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夏休みの里帰り

 大音量で講堂の中にセッカの声が響く。


 『長ったらしく話をするのは私の柄じゃないので、手短に言っておきます───課題やって、次に登校してくれる時に無事であれば私から言うことはありません。以上です』


 本当に手短に済ませて、セッカは壇上から舞台袖に歩いていく。

 今日はシエル達の学園のいわゆる終業式だ。夏休みに入れば普段は寮住まいなのだが特例で帰宅が許される。

 貴族の生徒達は避暑地へ行ったりとそれらしい夏の過ごし方をするようだが、


 「荷物は持った?」


 エリーは膨れた鞄を持って、シエルに聞く。大きなエリーの鞄とは正反対に、シエルの鞄は小さく、あまり大きなものは入れていないようだった。


 「ん、大きいものはシルフィさんに運んでもらうから大丈夫だよ」


 ねー♪と明後日の方向を見て言うと、つむじ風がくるくると回っていた。エリーの目にははっきりと見ることはできないが、おそらくそれは快諾の印なのだろう。


 「私も大丈夫ー」

 「あんたは別に来なくていいのよ……っていうか、自分の村があるでしょう?」

 「私はお嬢様の奴隷ですから♪」


 こんなに嬉しそうにその言葉を言えるのはいったいこの世界にどれだけいるのだろうか、ルリの持ち物は腰の小さな袋で事足りるようで、早く出発したいのか部屋の中をうろうろしていた。

 ルクスリアは実体化して、片づけを手伝っている。


 「ルリは動き回る暇があったら手伝ってくださいっ!」


 ルクスリアは一応ルリを守るための守護者的役割だと言われていたのだが、最近では守護者というよりも保護者的立ち位置のほうが近いような気がしてきた。


 「えー? めんどくさいー」


 ルクスリアはにっこりと笑うと、ルリの真横を光の槍が通り抜ける。掠った頬からは血が滴る。


 「え……?」


 一瞬で表情が真っ青に変わったルリは百八十度行動を変えて片づけを始めている。

 さすがのルリも直接的な攻撃を受ければ、動かざるを得ないだろう。

 この状況になっている理由はシエルが家の地下にある本棚が気になったから、というものだった。


 「全く……終われば早くいけるというのに……」


 はぁ、とため息をつくルクスリアをシエルは苦笑して。


 「ルリは自由だから……」


 ルクスリアも同じように笑って、反応を返す。


 「できましたよー!!」


 投げやり気味のルリの声が部屋に響く。廊下に出てみればいつもよりも閑散としていた。


 「じゃあ、行こうか! 足のほうはゲッカさんに頼んで用意してもらったから」



◇◆◇◆◇◆◇



 学園を出て、馬車に揺られること数時間。陽も傾いてきて森の中では野生動物が動き始める頃だろう。

 だが、まだまだ着く気配はない。二人ともが炎の魔法を使え、光の霊姫であるルクスリアがいて野生の動物に襲われるという心配はほぼないのだが、


 「夜道はお馬さんのほうが大変だからなぁ……」


 いくら夜目の利く馬だとしても連続で走れば疲労もするし、事故が起きる確立だってあがる。

 無理して走らせるよりも今夜は大人しく野宿をしようとエリーが提案すると、誰にも反対されることなく、案外すんなりと受け入れられた。


 「テントとかはないし、中でいいよね」


 シエルはそう言うと、馬車の底にしまってある毛布を取り出す。天井の備え付けのランプに火をつける。

 外は夏とはいえ、少し肌寒い。馬の近くに獣除けと暖を取るための火を起こして、馬車の中へ入った。


 「後どれくらいだっけ?」

 「多分、あと三分の一くらいかな遅くても昼くらいには着くはずだよ」


 シエルはエリーの言葉を聞いてから、馬車の中に入る。

 一人きりで、炎の爆ぜる音を聞いていると、何かの気配がした。武器は持っていないが、魔法を使うことはできる。相手が武器を持っていないことに油断してくれることを祈りつつ、相手の出方を伺う。


 「……」


 出てきたものは、夜と同じ色の髪を持ち、群青の瞳の下にクローバーと星のマークを入れた中性的な見た目の人物だった。


 「そんな敵意に満ちた目で見られても困るね。それに、武器を持っているように見えるかい?」


 両手を振って武器を持っていないことをアピールする。

 確かに、持ってはいないようだが、自分と同じように魔法が使えれば武器のあるなしは問題ではない。

 警戒は解かずに、エリーは。


 「……とりあえず、座ったら? どうしてここに着たかは……じっくりを聞かせてもらうから」

 「一応、言っておくが攻撃魔法だって君達のものよりも圧倒的に弱いと思うのだけどね……」


 馬車の中にいるシエルのことまで見通されていることが分かり、さらに警戒を強める。

 目の前の人物は飄々とした態度で焚き火の前に座ると、口を開く。


 「そもそも、私の本業は吟遊詩人のようなものだよ」

 「そうなの? なら、それっぽい話でも聞かせてよ」


 もちろん、本気で聴く気はない。偽者ならば、その場で二つ目の焚き火になるだけだ。臭いはどうにかして消すが。


 「では、星霊の話でも──」

 「それくらいは誰だって知ってるわよ。昔は魔法が星霊の力で発動していたって言われていたけど、時間が経つにつれて星霊の力じゃないって分かって、信仰が薄れたって話でしょ?」


