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鬼じゃないよ!お姫様!

 ダンジョンの中に入った三人、正確に言えば六人は、ダンジョンの中に入り苦もなく魔物たちを殲滅しながら歩を進めていた。中に生息しているのはコボルトやゴブリンなど下級の魔物ばかりで、どれもシエルたちにとっては取るに足らない相手でしかなかった。速度も、一撃の重さもあの時に戦った森の暴君ほどではなかった。


「快勝だね~♪」

「そうね、でも油断しちゃダメよ?一瞬の判断ミスが大怪我に繋がるんだから」


 はーい、と返事をしてシエルはずんずんと奥へ進んで行く。魔力をレーダー代わりにしているため、視界関係で不自由になることは無い。むしろ、普通の人間より感知できる位だ。


「右奥の通路から三体……あ、逆側からも二体、くるよ……!」


 シエルに言われ、二人は即座に臨戦態勢に入る。おそらくゴブリンかコボルトの一団だろう。冷静に対処してしまえば苦労せずに倒しきれるだろう。T字路の地形になっている為、合流した瞬間に魔法を叩き込めば効率よく殲滅出来るだろう、とそう思った矢先、


「え……!?」

「どうしたの、しぃ……?」

「敵の気配が……無くなった、の……」


 シエル自身も混乱しているのだろうが、エリーだって心情は同じだった。普通では起こらないことが起こってしまえば、誰だって混乱はする。


「どういうこと? さっきまではいたんだよね?」


 こくん、と頷き何が起こったのかをできる限り伝える。


「えっと……魔物の群れの中に一つだけ別の動きをするやつがいたんだけど、そいつが動いた瞬間に──」

「敵がいなくなったの?」


 シエルはもう一度頷いて、肯定する。普通に考えれば、その別に動きをしていた敵が何かをしたのだろう。その未知の敵が自分たちにとっても障害であるかは実際に会ってみなければわからない。

 だが、もうその相手の気配は他の敵と共に消えてしまい、その気配さえ掴めない。納得のいかない気分になりながらも歩みを進め、下層への階段を発見する。聞くところによると、一応塔の見えている部分もダンジョンになってはいるらしいが、下層とは比べ物にならないほど魔物が強いらしく、特殊な許可証がないと入れない、とのことだった。


「とりあえず降りましょう?依頼に、上の階は関係ないんだし」

「ん、そうだね。降りちゃおっか」


 下の階層からは、今の階よりもさらに淀んだ空気が流れてきた。間違いなくこの階層よりも強い敵が出てくるだろう、と覚悟をして階段を下りる。


「全部で何階層だったっけ?」

「確か五階層だったはずよ。一応、名目上は初心者用の、って事になってるらしいしね」


 エリーがなんとも無いようにそう言って、こつこつとローファーの音を響かせながら石段を降りていく。それに続いてシエルとルリも降りて行った。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 螺旋状の階段を三週ほどすると、下に着き無骨な石の扉が閉じていた。何か仕掛けがあるのでは、とシエルが考えようとしたその時。


「せいっ!」


 気合の入った声でエリーが渾身の回し蹴りを石扉に叩き込み、こじ開けてしまった。この階層どころか下にまで響きかねない轟音を残して、扉としてのその生涯を終えた。


「そんな豪快な開け方で大丈夫かな……?」


 さすがのシエルも、今の開け方には問題があるような気がしたのかそうエリーに尋ねる。だが、エリーはなんでもない事のように、


「大丈夫でしょ、ダンジョンだしいつか直ってると思う」

「それでいいの……?」

「いいんじゃない?」


 そんな至極適当なやり取りを交わしながら、仄暗い通路を進んでいく。道中で何度か敵と遭遇もしたが、三人と霊姫達の敵ではなかった。ばったばったと無双のごとく敵をなぎ倒していくと、大部屋が目の前に見える。何かが動いているのが見て取れた。

 小柄な何かとまではわかったが、それ以上は距離がある程度近づかなければ分からない。気配を消して、大部屋で動いている影に近づく。何十歩か近づくと、何をしているのかが分かった。


「たべ、てる……?」


 ごりごりという音と共に、小さな体にコボルトの体が飲み込まれていった。確かに、ダンジョン内の魔物には一部の魔物を除いて体液は存在しない。だから、巨大なダンジョンを攻略する際は、魔物を食べる事もある、とは聞いたが──


「魔物同士で食べるなんて……あるの?」

「あるないじゃなくて、目の前でそれが起こってるから……あるんじゃない、の?」


 少なくともダンジョン内で生息している魔物たちは、同階層の魔物を食べないという習性が確認されている。それは、その階層だけ魔物の絶対数を減らさないためなど諸説あるが、それについては正確にはわかっていない。よって魔物が他の魔物を食べる場合、別の階層、基本的には最深部により近い階層からの敵が上層の魔物を食べる、ということになる。


