表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しょうもなおじさん、ダンジョンに行く  作者: 埴輪庭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/280

雑司ヶ谷ダンジョン⑤

14時にもう一回投稿予約しています。それで雑司ヶ谷ダンジョン編は完です。

 ■


 ──津波!?


 飯島比呂は目をぱちくりとさせ、そしてすぐに足元の違和感に気付く。拘束が解けていた。


 足元には千切れた毛髪が落ちている。

 恐らくは、と歳三の背を見て戦慄した。


 飯島比呂は天才であり、天才とは大体なんでも良い感じで出来るのだが、その彼の目から見て歳三はまるで鍛錬という概念を人型に押し込めた異形の様に見えたのだ。


 彼の見立ては正しい。

 佐古歳三はまさしく鍛錬の鬼である。

 ただし、動機は些かみっともないのだが。


 20代にせよ30代にせよ、そして現在の40代にせよ。

 歳三はあらゆる欲求を死闘という名の鍛錬で解消した。

 マラをしごきあげたくなっても手淫は行わなず、マラの代わりに業を磨いた。


 歳三がストイックな訳ではなく、野生の勘で直感したのである。

 マラをしごき、性欲という眠れる獅子を起こしてしまえば次は女体へ興味が向かってしまうと。しかし歳三にとって女体とは、一時の快楽と引き換えに破滅を齎す邪神像に等しい。


 歳三はこれでいてまともになりたい、まともに生きたい、世間様からしっかり認知され、承認されたいという願望を持っている。

 破滅すると分かるモノに手を出す訳にはいかなかった。


 ともかくも歳三はダンジョンに延々と潜り続け、実戦という名の鍛錬を積み続けたのだ。これは先述したことだが、怪物は至極全うな論理…正論棒でガンガンに殴りつけてこない。


 中卒で、多汗症で、低身長で、体毛が濃く、なぜか鼻毛だけが異様に早く伸び、足は臭く、脇も臭く、更に前科もある自分を蔑んだりしない。


 魔物はピュアなのだ。

 まっすぐに、本気で、一切の裏もなく人間を殺そうと純粋な感情を向ける。魔物たちからに叩かれ、斬られ、突き刺される度に汚い汚い汚い自身の血が流される。


 歳三は自身をピュアとは真逆の存在であると考えている。

 ピュアの真逆とはすなわち汚物だ。


 そんな汚物の自身だからこそ、ピュアな魔物に惹かれるのだろうなと、そして最後の最期、自身の肉体を巡る血の一滴残らずまでが抜けきった時、自分がまともな人間に更生出来るのでは…などと歳三は考えている。


 ■


 "それ" は全身を強く殴りつけられた様に感じた。


 先ほど食い散らそうとした三匹の餌がじゃれてきた時とは違い、明確な痛みを感じる。意識を向ければ折角 "餌" を捕える為に広げた網が全て破られている。自身の肉体ともいうべき毛髪を引き千切られれば痛みを感じて当然であった。


 陸津波の破壊力はたかが知れており、まともに放たれれば "それ" を傷つける事などとても出来ないが、攻めや守りといった明確な意思が含まれていない箇所にならば痛打くらいは浴びせられる。


 仮に "それ" が毛髪に意識を集中し、盾として自身の前方に展開でもしてようものならば、歳三の陸津波はその防御を突破できなかったであろう。


 だが、罠として展開していたならば話は別だ。

 "それ" が久しく覚えていなかった感情が全身の神経回路を流れ、焼き焦がす。


 その感情とは "怒り" である。


 怒気、怒気、怒気!

 怒りの念はたちまち極点に達し、殺気という名の輻射熱が周囲に放射された。


 飯島比呂はまるで心臓を鷲掴みにされた様に感じ、その場から一歩も動けなくなる。一秒でも早くこの場から離れて応急キットを持っていかなければならないというのに、体が動いてくれない。


 歳三もまた動かない。


 "それ" は自身の殺気で首尾よく獲物を縛り付けたと見たか、舌なめずりをしながら太く束ねた自身のカラダを幾つも作り出した。毛髪を束ね、縒り合わせて作られた超硬質の黒槍である。これまでにも殺意で縛り付けて、動けなくなった獲物を嬲り殺しにした事はある。獲物の恐怖と絶望は "それ" にとっては甘露に等しかった。


 放たれる死の槍!


 戦車にも使われている圧延防弾装甲をもぶち抜く貫通力は、受け止める事は勿論、弾き飛ばす事も出来ないだろう。

 だがしかし、宙空に描かれた望月はこれらを全て斬り飛ばした。


 無論歳三は動けなかったのではなく、動かなかったのだ。


 怒気、殺気…こういったものは歳三の心に慰めを与える。

 軽蔑や侮蔑、失望といったチクチク感情ではなく、情けない自身に真正面からぶつかってきてくれる "それ" に歳三は心中で感謝を捧げ、完殺の決意を固めた。命を懸けた闘争に於ける最大の礼儀とは、敵手を容赦なく殺害する事に他ならない…なお、この考えの出所はとある格闘漫画である。


