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成果報告の時間です!

「そんな感じで朝までずっと話してましたね……」


 ルリはぐてーっとした体勢のまま昨日の、正確には昨日から今日にかけてまでの顛末を話していた。


「……いや、それはいいんだけど、あなた達私達の秘密、話していないわよね?」

「それは勿論ですっ! 私はジュースしか飲んでいないので、クオンちゃんが喋っていないのも覚えていますよ!」


 随分と自信満々に言うので恐らく真実なのだろう。とはいえ、本当に話したとしても二人の秘密について信じるものが何人いるかも若干疑問ではあるが。しかし、随分と長い話だったと思っていると。


「……すぅ……すぅ……」

「……ルリ、寝てる?」


 ずいぶんと安らかな寝息を立てて眠っているルリに、シエルは苦笑しながらブランケットをかけてやると、にゃふぅ……♪ と随分安らかな寝息を立てているその寝顔を横目に見ながらふっと時計の針を視界に入れると、その時間に反射的に声を上げる。


「にゃあ!? もうお昼だよ!?」


 時計の針が上向きに重なっていることに気付いたシエルが大慌てで服を着替えていると、安心しなさいとばかりにぽんぽんとシエルの頭を優しくエリーが叩く。


「大丈夫よ、セッカは午前中に学園に来ることはないわ。だから、今から服を着替えて向かえば多分間に合うはずよ」


 確かにセッカは学園に午前中に居ることはほとんどと言っていいほどにない。故にセッカに用事がある場合には午後に向かうことの方が多い。


「あ、そっか……! なら、今から急ごう!」


 シエルがすぽーんと服を脱ぎ捨てて、素早く着替える。いつもの着替えの時間から考えると想像もできない速さだったが、それだけ早く報告をしたいのだろう。何せ試験のためとはいえ、シエル達に取っては二度目の依頼だ。冷静に見えるエリーも、シエルと同じように多少の感情の高ぶりはある。


「しぃ、着替えた?」


 エリーも同じく着替えを済ませ、部屋の扉を開ける。まだ長期休みの終わっていない寮内は静けさに溢れかえっており、生徒の姿はほとんど見えなかった。小走りに閑散とした廊下を抜けて、学園長室へと向かう。


「たのもー!」



「……学園長ならまだ来てないわよ?」


 元気よくシエルが扉を開けると、そこにいたのはセッカではなく兄妹の片方、フレイの姿があった。


「な、何でここに……!?」

「何でって依頼を終わらせたからに決まってるでしょ?」

「フレイちゃんの所にも依頼が……?」

「そうよ? おにぃと依頼を受けて、終わらせたあと私が速攻で帰ってきたって感じだけど」


 学園長室のソファーを足でぽんぽんと叩きながら、そう言ってきた。


「依頼って……何の?」

「んーとね、辺境の森の村付近に住みついた魔物の掃討。確かここから三百キロ位の場所だったかな……?」


 軽く言っているが、帝国から三百キロ離れた場所ともなると、完全に辺境の土地でシエルたちが住んでいた所とほぼ変わらないような生活地域になるだろう。そこに行くとなると、片道でも一週間程はかかるのだが、


「私が本気で走ってニ日だから、おにぃに確認してもらって帰るだけの作業だったから簡単だったわね」


 まるで当然かのようにそんな事を言ってのける。馬車で片道でさえかなりの時間がかかる道をどうやってそれだけ速く、と考えたが過去にシエルがフレイと鬼ごっこで時間を潰していたときにフレイが使っていたあの超高速移動を思い出した。


「あのすっごい速いやつ……?」

「あの鬼ごっこのときにやった『縮地纏雷(ソニックムーブ)』の事でしょ?あれでちょちょっとね」


 ふふんっと、ドヤ顔で笑うとポケットから棒付きの飴を取り出してパクっと口に含む。この空気の中ルリとクオンはまるで何事もないかのように学園長室を物色していた。


「お、この棚の中に入っているのは何じゃ?」

「あっ、ダメですよー! 多分お茶請けだとは思いますけど、勝手に食べちゃ──」

「そうよー? せめて許可は取りなさいな」


 ドアの開く音すら立たせずに入ってきたのは、この部屋の主であり仲介人であるセッカの姿だ。ちなみになぜドアを開ける音がしなかったのかというと、ご丁寧に消音魔法をかけて、部屋の中の人間に見つからないようにこっそりと入ってきたからだ。


