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しょうもなおじさん、ダンジョンに行く  作者: 埴輪庭


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日常68(歳三、探索者3名、飯島比呂、四宮真衣、鶴見翔子)& ある日のモブ探索者⑤

 ◆


 ここ最近、歳三は週に4回はダンジョンに行く。


 これはかなりの頻度だ。


 通常、ダンジョンには週1回でも行けばいい方で、多くて2回といった所だろう。


 例えば丙級探索者が丙級ダンジョンを探索するという事を一般人基準で考えてみる。その場合、狂暴な野犬が出没する中で登山をする……といった感覚が一番近いだろう。


 ただまあ歳三としては特別な感覚はない。日々の仕事を淡々とこなしているだけといった所だった。


 鉄騎や鉄衛を伴う事もあれば、一人で行くこともあり、基本的には依頼を達成したらすぐに帰宅。行先がダンジョンでさえなければ、真面目なサラリーマンの様にも見える。


 依頼達成率は100%。このように真面目に仕事をこなす歳三だが、やはり他の探索者達からは避けられている。


 探索者は基本的にチームを組む。チームの規模はまちまちだ。2、3人の小規模なものから、50人を超える規模のものまである。協会はこれらを規制していない。ただ、チーム間抗争などは禁じている。


 ダンジョン資源の独占やダンジョンの占有が発生する心配がないため、その辺は緩いのだ。


 というのも、ダンジョンは一種の異世界の様になっており、例えばAというグループとBというグループが1時間差で入場した場合、両グループがダンジョンの中ではちあわせするという事はない。地形は同じだが、別々の空間へ飛ばされる。


 AとBのグループが内部で合流するためには両方、もしくはどちらかのグループが "合流しよう" という意識を持つ必要がある。


 話はそれたが、ともあれ普通は歳三の様な真面目な探索者はチームに誘われるのだが、歳三に声をかける者は少ない。非実力者は歳三を軽く見るし、実力者は歳三を警戒する。日頃の振舞いもそうなのだが、歳三は職員である金城権太と昵懇というのもいけない。


 歳三の事を特命職員かなにかなのではないかと思っている者もいるのだ。歳三が協会職員であるなら、その特命とやらを邪魔してはいけないという意識が働く。


 しかしそれでも、歳三に声をかける者がいないというわけではない。


 ・

 ・

 ・


 池袋本部、買取センター。


 歳三が探索から戻ってきたのは夕方過ぎになってからだった。鉄騎と鉄衛を誘って青梅の廃病院ダンジョンまで行ってきたのだ。


 丙級ダンジョンで、何度でも復活するモンスターが出てくるということを飯島比呂から聞いた歳三は、鉄騎とのコンビネーションを練るために赴いたという次第だった。


 情報は正しく、赤い肌の狂暴そうなモンスターが現れるものの、鉄騎は数分の戦闘でモンスターをぐちゃぐちゃにしてしまった。歳三の出る幕は全くなかった。


 この時鉄騎が見せたスパイラル発勁は、歳三をして痺れさせた美技だった。


 しかし歳三は、自身には決して使えないものだという落胆をも味わった。


 歳三は確かに超人めいた身体能力を有するが、関節の可動域などは人の埒内に収まる。鉄騎の様に手首部を高速回転させるというのはどだい無理なのだ。


 ともあれ10数分後、モンスターは再び現れる。


 歳三達はこれ幸いとモンスターを乱獲し、20体目あたりを葬った所で切り上げた。


 鉄騎は腕部が少々凹んだものの、それ以外には大きな損傷はなく、歳三はいうまでもなく無傷だ。チームワークの "練り" はいまいちだったが、こういうものはすぐに形になるものではない。


