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彼女なりの矜持

 あの出来事の後は、特に突っかかってきた貴族の生徒も手を出すことは無く、そのまま初日を終える事になった。

 シエルは白魔法科担当の顧問から渡された教科書を両手に抱えて、自分の部屋に戻りながらあの貴族の生徒に言われた一言についてずっと考えていた。


『平民なのに無理するなよ、惨めだぞ?』


「……私って、惨めなのかな……?」


 ぽつりと漏らしたその一言に、ルリが必死で否定する。


「そ、そんな事無いです! お嬢様は、私みたいな奴隷にも優しくして下さってますし、誰にだって分け隔てなく接してくれていますし……だ、だから!」

「うん、ありがとね。励ましてくれてるのは、よく分かった。ありがとね、るぅ」


 シエルのその言葉はどこかいつもとは違っていて、ルリを安心させるような、抱擁感のあるような、そんな雰囲気ではなく、どこか暗く淀んだようなそんな語気だった。


「……ん、お礼を言われるような事はしてませんよ」


 ルリは並んで歩いていた歩を少しだけ、遅めてシエルの後ろをついて行く。


『お嬢様、あの娘の言う通り、あまり気にしなくてもいいんですよ。考えすぎです』

『だねー、私もそれはルーシャに同意。正直あいつは私もいけ好かないし』


 ルクスリアとエリミアも、ルリに同意するように、シエルに気にするなと意見する。


「……わかってる、分かってる、けど……」


 シエルはその言葉を理解しようとしても、やはりその言葉が耳の端にちらつく。忘れようと、きにしまいとしても、あの言葉が流れ込んでくる。


『とにかく、今日はゆっくり休みましょ? あんな男、どうせ三日四日と経てばシエルの事なんて忘れてるわ』

「……うん、そうだね」


 ぎゅっと教科書を抱きしめて、シエル達は自室へと戻った。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「ただいまー」


 シエルが扉を開けると、エリーも帰りたてだったのか、おかえりーと挨拶を交わしながら教科書を机に置いていた。


「……しぃ、何かあった?」


 エリーはシエルの言葉を聴いた瞬間、彼女はほんの少しだけ険しい表情になってシエルにそう問う。


「な、何も無いよ? どうしたの?」

「だって、いつものしぃの声じゃないから」


 エリー以外には分からないような声の変化があるのだろう。少なくとも、部屋に戻る前にシエルはエリーに心配をかけまいと、普段通りの接し方をする予定だったのだ。ルリ達にはシエルの声は至っていつも通りに聞こえたのだが、エリーには見破られてしまったようだった。


「そ、そんな事ないと思うよ?」


 若干動揺しながらも、シエルは敢えて嘘をつき続ける。エリーにだけは心配をかけさせたくない、困らせたくない、迷惑をかけたくない、とそんな感情が混ざりに混ざった結果、勝手にそう言ってしまっていた。


「……そっか、私の気のせいなら、それでいいけど」


 エリーはそれ以上何も言わなかった。シエルは上手く誤魔化せたと安心したのか、ほっと一息つくと。


「うん、心配してくれてありがとう。ごめんね、えーちゃん」

「ううん、別に謝らなくていいよ。あ、これは言っておかないと……ちょっとしたら会いに行く人がいるから、二人ともしぃの事頼んだわ」


 エリーは自らの剣の刀身を丹念に手入れして、具合を確かめていた。彼女の剣は魔法を刀身に付与して戦う魔法剣を主軸にして戦うため、一般的な刀剣よりも剣の痛みが激しく、通常の剣よりもこまめに手入れをする必要があるのだ。

 しかも、手入れに使用する砥石は『魔水晶』と呼ばれる特殊な水晶で、土地そのものに星霊が住み着いている場所に生成されるらしく、市場にはそこまで出回る事のない貴重品との事らしい。