「……どう、する……?」

「でも、あそこを抜けないと、先に進めないんだよね……?」


 シエルの言うとおり、その大部屋先に奥へ続く階段がある。だから、何があろうとあの部屋を通ることになってしまうのだが──


「後ろから不意打ちして一撃で落とすわ。いい?」


 小声でエリーがそう言う。シエルは小さく頷くと、魔法で気配を消しさる。そして、真後ろから一撃で相手を倒すために、一瞬で距離を詰め、一撃を放とうとしたその時。



「なんじゃ?」

「っ!?」


 くるりと気配消したはずのシエル達のほうを向いた。とっさに距離を取り目の前の敵と相対する。


「人の食事を邪魔するとはいい度胸じゃな?」


 暗がりで先ほどまで姿がよく見えなかったが、今なら分かる。魔物を食べていたのは──


「……吸血鬼、しかも子供……?」

「妾は子供ではないっ!」


 少女の姿をした吸血鬼はそう言い放ち、敵意に満ちた視線を向ける。食事中に邪魔をされ、特に気が立っているのか話し合えるような雰囲気ではない。


「一週間ぶりの食事を邪魔しおって……絶対に許さんからの!」

「それは悪いことを、したわね!」


 エリーが抜剣し、戦闘体勢をとる。シエルが小さな声で、


「殺しちゃ、やだよ?」


 そう言ってきた。エリーは微笑んでから子供をあやすようにぽんぽんと頭を叩いて、


「了解よ。しぃの言うことだもの、やってやるわ……!」

「何を言っておるのか分からんが、ここから今すぐ立ち去れば許してやろう……」


 少女吸血鬼のその言葉に、シエルが小さく口を挟む。


「じゃあ、貴女の向こうにある階段のところに行きたいんだけど……いいかな?」

「なら、行ってもよい。じゃから早く妾を一人にするのじゃ、妾はご飯が食べたいのじゃー!!!」

「……あんた、単純に食事が出来なかったから怒ってるの?」


 あまりにもあっさり奥の階段へ進むことを許してくれた相手にエリーが思わず聞いてしまう。吸血鬼の少女は、何を当然のことを言ってるんだこいつと言わんばかりの視線を返してから、


「当たり前じゃろう? 一週間ぶりじゃ、そんなときに邪魔されて穏やかでいられると思うかの?」

「あーはい、わかります。確かに久しぶりのごはん邪魔されたら怒りますよね……」


 ルリが同意を示すと、少女のほうもぶんぶんと首を振る。すると、エリーが意地の悪い笑みを浮かべて、ルリからバッグを受け取ると。


「じゃあ、私と契約しないかしら?」

「はぁ?何を言っておるんじゃ、ぶっとばすぞ?」


 もはや素で怒っているとしか思えないような口ぶりで、エリーに言い返す。エリーは嗜めるような口調で、


「まあ、落ち着きなさい?これでも食べて、ね」


 そういうとバッグの中から作ってもらっていたサンドイッチを取り出す。それを見せると明らかに少女の目の色が変わる。


「そ……それを、くれるのか……!?」

「話を聞いてくれたらね?」


 瑞々しい野菜の挟まれたサンドイッチの魅力に勝てなかったのか、少女は受け取るともしゃもしゃと食べながら、


「ふぉれふぇ、ふぁなふぃとは、にゃんじゃ……?」

「食べ終わってから喋りなさいよ……」


 口いっぱいにほお張って食べている少女に呆れながらそういうと、少女は黙ってサンドイッチをほお張り続けた。シエルとルリはやることがなくなって部屋の石壁を叩いたり、落ちた石レンガを魔法を使って浮かせて楽しんでいた。霊姫達は一旦休憩なのか、霊体に変わって霊力の消費を温存しているようだった。


「ダンジョンだけど、壁は普通に石なんだねー」

「ですねーあ、お嬢様ー防御とか回避のトレーニングしたいのでその石レンガ私に向かって魔法で飛ばしてくれませんかー?」

「はーい、わかったよ……ねえ、ルリ?」

「ん?どうしました……?」


 少しだけ、寂しそうな声音に敏感にルリが反応して、


「ルリは、私のことやっぱり名前では呼ばないの……?」


 その言葉に、ルリは一息おいてから言葉を口にする。


「……私も、名前で呼ぼうかななんて、思ってた時もありました。ですけど……やっぱり私とお嬢様は奴隷と主人なんです、例えお嬢様がそれを望んでいなくても、周りの人間にとってはそうなんです。私がお嬢様と対等に見えるような態度を取っていたら、印象が悪くなるのはお嬢様の方なんです……だから……私は、呼ばないし……呼ぶことは、できません……ごめん、なさい……」


