入学と秘密の作戦
シエルたちは、ゲッカから離れて二人きりになった時に街で何もしなかったかと聞かれたがどうにか誤魔化し、学院の一室──自分たちに与えられた部屋に来ていた。
話が固まった二人は奴隷商の男に一週間だけ、獣人族の少女を売ってもらうことをやめてもらい、作戦を始める準備をしていた。
「って言っても、始めるも何も私達の立場だと受け身だから作戦も何もないんだけどね……」
シエルの苦笑につられてエリーも苦笑する。
部屋は自分たちが前に住んでいた村の一人部屋の数倍も広く、光をいっぱいに取り込める窓や、大きなベッド、豪奢なクローゼットなど、少し前ならば考え付かないくらいの豪華な部屋に二人はいた。
「それにしても凄いよねぇ……学院なのにここまでの設備をつけるなんて……」
「おぉ~部屋の家具が見えるよエリー!」
シエルがそう言うという事は、この部屋の家具には僅かではあるが魔力が宿っているのだろう。
それが、この部屋だけなのか、それともすべての部屋でそうなっているのかどうかは解らないが、シエルに見えるのはとてもありがたい事だ。
「はしゃぐのはいいけど、私たちがやることも忘れないでよ?」
「分かってるよ~でも今日のところはやること無いし、早く寝た方がいいかな?」
エリーも今日一日で、色々とありすぎて疲れが溜まっているようで、かなりの睡魔に襲われていた。ベッドの上にいつもなら絶対にしないが今日だけは、と思ってベッドにダイブして。
「そ……うね……今日は、もう……」
疲れたわ。と言い終わる前に、エリーの意識は闇の中に落ちていった。エリーが珍しくすぐに眠りについたのを見て、シエルもまたベッドで眠りにつくのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「……ふぇ?ここ、どこ……?」
シエルがいたのは、淡い桃色のもやがかかった空間で、周りにエリーの姿はなかった。
適当に辺りを歩いていると、もやの向こうから白い二本の角をはやした馬──バイコーンがシエルの元へと走ってきていた。
『気が付いたか。星霊を映す者よ』
「星霊を映す……?」
聞きなれない単語を聞いて、シエルは頭に?マークが浮かぶ。
バイコーンが喋っていることについて全く気にしていないのは、天然だからなのか、気づいていないのかは定かではないが。
『私は貴殿にその眼『星眼』の使い方を教えに来た』
星眼というのが、シエルの目の本当の名前なのだろう。
「使い方って……魔力を持っているものを見るだけじゃないの?」
『それは、星眼の能力のごく一部だ。真の能力はこの世に存在する概念に最も近しい存在──星霊と対話をするためのものだ』
星霊。シエルも話くらいは聞いている。星霊とは魔力を極限まで純粋にした時に発生する、人の目には見ることのできない現象に近いようなものだ。
それは、あらゆる魔法を使う事が出来るが、決して人間とコンタクトを取ることは無い。
星霊は人の悪意を嫌うのだ。悪意のない人間など、この世には存在しない。いるとすればそれこそ神かそれに類する何かなのだろう。
「対話って……私、そんな事出来るの?」
シエルの至極まっとうな質問に、バイコーンはその質問を予想していたかのように答える。
『貴殿と同じ目をしているものはこの世にも三人は存在している。その誰もが星霊と対話ができるという事は……貴殿にもその力が備わっているという事だ』
「私のほかにも三人も同じ眼を持ってる人がいるんだ……」
シエルが驚いていることを完全に無視してバイコーンは続ける。
『とにかくやってみれば分かることだ。今から私が魔法を使い星霊を呼び寄せる。それを貴殿が見る事が出来ればいいのだ』
そう言うと、バイコーンの周りに魔力が集まり始める。
その中に不思議なものが漂ってきているのをシエルは感じ取っていた。
正確には魔法を使うときにおこる魔力の渦につられてやってきた、小さな魔力の塊が数個、否、数匹集まっていた。
「これが、星霊ってやつなの……?」
シエルが、じっとその魔力を見つめていると。
──君は、僕の声、聞こえるの?──
「ほぇ?今の声……」
シエルが再び頭に?マークを浮かべていると、バイコーンが成程、と言いたげな表情で。