 小さいものでもそれなりに値が張るらしく、アトラがエリーに魔水晶を渡す時に「大切に使ってくれよ?」と真面目な表情で言っていた事が忘れられず、自分で魔水晶の値段を調べて、大切に使わなければならないと、手渡された小さな魔水晶を改めてみながら思ったこともあった。



「それじゃあ、行ってくるわね」


 剣の手入れを終え、鞘に収めてからシエルの頭を優しく撫でてから、部屋を出る。


「準備は出来たかい?」


 扉を閉めた直後、背後から声をかけられる。その気配を感じさせない動きはもはや暗殺者のそれと大差なかった。


「……流石に、生徒の背後に気配を消して現れるのはどうかと思いますが……ユニさん」

「それもそうだね。……でも、君も君だよ?」


 後ろから話しかけてきたユニに対して、エリーも反射的に剣を抜いて首元に突きつけていた。呆れ気味に剣を鞘に収めると、


「背後に気配を感じさせずに現れる輩なんて、碌な人間じゃない事は理解しているつもりですが」

「ははは……まあ、否定はしないね」


 ユニはあげた両手を下げると、ぽんと両手を叩いて本題を切り出す。


「さて……それはそうとして、強くなりたいんだっけ?」

「……はい、私は強くならないといけないんです。 ……大切な人を守るために」

「大切な人、ねぇ……君と同じ部屋に居る娘、かな?」


 ユニがにやにやと笑いながらそう聞いてくる。無論、エリーに答える義理はないので答えることなく無言を貫いていたが、ユニはそれが答えだと思ったのか、ふぅん……と思わせぶりなため息をついた後に、着いてきてとエリーを先導し始めた。



「はい、着いたよ。とりあえずここで一太刀交えようか」


 ユニに連れて行かれた先は、学園の中でも特に人気の少ない、校舎裏の練習場だった。エリーも朝のジョギングなどでたまに通るが、基本的に人はいない場所だった。

 ユニはマイペースに身体を伸ばしてストレッチを始めている。エリーはその状況に少しの戸惑いを覚えつつ、いつ攻撃をしかけても、仕掛けられてもいいように身構えていた。


「あははっ、そんなに身構えててもしょうがないよ。もっと肩の力を抜いてもいいのに、ほらほら」


 そういうと、身軽な動きでエリーの背後に回りこんでガッ、と両肩を掴む。


「っ!?」


 それに、反射的に反応したエリーは、ユニの片腕を掴み、全力で投げ飛ばした。ユニは、それを何事もないかのように受身を取って、軽い口調で注意する。


「流石にいきなり投げるのは危ないと思うよ? 僕みたいなのじゃないと反応できないしさ」

「……あんな事、不意に出来るのは貴方みたいな人だから、心配ないですっ……!」


 それを皮切りにエリーは剣を抜き、抜刀からの一閃を放つ。

 が、それをまるで当然のように紙一重で躱す。続けざまに二度、三度と斬閃を放つもやはり紙一重のところで躱されてしまう。それがまるで遊ばれているように感じたのか、エリーは容赦なく攻撃を続ける。


「っ……付与(エンチャント)紫電(モルフードル)』」


 エリーが剣を振り払いながら、付与魔法をかけると刀身に紫電が迸る。そのまま大きく前進し、紫電を纏う剣で一閃した。


「っ……これは流石に不味い、かなっ!」


 ユニの目の色が変わり、初めて剣を抜き、その剣と打ち合った。白銀の刀身を持つまるで宝石のように煌びやかだった。


「んー……出し惜しみは良くないかな……」


 ぽりぽりと頭を掻いて、エリーと正対するユニの表情は、先ほどまでの飄々としたものとは違い、エリーをきちんと相手として認めたのか、戦士としての表情に変わっていた。


「……ようやく、本気で相手をしてくれるんですね?」

「そうだね、ちょっと君の実力を見誤ってたかなって──いくよ、死なないでね」


 瞬間、ユニの姿が目の前から消える。そして背後から強烈な殺気を感じ、咄嗟に背後を向き、剣を盾にしようと構えたが──



「遅いよ『コズミックレイ』」



 ユニはさらにもう一度方向転換を行い、さらに背後に回っていた。そこから、零距離で雷魔法をエリーに容赦なく放つ。雷撃の衝撃によって大きく吹き飛ばされ、塀に叩き付けられる。

