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しょうもなおじさん、ダンジョンに行く  作者: 埴輪庭


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大磯海水浴場ダンジョン⑤

 ■


 拍手喝采、湧き上がる歓声に根が承認欲求乞食である歳三は、性的な快感を凌駕するような何かを覚えていた。


 歳三はそれとはっきりと分かる形で浴びる称賛の雨を心地よく感じ、しかしすぐにその快感の熱はさめてしまう。


 なんだかな、と思ったのだ。

 瓦を木っ端微塵にすることがそこまで大した事なのだろうか?

 こんなもの、別に探索者ではなくともその辺の犬でも出来るのではないだろうか?自分の能力が周囲から見てどれだけ価値あるものなのか、それが本当に称賛に値するものなのか…歳三はにわかによくわからなくなってしまった。


 ──きっとよ、俺が弱ければこんな風には褒められないはずだ。道端に落ちている雑巾を見るような目で見られるんだろうよ


 なにやらどうにもしょうもないイジケ根性が歳三の胸に沸き起こるが、しかし次の瞬間、歳三の脳裏に禿頭を脂で光らせた一人の中年男性の姿が想起される。


 ──『良いですか、佐古さん。まともな社会人ってのは何なのか知りたがってますけどね、んなもん大したもんじゃないんです。与えられた仕事を粛々とこなす。それがまともな社会人ってもんですよ。ここで大事なのは、こなす事それ自体にあるんです。褒められたいとか評価されたいとか、そんなものは思うだけ無駄ですわな』


 ──『なぜってね、粛々とこなせば勝手に評価されるんですから。だのに、こなす前からゴチャゴチャ考えてたら道を踏み外しますよ』


 ──『佐古さんはどうも承認欲求が強い。それは何も悪い事じゃあないんです。でもね、他人からの評価だけに拠っちゃあだめです。自分で自分を認めてあげられるようにならないとね。他人なんてのは風見鶏と同じですよ、風向き次第であっちむいたりこっちむいたりする。その度に心を搔き乱されるってのはつまらんことですよ。自分だけでも自分の事をしっかり評価してあげないとね。なあに、佐古さんがしっかりやってれば周りの人は自然に佐古さんを認めてくれますよ』


 これは歳三がまだ20代後半だった頃、とある依頼を失敗してしまった時、権太が歳三を飲みに誘ってその時述べた言葉である。


 いけねぇな、と歳三は思う。


 ──派手にやってくれって頼まれてよ、俺は派手にやって拍手が起きた。これは俺がしっかり仕事したってことだ。金城さんよう、俺ァ、随分アンタに助けられてるなァ…


 歳三は不敵な笑みを浮かべて、観客を眺めまわした。

 その表情は先程まで負け犬根性を全開にしていたような男の面構えだとはとても思えない、どこからどうみても傲岸不遜な猛者のツラである。歳三はこうして、脳内金城の助言に精神を救済してもらう事が多々あった。そういう意味で歳三は成長しつつはあるが、それでもまだまだ一端の男とは言えない。


 とにもかくにも、歳三の太い態度に講堂に集った町民たちは一層の歓声をあげる。


「身体も温まった。行くか」


 歳三が短く言うと、 "鉄騎" と "鉄衛" は歳三の後についた。

 崎守は去っていく歳三の背をみて暫時惚けている。

 余りの漢らしさに見惚れてしまったのだ。

 炎を背景に佇むあの姿!

 崎守は、もし自分が女だったら放ってはおかないだろうと気味の悪い事すら想像していた。


 だがそれは仕方がない。男という生物は、自身が優れていればいる程に、自分よりはるかに男を体現している存在と出会った時、自身の男性性に疑問を抱いてしまう生物なのだから。


 観客もまるでモーゼのアレの様に割れていき、歳三の歩みを邪魔するまいと努める。


「……なんか凄い人ですねえ…所で、行かせちゃっていいんですか?というか、町長!顔!顔!ちょっと気持ち悪いですよ…」


 高木がいうと、崎守はハッとした。

 あわててアッ!だの、ちょっと待ってだのと叫ぶが、歳三には聞こえないようで結局去って行ってしまった。


 崎守は頭を抱える。

 崎守の予定では、この後は歳三をもてなすつもりだったのだ。

 綺麗どころを侍らせて、歳三を懐柔しようと考えていた。


 まあでも、と高木が言う。


「随分良い絵が撮れましたし、かなりアツい記事がかけそうですよ」


 講堂はいまだに騒めきが収まらない。

 無理もない、大磯町に探索者が訪れた事は初めてではないが、歳三の様にデモンストレーションなどを行った者は皆無であったからだ。探索者は良くも悪くも自意識が強く、見世物染みた余興に参加などはまずしない。


 そういう意味で、乙級という高位探索者でありながら色々と協力的な歳三は異色の存在なのだ。


 ■


 大磯町立ふれあい会館から徒歩7分で大磯海水浴場に到着する。

 普段ならば人が多く行き交う海岸への金網で出来たゲートは、ダンジョン現出に伴って通行規制が敷かれていた。


 警察官が遠巻きに様子を伺っている。

 その表情には怯えが浮かんでおり、その怯えは金網の向こうが異界であることを理解している事の証左であった。


「さて、行こうかい」


 先程の気分をまだ引きずっている歳三は、なんだかデンジャラス・ウルフめいた風情で呟いて周囲の警官の視線を集めた。

 なんだかちょっと気分がいいかもしれないな、などと歳三が思っていると…


『デハ!ユク!』


  "鉄衛" が元気よく叫んでゲート内に飛び込んでいった。

 索敵・調査に特化した "鉄衛" は、こういった場面では一番にダンジョンに入るのが仕事だ。一般的な探索者の常識としても、気配察知に長ける斥候役が一番にダンジョンに入場すべきものというものがある。


 ケースとしては少ないが、モンスターが待ち伏せしている事もある為だ。


『当機も入場します』


 あー…っと歳三が呆けている内に、今度は "鉄騎" が入場していく。歳三もなんだか周囲の警察官達からの視線が気になって、いそいそと入場した。


 どうにも恰好がつかない歳三である。


まあ、ぱぱっと終わらせます。本作はバトルメインではなく、歳三がウジウジするのがメインなので。

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まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
これで舞台が小田原か丹沢だと夢枕獏臭がぐぐっと強くなりますね
[一言] 歳三さん(無自覚に)モテモテですな
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