表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しょうもなおじさん、ダンジョンに行く  作者: 埴輪庭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

231/280

巣鴨プリズン⑨

 ◆


 佐古歳三という中年劣等男性にとって "反省" とは、自身の感情を慰撫するためのオナニーに過ぎない。


 性根からしてしょうもないのだ。


 真っ当な者ならば、過去の過ちから学ぶところもあるだろう。


 例えば友人知人や家族を失望させてしまったことに対して悔い入る思いだとか、もう二度とこんな過ちを犯さないという強い気持ちを抱いたりだとか。


 しかし歳三はと言えば、あまりにもしょうもないのでそんな思いを抱かない。


 彼が抱くのはただひたすら自慰染みた後悔を抱くのみだ。


 それは薄暗い快楽を伴う行為である。


 例えるならば傷口──……皮膚が破れ、肉が覗くそんな痛々しい傷口にどこか魅入られる様なものだ。


 かさぶたをむき、血を絞り出す。これには痛みを伴うし、見てくれ的にも良いものではない。


 しかしどこか浄化されるような思いもある。


 彼にとっての反省とはそのようなもので、これは本人が自覚しないしょうもない性質のひとつであった。


 歳三は巣鴨プリズンダンジョンに入場した際、自身の過去の罪という傷を大いに刺激された。


 一時的に正気を失うことの精神的感傷を大いに受けた。


 しかしここへ来て、歳三の精神はその刺激に慣れ始めている。


 愚者ほどに喉元過ぎた熱さを忘れる速度は早い。


 ◆


 看守が行ってしまうのを待って、歳三は鉄格子の向こうにいる蒼島に問いかけた。


「なあ、蒼島さん。ここから出たいンだけど、あのもくもくを倒さないと出られないンですかねぇ」


 蒼島は力なくうなだれて答えた。


「あなたが何をしたのかは僕にはわからない。でも、あなたは自分なりに乗り越えたんですね。どんな方法で乗り越えたのかは分からないけれど。僕には無理そうです。目を開けても閉じても、彼女の影が見えるんです。僕は彼女を殺したくなかった。それなのに…」


 歳三はただうんうんとうなずき、蒼島に気付かれないように軽くため息をついた。


 何があったのかは分からないが、蒼島の精神は完全に崩壊しているようだ──……歳三はそう思いながら立ち上がり、鉄格子を掴んだ。


 無理やりに曲げて出ようと言うのだ。


 奥歯をギリッと噛み締め、二つの腕に満身の力を込めた。


 奇妙な脱力感はまだ残っていたが、それでも最初よりは大分マシになっている。


 歳三の筋肉が盛り上がるやいなや、袖がはじけ飛んだ。


 顔は今や真っ赤になり、鼻からは血が一筋流れ──……


 ・

 ・

 ・


 蒼島はその整った顔を歪ませながら、あんぐりと口を開いた。


 囚人たちを閉じ込めている牢獄には鉄格子が嵌っているが、それはただの鉄格子ではない。


 ただの鉄格子ならば蒼島なら3秒と掛からず捻じ曲げる事ができる。蒼島とて乙級探索者の認可を受けている超人だ、一見すると華奢だがその身体能力は人間離れしていた。


 戦車をけり飛ばし横転させ、鉄筋コンクリートで出来たビルディングを素手で解体する程度はたやすい。


 そんな彼をして、眼前の鉄格子には触れることさえできなかった。


 鉄格子に手を触れるとトラウマが強烈に刺激され、膝は崩れ落ち、心が萎えしぼむのだ。


 練達の精神干渉系PSI能力者である蒼島は、このダンジョンの性質ともいうべき浸食作用に気付いていた。


 この空間では僅かでも "被害者への罪悪感" があるならば、 大きく力を奪われるのだ。


 その強制力は強大で、「ちょっと悪い事をしたな」くらいの罪悪感でさえも愛する恋人を自らの手で殺めるほどに膨れ上がり、対象の心を蝕んでいく。


 そして人は他人に嘘はつけるが、自分にはなかなかつけないものでもある。


 トラウマを乗り越える、罪悪感を昇華するというのは並大抵の事ではない。


 ──なのに


 耳障りな、金属が軋む音と共にゆっくりと鉄格子が変形していく。


 それはやがて、より鋭い、金属が限界を超える断末魔の叫びに変わった。


 何かの断裂音が牢獄に響き渡り、蒼島をはじめ近くの房の囚人は固唾を飲んでその光景を見つめる。


 遠くの房の囚人たちも、何かとんでもない異常が起こっている事に気付いて苦悶と慟哭の叫びを一時忘れていた。


 やがて──……


 ◆


 歳三は親指を鼻に押し当て、ふん、と息を鼻から出す。


 べちゃりという音とともに血の塊が床に落ちた。


 額からは汗が滲み出ており、その様子はどこかくたびれて見える。事実、歳三は少し疲れていた。


 一息つきたくなり、胸元へと手をやるが──……


「そうだ、没収されてるんだった」と忌々しそうに呟く。


 残念ながらタバコは没収されているのだ。


「な、なああんた!!」


 そんな声がかけられる。


 歳三は無表情で声の方を見た。


 蒼島の隣の房に収監されている男が、歳三を見ている。


「なんですかい」


 歳三が応えると、男は言い募った。


「て、鉄格子を破っちまうとは……。た、たのむ!俺もここから出してくれ!俺はもう十分に反省してるんだ!」


「反省って……何かやっちまったのかい?例えば……盗みとか……」


 歳三が尋ねると、男は言い募る。


「い、いや、大した事はやってない……ほ、放火だ……。といってもその、仕方がなかったんだ。その、携帯型のリニアガンを充電しようとして、家庭用のコンセントを使ったらショートしちまって……い、家が何軒か燃えて、その、何人か死んだ……こ、子供も……」