『やはり……貴殿も星霊と対話が出来たか、ならば私の仕事はここまでという事だろう』
そういうと、バイコーンは静かに霧の中へと消えていった。
シエルは一人取り残されて、途方に暮れていると。先ほどの精霊が、
──ねえ、君の名前は、何?──
「私の名前はシエル……あなたの名前も教えてほしいな」
──僕の名前は、……確か、ロウ……だったかな?──
「なにそれ、変なの、これからよろしく? になるのかなロウ君」
──そう……かもね!よろしくシエル!──
こうしてシエルは若干なし崩し的だが、初めて星霊と契約のだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「ふぁ……シエル……起きてる……?」
朝の日差しが、大きな窓から射し込み、エリーの意識を覚醒させる。
とろんとした瞳をこすりながら、エリーはシエルが起きているかを確認すると、
すぅ、すぅ、と規則正しい寝息を立ててぐっすり眠っていた。
「まだ寝てるか……でも、今日は入学初日……と言うわけで、起きよっかシエル♪」
次の瞬間、エリーの陶磁器のように美しい手の指先にパチッ、と青白い電気が発生する。
もちろん、シエルを起こすだけなので威力は調整してあり、ちょっと強めの静電気位だ。
エリーが、シエルの寝息を立てている、柔らかそうな頬を──
「痛ったぁ!?」
軽くつついた──だけだが、今エリーの指先には軽めの雷魔法がかかっているため、触られただけでも、結構な痛みになるだろう。
「おはよう、シエル♪」
エリーの楽しそうな声にシエルは頬をひきつって、挨拶を返す。
「お、おはよ……エリー、朝からやってくれるね……流石に寝起きに電撃を受けたのなんて初めてだよ……」
「今日は入学初日、いつまでも寝ぼけているわけにもいかないでしょ?」
エリーの呆れ気味の声に、シエルも納得がいかないようだが同調する。
何よりこの一週間が今回の作戦の要なのだ。
「この一週間で二千ポイントを稼ぐ、それが今の私たちの目標でしょ?」
エリーにそう言われて、シエルは再び目的を思い出す。
何せ、提案したのはシエル本人だ、自分がやらないなどもってのほかだ。
一度自分の顔をパチン、と叩いて気持ちを入れ替え、
「ん……ごめん、もうおっけー……さて、作戦を始めよっか」
シエルは自信満々にそう言った。
──入学一日目──
これと言って特に変わった部分は無い、と言えば嘘になるが、多少奇異の目線で見られた程度だ。
二人にとってはこれくらいの事日常茶飯事だったので、そこまで堪えたりするものでもなかった。
困ったこと言えば、シエルが教科書が読めない、というより見えなかったことだろう。だが、それもシエルが感覚共有を使えば事足りるという結論に収まった。
──入学二日目──
ここからは二人が本格的に作戦を始める時だ。
二人とも魔法の才能は並の人間にはたどり着けないほどのレベルだが、あえて、魔法があまり得意ではないフリをする。
身体能力はシエルもそこそこには動けるが、エリーほどではない。もちろん魔法を使えば普通の人間とは比べ物にならないが、あくまでも使った場合だ。
それに対してエリーは高位妖精だ。魔法だけではなく、身体能力もとてつもなく高い。
もちろん、ここは人間の学園の中だ。あくまでも運動が得意レベルに抑えるが、それでも十分に目立つ。
今回は『二人は田舎の親が無理をしてまで自分たちをこの学校へ連れてきた』という設定にしている。
そこから、餌に引っかかった貴族を待つばかりだが───
「今日の授業、エリーに昔教えてもらったとこだよね…正直寝そうですっごいキツかったよ…」
シエルがうんざりしながら、エリーにそう呟く。今日習った部分は魔法の基礎中の基礎──魔力や属性といった、ごく単純なことばかりだった。
シエルは村でエリーに教えられていたので、ただ無意味に時間が過ぎていくだけだったが、ほかの生徒にとっては初めての事だったのかもしれない。
長い廊下を二人で歩いていると、いかにもお嬢様と言ったオーラをまとった女生徒の生徒が、
「痛っ! ちょっと、どこ見て歩いているんですの!?」
「? ……エリー、私誰かにぶつかった?」
シエルは、見えていない目を丸くしてエリーに尋ねる。
