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火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、事情を知った当て馬役の義兄が本気になったようで  作者: 廻り
第一章

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38 公女魔女8


 多くの貴族が動揺の色を見せる中、会場の奥のほうから笑いながらこちらへ向かってくる者がいる。


「第二公子殿下、どうなされた! 気でも狂いましたかな?」


(ヘルマン伯爵? この人って確か、ヒロインを虐めていた首謀者だよね……)


 小説では、ヒロインが滞在していた宮殿の管理を任されていたのが、ヘルマン伯爵夫人。夫婦は共謀して、侍女や使用人たちにヒロインを虐めさせていたのだ。


 ヘルマン家はこの地に代々仕える家門であり、ドルレーツ王国の貴族であることに誇りを持っていた。

 しかし十年前、この地は独立して公国となり、弱小国の貴族に成り下がったことを、ずっと恨んでいる。

 独立に際して、王国民が反対しなかった理由である『魔女』が憎くて仕方なかったヘルマン家は、ヒロインを虐めて憂さ晴らしをしていた。


(作中では語られていなかったけれど、その恨みをアレクシスにも向けていたのね……)


 ヘルマン家の他にも、国の成り立ちが理由で公家に対して不満を持っている者は多い。ドルレーツ王国民は愛国心が強いので、王弟の私情によって独立させられたことに、不満を抱くのは仕方のないことかもしれない。


(けれど、アレクシスは生まれを選べないのに、アレクシスに矛先を向けるなんて……)


「ヘルマン伯爵。気が狂っているのは、貴方のほうだ」


 アレクシスに反論されたヘルマン伯爵は、怒りを露わにしながら、さらに近づいてくる。


「私の気が狂っているだと! 私生児ごときが、よくもそんな口を聞けたものだな!」


 そう怒鳴り散らしたヘルマン伯爵は、顔がハッキリと確認できる辺りまで進むと、リズにちらりと視線を向ける。それから、ニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべた。


「ははん。無欲な公子といえども、男だったということか。その魔女にたぶらかされたようですな。結婚相手のいない公子にとっては、刺激が強すぎましたかな」


 馬鹿にするようなヘルマン伯爵の口ぶりに、周りからも失笑が漏れる。それに気分を良くしたヘルマン伯爵は、さらに続けた。


「良い所を見せたいと、調子に乗っておられるようですが、それ(・・)は王太子殿下のものですぞ。他人のおもちゃ(・・・・)を取ってはいけないと、側室に習いませんでしたかな?」


 私生児と罵られても、アレクシスは動じていないようだったが、リズの話題になった途端、彼は身体を震わせ始めた。


(アレクシスに、王太子の話は禁句なのに……)


 大丈夫かな?と思ったリズが、チラリとアレクシスの顔を確認する。案の定、アレクシスは凍り付いてしまいそうなほど、冷たい視線をヘルマン伯爵に向けていた。


「リズを物扱いするだと? ……僕への無礼だけなら注意で済まそうと思ったけれど、妹への侮辱は許さない」


(あれ……、当て馬扱いされて怒ったんじゃないの?)


 どうやらアレクシスにとっては、自分への侮辱や、当て馬扱いされることよりも、リズが侮辱されることが最も許せないようだ。


「聖女の生まれ代わりといえども、何度も王太子妃にさせられるのですから、おもちゃも同然でしょう。舞踏会の使節団として、王国から一人しか寄こさなかったのも、大切にされていない証拠です」


 傍から見れば、そう解釈するのも不思議ではない。王太子の婚約者となる者の晴れ舞台だというのに、王国は使節団として一人しか送ってこなかった。

 しかし小説どおりならば、使節団として派遣されてきた青年は、王太子が信頼する密偵。王太子は彼に、ヒロインの身辺調査をさせて、王太子がヒロインを虐めから救い出す際に役立てたのだ。

 いわば、ヒーローの見せ場を盛り上げる、影の立役者だ。

 今回もリズが虐められていないか、密かに調査する目的で来た可能性が高い。


「それはどうかな。王太子殿下は思慮深い(・・・・)お方だ。リズが公国で大切にされているか、少数精鋭で調査しにきたのでしょう?」


 使節団の人数が多ければ、公国側としてもリズへ配慮しなければ恰好がつかないが、人数が少なければ『王国は、リズに興味がない』と判断し、ぼろを出す可能性が高い。


 リズは小説の内容を、詳しくはアレクシスに伝えていないが、鋭いアレクシスは使節団が少ない理由に感づいたようだ。


 王太子を褒めるのが悔しいのか、アレクシスは引きつった笑みを浮かべながら、使節団の青年へと視線を向ける。

 突然に話題を振られた青年は、苦虫を噛み潰したような表情で一礼をした。


「第二公子殿下のご明察どおり、私は聖女様のお暮らしぶりを確認しに参りました。王太子殿下は、聖女様を大変大切にされております。その点はご留意くださいませ」


 青年の任務は極秘だったのだろうが、アレクシスに王太子を立てられては、下手に否定して無能な王太子だと印象付けたくないのだろう。

 正直に青年が事情を話すと、アレクシスは相手の弱点を見つけたかのように、小さく笑みをこぼす。


「つまり、僕の妹に何かあれば、王太子殿下は黙ってはいないということだよね。王太子殿下にお手を煩わせるのは、申し訳ない。妹の問題は、僕が処理しよう」

「そっ……それは……」


 アレクシスが自ら対処するとは、思っていなかったのだろう。使節団の青年は動揺したように、言葉を漏らす。主人の見せ場が取られそうになっているのだから、無理もない。

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◆作者ページ◆

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~長編~

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