4章 プロローグ 魔都2
「ここが……魔都」
銀髪の少女――碓氷透流は電車の窓から外の景色を眺めていた。
そこに広がるのは、永遠に晴れることのない曇天とコンクリートジャングル。
魔都に青空という概念はない。
晴れていても空は紫がかっており、どこか禍々しい。
だからこそ、ここは魔の都と呼ばれるのだろう。
「ビルがいっぱいだねぇ」
ゴスロリ服を纏う少年――月ヶ瀬詞は興味深そうに感嘆の声を漏らす。
透流も詞も魔都を訪れるのは初めてだ。
だからこそこの景色が新鮮なのだろう。
「約半世紀前。オリジンゲートが発生したことで、ここはダンジョン多発地帯になってしまいましたの。ビルが多いのは、ここが首都だったころの遺産ですわね」
赤いドレスを着た金髪の女性――冷泉明乃は座席に腰を下ろしたままそう言った。
半世紀前。
それは魔都が東京と呼ばれていた時代。
東京は高難度のダンジョンが多発する危険地帯となり、日本の首都は別の場所へと移されることとなった。
その後も、何度か暴走したスタンピードダンジョンのせいでコンクリートジャングルも一部が崩壊し、廃ビル群となっているエリアもある。
現在の魔都は、冒険者でなければ安心して歩くこともできない危険地域なのだ。
「………………」
そんな中、景一郎はある場所を見つめていた。
それは黒いダンジョンゲート。
通称、オリジンゲートだ。
目的地を見て決意を新たに――というわけではない。
(あいつは……出てくるわけがないか)
あいつ。
景一郎だけに見えた巨人。
モンスターだったのかさえ、彼には判断できない。
人の形をした宇宙。
そう評すべき化物だった。
とはいえ、夢か現実かも定かではない相手だ。
偶然見つける、なんてことはないだろう。
そもそも魔都で活動していた時期にも、そんな話は聞いたことがないのだから。
「なぁに見てるのお兄ちゃん」
「――さっそくオリジンゲート見てるわけ?」
詞の指摘でメンバーの注目が景一郎へと集まる。
すると、赤髪の少女――花咲里香子が挑発的にそう問いかけてきた。
「まあ、目標を見据えるのは良いことなのではなくて?」
「まさかアンタの目標がオリジンゲートの攻略だったなんて聞いてなかったんだけど」
明乃の言葉に、香子は溜息を吐いた。
実を言うと、第1次オリジンゲート攻略戦――その選抜戦について香子に話したのはつい先日のことだ。
彼女がすでに魔都経験者だったということもあり、すっかり説明を忘れていたのだ。
景一郎が詞にAランク昇格を頼んでいるのを見た香子がその理由を問い、そこで初めて説明をしていなかったことに気付いたわけだ。
「パーティを辞めたくなったか?」
景一郎は香子に問う。
同じ魔都。
それでも普通のダンジョンと、オリジンゲートでは意味合いが大きく変わる。
当然、その危険度も。
話が違う。
そう言われても仕方がないだろう。
「は、はぁ!? アタシがビビってるみたいに言わないでくれる!? やってやるわよっ!」
そう叫んで香子はそっぽを向く。
どうやら、選抜戦にも参加してくれるつもりらしい。
「そういえばぁ、なんで香子ちゃんは【面影】に入ったのぉ?」
「はぁ?」
詞の問いかけの意図を掴めなかったのか、香子は問い返す。
加入後に聞いた話なのだが、香子は魔都でもソロで活動していたという。
それも詞のように臨時パーティを渡り歩いていたのではなく、完全に単身でダンジョンに潜っていたそうだ。
「その場でOKしたってことはソロでやってたんでしょ? 魔都でソロ活動できるくらい強いのに、会ったばかりの人からスカウトされてパーティに加入したのってどうしてなのかなぁと思って」
魔都での完全なソロ活動。
それは容易なことではない。
並みの一流程度では、数回の探索で死亡することだろう。
そんな戦場を一人で踏破してきた香子。
彼女が特に悩む様子もなく【面影】に合流した理由が詞には気にかかっていたらしい。
「ん……少し、気になる」
「は、はあ…………!?」
透流も同意したことで、香子は面倒そうな表情を浮かべる。
「な……なんで……そんなこと言わないといけないわけ…………?」
そう言い返す香子は――少し赤かった。
なぜかだろうか。
彼女と何度か目が合った。
……理由はよく分からない。
「「これは…………!」」
だが、理解できていなかったのは景一郎だけだったらしい。
詞と透流は嬉しそうに顔を見合わせている。
「……どういうことなんだ?」
結局、景一郎は明乃に聞いてみることにした。
すると彼女は肩をすくめ、首を横に振る。
「冒険者も、女の子だということですわ」
「…………?」
結局、よく分からなかった。
追求しても「他人が口を挟むことではありませんわ」とはぐらかされる。
(女の子……か)
女の子。
景一郎はふと思い出す。
オリジンゲートから現れた巨人。
その後に出会った、奇妙な少女のことを。
どこか不穏で、危うい少女を。
(俺にユニークスキルを渡してきたあの少女も、この町のどこかにいるのか……?)
