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過去があるから、今が、未来があるのだから

「それでそれで、シエルちゃんとエリーちゃんってどうやって出会ったの?」


 未だにギルドで喋っているシエル達は、いつの間にか二人の出会いの話をレイラに聞かせることになっていた。


「確か、森の中でエリーが倒れてて、それを助けたのがきっかけだったかなー……」

「そ、そうだったっけ……?」

「そうだよー忘れちゃったの?」


 うぐっ、と声を詰まらせたエリーを上目遣いで見つめ、さらに追い討ちをかける。それに耐えかねて、目を背けたエリーに止めを刺すように小さくぼそりと呟く。


「……えーちゃんの馬鹿……」

「うっ……ごめんってば……」


 その様子を見て、レイラは我慢できずに吹き出してしまう。


「な、何がおかしいのよ!?」

「ごめんごめん……でも、ちょっと面白くて……」


 何がつぼに入ったのかわからないが目尻に浮かんだ涙を指先で拭い取った後、レイラは二人を見て、


「ほんとに、二人は仲がいいんだね。姉妹みたいでとっても素敵」

「し、姉妹……!?」


 顔を紅潮させて困惑するエリーを見ながらレイラがくすくすと笑い声を上げている。シエルもふふっと小さく笑い声を漏らしていた。


「し、しぃまで笑わないでよ……」


 ぎゅうっとスカートを握って、顔を下に向けながら小さく恨めしそうに呟くエリーにシエルがごめんね、と目の端の涙を指で拭ってから謝る。


「だって、そういうえーちゃん普段見ないから、ちょっと……ね?」

「ね? じゃないよ、もう……」


 ようやく落ち着いたのか、エリーは若干不機嫌気味に頬を膨らませてながら、レイラ達に顔を向ける。レイラがふと壁掛け時計を眺めると、時刻は既に夜の直前である事を知らせていた。


「ちょっとお話しすぎちゃった見たいだね。まだ聞きたいことは沢山あるんだけど、今度にしよっか。学園側への依頼の完了報告は私が責任をもってしておくからね」


 レイラは手を軽く振ってまた今度ね、と言って席を立つ。そしてシエルの横を通ると、彼女にしか聞こえない声で小さく、


「あの星霊さん達にも、よろしくね」


 そう言われ、びくっと振り向く。レイラにも星霊が見えていたという事実に驚きを隠せなかったのだ。だが、レイラは何食わぬ顔でカウンターに並んで依頼を物色していた。


「ったく……ほんとあいつは自由だな……長話に付き合わせちまって悪かったな。それと、お前らがウチに来るなら俺達は歓迎するぞ」


 じゃあな、と言ってリューベックもまた席を立つ。四人は一度顔を見合わせてから、ここを出ることを決めると、席を立ち、扉に向かう。この数時間で彼女達を物珍しい目で見る人はいても、ただのお嬢様、と見る目はどこからも無くなっていたのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 四人と霊姫たちは学園へと帰る道に着く。ギルドでずいぶんと時間を過ごしていたらしく、天高くにあった太陽は既に沈みかけていて、松明を準備している店も多く見受けられた。


「意外と話し込んじゃったみたいだね」

「そうみたいね……」

「お嬢様、今日の夕食はどうしますか?まだ新学期も始まってないから、食堂も開いていないと思いますし」


 ルリのその言葉を聞いてシエルは思い出したのか、あっ……と不味そうな声をあげる。

 ごそごそと自分のポーチの中から財布を取り出して、中身をそっと確認すると、


「……せ、セーフ?」

「アウトよ、しぃ」


 エリーがシエルの額をピンと指で弾く。横からちらりと中身をエリーは見ていたが、銅貨が数枚入っていただけだった。依頼の報酬は学園側で預かりとなっている為、受け取る場合は日中に学園の受付で受け取らなくてはいけないのだが、生憎、外は太陽の代わりに月が主役を買って出ている。

 どうやらシエルは硬貨の見分けはつけられないらしい。何となくそうだろうとは思っていたが、改めてこうやって見えてしまうと、少しエリーとしても考える所があるのか、少しだけ悩んだ後に口を開く。


「しぃ、お金が分からないなら私が預かってもいいかな、お財布。 ……こんな事言いたくないけど、悪い人に騙されるかもしれないし」


 その言葉から迷いや申し訳なさが滲み出ていたのはルリ達ですら理解出来た。だからと言って、シエルの行動を間接的に制限するような要求を無理矢理飲ませるのも良くないとエリーは思っている為、こんな中途半端な物言いになるのだろう。シエルは、そんなエリーの言葉を聞くと小さく微笑む。


