実は会っていた系のお話はよくあること
帝国に帰って来て、まずシエル達はギルドの元へ行く前に、学園に帰還報告を提出してきた。
と言っても、顔を出すだけでも人によっては通るので正式に紙を出すのは実際のところ少数派だったりする。
三人はシエルが提出用の紙を見ることができないので、顔パスでOKのもらえる事務員の下へと行った。
「外出届を出していたアークルーン以下二名、何事もなく帰りました」
窓口から顔を覗かせたのは、眠そうな顔をした事務員で、エリーにはその顔に見覚えがあった。前に見たのは、ルリを奴隷として買うときにポイントと現金を交換してもらう時に対応してもらった人と同一人物だった。
「は~い。でも、私の前くらいならもうちょっと気の抜けた返事でも構わないわよ~?」
そう窓口の女性は言ったが、エリーはどうにも目上の人に砕けた口調で話すのは苦手なのだ。シエルの事が絡んでくるとなると話が変わるが、それ以外では基本目上の人間に砕けた口調で話すことはない。
「でも……迷惑じゃないですか? その……砕けた口調で話すの」
「え? 何でそう思うの?」
女性は、エリーの言葉に疑問を感じて、問いただす。
「目上の人ですし……」
「うじうじしないの~その娘と話すときと一緒くらい砕けた話し方できないの~?」
さすがに無理がありそうな要求だったが、エリーは律儀にもそうしようとして、
「あっ、えっと……あぅ……や、やっぱり無理ですっ!」
エリーは彼女の言葉に答えて砕けた口調にしようとしたが、どうしても出来ずにその場から逃げ出し、外へと走っていった。どんな状況でも次にやることは覚えているエリーらしくはあったが、今はそんなことを言っている場合ではなく。
「あ! ちょっとえーちゃん待ってよ~!」
「私もおいて行かないで下さい~!」
走り出したシエルに追いつこうとして、ルリも同じように外へと飛び出していった。
◇◆◇◆◇◆◇
学園から飛び出したエリーを追いかけて、町に出るが、当たり前のことだが人が多い。しかも今日は休日前なので人通りが余計に多い。
目の見えないシエルは瞬間的に避ける事ができないので、速度を落とすことになってしまう。
大通りは人が多いので、シエルは一本ずらした裏路地に入り込む。ついでに、そこでルクスリアには実体化してもらう。
最上位クラスの星霊である霊姫ともなれば実体化、霊体化くらいはお手の物らしい。ただ、それも魔力の核となる霊晶なるものがあってこそのようで、それがないシルフィードは実体化ができないようだ。
「どうしました? シエル」
「ごめん、ギルドまで連れて行って、というか誘導してくれないかな? ルクスさん星霊だから普通の人よりも魔力がいっぱいあるから見やすいし」
「それくらい構いませんよ。私も契約されている身ですからね」
ルクスリアはごく普通の一般人の着るような服の姿でその体を実体化させる。だが、戦闘時ともなればその見た目は一瞬で煌びやかな鎧姿に変わるのだろう。
「私じゃダメなんですか~?」
ルリが不服気に申し立てるが、シエルは苦笑いでルリの言葉をはぐらかす。理由は単純に、今のルリに案内されると、きちんとついて行けるかどうかが心配だったのだ。
だから、真面目に案内してくれそうなルクスリアに案内を頼んだのだが──
「おっと、待ってくれよちょっと遊んでいかない?お二人さん」
大通りへの道を塞ぐように集団の男たちが現れる。ルクスリアとルリはシエルを守るように、自分達の体の後ろへと隠す。
「おっと、ここから先は通行止めだぜ?」
後ろの路地にも待ち伏せしていた男がいて、退路を塞いでくる。ルクスリアは軽く驚かしてやろうかと思ったが、シエルがふるふると首を横に振る。
「な~にしてんだぁ?」
「んっとね、おじさん達をこらしめる相談?」
シエルにはいまいち男性の年齢が声で判断できない。だからこそ、こんな場合もまれに起こってしまう。もちろん、そう言われて特に気にしない者もいれば、
「んだと!?誰がオッサンだゴルァ!」
このように激昂するものだっている。だが、今回ばかりは男達の運が悪かった。絡む相手を間違えなければ、もう少しは五体満足で生活できただろう。
「もう少し、誠実な対応ならば考えてあげても良かったのですが……残念です」
ルクスリアが残念そうに男達に呟く。聞く耳を持たない男達は愚かにもこちらに突っ込んでくる。
『ヴォルテックスバインド』
シエルが魔法を発動すると、雷の鎖が男達全員を捕らえる。身体が痺れ、呂律も回らなくなった男達が何かを言っていたが、障害となった者はもういなくなったので、シエルたちはさっさと目的地の方にまで進んでいった。
