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しょうもなおじさん、ダンジョンに行く  作者: 埴輪庭


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大磯海水浴場ダンジョン①

 ■


「やぁ、やぁ、退院おめでとう御座います。話は聞いていますよ〜。ま!男ってのはね、借金して初めてホラ、一人前ですから。私なんて真理子のね、あ、鶯谷のホラ、例の店の子の。学費が苦しいってもんですからちょっと侠気ってモンを見せたくて幾らか借銭しましてね」


 歳三が金属塊をドカドカとカウンターに乗せていく間、権太は聞いてもいないことをべらべらと話していた。


 借金などというともすれば不名誉な事も口端にあげている権太だが、歳三は権太の声が自身にしか届いていないことをしっている。声一つにも出し方、届け方というものがあり、金城権太という男はその辺が妙に長けていた。


 故に歳三は権太が不注意の余りに借金のことをお漏らしするとは思っておらず、また、悪意が為に吹聴すると思ってもいない。


 もとより若き歳三を見出し、長年世話を焼いてきたのは権太だ。見た目こそ典型的陰険ネチネチ親父といった権太を、その外見通りに捉える者も少なくはないが、歳三が権太をそう考えるには些か権太の気遣いというか優しさというか、配慮のようなものを受けすぎていた。


 権太も権太でこれでいて冷酷、打算的な部分がないわけではなく、これまで何度か始末に負えない不良探索者を"合法的謀殺"してきてもいるような男で、容易に他者と親しくなるようなタチにはできていない。


 だが、薄汚れた野良犬(さいぞう)に餌をくれてやるような心境で多少なり世話を焼いてやったら、何やらやたらと恩に着てこられ、諸々の小言じみた助言も馬鹿正直に受け止めてメキメキと腕をあげていく歳三を見ていればこれはもう情の一つや二つは出てくる。


 そんなこんなで10年、20年とだらだら親しくなっていくうちに、二人の間にはいつの間にか友情といっても差し支えが無いような何かが芽生えていた。


 ちなみに歳三はウンウン、アー、成程などと適当に答えていたが、これは二人の間の常の光景である。


 そういえば、と権太は視線を歳三の背後に佇む不審者へと向けた。先程からの歳三の空気を思えば、歳三自身がやらかさなくともこの二人…いや、二機がやらかす(・・・・)というのは別段不思議は無さそうにも思える。万が一の場合は自身が出張らねばならないと権太は思っている。


 ちなみにその不審者達だが、もうその出で立ちからして不審を極めている。頭から黒いヒジャブのようなヴェールのような大きな布を引っ被っており、顔付近からは何やら赤い光が漏れ出ていた。


 これを不審と言わずして一体何を不審と言えと言うのか?

 そんなのが二人もいるのだから、買取センターに居た他の探索者達がこぞって奇異の目を向けるのは致し方ない事と言えよう。


 歳三の表情はお世辞にも良いとは言えない。

 眼輪筋がひくつき、口元はモゴついている。

 そんなザマでしきりに唇を湿らそうとする様子は、哀れを通り越して滑稽であり、さらにはその滑稽さが哀れさを呼び込んでもいて、滑稽さを司る蛇と哀れさを司る蛇が尾を相食むウロボロスといった有様である。


 だが不躾な視線だけなら歳三もまだ我慢できる。

 しかし、あることないことをべしゃる者もおり、根がこれでいてメンタル痛がり左衛門にできている歳三としてはもうどうにも堪らぬといった心地なのであった。


 ──気付いたか?佐古のおっさんは兎も角、手下だか舎弟だの二人…生気を全く感じねぇ。これは俺の想像だが、あの二人は元々はおっさんの敵対者だった。だがおっさんは逆らう奴には容赦しねぇ人だ。粛清…それも、余程エグい粛清をしたみたいだな、生きる屍になるまで追い込んだんだろうよ


 俺を生きる屍に追い込んでいるのはお前だなどと思いつつ、歳三は心の何かをぎゅうっと絞り込むようにして、ヒソヒソ声を遮断する。


 歳三程の強者ともなると、自身の肉体機能については概ね融通無碍に操作できるのだ。強力な攻撃に備えて筋肉を固めればダメージが抑制されるように、チクチクに備えて聴力を絞れば傷つく度合いを抑制することができる。


 普段ならばそれでこの場は済んでいたのだ。

 そう、普段なら。


 ■


 髪の毛を真っ赤に染めた30代半ばの丙級探索者、城戸我意亞(キド ガイア)は何だか変な名前の割にはそれなりに腕が良い。肉体の大凡3割を岩戸重工のサイバネティクス技術によって機械化しており、その戦闘能力に至っては丙級でも上位だろう。


 ギフテッド三人組…飯島比呂、四宮真衣、鶴見翔子らと比べても、少なくとも現在時点では探索者としての格は城戸が上だ。級が同じだからといって、格差が存在しないわけではない。もっとも潜在能力の差が著しいため、その格差とやらもすぐに埋まるだろうが。