エリーもさぁ?とジェスチャーをしていた。対して、女生徒の方は怒り心頭と言った様子で、
「あぁ!! もう、そこの二人ですわ! そこの田舎臭そうな雰囲気を出してる!」
そんな言葉を聞いた瞬間、二人の空気が少し変わった。
──作戦開始よ。
二人が確認を取り、早速二人は作戦へと移る。
「ぁぅ……そ、そうだったんですか……ご、ごめんなさい……」
シエルはあくまでも気弱に接する。周りには、野次馬のように生徒たちが数人ほど集まってきていた。
「ごめんなさいで済む問題ではありませんことよ!この私、フィオール家の令嬢リフィル・クローネ・フィオールにぶつかったんですから!」
ひぅっ、とシエルが体を縮こませる。エリーは気丈に振る舞い、リフィルの言葉に反論する。
「ちょっと、少し言いすぎじゃないですか? シエルだって故意にぶつかったわけじゃ無いんですし」
しかし、リフィルの怒りは一向に収まる気配はなく、シエルに怒りのままに言葉を吐き続ける。
「故意かどうかは問題では無いんでしてよ!問題はこの私にぶつかったことですわ!この責任どうやって……そうですわ!」
リフィルふふっ、と何かを思いつき、そしてそれを口にする。
それが二人の真の狙いとも気づかずに。
「そこの小さく丸まってる貴女! 私と決闘なさい! それで、私に勝てたら……そうしたら、今回の件は不問にしてあげても良くってよ」
ついに待っていた一言が飛び出し、二人は待ってましたと言わんばかりに、内心で大喜びする。
「ぇ……け、決闘って、何、するんですか……?」
「簡単よ。お互いのポイントを賭けて勝った者がそのポイントを手にするっていう非常にシンプルなルールですことよ」
「じゃ、じゃあ…ポイントの設定も自由なんですか?」
シエルが小さな声で、リフィルに質問する。リフィルは当然、と言った表情で答える。
「もちろんよ。まぁ、私は慈悲深いですから、五百ポイント──」
「──なら、私と私の友達のポイントも合わせて二千を賭けます」
シエルのその言葉に、周りの生徒も、リフィルもどよめいていた。ただ一人作戦を知っていたエリーを除いて。
「な……!? 貴女、正気ですの!? 自分のポイントはともかくそこの人のポイントまで賭けるなんて正気じゃありませんわよ!?」
初めて動揺するリフィルにシエルは不敵に笑いながら問いかける。
「もしかして、怖いんですか? 私たちが大量のポイントの賭けたから」
リフィルはシエルの挑発に乗ってしまう。それが、二人の作戦なのだとも知らずに、
「そんなことありませんわ! 貴女達がもし負けてしまえば一ヶ月は飲まず食わずで生活することになるんですのよ?それでも…よろしいので?」
「もちろん、その代わり、私が勝ったら二千ポイント私に支払ってもらいます」
シエルの言葉に、リフィルは頷き、互いに契約魔法が施された羊皮紙に名前を書くと、勝負のルールを選ぶ。
「……なら、方法は『クリスタルブレイク』のスリースタールールを指定しますわ」
初心者にはそちらの方がわかりやすいでしょう?と言わんばかりの表情でシエルを見てくるが、もちろんシエルが表情を理解できるわけがない。
因みに、クリスタルブレイクとは、魔力で浮かせたクリスタルを先に割った方が勝ちという至極単純なルールだ。
「……分かりました、先輩の選ぶもので構いません。」
シエルがこくん、と首肯すると、シエルの手の中に三つのクリスタルが渡される。
「それに魔力を流せば浮きますわ」
シエルは言われたとおりに魔力を流すと、クリスタルは音もなく宙に浮きだす。
向こうもクリスタルを浮かせ、準備ができたようで、
「さぁ、始めましょう?」
──お願いね、ロウ──
シエルは心の中でそう呟く。本来ならば返らないはずの答えに、夢の中で出会った星霊の声が聞こえてくる。
──任せて、あのクリスタルでしょ?──
──そう、頼んだよロウ──
──まっかせて!──
シエルは心の中のロウの頼もしい返事に、少し安心する。
次の瞬間、決闘の時にのみ張られる特殊な勝負者同士を分断する結界が張られ、決闘開始のカウントダウンが始まる。エリーが、不安そうに自分を見ている気がしてシエルは、エリーの方へ笑って見せた。
(大丈夫だよ、私には頼もしい子がついてるもん)
(……負けたら、承知しないよ?)