 肺の中の空気を全て吐き出し、崩れ落ちたその身体に、ユニはさらに追撃を仕掛ける。


「……っ!!」


 それに対応すべく、意地の力だけで無理矢理身体を動かし、剣の一撃をすんでの所で躱す。だが、躱したといってもごろごろと身体を転がして避けただけ。ユニは、その横腹に無慈悲に追撃の足蹴りを入れて、エリーの身体を確実に壊していく。


「はぁ……あのね、君と僕とじゃ圧倒的に戦闘経験が違うから、勝負になるわけないでしょ。流石に戦闘経験はセンスじゃ補えないよ」


 ユニは傷ついたエリーを起こして、回復魔法を使い傷を癒す。


「……っ、それでも……強く、なりたい。誰よりも……強く……」

「んー……まあ、今の君が強くなるための一番の近道は沢山の敵と戦うこと……かな」


 ユニは困ったように、そう言う。エリーは回復魔法である程度治された身体とはいえ、全身ボロボロだったその身体で、エリーは少しよろめきながら跳ね飛ばされた剣を取り、相対する。


「……もう、一回。私と、戦ってください」


「やだ」


 ユニはエリーの言葉を脊髄反射並みの速度で拒否した。


「そんな身体で戦ったって、何の成果も得られないよ。今日は帰ってしっかり休む事。そうしたら明日もう一度戦ってあげる」


 エリーはそれを聞いて、少し思案した後大人しく剣を鞘に収めた。


「ん、それじゃあ今日は休む事」

「……はい、次は、もっと戦えるようになります」

「あははっ、期待してるよ」


 エリーはぺこりとお辞儀をして、寮へと戻っていく。それを剣を納めながらユニはにこにこと笑顔で見守っている。


「うーん……素材は悪くないから、今後に期待……かな」



 ◇◆◇◆◇◆◇



 エリーがユニに揉まれている頃、シエルはというと──


「うーん……えーちゃんどこに行っちゃったのかな?」

「それは妾も知らぬのう……ろくせいしょう……?とかいうのと出際に話しておったのは知っておるが」

「ほえー……六星将って確か、この国で一番強い人たちじゃなかったっけ?」

「確かその筈ですよ。……それにしても、何でそんな人がこんなとこに居るんでしょうね?」


 シエルとルリが不思議そうに首を傾げていると、こんこんと扉がノックされる。


「はいはーいっ、誰ですかー?」


 エリーはとてとてと扉まで歩いて、訪問者を出迎える。


「や、久しぶりだね」


 亜麻色の髪をなびかせ、鈍色の瞳でウインクして同姓の女生徒でさえ射止めてしまいそうな挨拶をしてきたのは、


「あ、アスティア先輩、お久しぶりですっ」


 エリー達が所属している『迷宮探索部』通称ダンサーの部長であるアスティアだった。前に連れ去られた時のお供の男子生徒二人も後ろで待機している。


「うん、久しぶりだね。……うん?そこのお嬢さんは?」

「妾の事か?」


 クオンがひょこっと顔を出すと、アスティアはふむ……と、クオンの事をじっと見つめる。


「彼女は君の友人のエリーちゃんの使い魔……になるのか?」

「ん、そうじゃな。契約上は妾は使い魔じゃな。まあ、そんな下等なものと一緒にされたくはないがのう」


 クオンはふふん、と得意げに笑った。アスティアはそれにくすっと笑った後、真面目な表情になり、エリーに耳打ちする。


「君が何か吹き込まれたという相手の貴族、あいつは危険だ。気をつけたほうがいい」


「え……?」


 不意にそう言われて、何故そんな事を知っているのか、と聞こうとすると、それを遮るようにアスティアが口を開く。


「お、そういえば、君達は二年生になったんだっけか」

「え……あ、はい……そうですけど」