 兎も角、そんな城戸我意亞は不意に自身の周囲から人の波が引いたことに気付いた。見れば不審者の一人が城戸の方に向き直っている。キュイン、と音がするとセンター内は暫時静寂に包まれ、張り詰めたような緊張感がその場に充満し始めた。城戸はすぐさま自身に敵意が向けられていることを理解し、その発信元が不審者達であることにも気付いた。


 だが問題はない。

 眼前の二人であるなら斃すまではいかなくとも、逃亡はできよう。城戸の勘がそう告げる。

 しかし問題は眼前の二人ではないのだ。

 不審者二人の主人が歳三であること、その歳三は自身がひっくり返っても勝てない相手であることを城戸は知っている。


 ──なぁ!?なんでだよ!俺等いつも同じような事言ってたじゃねえか!おっさんもそれを聞いて何も言ってこなかった!それに馬鹿にしてるわけじゃねえだろ!?畏怖ってやつさ!畏怖られてキレんじゃねぇよ!


 城戸という男はなんというか、残念なのだ。

 彼は自身が "強者っぽい奴についてなんだか知ったような口を叩くことで、自身もなんとなく只者ではない奴だと思われたい" などというちょっとアレな欲求があった。

 そして、それを実行してしまう幼稚さも兼ね備えており、そんなアダルトチルドレンめいた城戸はかねてより歳三に目をつけていた。


 歳三について、コイツはヤバい、だとか、逆らったら死ぬより酷い目に合わせられる、だとか吹聴しつづけ、しかし "でも俺はそれに最初っから気付いていたけどね、ほら、俺も実力者だからさ" みたいなツラをしているしょうもない男…それが城戸我意亞である。


 そんな真似をしなくとも城戸は既に丙級上位なのだから、普通にしていれば普通に周囲は城戸を凄い男とでも思うだろう。


 だが彼はどこか自己評価が低く、更には根が小悪党にもできているため策を弄したがる。


 しかし根がお馬鹿体質でもあるため、彼の弄する策は尽く的を外す。結句、彼はなんだか調子こいてるアホとして周囲の目に映り、それがために城戸はそんな状況を打破しようとまたぞろ馬鹿を繰り返すのである。


 ■


 キリリリという音が響き、不審者の一人が前傾姿勢を取った時、動こうとした者と動いた者がいる。

 前者は金城権太、後者は佐古歳三だ。

 だが金城権太は歳三の言葉を聞いて動きを止めた。


「てっこ。てっぺい、水は大丈夫か?次のダンジョンは少し遠出することになるんだが、水辺らしいんだよ。大磯まで行こうと思う」


 歳三は振り返って二機に尋ねた。

 これは城戸からの心無い畏怖ヒソヒソを、それは誤解だよと言外に伝えるための行動でもある。


 ちなみに歳三は二機にニックネームをつけていた。

 鉄騎とか鉄衛では何となく呼びづらいからだ。

 歳三はべしゃりが覚束ないタチで、どうにもテッキとかテツエイとかが発音しづらくて仕方なかった。

 だから鉄騎なら女騎士っぽいからテッ子…てっこ。

 鉄衛なら何か男っぽいからてっぺい。

 そう呼ぶことにしたのだ。

「Ki」の発音が歳三には少々やりづらい。


 二機は頷く。

 機械音声がその場にそぐわないものであると判断したためだ。彼等は自身が血肉通わぬ肉体であることを恥じたりはしないが、それが知れ渡れば歳三に要らぬ詮索が入るであろうことを推測していた。だから発声を控えたという次第だ。


 そして城戸はその間隙に逃亡を図り、成功する。

 鉄騎もそれを察知したが、すでに害虫が窓から逃げていくのを見送る心地であった。先程は不躾な城戸を抹殺しようと考えた鉄騎だが、そんなモノよりも歳三の質問に答える事の方が優先度は高い。


 歳三としては期せずして心痛から逃れた形となり、ほっと息をついた。ともあれ、と彼は思う。


 次のダンジョンが決まったのだ。

 依頼を受けることにした。

 場所は大磯。

 所在としては神奈川県中郡大磯町であり、依頼主は大磯町長の崎守耕平。


 依頼内容は海岸の沈静化。

 大磯海水浴場には丙級指定、"大磯海水浴場ダンジョン" が存在するのだが、これも特殊なダンジョンで、初夏から残暑にかけての間しか発生せず、また、ダンジョン最深部のヌシを斃すことで一年間消滅する。ヌシとはイレギュラーとは異なり、必ず出現する強力な個体を指す。

 そういう意味では道了堂ダンジョンの白い車や、女の怨霊などといった個体はヌシ個体と言えるだろう。


 季節は既に初夏で、大磯町としては海開きをしたいところだがダンジョンが邪魔だ。故に毎年協会へとヌシ討伐を依頼している。




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まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
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