秋葉原電気街口エムタワーダンジョン⑬
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フロア全体には甘い腐敗臭が漂っていた。
腐敗した肉と腐敗した果物に、男女の淫液を大量にぶちまけたかのような匂いだ。
そして、6階フロアには大まかに分けて3つのグループが存在した。
一つは男たちである。人数は10人程度か。
街の至る所を歩いていそうな普通の恰好をした男たちだ。
ジーンズに半袖Tシャツ、そんな普通の恰好をした男たちである。しかし、恰好は普通でも纏っている雰囲気は堅気のものではない。どの男も荒事を辞さない連中特有のザラついた雰囲気を纏っていた。
中でも異様なのは男たちの中でも身長160cm程の小柄な男であった。細身で、髪の毛は一本も無い。ギョロリとした大きな目がやけに印象的だった。爬虫類を思わせる非人間的な目であった。
二つ目のグループはモンスター達だ。
しかしどのモンスターもワイヤーロープで拘束されており、身動きができないようにされている。そして例外なく肉体を欠損しており、男たちの何人かは現在進行形で肉片を千切ったり、体液を抜いたり、皮膚をはいだりしていた。モンスター達にも痛覚はあるのか、男たちがナイフを突き入れるたびに悍ましい悲鳴が上がる。
三つ目は全裸の男女だ。男女それぞれ4人ずつ。
忘我の内に在る様で、口の端からは涎を垂らし、時に虚ろな笑い声をあげている。腕を見れば、どの者にも青黒く変色した注射痕が幾つもあった。
男たちのリーダーは小柄な禿頭男で、名前を晨淫邪と言う。
無論本名ではない。
所謂工作員というやつだった。
某国…要するに中華人民共和国の工作員である。
晨淫邪はギョロリとした目を細め、天井に向かってヒクヒクと鼻を蠢かせている。まるで視界に頼らず、嗅覚で周囲の状況を把握する生物の様だった。
男たちが何をしているのかと言えば、端的に言ってしまえばヤク作りだ。だが、薬というのは合法にせよ非合法にせよ、その薬効に調整が為されているものだ。その調整の為にはそれなりの設備が無くてはならない事は言うまでもない。
しかしフロアには製薬工場めいた雰囲気も実験室めいた雰囲気も欠片もなかった。敢えて言うならば"肉屋"である。
そこかしこに飛び散る肉片。
噎せ返る血臭。
地獄の肉屋であった。
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白目を剥きながら尻を淫らに上下に振る女、血涙を流しつつ唸り声をあげながら腰を使う男。それを見てゲラゲラ笑う複数の全裸の男女。
それはそれで奇妙な光景だったが、何より奇妙なのはそんなモノを観察している第一のグループの男たちだった。
そんな男たちのリーダー、晨淫邪は色の無い視線で狂気の交合を見ている。彼は確認しているのだ。
薬の具合を。
晨淫邪は香港四合会に連なる有象無象のチャイニーズマフィア群の一つ、紫羅兎の魁首である。魁首とは要するにリーダーという意味だ。
香港四合会は表向き…というのもおかしな話だが、表向きは単なる香港を拠点とする中華系ヤクザの総称を言う。
しかしその実体は中国共産党と密接なつながりがある実戦部隊で、実戦部隊であるからには部隊長がいるというのは道理である。
その部隊長…老師と呼ばれる老人からの命令を受けて、現在香港四合会の各組織は日本に対して破壊工作を仕掛けているのだ。
晨淫邪率いる紫羅兎は"老師"の命令でこのダンジョンに潜伏し、ダンジョンモンスターの素材を使った特殊な毒を作成している。
性本能への刺激を利用して服用者に活力を齎し、しかし強く依存させる毒だ。覚せい剤とヘロインをまぜこぜにして更にガツンと薬効を高めてやったようなものである。いずれにせよ一般人であるなら一発で神経がオシャカになってしまう代物である。ここまで強烈な薬物をろくな設備もないのに作り出せるというのは、モンスター素材を使ってこそだった。
男たちの一人が音もたてずに晨淫邪の傍らに立ち、何事かを告げた。感情を感じさせない目が僅かに細められる。
──日本の覚醒者か、丁度いい。そろそろ材料が切れる所だった
晨淫邪の部下は、ダンジョンに覚醒者…つまり、日本で言う所の探索者が侵入した事を告げたのだ。
晨淫邪は無言で手を上げ、部下達へ何事かを指示する。男たちは銃や青龍刀、短刀など思い思いの武器を取り出し、フロアの出入り口へ向けて構えた。
こと対人戦に置いて、後の先だのなんだのは実に軟な考えだ。様子など見ずに、とにかく初手でぶち殺してしまうと言うのが大正義である事は間違いない。
チャイニーズ反社である所の晨淫邪であるが、当然荒事にも慣れており、この先手必殺のマインドを持ち合わせていたのだ。
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そんな風にして待ち構えていたチャイニーズ反社であるところの男たちだが、先手を取ったのは彼等ではなかった。
でかく、厚く、鋭いガラスの散弾が斬撃の雨となって彼等に降り注ぎ、ついでとばかりに閃光手りゅう弾が放り込まれたのである。




