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遠足に出会いを求めるのは間違っているのだろうか

 「しぃ、結局決まったの?学部は」


 エリーが自室でベッドで寝ころびながらシエルに話しかける。シエルはというと、家から持ってきていた古い本を読んでいた。


「あ……うん。えっとね……ちょっと気になる事、っていうか……」


 帰ってくる答えは何処か上の空で、的を射た答えではなかった。エリーの方を全く見ず、食い入るように本を読んでいるシエルに、ルリが空気に耐えきれなくなったのか


「あの……お嬢様、どうしたんですか?」

「こっちが聞きたいわよ……帰ってきた後、ルクスリアの話を聞いてからずっとあれだもの」


 お手上げとばかりにジェスチャーをすると、ルリも諦めたのかエリーと同じようにベッドに転がる。そしてどこからか持ってきたお菓子を頬張る。

 エリーもそれを同じく口に入れて頬張る。程よい塩気と甘みが口に広がり、エリーにとっては好みの味だった。


「ん……美味しい」

「そう? 私はあんまりだけど……」

「お子様かしら? この味が分からないなんて」


 エリーがくすっと笑って、からかいのつもりでルリに言ってやると案の定乗ってきて、


「そんな事無いよ! 私は大人だし! 姫だし!」


 ルリが自らの思惑通りに動く事があまりにも面白くて、もう少し遊んでみようと思ってしまった。


「へぇ~? でも、お姫様って言うのはもっとお淑やかなものじゃないの?」

「そうじゃない姫だっていますー!」

「どんな姫? いるって言うなら教えてほしいんだけど?」


 エリーが意地悪い笑みを見せて、ルリに聞く。勿論、勢いで言ったルリが答えを持っているわけがない。それも予想に入れてのエリーの言葉は、魔法のようにも思えた。


「あ……あぅ……そ、それは……」

「あー! 二人ともしずーかにー!!」


 シエルの一言がエリーの笑みを打消し、ルリを助ける結果になった。内心でほっとしているルリだったが、


「それが出来ないなら今は出てって……?」


 珍しく、真面目な口調のシエルにエリーは素直に謝る。


「ご、ごめんしぃ……一つ、聞いてもいいかな?」

「……なに?」


 シエルの言葉が心なしか尖って聞こえた。自分が邪魔をしてしまったことは、先ほどの言葉で十分身に染みたのか、身体を縮こまらせている。


「何でその本を今読んでるの? 確か、しぃの家の地下書庫にあった本……だよね?」


 エリーの少し怯えたような声音を聞き、言いすぎだと思ったのか、少し困った表情になる。


「うん、ルクスリアに聞いた言葉が気になってね……で、引っ張り出してきたの」


 シエルが今、何よりも気になっているのがルクスリアが帰った時に言った言葉だった。



 『そういえば……昔、あなた達みたいな人がいましたね』



 ルクスリアとしては他意の無い何気ない一言だったのだろうが、シエルにはなぜかそれが重要な言葉に聞こえた。

 星霊にとっての昔は人間のそれとは訳が違う。だからこそ、家から出る直前に持ってきた本を荷物の中から掘り出し、調べていた。家の本は何やら特殊な紙でできているようで、魔力を通しやすくシエルでも読むことが可能だったのだ。

 本の内容としては過去あった出来事や、古い時代のお伽話、それに人物譚といったところだった。その中ならば、星霊のことが多少でも何か書かれていないかと思って読んでいるのだが、


「……あれ? これって……」


 ふと書かれた文に目が留まる。その文には魔眼の持ち主のことが書いてあった。それを読んでいく限り、どうやら魔眼にも多数種類があるらしい。

 そして、自分の魔眼──星眼アストラル・アイはその項目の中には書かれていなかった。それが、何を意味するのかは分からなかったが、少なくとも魔眼の中でもさらに特殊な部類だということは理解できた。


「何か、もっと別の何かが……ないのかな?」


 シエルの中でもっと調べてみたい、という欲求が芽生え膨れ上がった。だが、この学園の図書館にはそういった本は無かったはずだし、過去の事を調べることに重点を置く学部もない。


