないが……だが、周りに──」
被害が、と言う前に崩れた壁の向こうから小型の魔物が身の危険を感じたのか、シエルに襲い掛かってくる。その牙がシエルに襲い掛かる瞬間。
「しぃには、触らせない」
長剣が刹那のうちに閃き、魔物が絶命する。あまりの速さによりアスティアでさえ反応する事が出来なかった。
「大丈夫?しぃ」
「あ、エリー……?その言い方……」
シエルがエリーの呼び方にしまった、といった様な雰囲気が出る。
「う……言わないって、決めてたのに……」
「もう、良いんじゃないかな?」
二人の会話がよく分かっていないルリが横から、おどおどと口を挟んでくる。
「え、えっと……その、どうして、ご主人様の、事、えっと……その……」
自分が主人の愛称を使っていいのか分からず、困惑しているとシエルが助け舟として、答えを出す。
「ああ、エリーがなんで私をしぃちゃんって呼んでなかったのって?」
それに、ルリはこくこくと頷く。頷いた後に、シエルは目が見えない事を思い出し、声に出そうとしたが。
「えっとね、私がこんな目なのは、言わなくても分かるよね? それで、やっぱり虐められてたんだよね……私。虐められてる子と仲良くしてるように見えちゃいけないから、私はエリーにちゃんとした名前で呼んでってお願いしたんだ」
でも、とシエルは続けてルリに話す。
「もう虐める人はいないし、それに自分を守れるようになったから、もう良いと思ったんだけどね~」
ルリはエリーは未だに心配だったから、その名前で呼ばなかったのだろう。と、考えていたが従者が考えを口に出していいのかと迷っていると。
「そんなの、心配だからよ。いくらしぃが強くても、だめだよ…」
悲しそうに、エリーが俯くとシエルはギュッと抱きしめる。エリーは何も言わずただ、シエルの服をギュッとつかんだ。それを、アスティア達も何も言わずにただ見つめている。そんな空気を壊すように、魔物化した狼が襲おうと、こちらに近づいてくるのを感じ取り、ルリは。
「今は、邪魔しちゃ、ダメですっ……!!」
刹那、音速ともいえる勢いでその方向へと走り、その勢いを利用した強烈な回し蹴りを放つ。そんな速度で蹴りを受ければ、魔物といえども無事で済むはずがなく、ダンジョンの外壁まで吹き飛び、その壁にめり込んでいた。
「もう、いいじゃん。今はルリだって、部長さんだっているんだよ?一人で、頑張らなくてもいいよ」
その言葉に、エリーは本当に良いのか、大丈夫なのか?と考えながら、言葉を紡ぐ。
「本当に、いいの…?もう、私が別の場所で、守らなくても大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。だから、無理しないでえーちゃん」
シエルの一言で、エリーの我慢が限界に達したのか、堰を切ったように泣き声を上げる。アスティアはふっと笑うと、持っていたハンカチをエリーに渡す。目を赤くするまで涙を零していたエリーは、素直に受け取って涙をふくと。
「洗って、また今度返します…先輩」
そう言って、ハンカチをポケットにしまう。
良い方向に、確実に進んでいる。そう、シエルは感じ取る事が出来た。なぜなら、今ここにいる全員の魔力は温かい感じがしたから。
◇◆◇◆◇◆◇
結局あの後、核を取りに行くのか、という話になったが問題無いという話になった。曰く、あれほどの実力があれば、時間がかかるのは下に降りる階段を見つけるだけで、戦闘は面白みのないものになってしまうからだそうだ。詰まる所、実力は十分すぎるほどにある、という事だった。
それからは、学園に戻り自分達の武器を頼みに行く。という事なので、三人はそのままアスティアについて行った。
「先輩は何の武器を使ってるんですか?」
シエルの質問に、アスティアはちょっと驚いた後答える。