「おれおおいへけ~!」
因みに、シエルの魔法は一時間経てば解けるようになっていた。
◇◆◇◆◇◆◇
ルクスリアに補助され、無事にギルドにたどり着いた。シエルの魔力探知にエリーの魔力が引っかかったので、ギルドの中には入るのだろう。
「あう……人、いっぱいいる……」
「大丈夫だよ、絶対大丈夫だからっ!」
「大丈夫な感じがしないよ……」
ルリの応援を苦笑で受け取り、ギルドの扉を開く。
すると、そこからは世界が違ったかのように空気が一変していた。男女を交えて、互いがわいわいとした空気を生み出し、賭け事や勝利の美酒に酔いしれていた。
「はぇ~すっごい……」
「確かに、すごいですね……」
ルクスリアも同じように驚きを示していた。何処に報告すればいいかと迷っていると、大柄な男が近寄ってきて、シエルに酒臭い息を吹きかける。
顔を歪めて、その息から逃れていると、
「なんだぁ? 嬢ちゃんたち学生かい?」
「あ……はい、そうです……げほっ」
あまりの臭いに咳き込んでしまうと、男も自分の息の臭いに気付いたのか、呵呵と笑って。
「ん?あぁ、俺の息が酒臭ぇのか! そりゃ済まなかったな!」
「え、えっと……依頼の完了報告って何処ですればいいんです、か…?」
シエルは男に聞こうとすると、いきなり誰かに服を引っ張られる。おかしな人物ならばルクスリアが対処しているだろうから、見知った人物なのだろう。
振り返ると、そこには予想通り、エリーがそこにいた。そして、シエルから男を引き離すように動く。
「しぃ、変な人についていかないの」
「臭いけどそんな事無いよ~?」
口臭がということだろうが、男のほうを向くと背中を丸めて傷ついていた。
エリーはそれをスルーして、依頼の完了を報告する場所へと向かうらしいが、
「……なんで、階段上がってるの?」
「え、これ一応極秘任務よ……?」
エリーは気付いていなかったのか? と言わんばかりの語調で返す。一方、シエルは本当に気付いていなかったようで、
「あ、そうなんだ……それで、完了報告ってどこでするの?」
「極秘だから、依頼者に直接報告するのが望ましいんだろうけど……いなかったらそういう依頼専用の所があるから、そこに報告するの」
そう言って、廊下を歩いていくがどうしても歩く四人の場違いといった感じがぬぐえない。
シエル達全員は、なんだかんだと言っても目鼻立ちが整っていて、端的に言って全員美少女だ。ルリだって、出会った当初は汚れていたが、身体を洗ってやれば土塊のなかから宝石が出てきたかのような輝きを放った。
ルクスリアやエリーは言うまでも無く、シエルだって常に目を瞑っているが、それを差し引いても美少女という印象が残るだろう。
「ん、着いた」
エリーが扉の前で立ち止まる。精緻な装飾までは分からなかったが、一般の人間が立ち入ることは許されないような雰囲気は十分にかもし出している。
それを開くと、中には数人の冒険者とそれに同じ人数で対応する事務員しかいなかった。
「皆、すごい強い人たちばっかり……」
シエルが思わずそう口から零した。その目には魔力が映る。すなわち、その人物の大体の強さも分かる、ということにもなるのだ。
今、この部屋にいる人間のほとんどは、下の普通の冒険者の魔力の数倍以上はあった。
ルクスリア以外がこの場の空気に少しばかり圧倒されていると、一人の男性がシエル達の元へとやってきて、
「どうなされましたか?」
「あ、えっと……依頼の完了報告を……」
シエルが反射的にそれに答えると、男性は「承知しました」とだけ言ってどこかへ言ってしまった。どうしたものかと困りながら、数分間立ち尽くしていると。扉が、開きリューベックが姿を現した。
「おう、お前ら来たのか……一人、増えてるな」
なぜか面倒くさそうな表情をした後、別の部屋に案内される。二階の端にあたる場所先ほどの部屋よりもさらに重々しい雰囲気を漂わせた部屋だった。
扉は重い音を立てて開く。だが、内装はその音とは裏腹に、随分とファンシーだった。中では、紅茶を飲んでいるレイラの姿があり、扉の音でこちらに気付いたようで、
「お~久しぶり~!」
「ひさ、しぶり……?」
実は、レイラとは出発直前に会っていたのだ。とはいっても、特に何か話し込むわけでもなくただ出発時に挨拶してくれたくらいだ。
「で?ここに来たってことは、どっちなんだ?」
「あ、うん見つかったよ。連れてきてるし」
リューベックはその言葉に目の色が変わる。
「ど、どこにいるんだ!?」
「どこ、っていうか……目の前?」