「まあ積み重ねだな」


 歳三のそんな言葉には余裕すら感じられた。


 素材を換金し、そしていつもの様にまっすぐ家に帰るべくセンターを出る。


 だがこの日は、歳三の狭い背に視線を注ぐ者達がいた。


 ◆


「ちょっといいですか。佐古さん……ですよね?」


 ここ最近よく話しかけられるなと思いつつ、歳三は後ろを振り向いた。


 若い男の声だ。


 声は柔らかく、フレンドリーな響きがある。おかげで歳三も無駄に緊張しなくて済んだ。


 振り返ればそこには3人の男女が立っていた。


 男、女、女。


 いずれの存在感も厚く、密であった。


 ──赤い髪の兄さんと同じか。それ以上か


 歳三の脳裏にいくつかの応答パターンが浮かぶ。


 ──「ああそうだ、俺が佐古 歳三だ」


 ──「はい、佐古です」


 ──「ああ」


 ──「そうです」


 ──「………(無言でうなずく)」


 etc


 馬鹿みたいな話だが、歳三は迷ってしまった。


 果たしてどのように受け答えをするのが正解なのか、歳三には分からなかった。


 対人関係に於いて、相手の機嫌を損ねない為の最低限の配慮というものは必要だが、この辺りの感覚は日常生活を送っていくにつれて自然と体得していくものだ。


 しかし歳三はこの辺のスキルが余りにも未熟に過ぎた。


 機嫌を損ねないためにどう応答すればいいのか、無駄に考えすぎてしまうのだ。


 これを「馬鹿の考え休むに似たり」という。


 結局歳三は、無言でその青年の目を見つめるというなんだか思わせぶりな態度を取ってしまった。


 威圧はしていないが、歳三の視線には異様な力が込められている。


 力とは何か?


 早く話題を振ってくれという願いである。


「佐古さんで間違いなさそうですね!初めまして、僕は蒼島 翼といいます。横の二人はそれぞれ三城 ゆず、工藤 美咲。等級は僕が乙級で、二人は丙級です。単刀直入にお願いしますが、佐古さん、僕らのチームに入って頂けませんか?」


 蒼島は白い歯がきらりと光る、そんなスマイルを見せる。女二人も軽く頭を下げていた。


 歳三は「なるほど」と呟く。


 何が「なるほど」なのか、歳三にもよくわかっていない。


 とりあえず口に出す事で、1秒だか2秒の時間を稼ごうとしたに過ぎなかった。


 通常、こういう無駄な抵抗は無駄に終わるのだが──……


「歳三さん!探索帰りですか?」


 更に声を掛けてくる者があった。


 やや高く快活で、若々しい声だ。澄んだ川に美しい銀色の鈴が浮かび、そして流れていく──…そんな情景が頭に浮かぶ様な声だ。分かりやすく言えば爽やかボイスといった所だろう。


 歳三はこの声を知っていた。


 飯島 比呂である。


 比呂は四宮真衣、鶴見翔子らを伴っている。


 歳三はふとその場の者達を見渡し、自身が平均年齢を引き上げているという事実に気づいた。


 そして、無性に帰りたくなってしまった。






 ■■■


【ある日のモブ探索者⑤~レベル55ダイバー、あやち他】


挿絵(By みてみん)


 先日、清澄白河駅7番出口近くでダンジョンが形成された。江東区一帯も管轄する探索者協会墨田区支部は、迅速に外調を派遣する。その際、高野グループにも協力を仰いだ。


 そしていくつかの事が分かった。


 まず、このダンジョンにモンスターはいない事。


 しかしその代わりにいくつかの謎を解く必要がある事。


 さもなければ脱出が出来ないのだ。終わりのない一本道を永久に歩き続ける羽目になる。


 だが協会外調はこの謎を解いた。


 同行した高野坊主のおかげである。


 心霊現象や異常事態の解決を専門とする彼等はこの手の謎解きに長けている。


 ──『モンスターは無し。謎さえ解ければ簡単に脱出可能。見込める素材は通路各所の設備類など。難易度としては戌、ただし特殊性を鑑みて丁級指定とする』


 それが協会の判断だ。しかし協会は他に謎はないのかどうか最後の詰めをする必要があったため、情報公開には一拍を置くつもりだった。


 問題はここからである。


 この情報が公開される前に、DETVのダイバーチームがこのダンジョンに潜入してしまったのだ。


 レベル55の女性ダイバー、高山彩こと "あやち"、そしてレベル40台の男性ダイバー二人と撮影担当の一人を含む四人チームだ。


 ここ最近かなり稼いでいる売れっ子だった。なにせ外見が良い。アイドル並みの美貌を誇るあやち、そしてなんだかしょっぱい感じの男3人。


 キモは男たちの容姿だ。


 彼等が狙うリスナーは所謂弱者男性で、男の影をとにかく嫌う傾向があった。


 だから敢えて容姿が微妙な3人を揃え、ヘイトを受けない様にしたのだ。これがイケメンだと男性リスナーが減ってしまう。


 まあ女性リスナーが増えるかもしれないが、あやちのスタイルはコビコビ天然スタイルなので、女性リスナーもすぐに消えてしまうだろう。


 情報公開前のダンジョンに探索する……それは非常に危険な事だが、もし探索で一定の成果を残せたならば偉業と言える。


 当然再生回数も爆上がり間違いなしだ。


 しかし四人はこのダンジョンにモンスターが存在しないこと、そして謎についての事も分かっていた。


 それはなぜか?