「ん?私は、大剣と魔法の両刀だ。あと、私の名前はステラで良いぞ。先輩というのも堅苦しいし、かといってフルネームも言いづらいしな」
「えっと、分かりました。……ステラ、さん」
流石に呼び捨てはいけないと思ったので、シエルはさんをつけて呼んだが、アスティアはそれでも構わないようだった。
それから他愛のない話をしていると、金属を打つ音が聞こえ、心なしか暑くなってきた気がする。アスティアは近くなってきたぞ、と嬉しそうに話しかけてくれる。
「着いたぞ、ここが武器工房だ! 国でもトップクラスの職人の集まる場所だ、品質は一級品だぞ」
話す声は弾んでいて、思わずくすくすと笑ってしまいそうになってしまった。
エリーが武器を流し見していると、戸棚の奥から大層なひげを生やした小柄な男が出てくる。
「嬢ちゃん、何か欲しい武器でもあるのかい?」
「あ、いや…というか、貴方はドワーフ…ですか?」
ドワーフ、というのは亜人種の一種だが、明確な種族としては分かたれていない曖昧な種族で、特徴としては身長が低い、鍛冶やそれに順ずる事が非常に得意なのだ。だから、ドワーフのほとんどは鍛冶で生計を立てているほどだ。
「おう、その通りだ。ここなら、俺たちは好きなように仕事ができるからな」
「えーちゃん、誰と話してるの~?」
シエルはルリと手を繋いで、エリーの元へとやってくる。本来なら奴隷と手を繋ぐなど、主人としての自覚などが問われる事があるが、シエルは別にそんなつもりで奴隷を、ルリを買ったわけではないのだ。
「ドワーフの人と、ちょっとね」
そう言えば、名前を聞いていなかったと、名前を聞こうとしたとき。
「じょ、嬢ちゃん達! こっちに来てくれ!!」
そう言われ、いきなり連れ込まれる。事情が理解できなかった三人はなされるがままに、ドワーフの男を含めて四人しかいない部屋に連れ込まれ、
「嬢ちゃん、この武器…つけて貰えねぇか?」
そう言ってルリに手渡されたのは、先端に三つの刃のついた爪だった。精緻な修飾がされていて、武器としてでなくても、貴族ならば買いそうな代物だった。
「つ、つければ…いいん、ですよね…?」
ルリはおどおどと二つの爪を自らの手に装備する。すると、驚くほどルリの手になじむ。それはまるで、ルリの為に作られたかのように。
「あんたが……これに選ばれた奴だったのか……」
ドワーフの男はようやく開放された、と言ったような口ぶりで話す。
「どう、いう事、ですか?」
「その爪は、選ばれたものにしかつけられないんだ。俺の親父が最期に作ってた武器でな、それを装備できる奴を探すのが、俺の役目だったんだよ」
そう言われ、三人は爪をまじまじと見つめる。その後、シエルがその爪をつけてみようとルリの手から外そうとすると、
『危ない!!』
ロウがいきなり現れ、爪を弾き飛ばす。いきなりの出来事に驚いたが、床に落ちた爪を見てみると、
「……突き刺さってる?」
床に爪の刃の部分が貫通していた。それも、音も無く滑らかに、まるでそこに穴があったかのようにすとんと刺さったのだ。
「その爪が認めた奴以外が触れたらああなるんだ。この世のほぼすべての物質を切り裂ける鋼刃拳『蒼煉幻冥刃』それが、その爪の名前だ」
「また、随分と物騒な…」
エリーは呆れたように漏らす。それに、ドワーフの男は苦笑で答える。
「お代は良いから、貰ってくれないか?そいつも、本当の持ち主を待っていただろうからな」
その言葉に、ルリはあうあう、と顔を赤くしながら頷いた。
「ほ、他の人に、何かを、貰うなんて初めて……」
「それなら、私も何かあげるから、楽しみにしててよ?」
シエルが負けじとルリに宣言して、ルリが再度慌てているのを横目で見ていると、
「……あの目の見えない嬢ちゃん、星霊見えてるんだろ?」
「っ!!」
エリーは咄嗟に臨戦態勢をとる。ドワーフの男はどっしりと座ったまま、動こうとしない。