「うん、いいよ。持ってても見えなきゃ使えないしね」


 えへへ、と笑ってみせるが、それがエリーの罪悪感を和らげるための行動だと言うこともシエルとずっと一緒にいたからこそわかった。


「……ごめんね、こんな事言って」

「だから気にしなくてもいいよーって、私の眼のことは私の次にえーちゃんが分かってるんだからさ」


 シエルはそうでしょ? とエリーに問いかける。エリーは少し不服そうな顔ではあったがこくっと小さく首肯した。それを横で聞いていたルリとクオンは二人に聞こえないように二人でひそひそ話を始める。


「お主のマスターは眼が悪いのかのう? 話を聞いている限りはそう思えるのじゃが」

「くーちゃんさんは聞いてなかったんでしたっけ? ……お嬢様は魔力を景色として見る事が出来る

 代わりに、今私達が見ているような景色は見えないんです」

「初耳じゃぞ……にしても不便そうじゃの、どうせ周りからの風当たりも強いのじゃろ? そうでなくてもあそこは貴族のボンボンが集まる学校じゃし……で、それはそれと、くーちゃんって何なのじゃ?」


 ルリが自然とクオンの事をくーちゃん呼ばわりした事に疑問に思い聞くと、


「え? だって、そっちの方が可愛いじゃないですか、クオンさんって呼ぶと堅苦しい気がしましたし、だったら間をとってくーちゃんさんかなって」

「何の間なのじゃ……」


 うむむ……と頭を抱えていると、二人の腰を折るようにシエルが横から口を出す。


「二人とも、行くよー?」

「うぇ!? は、はいっ!」

「すまぬな、手間を取らせた」

「幸い外食できる位のお金は私達の財布を合わせればあるし、問題ないわ。という訳で、行くわよ?」


 エリーはそう言うとすたすたとシエルの手を握って先を歩いていく。それに付いていく為に、慌てて足を動かし転びかけるルリ。それを見てクオンはため息を一つつくと、ルリの手を握って支える。


「はぁ……犬っ娘、お主は急きすぎなのじゃ」

「す、すみません……ありがとうございます」

「全く……主の主人を守るなら、この程度の事で慌てていてはやっていけぬぞ? 妾の主は随分とあの娘っこを気にかけておるしの」

「そう、ですね……でも、私はあくまでお嬢様の後ろを守ることさえできれば幸せですよ。お嬢様にはエリーさんが横についていてくれますから」


 ルリの一歩下がったその一言が気に食わなかったのか、クオンは握る手に力を込め不機嫌そうな声音で問い返す。


「お主はあの娘っこの横に立とうとは思わぬのか? あの夜に聞いた話じゃとお主の事を奴隷としてではなく、一人の個人として見ていると聞いたのじゃが」


 その問いにルリは、困惑と諦めの入り混じったような表情をして口を開く。


「確かに、お嬢様は周りの目のないところでは私を一人の亜人として見てくれています。ですけど……私はどれだけお嬢様に奴隷じゃないと言われても世間から見てしまえば奴隷であり、お嬢様が私の主人なんです。 ……だから、私がお嬢様の横に立つ資格なんて──」


 言葉をすべて言い終える前に、クオンが中指でルリの額をピン、と弾いて叩く。あ痛っ!? とルリが声を上げた事などお構いなしにもう二回ほど追い討ちでしかけた後に、クオンは無理やりルリの顔をこちらに向ける。


「無いとでも言いたいのか? もし、本気でそう言うのなら今からでも妾がお前の首筋を掻き切ってやるぞ?」


 その言葉には一寸の迷いのない本気の言葉だとわかり、ルリの背筋に冷たい汗が伝った。


「……私だって、本気で言ってるわけじゃないです……でも、出来ないんですよ、それだけ奴隷制度っていうのは根強くて、どうしようもないものなんですよ……」


 悔しげに小さく紡ぐ言葉は、紛れもなくルリの本心だった。帝国領土内での奴隷制度というものはそれこそ数百年前から存在しており、仮に何かが起こって奴隷制度が廃止になったとしても、裏では変わらず今と同じような事が行われ、貴族たちはそれを平然ともみ消していくのだろう。

 だからこそ、ルリは自らの立場が故にシエルの横には立てないと、そう言ったのだ。例えクオンが何かを変えようと考えていても、この『奴隷制度』そのものを根本から変えることは出来ないのだ。