シエルの苦笑が混じった言葉に、リューベックもまた反応を変える。考えたくないような答えが頭に浮かんだのか、同じように苦笑して、
「まさか、とは思うが……こいつが、とか言うなよ?」
「……そのまさか、なんだけどね」
エリーの冷静な一言に、耐えられなくなったのか言葉が荒くなる。
「なん……だとっ!? そんな事があってたまるか!」
リューベックが怒りをあらわにして、二人に語気を強めた口調で詰め寄る。レイラは変わらずその後ろで紅茶をマイペースに飲んでいたが、本当に危ないときは助けてくれるはずだ。
当の話題の本人はというと、相も変わらず未だに部屋の内装を見て楽しんでいた。
「……本当なのか?」
リューベックもふざけて言っている訳ではないとは分かっているのか、改めて二人に聞き直した。
「ん、そうだよ『リック』」
ルリがそういうと、リューベックの目の色がもう一度変わる。それは怒りから驚きだった。
「なんでその名前を…!?」
「言ったでしょ? 私がそうだって」
言ったのはシエル達だという事と、今まで思い出せていなかったことに触れない辺り、流石だった。
「証拠って言うにはあれだけど……リックの秘密くらいは知ってるよ?」
ルリの一言にはリューベックではなくレイラが食いついた。
「え、え、どんなの? 聞かせてよルリちゃん」
「そうだね……昔、誰が一番勇気があるかっていう言い合いになった時に──」
「ちょ、ちょっと待て! 分かった! 本物だ! 任務は達成だ!」
リューベックが話を必死になって中断させようとしているが、レイラが上手い事リューベックの動きを止めて、ルリの話を聞こうとしている。
口を開こうとしたルリに、リューベックの纏う空気が一瞬だけ変わる。
刹那、室内に突風が吹きリューベックがルリの前に立ちはだかった。
「お願いだから、止めてくれ……っ!」
そして、間髪をいれず地面に顔をつける。いわゆる土下座の姿勢をとっていた。
どれだけ聞かれたくないのか伝わってくる。だが、逆にどんな話なのか聞きたくもなる。
シエルとエリーは聞くべきか聞かざるべきか、かなり気になった。だが、よくよく考えてみれば二人は今聞かなくても聞けることを思いつき、
「まあ、止めてあげなよ?嫌がってるし、ね?」
シエルの優しめのフォローにリューベックは泣いて感謝しかねない勢いで、二人に感謝していた。
レイラはもちろん不機嫌だが、依頼はあくまでも姫の捜索で、リューベックの黒歴史を掘り起こすことではない。
「助かった。あらゆる意味で、それで……報酬なんだが、今はあまり持ち合わせが無い……だから、一先ずこれを報酬に貰っておいてくれ」
渡してきたのは紅色の石がはめ込まれたネックレスだった。随分と高価そうに見えたが、リューベックとしてはそれで黒歴史暴露が回避されると考えると安い出費……なのだろう。
「それで、どうするんだ? 姫って言っても、今はお前の奴隷って事になってるんだろ?」
確かにその通りだ。だが、今更ルリと別れるというのも二人が了承するとも考えづらい。
再度浮上した問題に、頭を抱えさせられているとルクスリアが提案をしてくる。
「というか、姫の制度自体が私としては私は気に入らなかったですけどね。いっその事姫は行方不明になってあの村もなくなってしまったって事でどうですか?」
「極端な提案ね…でも、二人はそれでいいの?」
エリーは二人の正直な気持ちが聞きたかった。たとえ、分かっていたとしてもやはり口から聞きたいことはある。
「いいよ、私はルリと一緒にいたいから」
「私も、皆と一緒がいい。……姫って言ってるけど結局、体のいい軟禁だったし……外出くらいはできたけどね」
さりげなく、ルリは捕まるまでの生活の中身を話してくれた。二人の気持ちは何があっても変わらない。短い期間だが、そう思えるほどに二人の絆は強く、硬くなった。
「ですって、ルクスリアさん」
エリーは笑みを浮かべてそういった。ルクスリアはその答えを予想していたのか、仕方なさそうに笑ってリューベックに言う。
「というわけです。姫は行方不明になってしまったので、これ以上捜索はできません」
とんでもなく横柄な言いようだったが、シエルには嬉しい答えだった。
リューベックもルクスリアの言葉に諦めたのか、頭を掻いて仕方なさそうに、
「あ~くそっ、分かったよ。姫は見つからなかった。でもって、シエルのとこの犬っころは普通の犬っころだ、これでいいか?」
「ありがとうございます。リューベック」
ルクスリア達はリューベックに感謝し、レイラは楽しそうにそれを眺めていた。




