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植物であんなことやこんなことをしてはいけません

 今にもシエルを捕食しようとした竜を目の前にしたエリーは、何も言わずただ殺意だけを辺りに漂わせていた。


 「……殺してあげようか?」


 濃密な殺意が空間を支配する。それは魔法などで錯覚させているのではなく、ただただ純粋な殺意のみだった。


 「え、えーちゃん……?」


 魔力で他人を理解できるシエルだが、今のエリーは自分の知っているエリーのそれとはかけ離れているといってもいいほど魔力の質が異なっていた。

 確かにに感情によって質が変わることがないとは言えないが、それにしても全くと言っていいほど別物に近いものになるという経験は初めてだった。怒りの感情が振り切れて逆に物静かになったエリーは手がつけられないと、自分が一番分かっている。

 だが、このままだと竜が容赦なく虐殺されてしまう。


 「……あれ? 絵面には問題あるけど、一番大事なことはできているからいいのかな?」


 冷静に考えてみると竜の撃退、または討滅が今の最重要目標なのだ。何故こんな場所に現れたのかなどは二の次だ。

 エリーの暴走状態は恐らくあの竜を倒さない限り戻ることはないだろう。


 「どうやって止めようかな……」


 シエルが言ってもあの状態のエリーは話を聞かない。無理やり聞かせるだけなら何通りか方法はあるが、あまりスマートではないし何より自分が疲れる。

 そうこういっている間に、エリーは殺意を竜に向けながら疾走する。本能的に危険と感じたのか、竜は咆哮を上げ、灼熱を吐き出す。

 エリーはその灼熱に真正面から突撃する。通常ならばその炎が消える頃には骨も残っていないだろう。だが、エリーはそれくらい分かっている位には頭は動いている。


 「それで、何とかなるとでも?」


 エリーは目の前に冷気の逆風を巻き起こして炎を防いでいた。一気に相手の首の下まで肉薄したと思えば次の瞬間には剣を抜き、その首を切り落とすために真上に切り上げる。

 シエルには見ることができたが、振りぬく瞬間にエリーの剣は風の魔力を纏っていた。それは殺傷力に特化させた強烈な一撃だったが、大木ほどもある竜の首を一刀で落とせるとはシエルは到底思えなかった。

 ──そう思っていたが、現実は予想をはるかに上回った。その一刀はあまりにも鮮やかな紅い軌跡を描いて命を刈り取った。

 いまだに疾走を続ける竜の骸はエリーの身体を噛み砕こうと向かってくるが、それはもちろん叶うことは無く首から大量の血液を雨のように流し、地響きを起こしながら倒れる。もしもシエルとルリがいる側に倒れて来そうになった時にはエリーがきっとフォローしてくれていただろう。