 エリーが話の内容をかいつまんで説明する。内容としてはその通りであり、誰でも知っているほど有名な話だ。

 だが、目の前の人物は得意げに。


 「その続きが、あるって言ったらどうする?」


 エリーも流石に、続きの話は聞いたことがないのか、一瞬だけだが反応を示した。

 それを見てうれしそうに目の前の吟遊詩人は話し始める。


 「それでは、続きをば──星霊の力ではないと認知され始めても、星霊を信仰する人がすぐに激減するわけではなかった。だから、星霊の存在を忘れる前に奉るための神殿を作り上げた。火の星霊なら火霊殿、水の星霊なら水霊殿……と、六霊姫に対応する六つの神殿をこの大陸に魔方陣のように作り上げ、そこに星霊達の媒体を備えた」

 「媒体?」


 ここまで聴いて、エリーが初めて口を挟む。エリーとしては聞き入るつもりはなかったのだが、すっかり聞き入ってしまった。


 「そう、確か霊晶石なんて名前だったはずだ。と言っても私も詳しく覚えていないからな」


 確かルクスリアが実体化していられるために必要になるのが霊晶と言っていたはずだ。と考えると、この話も嘘ではないのだろう。


 「続きは、あるのかしら?」

 「残念だけど、私の聞いた話はここまでだよ。先を期待していたのだったら申し訳ないね。ああ、それと一つだけ忠告だ」


 忠告、とは言うがこの森はシエルとよく入って野草を取っていた。だから、何か忠告されることも無いのだが、だからと言って聞かないということも失礼だ。


 「何かしら?」

 「ここの王は、とても賢い。夜に光を見れば、それに脅えることなく周到に策を練り襲い掛かってくる」

 「ご忠告どうも、それであなたはいつまでここにいるのかしら?」


 詩人はくすりと笑うと。


 「あいにく、私は王に襲われたくないのでね」


 そういって、夜の森の闇に消えていった。焚き火もしばらくしたら消える。そろそろエリーも寝ようと馬車の中へ戻ろうとした時。


 「どうしたの? こんな時間に」


 馬車の中から現れたのは、ルクスリアだった。金色の長い髪はくせっ毛のように跳ねていてまるで寝ていたかのようだった。


 「あれ? 霊姫って睡眠が必要なの?」

 「私達は星霊の中でも特殊な存在ですから、睡眠……というか休息がないと十分な力が発揮できないんです。それより、高位の星霊がここにいたようなんですけど、気づいたことはありますか?」


 そう言われても。エリーには星霊をはっきりと見る力はない。かろうじて実体化していない星霊を見ることくらいならできるなら、高位星霊をはっきりと見ることができるかと言われれば、見たことが無いから分からない、と答えるだろう。