「セッカさん、依頼終わらせてきましたよー」

「学園長、私達も依頼を完了しました。おにぃは帰っている途中ですが終わらせてきましたっ」


 シエルとフレイがほぼ同じタイミングで依頼品を収納するための支給用の魔法鞄をセッカに渡す。苦笑しながら二人の魔法鞄の中の品を出して確かめる。中にはゴーレムのコアとなぞの骨で作られた首飾りのようなものが作られていた。それを一瞬だけじっと見つめるとすぐに鞄の中にしまい込む。


「うん、確かに依頼は完了ね。この鞄と依頼品は責任を持って私が届けておくわ」


 ほっと胸をなでおろした三人をよそにお茶請けとどこからか淹れてきた紅茶で随分と自由気ままに過ごしている二人にエリーは視線を向ける。


「で、貴女達は何をしてるの?」


 にっこり笑顔でそう話しかけると、二人がびくんっと身体を震わせながらびしっと背中を伸ばすのがシエルには少し面白く思えた。恐る恐る二人が振り向く口の端には小さなお菓子の欠片のようなものがついていた。


「き、休憩……?」

「別に休憩するほど何かしてないわよね?」


 未だ笑顔を崩さないエリーはまるで能面のようにも見え、二人は冷や汗をかきながら口の中に残ったお菓子を飲み込みながら次の言葉を待つことしかできなかった。


「……まあ、いいわ。別に何かやらかしたわけでもないし」

(私の秘蔵のお茶請け菓子が食べられたんだけどなぁ……)


 セッカが何か言いたげにエリーを見つめたが、何もなかったかのようにふいっと視線を反らした。何がエリーからセッカの好感度を奪い続けているのかは分からないが、少なくとも今回の突然の依頼も含まれているとは思うが、それにしても嫌い過ぎではないじゃないだろうかとセッカが思っていると。


「どうしてセッカはこう、私とシエルの時間が空いているときに限って何かを頼んでくるんかしら……」


 その文脈から察するにほぼ十割が私怨によるものだと感じ、苦笑せざるを得なかったが、そういうのであれば本当にタイミングが悪かったのも事実なのだろう。神の悪戯と片付けるには少しタイミングが良すぎる気もするが。


「ま、まあ……なにはともあれ、ありがとうね。突然の依頼とはいえきっちりこなしてくれて助かったわ」


 エリーの視線から逃れるようにセッカは依頼完了の書類をサラサラと書き上げて、二人に渡す。


「これは?」

「それは依頼完了の証明書よ。本当は依頼品と一緒に持っていくんだけど、今回は生徒にギルドがどんな所かを教えるって理由で特別に許可をもらってきたわ」


 それじゃ、っと小さく手を振ってセッカは部屋を後にする。後にする、というよりは逃げ出すという方が若干言葉の意味があっているような気がしたが、それには誰も触れることはなかった。フレイは兄の帰りを待って、合流してから向かうと言ってさっさと部屋を出ていき、残ったのはシエル達となった。


「私たちはどうする? このままギルドに向かう?」


 エリーがこれからの予定をシエルに尋ねる。シエルも少し思案した後、


「そうだね、ギルドにいこっか。それで……どこのギルドなの?」


 普通のインクで書かれているものはシエルには読むことは出来ないため、エリーにそれを渡し読んでもらう。


「えっと……ギルドの名前は『シュヴァルツシルト』んーと……確か、帝都の東側にあるかなり大きめのギルドね」


 シエルも名前に聞き覚えはあった。ギルドの話というのは、エリート達の話ともなると嫌でも耳に入り込んでくる。その中でも比較的多く名前を聞いたのがそのギルドだった、という話だが。距離としては学園からもそこまで離れた場所ではなく、少し遠めの散歩がてらに行くことが出来る程度の距離にある。もちろん今から行くことも十分可能だ。


