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成果があるかどうかといえばあったのかな?

 地下への階段は思ったよりも長く、合間には仄かに光る魔力のランプが飾ってあった。何処からか魔力が供給されているのかは定かではないが、ぼんやりとでも明かりがあることはシエル達にとっては嬉しいことだった。


 「ん、着いたね」


 一番下の部屋は随分とこじんまりとした部屋だった。そこの四方には天井にまで届くほどの大きな本棚にぎっしりと書物が詰まっている。


 「それで、どの本が必要なの? しぃ」

 「あ、それは私がやるよ。ここの本みんなおばあちゃんが集めてきた本だからぼろぼろだから……」


 そう言うと、エリーは少し残念そうな顔をしたが、大人しく肯定して階段の近くへと移動した。

 シエルはルクスリアに肩車をしてもらい、最上段にある一際古い本を手にとって降ろしてもらう。辺りに机のような物はないため、慎重にページを開く。

 いざ、読み始めようとしたその時、ルリが。


 「あ、お嬢様……すっごい今更なんですけど、どうやって本とかを読んでいるんですか?」


 それを聞いて、言っていなかった事に気付いたのか、シエルはじゃあ、教えてるね。と言って、


 「本とかは紙とインクを使って書かれているでしょ? で、紙はそれなりに魔力を通せてインクは魔力をほとんど通さないから、それで浮き出た文字を読んでるの。インクの出ないペンで書いた後に墨とかでこすると文字が浮き出るでしょ?あれと同じ原理だよ」


 ほえー、と声を上げるルリにくすりと笑みをこぼして本を読み進めていくと、どうやらこれは本ではなく。


 「日記……? しかも、おばあちゃんの」


 そう聞いて、三人は同じようにシエルの持っている日記に目を落とす。



 『春一月、二十四日 近所の森を探検していると、小さな女の子を見つけた。小さな、とはいってもただ小さいのではなく手のひらに収まるほど小さい女の子だった。随分と弱っているようだったので、家で看病する事にした』


 おそらくだが、これは星霊の事だろう。という事はシエルの祖母も星霊が見えていたという事になる。

 それを読んでいたシエルが思い出したように声を上げる。


 「あ……そう言えば、おばあちゃんが日記書いてたって言ってたけどその日記、絶対に見せないって言ってたっけ」


 何故、昔シエルに見せなかったのか理由が分かったような気がした。以前の星霊に会う前のシエルならばこの事を本心から信じる、ということは無かっただろう。

 だからこそ、この日記をシエルには見せようとしなかった、そう考えると辻褄があっている気がした。


 「じゃあ、しぃのおばあさんも星霊が見えていた……ってことよね」


 エリーが意外そうな口調で話しかけてくる。とは言っても、シエル自身も星霊が見えるなんて知らなかった。

 兎にも角にも、この日記を読み進めていくことが何か手がかりを掴むことに繋がるのではないかと思い、次のページを開く。


 『春一月、三十日 随分とこの娘の具合も良くなってきた。名前を聞くとシナトというらしい、どうやらこの娘は私にしか見えないらしく、周りの人たちからは多少変な目で見られたが、まあいいだろう』

 『ん?シナト……? どこかで聞いたような……』


 この部分を読んでいるとシルフィードがそんな風に頭を悩ませていた。シエルはそれはそれ、と日記をどんどんと読み進める。



 一時間ほど読んで分かったことはシエルの母は、星霊が見えたということ。その星霊とはかなり親密になった、という事がわかった。

 時間がかかった理由は、古いために慎重に読み進んでいたため、そして何より祖母の書いた文字が古い字体のものだったためその解読にも時間がかかったというわけだ。


 「これ以上の収穫はないかな……」


 シエルはパタンと日記を閉じると間に挟まっていた細かいほこりが顔に降りかかる。けほけほ、と涙目で咳き込んでいると。


 『あー!思い出した!!』


 突然、シルフィードが大声を上げる。といっても、聞こえるのはルクスリアとシエルだけなのだが。

 一時間かけてようやく思い出してすっきり顔のシルフィードにルクスリアは何故か不機嫌そうな表情で、


 「煩いですよ……何かの拍子にここが崩れたりしたらどうするんですか……」

 『そんな事より思い出したの! シナトって確か私の所にいた星霊の名前よ!』


 そんな事、と邪険に対応されたルクスリアはぴくぴくと顔を引きつらせていたが、シエルに優しくなだめられていた。


 「それで、しるふぃの所の星霊がおばあちゃんの所にいた事は何か関係あるの?」


 その一言で、シルフィードは石像のように固まった。ルクスリアはため息をついてから、


 「とりあえず、ここから出ましょう。長居していると段々と呼吸もし辛くなりますから」


 言葉通りにシエル達は階段を上に進む。外の光がやけに弱々しいなとエリーが感じ、窓の外を眺めて見ると既に陽は地平線の向こうへと沈みかけていた。その後ろからシエル達が出てくると。