 その答えを聞いて、シエルは少しだけ悲しそうな表情をした後ににこっと微笑んで。


「そっか……わかったよ、ルリも色々考えていてくれたんだね。ありがとう……でも、やっぱりちょっと寂しいな……」


 えへへ、と笑うシエルの笑顔にはいつものような明るさはなく、何かが欠けているような、無理をしているような、そんな笑顔だと思えた。


「全く、人間の世界というものは良くわからないのう……」


 呆れ果てた様子で大きく一つため息をついた吸血鬼の少女は、立ち上がってシエル達を指さし、こう言った。


「お主らは、自分たちの思いを殺してまでそのルールに従わなければならないのかのう?」

「それって、どういう……こと……?」


 いまいち言葉の真意が掴めていないシエルはそう問い返す。少女は少しだけ面倒そうな表情をしてから、その答えを口に出した。


「単純な事じゃ。お主らに都合の悪いルールなら、お主らが作り変えてしまえばいいのじゃよ。今までのルールのようなものではなく、全く新しいものを、の」


 その言葉に思わず、ルリが声を荒げて反論していた。


「新しいルールって……そんなの、出来るわけないじゃないですか! 言うだけなら簡単かもしれないですけど、古い考えで凝り固まった貴族たちをどうにかするだなんて……」


 最後の方は消え入りそうな声で、ルリの声から滲み出た諦めの色をその場にいた全員が感じていた。

 だが、少女はさらに言葉を続ける。それがどうしたと言わんばかりに自信に満ちた声でルリの感情を揺さぶりにかかる。


「そんなものは数の力で押し切れるじゃろう? 考えてもみよ、お前たちの今住んでいる場所は貴族しかおらぬのか? ……違うじゃろう? 平民、商人…様々な人が集まってお主らが今住んでいる場所が成り立っておるのじゃろう? なら、多少の考えが古い貴族など、新たな考えの前に賛同した人間の前には無力に過ぎないとおもわぬか?」


 確かに、その通りではあった。帝国の貴族の絶対数は国民の十分の一にも満たない数だ。すべての国民が一丸となり、貴族に立ち向かえば勝機が無いと言えないことは無いだろう。それに、貴族に買われた奴隷達も、国の法律では国民として扱われている。本当にそんな事が出来るのであればかなりの賛同者も得られるとは思うが──


「そんなの、ここで話し合っていたって実際にどうなるかわからないでしょう!?」

「じゃから、妾はお主らに付いていくことに決めた。その白けた面構えが無くなるまではのう」


 ふんすっ、と胸を張る少女の横からエリーが近づいてきて、


「それなら、あんたにも契約を結んでもらうわよ?私達一応学生だし、というか、魔族をなにもせずに連れ込んだりしたら、私達が犯罪者になりかねないし。構わないでしょう?」

「それは構わぬよ?それと妾の名前はクオンじゃ、お主らも改めて名乗るといいのじゃ」


 少女──クオンの言葉に、改めて霊姫を含めた六人は自らの名前を名乗った。それが済むと、クオンは不遜な態度で胸を張って、聞く。


「お主らの今すべき事はここの主を倒してその素材を持ち帰る事なのじゃろう?」

「ええ、そうだけど……最下層まであとどれだけ距離があるかわからないし、そんなにさくさくは進めないと思うわよ……?」


 エリーには、クオンが今すぐここの主を倒してさっさとここを出るぞ?と言っているようにも聞こえた。

 クオンはそんなエリーの不安を吹き飛ばすような自信満々の表情で言う。


「妾がいれば、お主らの思っているような問題など些細なものじゃぞ? とりあえず、降りながら話すからさっさと降りるぞ?」


 そう言って先先と降りていくクオンに待ってよー!と付いていくシエル、置いていかれないように小走りで走るルリ、呆れ顔で三人に付いていく霊姫三人とエリー、少し特別な人間に、獣人に妖精、吸血鬼に星霊と種族のオンパレードのような一団はダンジョンの丁度半分の階層である地下三階に降り立つ。

 そこでクオンが一歩前に出て、


「お主ら、悪いことは言わんから耳を塞いでおれ?」


 そう言ってからすうぅぅ……っと大きく息を吸い込む。何が何だかわからないままとにかく霊姫以外の三人は大人しく耳を塞いだ。

 刹那、空気を切り裂くような強烈な高音が辺り一体に響き渡った。先程の忠告を聞き入れていなければ、間違いなく塞いでいなかった者はしばらくの間聴覚が正常に機能しなくなっていただろう。


「い……っう…な、何なのよ…今の……」


 耳を塞いでいても完全に音を防ぎきれるわけがなく、ガンガンと激しく脳を揺さぶられるような衝撃を受けたエリーが怒り心頭といった様子で詰め寄るが、クオンは飄々とした様子で、


「ほれ、道はわかったからいくぞ?」


 と、あたかもここの地図を持っているかのような態度でずんずんと先に進んでいく。


 吸血鬼の少女、クオンに振り回されながらもシエルが楽しそうな表情で付いていっている光景を見て、五人は怒りの感情どこかに置き忘れたかのようにフッと消え去り、シエル達の後を追った。

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