「そこなら、そこまで遠くないし今から向かおっか」

「わかったわ」



 ◇◆◇◆◇◆◇



 学園から地図を貰い、正確な場所を地図と睨み合いながら探し始めた。中央通りを東側に抜けると、辺りの店は武器や防具を取り扱う店が殆どになり、道行く人々もギルド所属の冒険者ばかりになる。店の前には大樽の中に無造作に武器が突っ込まれて売り出されていた。

 中央通りよりもピリピリとした雰囲気を放つ路地を足早に通り抜けて、目的地に向かう。


「ここがそうなの……?」

「ええ、ここで間違いないはずよ」


 シエル達の目の前には石造りのかなり大きな建物があった。屋根には剣と盾の紋章、そして『シュヴァルツシルト』と書かれた石造りの札が付けられていた。


「おじゃましまーす?」


 シエルが扉を開けた途端、酒の臭いと騒々しいとまで思える五月蝿さが辺りを支配する。その五月蝿さに全員が耳を塞いでいると、赤髪のショートカットの女性が近付いてきて。


「あなた達ここは初めて?」


 四人はこくこく頷くと、女性はくすっと顔をほころばせると階段を指さした。恐らく登ってほしいという事だろう。四人は指示の通り階段を上っていく。二階に上がると、あの喧騒も随分とマシになりお互いの声もまともに聴こえるようになった。


「ふう……ごめんなさいね、ここいっつも五月蝿くて……私はシュヴァルツシルトの受付嬢メイルよ」


 シエル達も一人一人の自己紹介を軽く済ませると、本題の依頼完了書を渡す。すると、メイルはああ……と相槌を打って依頼完了書を受け取ると、


「なるほど……学生さんだったのね、あなた達……なら知らないのも無理はないわね。あ、報酬を渡すから、一度下に行くわよ。ついてきて」


 階段を一段降りるごとに五月蝿さを増していく階段を降りきり、喧騒の渦の中に飛び込む。四人は未だに慣れずにいるがメイルは慣れた足取りでスイングドアを開けて、奥の棚をごそごそと探っている。


「どしたぁ?お前ら新人かぁ?」


 酒に酔ったがたいのいい男がシエルの肩をがっと掴んでくる。それに反射的にシエルはびくんと身体を震わせ、ほぼ同時にエリーが剣の柄を使い、男の手を弾いた。力を込めていないとは言え、明らかに敵意をむき出しにしたその一発にいくら酔っていたとも言えど、荒い口調と酒臭い息を吐きながら口を開く。


「っでぇ……やんのかおらぁ!?」

「うるさいし酒臭いわね……アンタがしぃの肩に手を置いたのが悪いのよ」


 一触即発の雰囲気に一瞬にしてなるが、ここのギルドでは日常茶飯事なのか誰もが特に気にすることなく食事を進めたり、酒を飲んだりと好き勝手な事をやっている。むしろ囃し立てる人間がいるくらいだ。そんな事は全く関係ないが、エリーはシエルが男に触られたことで半分我を忘れていて、シエルはああなる状況を作った張本人だからかどうやって止めていいかと思案しながらおろおろとしている。クオンとルリに至っては、ギルドの中をちょろちょろと走り回ったり、何があるのかを見ながら楽しんでいる始末だ。

 そんな時扉が開いて、聞いたことのある声が喧騒の中でも消えることなく届いてきた。


「相変わらず騒がしいわね、嫌いじゃないけれども」

「ほんとだよな……うんざりするほどにうるっせぇ……」


 銀の長い髪に藍色の瞳の少女と、猫のような尖った耳と鋭い目をした少年の二人、間違いなくリューベックとレイラの二人だった。あの二人がここに入ってきた途端に喧騒が嘘のように引いていく。それはまるで訓練された軍隊のようで、エリーと口論をしていたあの酔っぱらいでさえもびしっと立っているくらいだ。その様子は走り回って自由にギルドの中を見学していたルリ達すらも立ち止まらせるほどだった。