 竜を倒した後も、正気に戻ろうとしなかったエリーをシエルは魔法で眠らせて担ぎ、竜の不意打ちで気絶していたルリはルクスリアに抱えて移動してもらっていた。

 突如現れた竜に対して、他の生徒達も勇敢に戦っていた。生徒達の戦いは未だに終わらず、戦況は竜が若干有利と言ったところだった。シエルも加勢に加わるべきだと思ったが、


 「静かにして……」


 目の前で本を読んでいたシオンが鬱陶しげに顔を上げると、袖に隠れていた小さな手を振り上げる。

 横に手を振ると、ぱらぱらと何かが地面に落ちる。


 『生育グロウアップ龍捕草ドラグディオネア


 シオンの小さくともよく響く声が、こだました。すると、緑の何かが一瞬で伸びた。

 それが何なのかはすぐに分かった。それはシオンの体ほどもある植物だったのだ。

 だが、竜はそれを気にも留めずシオン目掛けて突進していく。

 誰もが、シオンの出した植物など歯牙にもかけられず一瞬で噛み砕かれ、元の状態など分からないような状態になってしまうと考えた。



 「やっぱり、バカは嫌い」



 確かめるように呟くシオンの目の前には、竜の牙がすぐそこまで迫ってきていた。

 全員がしたくもない想像をめぐらせたその時。


 「来たよ。食べちゃって」


 植物は自分の身の丈の数倍もある竜を捕らえた。しかも、その竜は咆哮を上げ、眼に見えて苦しんでいる。

 捕食している植物からはシューシューと謎の煙が発生して、竜の鱗を溶かしていた。

 シオンはもう一度腕を振って撒く動作をした。今度は何を撒いているのか、ちゃんと見ることができる。

 撒かれていたのは植物の種のようだったが、普段見るような種の倍の大きさはあるものだった。それが、シオンの魔法によって急速に成長してあのような姿になったのだろう。

 ただ、魔法によってああなったのか、それとも普通に成長していてもあんな姿になったのかはシエルには分からない。

 後で、シオンに聞いてみようとシエルは心に決め、他の場所は大丈夫かと立ち去ろうとした時、


 「あ、シエル」


 シオンに気付かれ名前を呼ばれる。巨大草の中では未だに咆哮が響いてきていることからまだ戦闘は続いているようだが、


 「ど、どうしたの?シオン」

 「ん、いや……ここにいるって事はシエルも竜を倒したんでしょ?」


 シオンの言葉にシエルは肯定すべきか迷った。確かに、竜を倒したがそれはエリーの力で自分の力ではない。

 それに、もしエリーが戦わなかったとなれば、今度はルリが戦っていただろう。


 「あ、うん……でも、私は戦ってない、から……」


 シエルは弱気にそう言って答える。

 表情を変えずにシオンは、


 「そう。でも、人脈だって立派な武器だから……弱気になっちゃダメ。立派な武器があるんだって、思わなきゃ」


 シオンはそう言うと、竜のほうへと向き直る。


 「それに、私だって戦っているのはこの子達で、私じゃない」


 そう言って、もう一度魔法を発動させた。


 『生育・ソーンクラウン』


 今度は鋭さを増した茨が捕らえられている竜の鱗を貫いた。下手な鎧よりも硬いその鱗を貫けたのは、茨の鋭さだけではなく、先ほどから出ていた煙が何か関係しているのだろう。


 「あの煙には軟化成分が含まれてるから、簡単に貫けたの」


 いつしか竜の咆哮は聞こえなくなり、捕らえていた草はしぼみ小さくなっている。


 「はい、これで終わり」


 シオンは本をぱたりと閉じると、同時に植物も消え去る。

 ふわりと制服のスカートをなびかせて去っていくシオンの姿は妙に様になっていた。


 「さすが、学内非公式ランキング6位ですね……」


 いつの間にか目をさましていたルリがルクスリアの肩に担がれたまましゃべっていた。

 それよりもシエルが気になった事は、


 「学内非公式ランキングって何……?」

 「あれ?お嬢様、知らないんですか?月一で広報部が出している学内新聞にあるんですよ。因みにお嬢様達はまだ載っていませんよ、多分次号辺りで載るとは思いますけどね」


 ルリの自慢げな一言にシエルが複雑な感情になっていると、ダウンしていたはずのエリーが目をさまして、ルリの耳を引っ張る。


 「何で奴隷のあんたがそんな事知ってるのよ」

 「ちょっ……痛い!痛いですって!!」

 「痛いのは分かってるから。で、何で知ってるの?」

 「あ、それはですね……」


 ルリによると、校内新聞は食堂にも置いてあるらしく、朝食を買いに行くときなどについでに持って帰って読んでいたとのことだった。

 部屋の中で、読んでいたらしいので探せば見つかるとの事だったが、


 「そんなことより、今は竜退治のほうが大事じゃないの?」


 シエルが恐る恐るといった様子でエリーとルリの会話に口を挟む。気付かなかったといわんばかりの視線が返された。

 流石に忘れていたとは思わなかったのか、シエルも困惑の表情を隠し切れなかった。


 「え……忘れてたの?」

 「「………」」

 「何か反応返してよ……?」


 シエルの呆れた視線を二人に向けるとそっと視線をそらしたのがシエルにはわかる。それに負けず視線を送り続けていると、


 「ご、ごめんなさい……忘れてました」

 「もっとしっかりしてよ……」


 二人はその言葉が心に刺さる。なぜなら、二人が同時に思ったことは、


 ((お嬢様)しぃには言われたくない……))