「それならちょっと案内したいところがあるから、ついてきてくれるかな?勿論、君たち二人も一緒で構わないよ」

「それなら……いいよね?」


 ルリとクオンはこくんと頷いて、シエルは扉の鍵を閉めると、アスティアの後ろをついていく。


「あ、あの……どうして、あの事を知ってたんですか……?」

「ふふ、私はこの学園でも結構顔が利くほうでね、独自の繋がりを持ってるのさ」


 話し込んでいる内に、二年生以上しか入ることが出来ない専用棟の目の前まで歩いてきた。フィオーレ学院はものすごく面積が広い上に、魔法での転送装置があるとはいえ5階建てという高さなので、歩いて学園中を移動しようものなら間違いなく日が暮れてしまうだろう。


「さてさて、ここだよ。私が連れて行きたかった場所は」

「ここ……ですか?」

「ああ、まあ入ってみれば分かるよ」


 そういって扉を開く。ここで、徽章が二年次以上の物ではない生徒は結界に弾かれてしまう、という仕組みになっている。

 恐る恐るアスティアに続いて、そこに入るとそこにあったのは──


「ギルドの、受付カウンター……?」


 前にシュヴァルツシルトで見た事のある、依頼を受けるためのカウンターと、依頼が張ってあるコルクボードがいくつもあった。


「そうそう、ここは二年生以上になったら入れる場所で、一般の人が学園に直接依頼を出して、生徒達が依頼を受けられる場所になっているんだ。普通のギルドよりも依頼内容は簡単なものが多くて、生徒達の経験を積む事もできるし、依頼者は報酬金も少なめでいいから相互利益があるのさ。ただ、依頼の内容によってはちょっと時間がかかる事もあるけどね……」


 アスティアがそう説明してくれている。シエルはそれを聞きながら、周りの様子を見ていると。


「ん? 他の所が気になるのか? 他のところは君の友人と一緒に改めて見に来るといいさ。私の案内したかった場所はここだからね、場所も二人が覚えてくれただろう?」

「え……? あ、は、はいっ」

「うむ、任せておくのじゃ」


 少し不安げなルリと、自信満々なクオンの二人を見て、アスティアは少し苦笑しながら、


「あはは、それなら心配要らないね。今日は帰ってまだ帰ってないエリーちゃんにここの事を教えてあげてくれ」

「はい、ありがとうございます、アスティア先輩」

「ん、気をつけて帰えるんだぞ」



 アスティア達と別れて部屋に帰ると、ちょうど同じタイミングで帰っていたのか、エリーがちいさなため息をつきながら服を脱いでいる場面に遭遇した。


「えーちゃん、ただいまーっ」

「しぃ、それに二人ともおかえり」

「うむ。主はどうしたのじゃ? 随分と服が汚れておるしかすり傷だらけじゃが……」

「ちょっと特訓してたのよ」


 エリーはそうぼかして、詳細は言わない。彼女も彼女なりにシエルに心配をかけさせたくないのだ。シエルもエリーと同じくらい、いやそれ以上に自分に対して過保護なのだ。


「ん……無理しないでね?」

「分かってるわ、ん……」


 ちゅっ、とシエルの額にキスをして浴室に入っていった。


「……はう……」

「おーおー、また真っ赤にしておるのう」

「ま、またってほど赤くなってないもんっ」


 シエルがぶんぶんと腕を振り、必死に否定する様を見てからかうクオンと、あわあわと慌てるルリ。その賑やかな声は浴室の中のエリーにも微かに聞こえていて、くすりと湯船の中で笑みを零した。


(あの娘達のためにも……頑張ろうっ)


 エリーはぎゅっと握りこぶしを作って、彼女と達との幸せな時間の為にこの剣を鍛えようと誓った。

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