「んあ……? あー、お帰りなさーい。今回は速かったのね」


 唯一メイルだけは変わらない態度を取っていた。こういう状況にも慣れているのだろうか、と別の思案を始めようとした時。


「あ、シエルちゃん達だーやほやほーどうしてここに?」

「この依頼完了書を……ってなかったんだった……」

「あー、なるほどねーそっかそっかーそれで、ここが依頼ギルドだったわけね」


 うむうむと頷くと適当な椅子に座って、シエル達もと促してくる。それに導かれるまま大きな丸テーブルの周りの椅子に腰かける。そのままメイルに何か軽いものちょーだーい!と注文していた。それからシエル達の方向へ向き直り。


「それでシエルちゃん達はどんな依頼受けたの?」

「えっと、ダンジョンの最奥にあるボスの核を取ってきてって依頼……でした」


 まだ緊張が残っているのかシエルにしては珍しく敬語を使っていた。それにレイラは少し苦笑しながら緊張をほぐす用に優しい口調で語りかける。 


「そんなに緊張しなくていいよー……ほら、お料理もきたしっ」


 タイミング良く運ばれてきたのは、香ばしく焼かれた鳥と色とりどりの野菜が添えられているサラダだった。果たしてそれが軽いものなのかどうなのかは置いておいて、今まで何も口に運んでいなかった四人にとってはかなり空きっ腹に訴えかけてくるものだった。加えて、焼きたてのパンまで運ばれてきた。


「食べながらゆっくり話さない?」

 そう言われてしまえば、もう我慢する必要など無いとばかりに、静かに、だが確実に皿に料理とパンを運んで食べ始めた。


「……もしかして、朝何も食べてなかったりするのかしら……?」

「ふぁい、おひょうふぁまに、ふぃのふのふぉとをふぇつめいふぃてふぁりふぃてまふぃたので……」

「待っててあげるから、食べてから喋ろっか……」


 レイラが苦笑しながら、口にサラダと鶏肉を運ぶルリを見つめていると、三人も観念したかのように料理を柔らかい表情で口に運び始めた。それを見て安心したのか、レイラはほっと胸をなでおろす。

 数分とかからずテーブルに置かれた皿がすべて空になり、それが下げられると、改めてレイラが口を開く。


「それで、今回の依頼は別に私達がいるギルドだから選んだって訳じゃなさそうだね……? 少なくとも、みんな驚いてたし……」

「はい……私もびっくりしました……」

「あいつほんとそういうとこは性格悪いよなぁ……俺らがあそこに居た時もそんな事ばっかりあったし……」


 リューベックが深い溜め息を一つついて過去のことを思い返していた。相当な事があったんだろうなぁと思っていると


「まあ、多分これからも苦労するだろうが、半分受け流すぐらいで頑張ってくれ……」


 まさか、リューベックからそう言われるとは思わなかったのか、二人どころかレイラまで少し驚いたような表情をする。


「まさかリュー君がそんなことを言うなんて……」

「なんでお前がそういう態度になるんだよ!?」

「いや……リュー君そういうの柄じゃないし……」


 そんなことねーだろ!? とリューベックが周りを見渡すが、こぞって視線をそらすばかりで悲しいかな、誰ひとりとして賛同するものは居なかった。がくりと肩を落とすリューベックを見て、二人の緊張の糸もようやく完全に緩んだのか、くすっと笑みがこぼれる。それを見て嬉しそうに、


「やっと笑ってくれたね」


 そうレイラが小さく言葉を漏らした。だが、その言葉は再び生まれた喧騒の中では誰にも聞こえることのない、大海の中のさざなみのような一言だった。


「この子達の未来に、光あれ」


 もう一言だけ、祈るようにそう呟いてから喧騒の波にその身を投じた。

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