 「気づいたこと? そんなことは無かったわ。あるとしたら、似非詩人っぽい人が少しの間いたくらいかしら」


 エリーがそう言うと、ルクスリアの眠たげだった瞳がぱっと開かれる。


 「そ、その人黒い髪でクローバーと星のマークが目の下にありませんでしたか!?」

 「あ、あったけど……どうしたの?」


 そういった途端、ルクスリアはふわりと浮かび上がり、森の奥へと飛んでいく。

 声をかける暇も無く、その様子を見ているしかなかった。現状が理解できないまま数十秒、次はルクスリアの驚いたような声、そこからすぐに悲鳴の様な声が上がる。


 「こ、今度は何……?」


 戻ってきたと思えば、おまけで付いてきたのは巨大な熊の魔物だった。

 ルクスリアならば対処だって容易なはずだが、どうやら武器を持っていないようで。


 「何で厄介ごとが増えるのよ……っ!」


 エリーは魔法の詠唱を一瞬で済ませて、火球を放つ。獣型の魔物は本能的に火を嫌うはずだが、目の前の熊は火球を豪腕で切り裂き、突進してくる。

 流石のエリーもそれには驚く。だが、それではシエルを守ることなどできない。即座に対極である氷の魔法を詠唱し、発動した。

 巨大な口に向かって氷柱が打ち込まれる。口から無理やり外そうものなら、口の中の皮が剥がれ落ちるだろう。

 それを一瞬で理解したのか、次の瞬間には口元の筋肉が浮かび上がるほど力を込め、噛み砕いた。

 口内からはみ出た氷の破片が辺りに飛び散る。が、勝負はつく。


 「これで、終わりですっ!」


 頭上からルクスリアの光の槍が貫いた。しばらくは槍を引き抜こうと暴れていたが、数秒もしないうちに、動きと止め絶命した。


 「ったく……夜中にこんな運動させないでよ……川で水浴びしてくるわね」


 ふわりと髪をなびかせて、エリーも同じように夜の森に消えていった。



◇◆◇◆◇◆◇



 「んぅ……おはよ、えーちゃん」


 朝日を受けて、シエルの髪がきらきらと光る。エリーはおはよう、と言ってシエルの跳ねた髪の毛を手で押さえて元に戻してやる。

 髪を撫でながら身をよじらせて声を漏らしている様子は、まるで小動物のようで、エリーは内心その様子にどきどきしながら髪を手ですいていた。


 「……もう、いいよ」

 「ん、ありがと、えーちゃん♪ ルリはまだ寝てるみたいだね」


 横を向くと、毛布に包まったルリの姿がそこにあった。夢の中で何やらいいことがあったのか、その顔はニヤついていた。エリーはシエルに見せていた穏やかな表情から一瞬で無表情に変わると。


 「ほら、起きる。今から出発するから」


 毛布を引きはがすと、まだ夢心地のルリが目をこすって起き上がる。


 「ふぁ……もう出発ですか?」

 「もう、って程朝早くないよ?」


 シエルはエリーに先ほどしてもらったようにルリの髪を手ですく。犬耳をぴこぴこと上下させながら、ルリは。


 「あ、そうなんですか……それじゃあ、馬を起こして行くんですよね?」

 「朝ごはん食べたらね。今ルクスリアさんに取って来てもらってるから」


 霊姫に朝ごはんの材料をとってきてもらうなど、普通では考えられないが不思議とシエルのお願いには逆らえなくなってしまうような魔力があった。


 「川魚を捕まえてきましたよー」

 『お、美味しそう。私にもちょーだいよルーシャ』


 シルフィードがルクスリアに話しかける。実体がないため、見えるのはシエルと同じ星霊であるルクスリアだけだ。


 「なんで実体のない貴女にあげないといけないんですか……あとその呼び方やめて下さい」

 「るーしゃ?」

 『そうだよ、昔はこの呼び方でも良いって言ってくれてたんだけどなー』


 シルフィードはにやにや笑いながらルクスリアの反応を待っていた。


 「……確かに、昔は良いって言いましたけど、今のあなたには呼ばれたくないです」

 「……私は、呼んでいい?るーしゃって」


 シエルがルクスリアに不安げに聞く。

 そんな様子を見て、突っぱねるように断るわけにもいかず、ルクスリアが困り顔になっていると。


 『いいんじゃないの? シエルは』


 シルフィードが口を挟んでくる。

 だが、それがきっかけとなったのか。


 「……いい、ですよ。シエルさんは」


 照れた表情で、ルクスリアはシエルに言う。


 「ありがと、るーしゃ」


 シエルの笑顔は花が咲いたように、可憐で華やかだった。



 馬車が走り出して、数十分もしないうちに目的のシエルたちの故郷の村へとたどり着く。

 がらがらと音を立てて、見慣れない馬車が辺境の村へと現れたなら警戒するのが当然だろう。

 もちろん、シエルたちの村も辺境にあるため、例に漏れずまずは男たちが様子見にやってきた。


 「誰だ? 出てきてもらえないだろうか」


 エリーは記憶の中から、声を上げた男の記憶を探る。

 確か、村長の息子とかだったような気がする。と判断して、


 「しぃは中で待っててね」


 そう言って、馬車から降りる。

 見覚えのある顔が、馬車から降りてくると警戒していた男たちの顔が一瞬で変わる。


 「おー! あの娘のお付きか!! 学校から帰ってきたのか!!」

 「別に……今回はしぃが気になることがあったからって戻ってきただけ」


 事情を軽く説明して、馬車を止める場所を確保してもらうと。


 「しぃ、もういいよ。足元に気を付けて」

 「大丈夫だよー? だって、えーちゃんが転びそうになったら助けてくれるでしょ?」


 シエルは普通に言ったつもりだったのだが、エリーは顔を赤くして黙りこくってしまった。

 ルリは降りてきた後にエリーの顔を一瞬だけ見ていいものを見たとばかりににやりと笑う。その直後に、ルリの頭に氷の塊が落ちてきていたのだが。

 シエルは木の扉の小さな鍵穴にギュッと握りしめていたカギを差し込んで捻る。軋むような音とともに、扉が開いて、埃っぽい玄関が出迎えてくれる。


 「おばあちゃんの秘密の本棚、たしかここに──うん、あった」


 手探りで埃のかぶった床を撫でていると、少しだけ感触の違う床板があった。そこを魔法で外すと、石の階段が現れる。

 後ろにはエリーとルリ、そして実体化したルクスリア。どんなことが起きても大丈夫だろう。

 エリーが前に出てシエルを間に挟むような形で、地下への階段をゆっくりと降りていく。シエルの目的を果たすために。

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