 シエルに言われた二人は、再び三人で行動する。ルクスリアにはルリを運んでもらうためだけに実体化してもらっていたので、もう一度霊体に戻ってもらった。

 星霊姫は実体化できるといえども、霊体化しているときよりも魔力の消費が激しい。属性を統べる彼女達はその属性から魔力を自然に供給される。

 だが、実体化しているときはその収支がマイナスになっているのだ。そのため、できるだけ実体化はしない方がいいとルクスリアから言われていた。

 そして、魔力の大部分を溜めている霊晶がないためシルフィードは実体かできない、とも教えられた。


 「あれ?竜の気配がなくなった…?」


 シエルが先ほどからすこし無理をして広範囲の竜の魔力を観ていたのだが、それが忽然として消え去った。まるで、元からいなかったかのように。

 そして、入れ替わるように現れた魔力は、シエル達も良く知っているものだった。


 「セッカ……?」

 「どうしたの、しぃ」

 「あ、いや……いきなりセッカさんの魔力が急にでできたから、気になって」

 「セッカの魔力?」


 エリーはシエルの言葉に一瞬疑問で返したが、自ら調べたのかすぐに納得したような顔に変わる。

 そして、それで何か分かったのか、小さく笑う。


 「ああ……なるほどね、分かったわ」

 「何が分かったんです?」


 ルリがエリーに聞くと、いつもなら面倒くさそうな声音で話すのだが、今日は少し違った。


 「これが起こった原因ってとこかな」


 行けばわかるわ。とエリーはセッカの魔力を追いかけていく。シエルはルリに腕を引っ張られ、エリーは目の前の障害物をどけて無理のない程度に走る。

 そして、たどり着いたのはシエル達がいた図書館だった。

 中に入ってみると、カウンターの上で座って本を広げているゲッカの姿があった。待っていたとばかりに、本をぱたりと閉じるとカウンターからぴょん、と降りる。


 「お、来たね~……って、シエルちゃん達か……」


 がっかり顔のセッカをエリーは例の笑顔で問い詰める。


 「そんな顔しないでくれるかな?元凶さん?」


 エリーの一言にセッカの表情が凍りつく。


 「げ、元凶って何のことかな……?」

 「とぼけなくていいよ。貴女がこの事件の犯人でしょ?」


 エリーの突き放すような一言は鋭く無慈悲だった。セッカは否定するのかと思ったが


 「どの辺で気付いたの?」


 そう、エリーに問う。


 「強いて言うなら、最初から。でも、人為的に引き起こされたものって分かってただけで、誰がやったのかわかったのはついさっき、貴女が現れたとき」

 「やっぱり、私が出てくるのはまずったかなー……」


 ゲッカはエリーの言葉を聞いて、素直に反省点を挙げていく。だが、シエルには今の二人の会話に全くついていけてない。

 あわあわしていると、横でショートしているルリの姿があって少し安心した。


 「え、えっと……つまり、どういう事? セッカさんがこの竜がいっぱい出てきた事件の犯人って事?」


 エリーとセッカが同時に肯定する。


 「そうだよ~でもね、これって実はこの学園の恒例行事でもあるんだよね。毎年やってるから、先輩達に聞けば実は分かっちゃうんだよ」


 セッカはにゃはは、と笑うが、そんな軽く言うものでもないだろう。これだけの被害を出しておいて、笑い事で済まされてはただ事ではない。


 「で、でもこんなに滅茶苦茶になってるけど……いいの?」


 シエルが気になったことを、聞いてみる。


 「ん、大丈夫だよ。演出は重要だから派手にやらないといけないしね♪」


 そう言って、魔方陣を視覚化させるとセッカは複雑な魔法を詠唱する。すると、光がドーム上に広がり、しまいにはこの町全体を覆うほどの巨大な光となった。

 眩むようなその光が晴れると、


 「う……ん、あれ?元に戻ってる?」


 町の風景が襲われる前の状態に戻っていた。シエルの目には巨大な魔力が町全体を覆ったように見えた。


 「私の魔法だよ。ただ、ちょっとだけ魔力を使いすぎちゃうのが難点だけどねー」


 軽くいっているが、あれだけの広範囲を魔力で覆うのは単純に考えても普通の魔法使いが数人単位で必要なはずだ。

 それを、たった一人でしかもこの短時間でやってしまう所に常人とは確実に違うことを示していた。


 「この校外学習の目的は、皆が他人のことを気にかけて行動できるか、そして他人を守って動けるほどの実力があるか、そしてギルドから送られてくる依頼に対応できるほどの実力があるか、最後のはおまけに近いから、主に前二つがメインかな」

 「ギルドからの依頼って二年生からじゃないの?」


 シエルが不思議に思って聞く。この学園はギルドからの依頼が送られてくることあるが、それは二年生から、と書かれていたはずなのだがと思っていると、


 「そうだね、普通は二年生からなんだけど、この校外学習である程度どれほどの力があるのかを試しているの。呼び出している竜の幻影は本物の三割くらいの強さで召喚してるから、優秀な子達は倒せるってくらいでね」


 シエルはそれを聞いて納得半分、不納得半分といった表情をする。そもそも、何故この校外学習で竜の幻影を呼び出す必要があるのかと思っていると、


 「あくまでもこれは大体の力量と突然の出来事への対応力を試しているだけだから本当におまけなのよ? 一応特例で、私達が認めた場合だけ一年からギルドの依頼を受けれるけれど……ほとんど居ないわよ? 当たり年で四人くらいかな」


 セッカはくすくすと笑いながら言う。それは、所詮その程度というような色もあったが、大部分は仕方ないといったような色が含まれていた。


 「で、今年は何人が当たりなのかしら?」


 エリーの自分たちは当然合格なのだろう、という挑戦的ともいえる発言にゲッカは嬉しそうに笑う。


 「そうね……今年の合格生徒は──六人、ってところね」

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