 ならば、と "それ" の形状が紙縒りの様に変形していく。

 全身を使った、謂わば衝角突撃。

 先ほどの黒槍の比ではない貫通力と殺害力が籠められている事は一目瞭然だ。


 必殺の気配を感じた歳三は莞爾と笑う。

 混りっ気無しの殺意の風が頬を撫でるのを感じつつ、歳三はかつての友人の言葉を思い出していた。


 ・

 ・

 ・


 そう、あれは中学生時代。


「いいかい?君は鰐になりなよ」


 ある日、望月は歳三に言った。

 望月という同級生を歳三は尊敬していた。


 なぜなら頭が良く背が高く、運動神経もよければ喧嘩も強い。

 更に家も金持ちで、ついでに顔も良いからだ。

 そしてこれが一番大事なのだが、歳三を見下さないのだ。

 事あるごとに何やら重要な、人生の教訓ともいうべき言葉を与えてくれる望月を、歳三は本当に心底尊敬していたのだ。


「鰐?」


 歳三は首を傾げる。


「そう、鰐だ」


 望月は微笑んだ。

 歳三はどきりとする。


「鰐は強く、獰猛な生物だ。彼らは自然界でもトップクラスのハンター。自分たちが何者であるかを知り、それを全うする姿は我々人間が見習うべきだ」


「鰐は獰猛なだけじゃない。静かな水面の下に潜んで獲物を待つ…その姿は、高い集中力と計算力を持つ証だ」


「それに鰐はブレない。進化の流れに飲み込まれることなく、彼らは我々の時代まで生き残った。その姿は不屈の意思を象徴している」


 望月は歳三の目を見つめた。


「だから君は鰐になれ。強く、獰猛に、そして誇り高く生きていけ。逆境にも負けず、困難にもくじけず、自分の生き方を貫き通せ。それが真の男の生き方だよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20250508現在、最近書いたやつ


最新異世界恋愛。ただテンプレは若干外して、父親を裏主人公としました。裏ではヤクザみたいなことしてるパパ。
完結済『毒蛇の巣』


先日、こちら完結しました。47歳となるおじさんはしょうもないおじさんだ。でもおじさんはしょうもなくないおじさんになりたかった。過日の過ちを認め、社会に再び居場所を作るべく努力する。
しょうもなおじさん、ダンジョンに行く



女の子、二人。お互いに抱くのは好きという気持ち。でもその形は互いに少し違っていて
完結済『好きのカタチ』

男は似非霊能力者のはずなのに、なぜかバンバン除霊を成功させてしまう
完結済 GHOST FAKER~似非霊能者なのに何故か除霊してしまう男~

他の連載作


現代ダンジョンもの。もなおじは余りメインキャラが死なないが、こちらはバシバシ死ぬ
【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】

愛する母に格好いい姿を見せたいがために努力を重ねた天才──悪役令息ハインのマザコン無双伝
悪役令息はママがちゅき

戦場の空に描かれた死の円に、青年は過日の思い出を見る。その瞬間、青年の心に火が点った
相死の円、相愛の環(短編恋愛)

過労死寸前の青年はなぜか死なない。ナニカに護られているからだ…
しんどい君(短編ホラー)

夜更かし癖が治らない少年は母親からこんな話を聞いた。それ以来奇妙な夢を見る
おおめだま(短編ホラー)

街灯が少ない田舎町に引っ越してきた少女。夜道で色々なモノに出遭う
おくらいさん(短編ホラー)

彼は彼女を護ると約束した
約束(短編ホラー)

ニコニコ静画・コミックウォーカーなどでコミカライズ連載中。無料なのでぜひ。ダークファンタジー風味のハイファン。術師の青年が大陸を旅する
イマドキのサバサバ冒険者

前世で過労死した青年のハートは完全にブレイクした。100円ライターの様に使い捨てられくたばるのはもうごめんだ。今世では必要とされ、惜しまれながら"死にたい"
Memento Mori~希死念慮冒険者の死に場所探し~

SF日常系。「君」はろくでなしのクソッタレだ。しかしなぜか憎めない。借金のカタに危険なサイバネ手術を受け、惑星調査で金を稼ぐ
★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)

ハイファン中編。完結済み。"酔いどれ騎士" サイラスは亡国の騎士だ。大切なモノは全て失った。護るべき国は無く、守るべき家族も亡い。そんな彼はある時、やはり自身と同じ様に全てを失った少女と出会う。
継ぐ人

ハイファン、ウィザードリィ風。ダンジョンに「君」の人生がある
ダンジョン仕草

ローファン、バトルホラー。鈴木よしおは霊能者である。怒りこそがよしおの除霊の根源である。そして彼が怒りを忘れる事は決してない。なぜなら彼の元妻は既に浮気相手の子供を出産しているからだ。しかも浮気相手は彼が信頼していた元上司であった。よしおは怒り続ける。「――憎い、憎い、憎い。愛していた元妻が、信頼していた元上司が。そしてなによりも愛と信頼を不変のものだと盲目に信じ込んで、それらを磨き上げる事を怠った自分自身が」
鈴木よしお地獄道



まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] >この考えの出所はとある格闘漫画 クソ強おじさん、もしかして『修羅○門』とか『修羅○刻』を読んだことある? おじさんなら普通に陸奥○明流を再現出来そうww
[一言] 望月くん人生二周目か? あまりにも男前すぎる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