「どうしたの?しぃ」


 エリーがシエルに聞く。シエルは考え込んだ様子で、


「えっと……ちょっと学園長せんせーの所に行きたいかな、って」



 ◇◆◇◆◇◆◇



 シエルは学園長の部屋まで行くと、その豪奢な扉を三回ノックすると部屋の奥の方から声がかかる。

 扉を開けると──

 大きな机に足を掛けて、辺りにはお菓子を散乱させているセッカがそこにいた。


「……失礼しました」

「ちょっと待ちなさい!?」


 冷静に帰ろうとしたシエルをセッカはすんでの所で引き留める。


「色々聞きたいけど、まずはなんで私の机の状況が分かったのかしら?」

「……言わなきゃダメですか?」


 嫌そうな表情のシエルに無理やり話を聞く。ここにエリーがいたならば確実に一悶着起こっていただろうが、今この場にエリーはいない。


「魔力を見ればわかります……セッカさんが触ったところに魔力が残ってるんですよ。だから、なんとなくどんな状況か分かるんです」


 ため息をつきながら、部屋を中へ進もうとするとゲッカが、


「あ、そこは……」


 何かを言いかけようとしたが、もう遅かった。何かを踏んだという感触を足で感じた瞬間、漫画さながらの派手な動作で転び、受け身もままならないまま、床に叩きつけられる。


「い、痛い……何……これ?」


 手探りでシエルを転ばせた原因を探っていると、


「これかしら?」

「ありがと……空き缶? じゃないし……筒っぽい何か──っ!?」


 シエルはその声の主、エリーに遅れて驚く。セッカはというと冷や汗を流しながら、エリーの次の行動を待っている。


「え、えっと…エリー、さん?」

「何かしら?しぃ」

「あ!私もいますよー!お嬢様ー!」


 その穏やかな声音が今のシエルにとっては何よりも怖いものだった。セッカにはそれに加えて聖母のような笑みが見えたため、余計に恐怖を誘った。


「何で……いるの?」

「なんだかシエルが転んだような気配がしたから」


 転んだ気配ってなに、と突っ込むのは考えるだけにして、このままだと確実に問題を起こしかねないので、先手を打っておく。


「えっと……セッカさんは悪くないよ……?」

「そう? でも、転んだ原因の一端はあの人が持っているのでしょう?」


 平坦な口調が余計に恐怖を誘う。確かに、セッカの部屋に転がっていたものが原因で転んだのだが、それでもセッカを庇っておく。

 エリーが感情の起伏の無い起こり方をするときは特に危ない。普段は他人に対しては冷静なエリーだが、シエルの事で爆発すると基本的には感情をむき出しにするのだが、極偶に全く感情の起伏が無い怒り方をすると気があるのだ。

 シエル自身はその判定が分からないが、その時は決まってエリーが手を出していた。


「で、でも……怒っちゃ、ダメだよ?」

 あまりこの手は使いたくなかったが、エリーには泣き落としが一番良く効く。そうでなくとも、必死に止めれば聞いてくれる辺り、シエルには本当に甘い。


「……しぃがそう言うなら、止めておくわ」


 ほっとシエルが一息ついたとき、エリーが何かを振りかぶったような音がした。刹那、ぱこんという小気味よい音が部屋に響く。


「痛っ!?」

「今回はこれくらいにしておいてあげる、しぃに感謝することね」


 手を叩いて払い、シエルにここに来た理由を問いただす。


「で、しぃはどうして来たの?」

「分野の事で聞きたい事があって、ほかの先生に聞くよりはいいと思って」


 シエルの中では先生よりも学園長の方が上らしい。間違ってはいないのだが、普通の生徒の考えではなかった。そのフリーダムな考えがシエルらしいといえばらしい。


「あ、何が聞きたいの?」

「えっと……歴史を調べるような分野ってないですか? って聞きに来たんだけど……」

「歴史か……そんな分野は無い……わね」

 セッカはシエルにそう告げる。残念そうな表情へと変わり、セッカも申し訳なさが込み上げてきて、どうにかならないかと考える。

 普段半分も使わない頭を高速回転させて、たどりついた答えは。


「そうだ! もうすぐ校外学習で少し遠いけど古都へ行くことになってるの。その時に、私が口利きしてあそこにある図書館の地下に入れるように頼んであげるわ」

「地下?」

「ええ、あそこにあるのはこの国の中でもかなり古い時期にできた図書館なの。蔵書数も多いから、現在は比較的新しい本のみを地上に置いてあるの。通常は一般人は入れないけど、地下にはもっと古い本が置いてあるから、そこに入れるよう頼んであげるね」


 セッカのお陰で、随分とすごいところには入れるようになりそうだと思った。これもひとえにセッカの人脈の力だ。

 シエルはそういうところは凄いんだけどね…と内心で思いながらも、感謝の言葉を述べ、退室しようとした。


「あ、ちょっと待ってシエルちゃん」

「何ですか?」

「貴女が本当に過去のことを知りたいと望むなら、私はそれを止めないし、支援する。覚えておいてね」



 ◇◆◇◆◇◆◇



 あの話から二週間後、その日がやってきた。班で動け、とは言われたがシエル達を入れてくれる班など、高いプライドを持つ貴族達がぽっと出の平民など誰が気にするだろう。

 もしあるとしたら、それはシエル達の力を恐れず利用しようと目論む蛮勇な者達だけだ。勿論、そんな輩はエリーが黙ってはいない。

 結果的に、シエル達は孤立してしまったが、当人達は全くと言っていいほど気にしていないし、今ではこちらから近づけば、相手の方が引きつった笑みを返す。


「楽しみだね、えーちゃん」

「そうね、しぃ。私も楽しみ」


 エリーとしては、その楽しそうな表情が一番の楽しみだったともいえる。

 今回の校外学習の目的は、上層階級以外の生活層をどんなものなのか確認し、より良い生活になるように尽力する、という完全に貴族向けに作られていて、シエル達には正直な所あまり目的に沿えるようなことができるとは思えなかった。


