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仲間が増えて無事帰還…?

 「あったあったー!これだよー!」


 シエルがゴーレムの残骸をがらがらと転がして中央付近にある黄金色の球体を取り出す。シエルや霊姫にはぼんやりと魔力が宿っているのが見えた。その球体をマジックバッグにしまい込むと、今度は比較的綺麗な部位の岩をしまい込んでいく。


「ゴーレムさんの綺麗な石はいい感じの値段で売れるんだよね~♪」


 嬉しそうな声音でがんがん石を詰め込んでいくが、無論マジックバッグといっても容量は無限大ではない。詰め込んでいるうちにだんだんと重くなってきたのか、よたよたと歩いてきて。


「え、えー……ちゃん、これ、もってぇ……」

「あー、はいはい……ちょっと出して?」


 エリーが仕方ないといった感じに苦笑すると、自らの持っていたマジックバッグに詰め直す。全ての石を詰め込むと、暇そうにしていたクオンがあくびで出た涙を指で拭うと。羽をパタパタとぱたつかせながら気だるそうに、


「終わったかのぅ……? 妾は暇で暇で仕方なかったのじゃが……」

「終わったよー、ごめんねー?」


 妾は暇なのじゃーと床をごろごろ転げまわっている。土埃でゴシックドレスが汚れてしまうが、クオンは気にすることも無くごろごろ転げまわっていた。と、その時がこんっと鈍い音がして地震のような地揺れに襲われる。


「うおわぁっ!? な、なにぃ!?」

「んにゃー……まあ、大方ダンジョンが新しく魔力を蓄え始めたのじゃろう」


 クオンの言葉に頭に疑問符を浮かべる三人と、ああー…と納得する霊姫三人と正反対の反応をしていると、さらに地揺れが酷くなる。バランスを崩して転びかけるシエルを、シルフィードが風でバランスを調整して転ばないようにしていた。クオンは器用に羽で少しだけ宙に浮いていた。霊姫たちはというとのほほんとした雰囲気で、


「いや~どうしようねー? 入り口この調子だと塞がれちゃいますよー?」

「ま、いいんじゃない? 無ければ作るのよ」

「そうですねぇ……って、のんびりしてる場合じゃないですよ!お嬢様たちはどうするんですか!?私たちはそれでよくても、お嬢様たちは生身ですからね!?」

「まあまあ、落ち着きなさい? おじょーさまー、あの核をもう一回出してもらえる?」


 妙に楽しそうなシルフィードの声によく分からないまま、シエルは言われた通りにマジックバッグからゴーレムの核を取り出すと、シルフィードが何かの魔法をかける。そんな事をしている間にもさらに地揺れは酷くなり、シエルだけでなくエリー達も立つことが不安定になってきた。


「それじゃあ飛ぶわよー!」


 シルフィードがそういうと全員を一箇所に集めて魔法を唱える。


「『 帰還(リターン)』っ!」



 瞬間、視界が光に包まれて、一瞬ではあったがそれだけでもシエル以外は目が眩み、平衡感覚を失う。あうあうとよろけながらペタリとルリが座り込むと。


「土の感触……?」


 不思議そうにまだ目がよく見えない状態ではあったが、ぺたぺたと地面を触ると地上に出ている事を理解する事ができた。目がようやく慣れてくると、確かにシエル達は全員あのダンジョンの目の前の地上に出ていたのだ。

 あの地揺れはやはり地上にも影響していたのか、ダンジョンの出入り管理のような事をしていた衛兵も困惑しているようだった。と、思っていたら次の瞬間、大慌てでこちらのほうへ走り寄ってくる。


「君達、一体どこから…?」

「……魔法で?」


 そういうとなる……ほど? と微妙に納得のいかなさそうな表情ではあったが理解を示してくれていた。霊姫の力を借りて地下からワープしましたなど言ったところで、普通は信じてもらえるはずも無い。シエルが魔法使いだということは伝えられていたのか、そのお陰で変に怪しまれずに済んだところは幸いだろう。


「それはそうと、目的のものは手に入れられたのかい?」


 そう聞いてくる衛兵にもちろんっと嬉しそうに答えて、ゴーレムのコアを見せてくる。魔力を使ったためか若干色がくすんでいる様にも見えるが本物だ。それを見せると、衛兵達もよかった、と微笑みかけてくれる。


「それでは、わたしたちはこのダンジョンに何が起こったのかを調べたいから、一端立ち入りを禁止させてもらうよ?」


 構わないね? という口調で話しかける衛兵に、シエルはうんっと頷く。もともと最奥のモンスターの素材を手に入れるという依頼だったので、これ以上ここにいる必要も無い。ということで、さっさと馬車へと乗り込み再び帝国へと向かい始めた。


