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しょうもなおじさん、ダンジョンに行く  作者: 埴輪庭


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日常75(歳三、金城権太)

 ◆


 10月の初め。夏の背も大分遠ざかってはいるもののしばしばこちらを振り向き、自律神経弱者を苦しめてくる。秋が短いと言われるようになって久しいが、ここ数年は秋っぽい日など毎年2、3週間もない。


 そんな時分、歳三は相変わらずのダンジョン三昧であった。


 旭ドウムを吹っ飛ばして以来、歳三の身体能力は全盛期のそれへと近づいている。ゆえに乙級ダンジョンの中でも難易度が高いものにドカドカと挑める筈なのだが……


 ・

 ・

 ・


「ややや、歳三さん。探索ご苦労様です。ここ最近、依頼の消化率が凄いですねえ。丁級、戌級の依頼を数多くこなしてくれるのは助かっていますよ。やはりこの辺のダンジョンからとれる素材というのは数があってナンボな所がありますからね」


 金城権太がにこやかに言うと、歳三もどうもどうもそりゃどうもとヘコヘコ頭を下げ、イヤイヤイヤと権太も頭を下げ返す。恒例の絵面であった。


 それから権太は歳三に近況を尋ね、歳三もグダグダとした日常の事を話す。仕事中の私語ではあるが、権太のカウンターにはろくに人が来ない為特に問題はなかった。そんなこんなで話題は鉄騎と鉄衛の事へと移る。


「それでは、今回の依頼の報酬で桜花征機のローンは終わったという事ですか?」


 権太の質問に歳三はうなずいた。


「ほうほう、となるとメンテナンスだのといった費用もあのお二人が自分で稼げるようになるわけですな」


 歳三は再び頷く。


「すでに丙級、いや、乙級の下位程度にはやれると聞いてますから、また三人で探索に出かけられる日も近そうで結構な事です」


 権太はまるで自分の事に様に嬉しそうにいった。しかしその内心、"果たしてそれが吉であると断言できるかどうか" という疑念もあった。というのも、人間、鎖やら枷があってシャンとするタイプという者もおり、権太が視る所、歳三という男はその類の人間ではないかという思いがある。


「良い事には違いねぇンですがね、一つ目標がなくなっちまったみたいで、どうにも尻の座りが悪くって。まあ小人閑居して……って言葉もありますから……」


「だから丁級や戌級のダンジョンを中心に足を運んで、あのお二人の為に情報を集めていると?」


 権太が言うと、歳三は苦笑しながら三たび頷いた。


「まだお二人の探索者登録も済んでいないのに、過保護ですなぁ。しかし佐古さんは案外に面倒見が良いですな。あるいは新人向けの講義の講師を任せても良いかもしれません。ほら、実戦演習、佐古さんもやったでしょう?」


 戌級なりたてのひよっこへの講義は座学のほかに実戦訓練もある。これは教導者同行の下、戌級ダンジョンでモンスターと交戦したり、素材収集をしたりするというものだ。


 ちなみに戌級であった頃の歳三は心身共に弱者であり、戌級指定のしょうもな犬型モンスターにでさえ苦戦を強いられたというか、なんなら殺されたかけたほどだ。


 ただ、講義を完全に終えていない戌級探索者というのはそもそも一般人と大して変わらないので歳三が特別無様であったというわけではない。


「いやぁ、流石にそれは俺には向いてねぇんじゃないかと……」


 歳三が苦苦苦苦苦苦苦苦苦笑しながら言うので、権太もそれ以上はからかったりすることはなかった。


 ◆


 それから少し話、そして歳三が去るのを見届けた権太は、猪首を左に傾け右に傾け、ここ最近の歳三の変化についてひとしきり思案する。


 ──協会にとっては悪い変化じゃあないと思うんですがね


 鎖や枷はいくらでも用意できる。それらを増やせば歳三という不安定な爆弾を制御できるということなら、これは協会にとっては大きな利益だろう。


 権太はそう思うが、組織人ではなく一個人としては歳三はもう少し自由に生きてもいいのにな、という考えもある。


「教導、ねぇ」


 口に出して言うと、そこまで悪い案にも思えない。


 うまくいけば歳三にいくばくかの "自信" を付けてもらう事が出来るだろうと権太は考えた。勿論懸念はいくつもある。あるのだが、歳三にとって最低限の自尊心は今後の人生に必要なのではないかという思いが権太にはあった。


 ──お節介過ぎる気はするんですが、もう付き合いも20年以上ですからねえ


 権太は苦いモノでも食べたような表情を浮かべた。自身の行為が領分をこえているように思えるし、更にいえばどこか気持ち悪いとも感じているし、歳三を対等の大人扱いしていないという気もしている。


 しかし世話を焼いてやりたいという気持ちもあるし、どうにもままならない思いで権太は大きくため息をついた。


「どうしたんですか?金城さん」


 権太の様子を気にしてか、青葉日美子が声を掛けてくる。


 権太は目をぎらりと光らせ、日美子のつま先から首の下までねっとりと嘗め回すような視線を注ぎながら「大丈夫ですよ」と返事を返した。


 日美子は「うわっ」という表情を浮かべてそそくさとその場を立ち去っていく。


 ◆


 そしてそんなこんなで10月の半ば。探索者協会池袋本部には4人の戌級探索者が新たに登録された。この4人はいずれも歳三が知る者達である。


 ちなみにこの月の全登録人数は本部が223名。これまでのデータを鑑みれば、このうちの170名程が戌級の間に探索者を辞めるか、ダンジョンで死ぬか、あるいは協会に処分される。

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まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
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