シエルは、苦笑してリフィルの方へ向きなおす。
「さぁ、もう後戻りはできませんわよ?」
「大丈夫です──」
決闘が始まり、結界が消え去る。リフィルが、シエルのクリスタルを壊すため、魔法を使おうとした瞬間、シエルの声が聞こえた。
「私は、強いですから」
刹那、リフィルの周りを浮いていた、三つのクリスタルすべてが儚い音をたてて砕け散った。
何が、起きているのか理解できていないリフィルを置いて、淡々と試合終了の合図が響きわたる。
「な……何が、起こったんですの……」
「それじゃあ、約束通り二千ポイント貰いますよ、せ・ん・ぱ・い♪」
魔法の羊皮紙にお互いが勝負前に書いたポイントが契約魔法の発動により、シエルに譲渡される。
きちんと二千ポイント譲渡されたことをエリーが教室ごとに設置されている魔法端末で確認すると、シエルはぺこり、と一つお辞儀をして
「ありがとうございます♪ ──それじゃ、エリー行くよ!」
シエルは、エリーを引っ張っていく勢いで先導する。魔力を頼りに危なげなく走って行くシエルに、エリーはため息をついて。
「全く……少しは落ち着きなさい、もう作戦はほぼ終わってるのよ……焦って失敗したら元も子もないでしょ?」
シエルは、あはは……と苦笑すると、エリーと二人で手をつなぐと通貨交換の窓口に向かっていった。
授業が終わった今、窓口はそれなりに込んでいた。遊びに行くためにポイントを交換する人、食材を買いだすために交換する人など様々いた。
シエルたちもその列に並んで、順番が来ることを待っている。
「……大丈夫かな……? ……交換するための理由がアレだし……」
「ゲッカさんは納得できる理由があれば問題ないって言ってたし、たぶん大丈夫だよ」
そんな事を話していると、二人の順番が回ってきた。
受付の女性が、用紙を渡してくる。その紙には『学園外での通貨使用の用途』と書かれていた。二人は、覚悟を決めたように頷くと、用紙に『奴隷の購入』と書き込んだ。
その紙を送り返すと、一瞬怪訝そうな目で見られたが、特段珍しい事でもないのかシエルのポイントが書き込まれた羊皮紙が出された。そこにサインをすると、再び羊皮紙は窓口の中へと姿を消した。そこから、数十秒とかからないうちに二十枚の金貨が姿を見せた。
「それでは、購入した際は明細、またはその本人を見せていただきます。よろしいですね?」
シエル達はこくり、と首肯すると、受付の女性は金貨をシエルの手に握らせる。
その後、二人にしか聞こえないくらいの小さな声で、
「町にはスリなどの人間もいます。注意してくださいね」
そう言ってきてくれた。
◇◆◇◆◇◆◇
街に出た二人は、一目散に奴隷商の元へと向かう。
「おじさん!前に言った娘いる!?」
シエルの言葉に奴隷商の男は一瞬考え、そして思い出す。
「ああ、前に『一週間だけ待ってくれ』って言った嬢ちゃんか。随分早かったな。安心しな、ちゃんと居るぜ──こっちに来な」
男が、呼ぶと確かに二日前に会った少女がそこにいた。
(お姉ちゃん…ほんとに、来てくれたの……?)
(約束したでしょ?『絶対に貴女を迎えに行くから』って)
「嬢ちゃんたち!どっちかがこいつを隷属契約してくれ」
男の声に、シエルがどうしようと迷っていると、エリーが。
「シエルが言ったんだからシエルが契約して」
「ん……分かった」
シエルが前に出ると、男が少女を前に出してくる。シエルは男から装飾されたチョーカーを受け取ると、隷属の魔法を唱える。
『汝、我の隷属となり、その全てを捧げる事を誓え』
少女もそれに応えるように隷属化の魔法を唱える。
『我が名はルリ、我は貴女の永久の隷属となることを誓う』
そう唱えると少女──ルリの首にチョーカーが吸い寄せられるように移動して、その首に嵌った。
男はその後、隷属魔法の説明などを親切にしてくれていたが、シエルはエリーから聞いていたのであくまでも相手を傷つけないように話半分で聞いていた。
男の話が終わり、日が傾いてきたので、シエル達は学園の寮に戻ることに決めたが、その前に。
「ねぇ、ルリ」
「ひゃい!? な、何でしょうご主人様!」
ルリのおかしな返事に苦笑しつつ、シエルは。
「別に私はルリを奴隷として扱うつもりは無いよ。ルリから私と同じような感じがしたから、ルリが奴隷だったから最善の手で私の近くに来てもらったの。正直、主従というよりも友達のほうが私としてもすっきりするからね」
そう言うと、シエルは指を振ってとん、と軽くルリの額を小突く。
「これからよろしくね♪」