 ◇◆◇◆◇◆◇



「ねーねーえーちゃん、私たちが一番乗りかなー?」


 随分と上機嫌な様子でシエルが聞いてくる。その様子に釣られて嬉しそうな声でエリーも答える。


「そうかもね、まだ日も沈んでないし、私たちが一番かもね」

「ですねー、いくら実力がある人たちでもこれだけ短時間で終わらせられることは出来ないと思いますよー?」

「……って、ルリ、あんた何かしたかしら?」

「し、失礼な!わ、私は……私は……あれ?」


 言い返そうとしたルリが言葉に詰まる。実際ルリが何かしたことがあるかと言われると、モンスターハウスでシエルを守る為に奮闘した事だが、そんな事は全員がしていたのでもちろん論外だ。では他に何があるのだろうと考えていると──


「のうのう、妾は今から『てーこくしゅと』というと所に行くのじゃろう?」


 横からにょきっとクオンが顔を覗かせてくる。何分大きい馬車のため人一人いや、吸血姫が一人増えたところで窮屈さなど毛ほどにも感じる事は無かった。そうだよーと答えながらクオンの灰銀の髪をなでる。さらさらとした髪の毛は手櫛にかかる事なくするすると髪の先まで解けて流れてしまった。

 おー……と、そのさらさら具合にシエルが感心していると、話をスルーされたクオンが不機嫌そうに口を尖らせて、


「てーこくしゅとに行くのじゃろー!?」


 と、随分と大きな声で再度聞かれた。顔の近くでそんな声を出されて、一瞬耳がキーンとしたシエルは苦笑しながら、


「そ、そうだよ……? と、とりあえず……聞いてるから、大きい声は止めてね……?」


 シエルがちょっと困った表情をすると、クオンもばつの悪そうな表情に変わって、小声でわかったのじゃ……き、気をつける……とボソッと呟いていた。そのあとは、クオンにシエル達の出会った話などを話しながら帰路の時間を過ごしていた。

 既に陽も落ちて、銀色に輝く月がその輪郭をはっきりと夜空に浮かび上がらせて来る頃に、シエル達は再び首都アルドラに帰り着いた。夜でも昼間と全く変わらない喧騒さこそが首都アルドラの特徴なのかもしれない。夜には荘厳な雰囲気を醸し出している学院の正門前に馬車を止めると、学院警備の衛兵が門の中から現れ馬車の扉をノックする。


「君達はここの生徒かい?」


 夜に帰ってくる生徒は珍しいのか、怪訝そうな表情で聞いてくる。若干不機嫌になるエリーをまあまあ、と相手に気付かれないように宥めながら二人分の校章を見せる。すると、衛兵も納得したのか一旦門の裏側に回ると、レバーを引いて門を開けてくれた。こつこつと馬蹄が石畳を歩いていく。正門前で止まると四人は馬車から降りる。すると、馬車を引いていた馬は、自ら厩舎に帰っていった。


「もう夜も遅いし、流石に今日報告を入れるのは無理ね……」


 校舎の方向を見るが、灯りの付いている窓はどこにも無い。最上階が理事長室なのだが、もちろん灯りは付いていない。とにかく宿舎へ帰ろうと歩を進めようとすると、


「のうのう、妾は町に出ても良いかの!? 良いかの!?」


 かなり興奮した様子のクオンが服の袖を引っ張ってくる。元気の有り余った様子なのはクオンと帰り道に熟睡していたルリの二人だけだ。クオンがやたら元気なのは、恐らくだが吸血鬼であるからだろう。夜という、彼女の本領を発揮できる時間帯ゆえにこれほどテンションが上がっているのだと、考えていると背中に羽を生やし、街へと飛び立とうとしている。


「ちょっと待ちなさい?」


 ぐいっとドレスを引っ張り空中から引き戻す。空中とはいえいきなり引っ張られると、やはりバランスを崩すものなのかぐわんっと身体が傾き、ドレスが宙を舞った。


「ふぎゅうっ!?な、何なのじゃ!?」

「行くのは構わないけど、私との契約魔法、きちんと済ませてからね」


 そう、よくよく考えてみればエリーとクオンはまだきちんと契約を結んでいないのだ。それをきちんと覚えていたエリーは、正式な契約を結ぼうとしたのだ。クオンはというとすっかり忘れていたのか、言われた後にあー……という表情をして、


「そ、そう言われればそうじゃったのぅ……」


 おとなしく地面に降りると、さっさと契約しろとばかりに手の甲を差し出してくる。エリーはその開き直った姿勢にある意味感心した様子で、契約魔法を唱え始める。


『我が名をその血に刻め、己が名を我に刻め、契約によりその身は盾となり剣となる。代償に我は血を捧げ、力を捧げよう』


 そう唱えると、儀礼用の短針を取り出し、自らの薬指に浅く突き立てる。一瞬だけ、苦痛に顔を歪めたエリーの薬指から血液が一滴クオンの手の甲に落ちる。真っ白な手の甲に一点の赤い雫が跳ねたかと思えばそれは一瞬で模様を作り出した。暗がりで正確な模様までは見えなかったが、盾と星の模様が手の甲に刻まれていた。