彼女が普通の人間なのかは分からない。
だが、もし彼女が今もこの世界のどこかにいるのなら。
一番可能性が高いのは――ここなのだろう。
☆
そこは広間だった。
まるで時代劇に出てくるお城のような座敷。
和式の広間には、2人の少女がいた。
「もうすぐ、彼が魔都に着くようだよ」
着物姿の少女はそう語る。
色の抜けた白髪。
華奢な体。
足に障害があるのか、彼女は片足を引きずりながら歩いている。
「ようやく主人公が物語の舞台に登場だ」
少女は笑う。
底知れない笑みを浮かべる。
「ねぇ? リリスちゃん」
そして少女は――もう一人の少女へと声をかけた。
「……そ」
リリスと呼ばれた黒髪の少女は興味なさげにそう一蹴した。
「おやおやおや。リリスちゃんは、影浦景一郎の物語に興味がないのかね? 君が選んだ主人公じゃないか」
白髪の少女は両手を広げる。
その動作は演技がかっていて、それでいて様になっている。
「……選んだのはそっちデショ? こっちは力をあげただけだカラ」
しかし、リリスと呼ばれた少女が取り合う様子はない。
彼女は興味を示さない。
――自身の力を一部とはいえ譲渡した相手だというのに。
「主人公には、ふさわしい力が必要なのさ」
もっとも、そうするように言ったのは白髪の少女なのだけれど。
彼女は世界を演出する。
かくあるべき。
そんなストーリーに沿うように。
だから少しだけ未来を調整し――あの日、あの時に影浦景一郎が【聖剣】を除籍されるようにした。
彼女の思惑は外れることなく、景一郎と『巨人』は出会った。
そして――リリスの手によって、彼は主人公たる資格を得たのだ。
「これより、破滅へと至るオリジンゲート攻略編のスタートさ」
少しずつ運命をずらし、少女は演出した。
鉱脈の調査中、ゴブリンの群れに襲われて死ぬはずだった冷泉明乃。
不幸にも強盗団に目をつけられて殺されるはずだった月ヶ瀬詞。
参加したレイドチームが全滅し、重病の母を残して逝くはずだった碓氷透流。
大切な場所を守るため戦い、何も守れずに命を散らすはずだった花咲里香子。
彼女たちの運命を変え――景一郎の仲間としてキャスティングした。
どうやら景一郎も、少女が用意した仲間を気に入ってくれたようでなによりだ。
「君だって、破滅的なのは嫌いじゃないのだろう?」
少女は笑う。
舞台裏で世界を操りながら。
彼女の目は――幾何学に輝いていた。
「…………アンタは、死ぬまで暗躍してそうだヨネ」
部屋の隅でリリスは嘆息する。
彼女は白髪の少女へと目を向けた。
そして――口にする。
「――――天眼来見」
天眼来見。
それはこの国を裏で操り【ラプラスの悪魔】と恐れられる少女の名だ。
純白の黒幕少女――天眼来見。
未来予測、幾何学の瞳、ラプラス。
本編とは全然関わりがないのですが、彼女は別作品のキャラの血縁者だったり。