「ふん、なるほどな。 ……だが、面白いではないか。お主があの娘っこの横に立てば奴隷達の心境も何か変わるかもしれんぞ?」


 含み笑いをしながらそうルリに問いかけるが、ルリはふるふると首を横に振る。


「変わりませんよ……それどころか、お嬢様に迷惑をかけちゃいます。貴族社会ほど出る杭を執拗に打ちに来る場所はないんですよ……? ただでさえ今のお嬢様達でも風当たりが強いんですから……これ以上お嬢様たちに負担をかけたくありません」


 ルリのその言葉に一つため息をついた後、呆れ半分、失望半分といった声音で小さく吐き捨てる。


「……臆病者め」

「何か言いましたか?」

「何も言っておらんよ……何もな」


 それきり、クオンはルリに話しかけることもないまま、二人の後ろをついていった。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「……はっ!」

「どうしたの? しぃ」


 すっかり陽も暮れて、夜の賑わいを見せる首都を歩きながらシエルが何かを思いついたような素振りをみせる。


「私達、学園の制服のままだけど大丈夫かな……?」


 そう、シエルの言うとおり、二人は学園指定の服のままなのである。外食を行うにしてもこの服のままでは、もし同じ学校の生徒に見られてしまった時に、勝手に尾ひれのついた噂を流されかねない。

 シエルは純粋に制服が汚れないか位の心配だとは思うが、それだけというわけにもいかない。エリーは少し思案してシエルに答える。


「そうね……なら、私達の服に魔法をかけて別の服に見せかけましょう。普通の人ならそれで誤魔化せるわ。 ……下手したら普通の魔法使いでも騙せそうだけれどね……」


 最後の言葉は、シエルには聞こえないように小さく呟いたのが幸いしたのか、うんっと嬉しそうに首を振って、どこで魔法をかけよう?と聞いてくる。


「そうね、流石に人前で使うのはよろしくないし、人気の少ないところに行きましょうか。 ……そういえば、あの二人はついて来てるわよね?」


 エリーが少し不安げに後ろを振り返ると、少し遅れてついてきているルリ達の姿が見えた。それを見てほっと安堵の一息をつくと、シエルの腕を少し強めに引っ張って人気のない場所を探しに向かう。


「わわっ……えーちゃん?」

「どうかした? しぃ」


 突然引っ張られたシエルは少し困った表情をしながら、


「い、いきなり引っ張られるとちょっと困っちゃう……かな? でも、ちょっと強引なのも……嫌いじゃない、けど……って、何言ってるんだろうね私!?」


 なんて事を言う。後半部分に関しては完全にシエル自身の願望だろう。顔を赤らめながら慌てているシエルにくすっと笑いながら、


「ごめんね、しぃ。ちょっと慌てちゃった。 ……それはそうと、強引なのがいいの……?」

「ふぇ!? そ、それは教えないよ!」


 エリーの切り返しに、シエルは両手をわたわたと振りながら誤魔化すが、その態度が全てを物語っている。エリーはそれ以上は何も聞かずに、今度はやさしくエスコートするかのように手を握って


「じゃあ、改めて場所、さがそっか」

「そうだね、えーちゃん」


 大通りから数本道を外れて、裏路地に入るとたちまち迷路のようになり、余程行き慣れている者でなければすぐに迷い込んでしまうような場所に小さな公園がぽつんとあるのを幸運にも見つけることが出来た。


「ここなら大丈夫だと思うわ、人の気配もしないし」

「そうだね、えーちゃん。 ……ルリ達、もしかして迷ったかな?」

「……ま、その時はクオンが飛んで部屋まで来るでしょ……ルリにしても私達の匂いを辿ってきたらいいんだし……ルリが気づければだけどね」

「気づけるかなぁ……ルリって変なところは鋭いのに、そこ以外はおっちょこちょいだから……」

「とりあえず、本来の目的を果たしちゃいましょ? しぃ、お願いね」


 はいはい~っと軽口と共に歌うように魔法を紡ぐと、シエルの服装が学園の制服から薄紅色を基調としたフレアのあるブラウスと膝より少し高い位置くらいに丈のあるスカートに変わっていた。対してエリーは、薄青色のワンピースに服装が変わっていた。