 「あー外がもう暗いし、今日は久しぶりにこの家で一緒に寝よっか、えーちゃん」

 「えっ!? い、一緒に……って、同じベッドでって事!?」

 「それ以外に何があるの……? こっちのベッドは二つしかないし、狭いけど良いかな?」

 「ええ!! もちろん!! 全然、全く、問題ないわ!!!」


 シエルの提案に挙動不審気味になっているエリーをルリはにやにやと笑っていたが、今のエリーはそれすらも気付けないほどに動揺していた。


 「るーしゃは……」

 「私は実体化を解けば睡眠も必要ありませんし、大丈夫ですよ」


 ルクスリアは心配させまいとシエルが言い淀んでいたその質問に答える。

 その言葉にありがとっ、と答えると同時にシエルのお腹から可愛らしい音が響く。エリーはくすっと笑い声をあげると、調理場へと歩いて行った。


 シエルは待っている時間に何をするかを自室で考えようと、三人は階段で二階のシエルの部屋に行く。その途中の小さな廊下で、シエルは懐かしいものを見るように。


 「あ、この光る石今も光って──」

 『あーーーーーーっっっっ!!!!!』


 突然、シルフィードが大声を上げる。もちろん、ルリには聞こえないためその声を聞いて耳をふさいでいるのは二人だけなのだが。

 ルクスリアが今度の今度こそ、シルフィードに一撃はぶち込んでやろうと光の槍を手の内に作り出してそちらを振り向くと、その大声の理由が分かってしまった。


 「なるほど……でも、なんでここに貴女の霊晶があるんですか?」


 そう、シエルの家の廊下に飾っていた大きな結晶の灯りは、ただの灯りではなくシルフィードの霊晶だったのだ。

 だが、ルクスリアも言うようになせここにあるのか、その理由が分からない。シエルはもちろん知る訳がない、同じように住んでいたエリーもおそらく同様に知らないだろう。どちらかが知っていたなら必ず話す筈だから、とルクスリアが推測していると。


 『何はともあれ、私の霊晶、かむばーっく!』


 シルフィードが霊晶を身体に同化させていく。すると、徐々にシルフィードの身体が霊体ではなく本物の肉体となって、ルリの眼にも見えるようになっていく。

 浮いていた霊体の身体は質量を得ると同時に、静かに床に足を着ける。緑色の長い髪がさらりと流れる。


 「えっと……貴女が、シルフィード……さん?」


 ルリが恐る恐る尋ねると、シルフィードは微笑んだ後にルリの頭をわしゃわしゃと撫でまわす。

 いきなりそんな事をされて、おかしな声を出したあと後ずさるとシエルの後ろに隠れる。シエルは困り顔で、


 「実体化してやることが何でルリの頭を撫でる事なの………」

 「ああ、いや皆撫でてるから私も撫でてみようかな~と」


 確かにシエル達もルリの頭を撫でてはいたが、だからと言って一番最初にやる事なのかと言われると非常に返答に困ってしまう。


 「うぅ……この人苦手です……いきなり頭をわさわさしてきました……」


 シエルの後ろに隠れながら、若干瞳を潤ませて言っている。ルリへの第一印象は残念なことに、というか初対面でこんな事をすれば半ば分かっていた事だが、最悪だった。



 ルリはシエルの部屋に入った後もシルフィードの対角線上に座っていた。


 「えっと……随分と嫌われたみたいだね……」


 シルフィードは苦笑しながらシエルの方向を見る。今回の件は全面的にシルフィードの突発的な行動が原因の為フォローしようがない。

 その後も何とかしてコミュニケーションを取ろうとしては逃げられている様子を見てシエルは少し面白かった。

 扉の前で立っていたルクスリアはそんな一場面を見てふと思う。


 「シルフィ、私と会ってから昔の口調に戻ったのは何故なんです?」


 シルフィードはいきなり声をかけられ、かなり焦り気味だ。おおよそ、また何かミスをして今度こそ焼却でもされるのではないか、とでも考えていたのだろう。


 「え、そんな事?」


 拍子抜けしたシルフィードがそんな声をうっかり出すと、ルクスリアの魔力が露骨に高まっていく。

 流石にそんな事で死にかけるのはごめんなのか、あわてて理由を述べ始める。


 「ちょっ……待った、待った!! 言うからこの状態の私に光の槍をぶち込むのはやめて!!冗談抜きで死んじゃうから!!」

 「手短に、お願いしますよ?」


 にっこりと笑っているが眼は全くと言っていいほど笑っていない。これは間違いなくふざければ命は無いと確信したシルフィードは若干震えながら答える。


 「えっと……あの時は眼が覚めたばっかりだったし、私の従うべき相手がどんな人柄かも分かってなかったからちょっと真面目モードだったのよ、でなんとなくわかってきたし、特に硬い口調で話す必要もないかなって判断したからいつもの…っていうか、昔の話し方に戻したって感じ……です」