「それじゃ、行こっか。私達のクラスの人たちも集まってるみたいだし」


 シエルはエリー達に連れられ、クラス用の魔道車に乗る。

 形はバスや車のような近代的なものではなく、馬車の動力源を魔力にして自動化させ、中を広げたものだった。

 そうは言っても、四十人近くの人間を一つの場所に入れられるのは、あまり科学の発達していないこの世界では十分なものだ。

 魔力によって少しだけ浮いた車輪は音もなく動き始め、周りの景色を緩やかに流れさせて行く。

 所要時間は聞いたところによると、大体一時間と少しくらいらしい。車内では仲のいいもの同士は喋っていたり、カードゲームを楽しんだりと賑やかだったが、


「私達何も持ってきてないよ……」

「そんな事言われても困るんだけど……」


 エリーとシエルは自分達が何も車内で過ごすためのものを持ってきていないことに気付き、どうしたものかと考えながら窓の外を見る。

 ルリはというと、既に飽きているのか椅子の空きスペースに丸まって寝ていた。


「景色くらいしか見るものないわね……」

「良いんじゃない?あ、この周りに生えているおっきい木何かな?」

「ん? あ~……なんだろ?」


 シエルが聞いてる大きい木とは竹の事だったが、帝国の地域には自生していないものだったため、分からなかったのだろう。


「……あの木はバンブー……バネとか、釣竿とか色々なものに使われるの」


 突然、後ろから声をかけられ驚き振り返ると、胸のところに本を抱えた栗色の髪の少女がいた。

 見た目は随分と平凡で、何処にでもいそうな感じがした。


「そうなの?ありがとね」

「別に、いいよ。私はシオン、シオン・ユーフェイ」


 シオンはその後も、シエルの気になった植物の名称や使われ方を的確に答えていた。

 それからはすっかりシオンと話し込んでしまい、いつの間にか目的地まで着いていた。眠そうな瞳を擦って目を覚ましたルリに気をとられていると、シオンがそそくさと出て行こうとしていたので、シエルはその手を掴む。


「……なに?」

「名前、教えてなかったでしょ?」


 少し考えた後、シオンが首を縦に振る。

「だと思った。私、シエル・アークルーン。シエルでいいよ」

「私はエリー・フレイナイト。エリーでいいわ」

「あ、私はルリです」


 三人がシオンに自己紹介すると、軽くお辞儀を返して外へ出て行った。



 各自散らばって自由に散策している中、シエル三人は真っ直ぐに図書館に向かった。


「どんな図書館なんだろ……?あそこの国立図書館みたいにおっきいのかな?」

「流石にあそこまではいかないと思うわよ?あれほど大きいのも帝国だからこそだと思うし」


 二人の話している帝国の図書館は敷地面積が恐ろしく大きい。地下一階を含めての五階建て構造で、蔵書数も他の図書館の数倍から数十倍はある。

 だが、それゆえに本の管理が他の図書館よりも手間がかかるため、保管が難しい本などは置けないのだ。

 そのため、貴重な書物や文献を読もうとする場合に限っては図書館を利用してもあまり期待できないという珍しいケースとなっている。

 代わりに貴重な文献は王城に保管されており、許可を取れば読めるようになっているのだ。


「まだつかない?」

「んっと……もうすぐ見たいよ」


 エリーは地図とにらみ合いながら、そうシエルに告げる。この地図はシエルには読むことができないものなので、エリーやルリがいなければたどり着けないのだ。

 シエルはそう分かりながらも、何もできない自分に少し自己嫌悪しながら図書館を目指す。

 と言っても、エリーが言った通りすぐにたどり着いたようで、


「着いたよ。しぃ」


 エリーがシエルを図書館へと連れていく。シエルの目では大きめの建物ばかりでどれが図書館なのか分からなかったが、やはり国立の図書館よりは小さいようだった。

 ただ、中に入ればその感想ががらりと一変する。


「うわぁ……すっごい……」


 思わずシエルがため息をついてしまうほど、中身は帝国のものと大差なかった。


「さあ、行くんでしょ? それとも、私達も行った方がいい?」


 エリーはシエルが一人で学園長の部屋に行ったからなのか、少し遠慮気味に聞く。

 行くと断言せずに遠慮がちに聞くエリーがシエルには珍しいものに見えて、少しいじめてやろうと考えた。


「どうした方がいいと思う?えーちゃん」 


 あえて自分で言わず、エリーに聞いて困っている仕草を見て楽しんでいる。

 そう言うところはエリーにそっくりだと自分でも思っているし、いつもやられている分、たまにはこちら側に回りたいとも思っていた。


「い、一緒に行きたい……です」

「ん? 聞こえないよぉ?」


 わざとらしく聞こえない振りをしていると、恥ずかしそうに身体をくねらせて、


「だから……一緒に行かせてっ!」


 エリーが必死な声で言ってくるのがシエルにとっては嬉しかった。

 それだけ自分を思ってくれていると思ったからだ。シエルはくすっと微笑んで、


「あはは、ごめんね。一緒に来てくれると嬉しいな」


 エリーが離した手をもう一度つなぎ直す。今度はルリも一緒に、その手が離れないように。

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