しょうもなおじさん、ダンジョンに行く④
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「おお、御仏よ」
そんな言葉を言い遺して、高野グループ総帥・寂空は150年にも渡る長き生に終止符を打った。
恐るべき天眼通の神通力──言ってしまえばただの非常に強力な透視なのだが──を富士樹海に対して行使した末路である。
認識したことで逆にあちらからも認識されてしまったのだ。
もちろんいきなり死んだわけではなく、彼なりに抗った結果ではあった。
現在のボディを捨て、岩戸重工が作製した別のボディに人格投射をして精神寄生を免れようとしたり。
またあるいは阿闍梨級の戦術坊主複数名+寂空による精神防壁を展開したり。
とにかく色々やっては見たが結局死んだ。
寂空はまた、死ぬ前に言葉だけではなく物も遺した。
震える手で描きあげた絵はいかにもまがまがしく、不気味だ。
シルエットとしては千手観音が近いだろうか。
しかし仏具といったものは一切持たず、代わりに眼球のようなものを携えている。
のみならず、眼は仏身のいたるところに生えており、口元には笑みのようなものが浮かんでいた。
死後、寂空の死体を解剖してみたところ、脳には多数の小さい眼球がボコボコと生えていたとの事。
これを以て高野グループは富士樹海に潜む大怪異を“千獣千眼・真如寂滅観音”と名づけ、多額の賞金を掛けた──まあ、それに応じた霊能者は一人もいなかったが。
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ところで歳三だが、順調に最奥部へと向かっていた。
四肢には力が入り、やけに調子がいい。
まるで心臓の代わりにポケットサイズの原子力発電所でもフル稼働しているかのようなハッスルっぷり。
そういえば、と歳三はここしばらくの事を考える。
──ダンジョンの外よりも内のほうが調子がいいんだよなぁ
ダンジョンこそが自分の生きる世界なのではないかと思う様になる。
もちろん外の世界が嫌になってしまったというわけではない。
多くの人々と出会い、そして親しくなり。
ましてやファーストキスまで出来たのだ、嫌なはずがない。
しかしそれでも。
歳三がぶるりと震えたかと思うと、おもむろに右足を地に叩きつけた。
──陸津波
かつてテレビで見た震災の映像からインスピレーションを得た技だが、以前のそれ(雑司ヶ谷ダンジョン④参照)とは違って、今の歳三が放つ陸津波は──
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“波”が来る。
それは文字通り津波のような土砂の奔流だった。
土と岩と枯れ枝が塊となり、ゴウゴウと大気をうならせながら前方へ突き進む。
通常の爆発や衝撃波とは一線を画す規模──地そのものが押し寄せる破壊の津波だ。
まるで火山噴火の際に起こる火砕流にも匹敵する威力を以て、眼前の洗脳集団を一気に呑みこむ。
森の邪悪な意思に乗っ取られた何者か、あるいは何かは身体は一瞬のうちにペシャンコになって潰え、血の飛沫やら内臓の破片が飛び散った。
しかし、陸津波は止まらない。
さらに巨大な土の波が二段、三段と形成され、森の樹木をも巻き込んで前方を薙ぎ払う。
樹齢数百年を超えるような太い幹がまるで折り紙のようにバキリとへし折られ、根こそぎ引きずり出されて宙へ飛んでいく。
土砂の塊は相乗効果でさらに肥大化し、森の奥へ奥へと押し寄せていった。
まるで大地という怪獣が口を開け、敵を丸呑みにしているかのような光景。
波状攻撃さながらの地の奔流は、歳三の敵を容赦なく土色に塗り潰していった。
惨憺たる破壊の後を見て、歳三は思う。
歳三の気質からして普段なら考えないような事だ。
それは──
──俺はいま、俺の人生の中で一番強え
歳三自身をしてそう思わしめるほどに力の漲りを感じていた。
それは色々なタイミングが合ったからだろう。
ダンジョンに愛され続け数十年という干渉の積み重ね。
色を知り、友と再会し、自分が求められている事を自覚した事による精神的な成長。
しかし残念ながら晴れ晴れとした気持ちは少しもない。
強くなり、ダンジョンに潜り、社会に居場所をと思いこうして頑張ってきた歳三だが、何もここまではという想いもあるのだ。
──まるで、モンスターだな
そんなことを思う歳三。
そんな歳三に──
「唵 斡嚩囉 塔囉痲 紇哩。唵 斡嚩囉 塔囉痲 紇哩。お主、探索者かの。本当に人間か? まるでモンスターの様じゃな」
背後から声。
振り向けばそこにはまるで〇ーミネーターを思わせるような機械人形が立っていた。
「唵 斡嚩囉 塔囉痲 紇哩。唵 斡嚩囉 塔囉痲 紇哩。ひ、ひひ。人間はくだらんからさっさと辞めてしまえ──そう教えてやろうかと思ったが、お主には要らん話じゃったな」
この人形は、岩戸重工特殊部隊総部隊長、土門兼次(『魔域』『半年後②:◆富士樹海の場合◆』参照)──だったモノ。