 最後は何故か敬語になっていたが、ルクスリアは一言、そうですか。とだけ言って話を切った。

 シエルはそんな会話もどこ吹く風で自分の頭で考えを巡らせながらさりげなくルリの様子にも目を向けていた。ルリはというと、珍しく大人しくシエルの後ろに隠れて二人の様子をじっと見ていた。それはまるで記憶の戻る前のルリにも見えて、それはそれでシエルにとっては珍しいものを見たという気分になっただろう。

 そこからは特に話す事もなかったシルフィードはルクスリアの地雷を踏みぬかないように部屋の中を物色していた。すると、下の方からエリーが夕食を作り終えたと伝えに来る。シエル達はすっかり空腹だった事を忘れていたのか、それを思い出すと足を弾ませて一階へと降りて行った。



 「ね、ねぇえーちゃん……えーちゃんのってこんなに大きかったっけ?」


 夕食中、気になって思わず聞いてしまう。だが、本人は至って自然な口調で


 「え、そうよ?早く私の……食べて?」

 「これ……絶対いつもより太いよね!?」


 文句を言っていると、エリーは意地悪い笑みを浮かべて言う。


 「そんな事言うなら……無理やり口に入れてあげてもいいのよ?」

 「無理やりって、私の口に入らないからやめてよぉ…ね?」

 「ええ~? 私はしぃの顔が私の白いので汚れるのも良いかなって思うんだけど♪」


 エリーの口調から考えるに、嘘は言っていないのだろう。だからこそ余計に対応に困ってしまっていた。

そんなやり取りを繰り広げていると横からルリが、


 「お嬢様が迷ってるなら、私がエリーさんの大きいやつ食べても良いですか?さっきからずっと我慢してるんですけど……」

 「それはダメ! えーちゃんのは私のなの! これだけは誰にも譲らないの!」


 そう言うと、ルリもエリーと同じようににやりと笑う。


 「じゃあ、早く食べて下さいよ、お嬢様。じゃないと私が──」


 そう言うと、ルリはエリーのモノに手をつけようとする。咄嗟に魔法でルリの動きを止めると、覚悟を決めたのか若干泣きそうな声で。


 「うぅ……わかった、食べるから……」


 そう言ってシエルはエリーの──巨大ロールケーキに口を付けた。シエルの小さな口にそれの全てが収まるわけもなく、小さな口の周りには白いクリームが付いてしまう。

 エリーはそれを待っていたかのように、シエルの口の周りについてしまったクリームを舐めとる。


 「ひゃう!? ……えーちゃん、初めからこれがしたかったんでしょ?」


 ここまでの流れでようやく頑なにシエルにロールケーキを食べさせたがっていた理由が分かったが、別にそれ以外にもあまり今の状態で食べたくなかった理由もある。というか、今まさにエリーが倉庫の中で冷蔵保存されていた干し肉で作ってくれたステーキに口を付けようとしていたからだった。

 ばれたか~、と嬉しそうな声で言っているという事は当たりなのだろうが、本人のやりたいことは果たせて満足なのだろう。

 そこから改めてメインディッシュにありつけると思ったら。


 『きゃあああああああああああ!!!!!!!』


 と、窓の外から悲鳴が聞こえる。またエリーの作ってくれた料理を食べれなかった……とがっかりしながらも、何があったかを確かめるべく外に出る。

 すると、腰が抜けたのか満足に立てないまま後ろに後ずさっている女性の姿があった。その視線の先には、牛のような二本の角、猪のような形相で口には像のような巨大な牙が、その身体は熊を一、二周りは凌駕する巨躯で二本の足で地面を踏みしめていた。


 「な、なに……あれ」


 エリーでさえもそう聞いてしまうような良く分からない生き物は驚く事に、言葉を発する。


 『我が名は森の暴君! この村を破壊されたくなくば、乙女の身体を差し出せ!』


 しゃがれたそんな声を聞いて、エリー達は顔をしかめる。確かにあの体格ならばこの村の家など軽く破壊できるだろう。それに、破壊されたくなければ女性を差し出せというのも気に食わない。三流の下種のような言葉だったが、魔力も十全に練れていない状態でのエリーが戦うには少し厳しいような相手だと、直感で分かっていた。

 全員がどうしようとたたらを踏んでいると、


 「おっきい牛……のイノクマさん?」


 横からシエルが森の暴君と自称した獣の前に歩き出る。

 危ない、そうエリーが言葉をかけようとしたその時、


 『まずは、お前に決めたぁぁぁ!!』


 そう咆哮し、手足を地面につけると地面を抉り、数メートルと離れていない小さな体に猛然と突撃していく。あまりにも急すぎるその展開にシルフィード達すら何もできなかった。



 一秒にも満たない短い時間だったが、四人には永遠にも等しいほどに長く、そしてその事実を否定したいという感情が頭の中を支配する。

 轟音の発生源に恐る恐る目を向けると──崩れ果てた自分たちの家と、かろうじて見える華奢な細腕に止まることのない赤い線が引かれていた。

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