「はい、契約は完了よ。一応、私が契約者側だからね?」

「それくらい分かっておるわ!そんなことより行くぞ犬っ娘!夜の街を謳歌するのじゃー!!!」


 クオンがルリの腰に両手を回して掴んだと思ったら、次の瞬間にはもう一度空を飛び、夜の中心街へ向けて飛び立っていった。お金のほうは、シエルが何かと必要になると思うからーと馬車の中で渡していた。そんなに大金も渡していないし問題ないだろうと思い、久しぶりに二人きり(?)となった二人は、


「久しぶりに、二人っきり……だね?」

「そ、そうね……」


 何故か照れているシエルと、そんな状況になってほしいとは思っていたものの、ほんとうになってしまうとそれはそれで緊張してしまい、頭が正常に働いていないエリーの姿がそこにあった。

 その近くではひそひそ声で霊姫たちが、


『これは私たちは今夜は離れておいたほうがいいとおもうの……!』

『で、ですが……私たちはお嬢様を守るという使命がですね……!』

『えー今日くらいはいいと思うよー?』


 珍しく空気を読むシルフィード、あくまでも使命を優先するルクスリア、若干マイペースなエリミアが話し合っているが、話の流れからすると多数決では今夜は離れる、という結果になりそうだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇



「ふおおおおおお!! すっごいのじゃ!! 街中灯りだらけなのじゃ!!」


 夜の街の上空を飛んでいるクオンが大はしゃぎで飛んでいる。ぶら下げられている形のルリも上空からの景色を見て同じ感想を抱いていた。地上から見ることはあっても空中から見ることは普通は無い。クオンほどはしゃいではいなかったものの、ルリもわくわくした表情を隠せずにいた。

 しばらく遊覧飛行を楽しんだ後、人通りの少ない路地に降り立つと、


「ほれほれ! いくぞ犬っ娘!」

「ま、待って下さいよー!!」


 大通りに出ると、夜とは思えないほどに賑やかで、まるで祭りでもやっているかのようにも思えるほどの喧騒さだった。両脇には露店が並び、売り文句と共に物を売ろうと躍起になっている。


「どうだいお嬢ちゃんたち! これ、食べてかないか?」


 露天商の大男の手に持っていたものは、帝国近郊でよく採れる名産品のラープの実を丸ごと飴細工で包み込んだお菓子だった。これは夜の露店限定のお菓子らしく、学園の生徒達はこっそり抜け出して買いに来るほどに人気のお菓子なのだ。


「おー美味しそうなのじゃ……! なら、それを二つ貰おうかの!」


 そういって小さな皮袋からシエルから貰った銀貨を一枚渡して、豪快な笑顔と共に、二人にラープの飴を渡してくれた。


「がりっと齧ったほうが美味いと思うぜ! 気に入ったらまた買ってくれよな!!」


 随分と陽気なおじさんだったなぁと二人は共通の思いを持ちながら騒がしい街中を探索していく。かりかりとハムスターのように飴と果実が交わるところを齧ると何とも言えない絶妙な味が口の中に広がり、幸福感が生まれる。


「おいひいです……♪」

「んぐ……ほんひょに、おいひいのじゃ……」


 むぐむぐと幸せそうな表情をしながら食べている二人に、小さな少年がぶつかってくる。人混みの中だったために、小柄な少年の姿を見つけることが出来ず、不幸にもぶつかってしまったルリは転んでラープの飴を地面に落としてしまった。

 世界が終わってしまったかの様な悲壮感の溢れる表情に、クオンが苦笑しながら、


「また買えば良い話じゃろう……?」

「……! そういえばそうだね!! ……って、あれ?」


 ルリがポケットの中を弄っている途中におかしな表情になる。そして、すぐ後にどうしようとうろたえた表情に変わる。何が起こったのかは大体想像はついたが、あえて口に出して聞いてみる。


「……財布、落としたのかの……?」


 そう聞くと、一瞬間をおいて無言で頷く。予想はしていたとはいえ、この人混みの中で財布を捜すなど不可能だろう。それに、財布がその場に本当にあるのかどうかも怪しい。帝国の中だからといって、全ての人間が善良なわけではない。故に今から見つけにかかるにも不可能だと割り切ってしまうほうがいいのかもしれない。


「……妾の財布に、一個分くらいなら残っておるから、それで買うといいのじゃ……」


 クオンのその言葉にまるで聖女を見るような表情に変わり、


「ほ、ほんとにいいんですか!?」

「あ、ああ……構わないから、そんな目で妾を見るのではないのじゃ……」


 明らかに照れている表情のクオンだったが、ルリはそんな事よりも余程あの飴が気に入ったのか再び買える事が嬉しかった様だった。

 立場が逆転したかのようにテンションが上がるルリに引っ張られて連れていかれるクオン。だが、その顔は綻んでいて満更でも無さそうだった。

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