冬:未来へ
「さて、今年も残すところ僅かとなりました!」とテレビの司会者が言うと、こたつの向こう側にいる冬花が目をキラキラさせて身を乗り出してきた。
「泉ちゃん、もうすぐ来年だねっ!」
「はいはい。はしゃぎすぎて、お腹に負担かけないでよ?」
「大丈夫だよ、心配性だなぁ。よいしょっと」
彼女はやや苦労しながら、座椅子に座り直す。最近はお腹が大分大きくなってきたので、屈むのだって大変そうだ。
「この子が生まれてくるのも、来年になるね」
そっと彼女が自分のお腹を撫でる。ついさきほど見せた子供っぽい表情が、優しさに満ちた母親の笑みに変わった。その変化に、彼女も母親になったのだとしみじみ思う。
「あっ、今ちょっと蹴ったかも」
「ほんと? 触ってもいい?」
「もちろん」
彼女の隣に座り、そっとお腹に触れる。途端に、とん、とノックのような反応が返ってきた。
「わっ、動いた!」
「ふふっ。きっと『泉ママこんにちわ』って挨拶したんだね」
手のひらに伝わってきた、新しい命。あまりの温かさに思わず惚けてしまう。
「……すごいね」
「すごいでしょ?」
我が子との初めてのコミュニケーションに、私はただ素直に感動していた。冬花も、自分の偉業のようにえへんと胸を張っている。二人とも、早くも親バカの傾向が見えてきたようで、私は思わず吹き出してしまった。
私と冬花は、結婚している。日本の科学が発展して、女同士でも子供が出来るようになり、それに連なって結婚も法律で認められるようになった。
だから冬花のお腹にいるのは、正真正銘、彼女と私の子供だ。
「今年も、色々あったよねぇ」
不意に冬花が思い返すように言った。その目はこれまで、楽しいことばかりではなかったことを物語っている。
「……そうだね」
子供を作ろうと決めて病院に通い始めたけれど、そこからは本当に長く、辛い日々だったと思う。
同性婚が認められてからまだ日も浅かったため、世間というものは思ったより冷たいものだった。
それに晒されて、更に様々な検査と副作用なんかで冬花も苦しそうで、見ている私も辛かった。周囲の目を気にした両親の反対も押し切ったため、彼らの助けも得られず、私たちは孤立無援だった。
それでも冬花は、どうしても子供を産みたいと言った。
『泉ちゃんの子供をお腹の中で感じるのが、長年の夢だったからね』
彼女は本当に疲れ切った様子だったけれど、自分を奮い立たせるように無邪気に笑ったのだ。
そんな彼女を見た私は、心が決まったような気がした。
世間の、周りの人間の目がなんだ。私たちが守るんだ。私たちの子供を。私たちの、幸せを。
そう考えるようになってから、すごく気が楽になった。私は片時だって、あの時の想いを忘れたことはない。いつだってそれは、私の胸の中にある。
「ねえ、冬花。その子、どっちに似てるかな?」
ふと思い立って聞いてみた。冬花はうーん、と唸りながら答える。
「泉ちゃん似だったら、頭よくていい子になりそうだねぇ」
「あなたに似てたら、やんちゃでちょっと大変かもね」
「そ、そうかなぁ」
きっと、どちらにも似ている私たちの子供。
君と会える時を、私たちはとても楽しみにしているのだ。
その時、テレビから「明けましておめでとうございまーす!」と声が上がった。どうやら年が明けたようだ。また一歩、私たちは未来へと歩み出した。
「……今年もよろしくね、泉ちゃん」
「こちらこそよろしく、冬花」
今年初めての挨拶をして、二人で笑い合う。スタートダッシュは、なかなか好調のようだ。
時々、目の前に立ちふさがる困難に悩んで、立ち止まってしまうこともあるけれど。
でもそんな時は隣にいる彼女の笑顔を見れば、私はまた信じることができるのだ。
彼女と私と、そしてその子供が、カメラの前で楽しそうに微笑んでいるような、ありふれた家族の未来を。