 歳三はそれを聞いて、何も言わずに蒼島の方を見た。助けてくれよ、という男の声は努めて無視する。社会性の乏しい歳三ではあるが、男が最悪だということは理解できた。


「蒼島さんは……正当防衛だったな」


 放火殺人犯と正当防衛殺人犯では後者のほうが大分マシだった。


 ・

 ・

 ・


 ちなみに、歳三は "マシだったから" という理由だけで蒼島に目をつけたわけではない。


 顔見知りだったからというのも大きい。


 根が生粋の人見知りである歳三だが、別にソロ探索に命をかけているわけではない。


 必要とあらば他人と組む事に抵抗はない。


 彼がソロ探索者を続けているのは、周りが歳三を忌避するからだ。


 池袋本部で佐古 歳三という探索者は強く偏屈で、逆らう者には容赦をしない厳しい性格をしていると思われている。


 まあそれもこれも歳三が強力なモンスターの死骸を、そのまま買い取りセンターへ持ち込んだりしていたノンデリな行為が原因なのだが。


 ともかくもそんな歳三だが、まさに今が『()()()()()()』の条件を満たしている事に本能的に気付いていた。


 力が無ければ探索者はできない。


 力が無ければダンジョンから生きては還れない。


 だが力といっても様々な種類がある。


 そして歳三は豊富なダンジョン探索経験から、自分が持つ力だけではここを脱出するためには今一歩足りない事を察していた。


「なあ、蒼島さん。アンタもここを出たいンだよな。だったら一緒に……どうですかい、って言おうと思ったンだけどよ」


 しかし──……視線の先には力なくうなだれた蒼島。


 歳三は参ったという風に頭を掻いた。


 何事も、本人にやる気がなければどうにもならないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20250508現在、最近書いたやつ


最新異世界恋愛。ただテンプレは若干外して、父親を裏主人公としました。裏ではヤクザみたいなことしてるパパ。
完結済『毒蛇の巣』


先日、こちら完結しました。47歳となるおじさんはしょうもないおじさんだ。でもおじさんはしょうもなくないおじさんになりたかった。過日の過ちを認め、社会に再び居場所を作るべく努力する。
しょうもなおじさん、ダンジョンに行く



女の子、二人。お互いに抱くのは好きという気持ち。でもその形は互いに少し違っていて
完結済『好きのカタチ』

男は似非霊能力者のはずなのに、なぜかバンバン除霊を成功させてしまう
完結済 GHOST FAKER~似非霊能者なのに何故か除霊してしまう男~

他の連載作


現代ダンジョンもの。もなおじは余りメインキャラが死なないが、こちらはバシバシ死ぬ
【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】

愛する母に格好いい姿を見せたいがために努力を重ねた天才──悪役令息ハインのマザコン無双伝
悪役令息はママがちゅき

戦場の空に描かれた死の円に、青年は過日の思い出を見る。その瞬間、青年の心に火が点った
相死の円、相愛の環(短編恋愛)

過労死寸前の青年はなぜか死なない。ナニカに護られているからだ…
しんどい君(短編ホラー)

夜更かし癖が治らない少年は母親からこんな話を聞いた。それ以来奇妙な夢を見る
おおめだま(短編ホラー)

街灯が少ない田舎町に引っ越してきた少女。夜道で色々なモノに出遭う
おくらいさん(短編ホラー)

彼は彼女を護ると約束した
約束(短編ホラー)

ニコニコ静画・コミックウォーカーなどでコミカライズ連載中。無料なのでぜひ。ダークファンタジー風味のハイファン。術師の青年が大陸を旅する
イマドキのサバサバ冒険者

前世で過労死した青年のハートは完全にブレイクした。100円ライターの様に使い捨てられくたばるのはもうごめんだ。今世では必要とされ、惜しまれながら"死にたい"
Memento Mori~希死念慮冒険者の死に場所探し~

SF日常系。「君」はろくでなしのクソッタレだ。しかしなぜか憎めない。借金のカタに危険なサイバネ手術を受け、惑星調査で金を稼ぐ
★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)

ハイファン中編。完結済み。"酔いどれ騎士" サイラスは亡国の騎士だ。大切なモノは全て失った。護るべき国は無く、守るべき家族も亡い。そんな彼はある時、やはり自身と同じ様に全てを失った少女と出会う。
継ぐ人

ハイファン、ウィザードリィ風。ダンジョンに「君」の人生がある
ダンジョン仕草

ローファン、バトルホラー。鈴木よしおは霊能者である。怒りこそがよしおの除霊の根源である。そして彼が怒りを忘れる事は決してない。なぜなら彼の元妻は既に浮気相手の子供を出産しているからだ。しかも浮気相手は彼が信頼していた元上司であった。よしおは怒り続ける。「――憎い、憎い、憎い。愛していた元妻が、信頼していた元上司が。そしてなによりも愛と信頼を不変のものだと盲目に信じ込んで、それらを磨き上げる事を怠った自分自身が」
鈴木よしお地獄道



まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] 理解し易く、没入感のある文章、世界観。 「しょうもないおじさん」の「しょうもなくない物語」 なんかうまい宣伝文句出来ちゃった。 書籍化出来たら入れてね(冗談)
[一言] 〉一時的に正気を失うことの精神的感傷を大いに受けた。   「感傷」は「干渉」の誤変換だと思われたのですが、「精神的感傷」と言う表現が場面的に酷くしっくり来まして、意図的であるようにも思わ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