 DETVの社長である尾白 皇華が彼等に情報を流したのだ。だが尾白がどのようにしてこの情報を手に入れたのかは分からない。


 ◆


 東京都江東区白河一丁目にある清澄白河駅7番出口ダンジョン。


 協会が入口に規制線を引いているが、現行法ではダンジョン入場は万人が可能だ。意味がないわけではない。ダンジョンは外から見て分からないため、ここはダンジョンになっていますよという警告には大きな意味がある。


 四人のチーム──…坂本 健司、遠藤 真、浅野 圭吾、そしてリーダーである女性ダイバーのあやちらは余裕の面持ちでダンジョン領域へと足を踏み入れていった。



 ・

 ・

 ・



「ハロー、ダイブワールド!あやちです!さあ、みんな、ここが今日のダンジョンだよ!」と、あやちが配信用のカメラに向かって語りかける。


 撮影担当の浅野はカメラをしっかりと構え、あやちの輝くような笑顔を映し出した。テンプレに忠実なたぬき顔の美人だ。


 ──相変わらず見た目だけはいいよな。馬鹿だけど


 浅野は内心であやちを馬鹿にするが、そんな見下し男である浅野があやちに惚れている事はあやちを除くメンバー全員が知る所だ。


「どんなダンジョンなんだろうね!?ここは協会も情報を公開していないダンジョンだからもしかしたらとっても危険かも…」


 あやちがカメラに向かってナヨ散らしているが、万が一に備えての戦闘担当である遠藤と坂本は余裕の表情だった。


 そもそもモンスターなんていないと知っているからこそである。それでもついてきたのは、万が一の戦闘という事もありえるから念には念をというわけだ。


 更にいえば、彼等二人もあやちに惚れていたというのもある。


 遠藤、坂本、浅野はそれぞれあやちに惚れており、互いに互いを見下している。


 ──なんて馬鹿なんだ。あんな露骨な視線を向けるようじゃ態度じゃあやちは見向きもしてくれないだろうな


 と。


 ともかくも探索は始まった。


 通路はひたすら続き、何の気配もない。


 歩き出してすぐにあやちが蛍光灯の不規則な配置に気づく。まあ出来レースなのだが。


「あれ?なんだか蛍光灯の位置がおかしいね」


 あやちがカメラに向かって言う。


 こうして口に出す事が重要なのだ。その場の全員が謎を認知しなければならない。


「モンスターさんはどこかでおねむかな?」


 あやちは全くビビッてない風に笑顔を浮かべる。余裕の筈だ。モンスターがいないと分かっているのだから。


 さらに進むと、あやちは壁に貼られたポスターの一枚が真っ白な事に気付いた。


「あれ!?このポスター真っ白だよ、印刷ミス?」


 勿論余裕の笑顔。


 こんな調子であやち達はどんどん異常を見つけていった。


 しかし──…


「え、っと」


 あやちが言い淀む。


 カメラマンの浅野はいぶかしんだ。


 そんなセリフは台本にない。だがすぐに理由に気づき、あやちに良い所を見せようと異常を暗に示そうとするのだが…


 ──次、ほら、あの異常だよ。あの…あれ?なんだっけ


 思い出せない。


 浅野はすがるような視線を遠藤と坂本へ向けた。あやちと合わせて二人分のおすがり視線だ。


 そこで二人も事情を理解して、異常を教えようとするものの……


 言葉が出ない。


 4人の顔色がみるみる変わっていく。


 浅野はカメラを止めた。


「な、なあ!えっと……次の異常、なんだっけ。最後の異常だよ。誰かメモしてない?」


 浅野の声には焦燥が滲んでいる。だが一人くらいはメモするなりはしてるだろうと楽観的な気持ちもそれなりにある。


「い、いや、俺はメモしてない」


「俺も……」


 しかし現実は無常だった。


 あやちは必死で思い出そうとするが、混乱で思考が乱され、時間の経過とともに記憶に繋がる細い糸がどんどん焼き切れていく。


「ど、どうするのよ!」


 あやちは怒鳴った。


 普段の快活ニコニコあやちの姿はもうどこにもなく、表情には般若のそれが浮かんでいた。


 だが、こういった場面でこの態度は悪手にも程がある。


 あやちの怒声など聞いた事もないし、これから先も聞くことはないだろうとおもっていた間抜け3人は、ただでさえ少ない記憶容量を更に狭め、そんな彼等をみたあやちもまたパニックの度合いを深めていく。


 そして結局というか、やはりというか。


 4人がダンジョンから出てくる事は無かった。


 3日経っても1週間経っても。


 ずっとずっと出てくる事は無かった。


 なお、DETVはこの件に対して一切の説明をしていない。

"赤肌"

青梅市の廃病院ダンジョンに出没。丙級指定。力が強い。頭が硬い。都市伝説がダンジョン化によって形をとったものと思われる。もう少し頭を大きくしたかったが無理だった為、あくまでイメージ。


挿絵(By みてみん)

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