「しぃってばいつこんな服知ったの……?」


 エリーの知る限りでは、シエルに服の知識はそこまで無かったはずなのだが、いつの間にこんな服を知ったのだろうと純粋に気になったエリーはついシエルに聞いてしまう。


「えへへ~みーちゃんが服のこと色々教えてくれたんだよっ」


 嬉しそうに微笑みながら、くるくると回って変化させた服を自慢するシエルを見ていると心が吸い寄せられるような、そんな感覚をエリーは感じた。


「しぃはすごいわね。私なんかこういうのに疎いから全然わからないのに……」

「そうかなー?私はえーちゃんの方がすごいと思うよ?とっても強いし、かっこいいし……」

「ええっ!? そ、そんなこと──」

「あーるーのーっ」


 そう言ってエリーの言葉を遮るようにシエルはエリーにぎゅっと抱きつく。突然の事に目を白黒させながら、シエルの華奢な体を抱き寄せていると体重をそっとエリーに預け、少し照れくさいのかぎゅっとエリーの胸に顔を押し付けたまま小さく呟く。


「……こういう風にしてるだけでも、私、すごく安心して、落ち着くんだよ……? 昔から、私がいじめられた時とか、怖い時とか、こうしてくれたでしょ?」

「そ、それはそうだけど……」

「……あのね、本当の事を言うとね、今でも怖いの。周りに知らない人しかいなくても、また前みたいな事になるんじゃないかって……それ抜きでも、私達ほかの人たちより目立っちゃうから……」


 小さく震えながらシエルはそう言葉を紡ぐ。彼女にとって、あの村にいた時の出来事はやはり忘れることの出来ないものなのだろう。エリーはシエルの小さな頃から一緒にいたわけではないし、彼女自身でもない。だからこそ、彼女の辛さを一から十までわかることも出来ない。


「安心して、しぃの事は私が守るから。どんな理不尽からも、どんな敵からも、私が守って見せるから。しぃは、昔に私達がした約束覚えてる?」


 エリーは、まだ震えているシエルの体をやさしく抱きながらそう問いかける。


「うん、忘れるわけないじゃん」


 心外だと言わんばかりに少しの苦笑交じりに答える。そこから一拍おいて、小さく息を吸い込んで魔法の詠唱のように一言一句に彼女の気持ちを乗せて言葉にする。


「私は貴女に知らない事を教えてあげる」


 その言葉に続いて、エリーも言葉を紡ぐ。


「その代わりに、貴女は何を望むの?」

「私を、守ってください。貴女の全てを使って」


 その言葉を受け、エリーはやさしく微笑み、シエルの耳元で言葉を続ける。


「ええ、私の全てをもってして貴女を守ることを誓いましょう────私の、大切なお姫様なのだから、ね」

「え……?」


 シエルがぽかんと呆けた表情になると、エリーはそっとシエルから離れてくすっと悪戯っぽく笑みを作る。


「ふふっ、しぃのそういう顔久しぶりに見たかも」


 シエルの滑らかなブロンドの髪を手櫛でさらさらと梳く。しばらく髪を切っていないからか、少し伸びた髪からはふんわりと甘い香りがした。


「こうするのも、久しぶり……かな?」

「ん……そうかも」


 シエルは嬉しそうに自分の頭を触りながら、エリーをじっと見つめる。


「えへへ……これからも、よろしくね?」


 少し恥ずかしそうにしながらシエルは、はにかむ。


「言われなくても。私はしぃを守るためにここに居るんだからね。さあ、ご飯を食べに行きましょ? そこに居るのはわかってるから、二人とも行くわよ」


 エリーが自らの左後ろの木にそう声をかけると、動揺したのかバランスを崩してべちゃあっと転んだルリと、その上に覆いかぶさるようにクオンが倒れてきた。

 エリーは一つため息をついて、地面に倒れこんでいる二人に言う。


「最後まで出てこなかったのは評価してあげる。でも、今度からはもうちょっと気配を隠しておきなさい? バレバレだったわよ?」

 そう言いきられうっ、と言葉が詰まる。追撃の口撃がくるのかと思った二人が内心身構えていたが、それとは裏腹にエリーは楽しそうに笑いながら、


「これを機に隠密行動の練習でもする事ね」


 くすくす笑いながら、シエルの手と手を繋ぎ再び大通りへ戻ろうとする。


 シエルは思った。昔は独りだったかもしれない。でも、今はエリーが、ルリが、クオンが、そして霊姫達がいる。それだけで彼女にとっては心の支えになり、障害を乗り越えるための力になる。

 彼女は言葉に出さずに、自分の心の中だけで大切な人たちに告げる。


(ありがとう、みんな)


 胸の中で思いを伝えながら、シエルはエリーの手によって引き連れられていく。


 いつか、自分の目で彼女達の本当の姿を見ながらその言葉を言える日を信じて。

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