「どうした?座ってじっくりと話そうや、妖精族の嬢ちゃん」
自分の秘密まで看破されている。一触即発の空気になり、エリーは今すぐにでも魔法を使えるように用意すると、
「落ち着けって、俺は別にそんな気は全く無い。あえて言うなら、あんた達に武器を作らせてくれ。今の俺が作れる最高の武器を。その代わりに、星霊の見えてる嬢ちゃんと少し二人きりにさせて貰えないか?もちろん、おかしな事はしない」
エリーは真剣そのものな、その瞳を見て、今にも爆発しそうだった感情を抑える。その言葉は嘘ではない。そう、思わせるほど正直な瞳だった。
「……しぃに変な事したら、一生、物を作れない身体にしてやるから」
エリーは敵意を込めて、そう吐き捨てると扉を勢い良く閉めて、部屋を出る。ルリも話の流れから、静かに部屋を出て行く。
静寂が部屋を包む。男は椅子に座ったまま微動だにせず、シエルはくるくると回っていた。
「……それは、星霊との挨拶かい?嬢ちゃん」
男は、不思議そうに呟く。シエルはくすり、と微笑むと。
「違うよ、おじさん。星霊さんとお話しするときは、普通にお話ししているもん」
「そうなのか?『星の巫女』を見るのは初めてだからな。詳しく教えてほしいんだよ」
その言葉に、シエルは軽い調子でいいよ~と引き受ける。
「って、言いたいけど……星霊さん、今はいないし……」
残念そうに、顔を俯けるシエルに男は小さな石を差し出す。
「この石は、魔力を流すと星霊を呼び寄せる事ができる。星霊と話せる力、見せては貰えないか?」
シエルは頷くと、石に魔力を流し込む。すると、石は淡く発光し不規則な点滅を繰り返す。ドワーフの男にはそう見えているだけだが、シエルの瞳には。
「おお~星霊さんがいっぱい……」
色とりどりの星霊が、視界に映っていた。属性は鍛冶場が近いからか、火や土、風の星霊が多めだった。
シエルに見えている事が分かった星霊はこちらに話しかけて来る。
『貴女、私たちが見えてるの?』
「うん、見えてるよ~」
ただ、星霊の声と言うのは、魔力の波長のようなもので基本人間に聴くことはできない。そして、魔力の扱いに慣れてないものも聞き取れない。
したがって、今ドワーフの男にはシエルが、宙に向かって一人で話しているように見えるだけのはずだ。
『私たちを呼んで、どうするつもり?』
「どうって、お友達になれればいいかな~って」
シエルの言葉に、星霊たちは一斉に笑い声を上げる。それが、なぜなのか理解できていないシエルがきょとん、としていると。
『ごめんなさい、私たちを呼ぶ奴らって大概、どうでもいい事ばっかり考えてるから……』
「私のお願いも、どうでもいいの?」
シエルが、そう聞くと。
『全然。過去に頼んできたどのお願いより、魅力的よ。だから、お友達になりましょう?私はアクナ、よろしくね』
そう言って、シエルの身体の周りをふわふわと飛び回る。それを口火に、他の星霊も次々とシエルに話しかけ、シエルと関係を結んでいった。
「私は、シエルって言います。私…まだまだ力が、足りないから皆の力を借りる事になっちゃうけど、いい…?」
『私たちは星霊、力を貸すのも私たちの役目の一つよ。シエル』
アクナのその言葉に、シエルはほっと一息つく。そして、シエルは改めて契約の誓いの言葉を述べる。
「貴女達は、私を見てくれる。私を守ってくれる。だから、私もできる事なら、いえ…貴女達が危険な時は、私が守る」
『私たちも、貴女を全力で守る』
星霊達は空に向けて、何かを告げる。すると、シエルの周りに小さな光の珠がいくつも飛び回る。その後、シエルの身体に溶け込むように消える。その後、自らの身体に起きた異変に気付く。
「ん…?魔力がいつもよりもたくさんある…?」
なんとなくだったが、いつもよりも魔力が多く使えるような気がした。
「これからよろしくね♪」




