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しょうもなおじさん、ダンジョンに行く  作者: 埴輪庭


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日常60(歳三、海野 千鶴、鉄騎、鉄衛)& ある日のモブ探索者②

 ◆


 翌朝。


 歳三は目覚め、いつものルーチンに取り掛かった。


 まずは喫煙、洗顔、喫煙、朝食は協会が販売している探索者用のカロリーブロックで済ませる。ブロックといってもその形状は長方形で、ブロックではなくてバーと表記するのが正しい様にも思える。


 一本の大きさは一時期やけに流行ったプリッカーズと呼ばれるチョコ菓子と同サイズ。


 プリッカーズも高カロリーを謳っており、名前の由来も食べ過ぎると全身がプリプリになるからという馬鹿みたいなものだった。


 だが探索者用カロリーブロックの含有カロリーはプリッカーズのおよそ10倍。


 一つあたり5000キロカロリーを有し、取り合えず一つ食べて置けば食事としては十分だと言える。なお、一般人でも購入は出来、登山家や極地探検家などが愛用している。味はお世辞にも良いものではないが、メーカーは敢えてそのような味付けにしているとの事。


 そんなカロリーブロックが月に何度か、歳三の家に届くのだ。基本的には探索中の糧食用なのだが、面倒な時はこれを食事替わりとする事が少なくない。


 歳三にはまっとうな食欲があるし、美味いモノを美味いと感じるだけの感性もあるのだが、どこか義務感で食事を済ませている部分がある。良く言えば足るを知っているともいえるし、悪く言えば雑な生活とも言えた。


 ──そろそろ出るか


 歳三はSterm端末を開き、時間を確認した。


 待ち合わせは品川駅に午前10時。海野 千鶴が鉄騎と鉄衛を連れて迎えに来てくれる筈だった。


 ディスプレイには各種情報が映し出されている。


 豊島区の現在の天気、晴れ時々曇り。


 近隣で新たなダンジョンが発生したかどうかの情報もあったが、幸いその日は「0件」と表示されている。


 画面の上部、左端には依頼の更新が1192件表示されていた。これはつまり、歳三が所属する池袋本部エリアでのダンジョン関係の依頼が1192件新しく受注されて探索者達にまわされているということだ。


 所属している組織が盛況なのはいい事だと歳三は頷き、家を出た。


 ・

 ・

 ・


 電車内。


 相変わらず山手線の車内はカオスであった。


 歳三の隣に座る若い女はおもむろに良く磨かれた分厚いバトルナイフを取り出し、刃の表面をミラー替わりにしてメイクを直している。服装は薄手のバトルスーツだ。色は黒。肩口には桜の花弁が散ったようなロゴがあることから、このスーツは桜花征機のものだと分かる。


 正面には武者鎧を来た中年男性が座っていた。杖の様に長槍を突き、舐めるような目でバトルスーツの女……の肢体を見ている。


 他にも全頭マスクを被った者や、迷彩服に身を包んだ者など多種多様であった。


 ちなみに車内の武器持ち込みは許可されているが、長さ制限がある。電車の天井を突き破るような長物は当然禁止だ。他にも銃器の類はセーフティをかけることなどがあげられる。


 大変異前の一般常識からしたら馬鹿みたいな話なのだが、ダンジョンが増えるにつれて反対の声は無くなっていった。国がそういった者を排除したわけではなく、反対者の考えそのものが変わっていった為である。


 また、車内には当然一般人も乗車しており、夏休みが終わったせいか大学生が特に多い。大変異前は九月中旬くらいまであった夏休みだが、段々と削られて今では精々一か月程度のものとなっている。


 ◆


 品川は住む所ではなく働く所だと言うのはしばしば聞かれるが、大変異後でもそんな世間からの印象は余り変わらない。


 まあ小綺麗なオフィスビルが立ち並び、ほどほどの自然もある。海も見えるし、治安も悪くないし、住んでみれば案外生活感がある街だなと感じるだろう。しかし、歳三は根が陰に偏ってしまっている為に気後れを感じざるを得ない。


 ──俺ももう少し、堂々としていなきゃいけねえんだろうけど

挿絵(By みてみん)

 待ち合わせ時間より大分早くついてしまった為に、歳三は駅前でボケっと街並みを眺めている。


 そして10分前になると見覚えがある車がやってきた。


 ・

 ・

 ・


 無貌の黒い仮面を被り、全身に黒いボディスーツを纏い、フード付きの前開き外套を羽織った怪しい二人組が降車し、歳三の元へと近づいてくる。


 どこぞの暗殺者かと思わせるような出で立ちだが、大変異前なら兎も角として現代では余り珍しくもない。


 なにせプレートアーマーで身を固めた、どこからどうみても騎士ですみたいな顔をした探索者が平気で街を闊歩しているような時代だ。勿論そういった恰好もコスプレなどではなく、れっきとした探索者向けの防具である。


「久しぶりだな、もう身体は平気なのか? 聞いていると思うけど、これからダンジョンに行くんだ。二人も来てくれるってことでいいのかな」


 怪しい二人組──……鉄騎と鉄衛に歳三が問うと


『タンサクチ 設定。 "丙級指定 しながわ区民公園ダンジョン【イ】" ! 目標設定ヲシマスカ? YESの場合、Sterm端末ヲ カシテクダサイ』


 少年を思わせるやや高い声が棒読み気味に響く。


 歳三が端末をやや小柄な方……鉄衛に手渡すと、黒い五指でそれを掴み、もう片方の掌に乗せる。そして空いた方の手の五指をゆっくりとディスプレイに滑らせ──……


 指の一本一本が、独自の意思を持つかのような動きで端末の表面を踊る。


 歳三は何もわかっていない様な間抜け面を浮かべてそれを眺めていたが、操作は数秒で終わる。


『目標設定! 適切ト思ワレル2件の依頼を受諾。それらノ達成を以てモクヒョウタッセイとシマス。予想報酬総額、12,250,000¥。予想所要時間180分! 』


 時給にして約408万円である。


 丙級ダンジョンの基本時給としてはやや高いが、それはこのダンジョンが比較的新しいものであって、完全に調べがついているわけではないからだ。


 探索者協会品川支部はこのダンジョンに非常に多くのリソースを投入し、内部構造や出現モンスター、どういった素材が得られるかなどを調査したが、完璧に何もかもが把握できているというわけではない。


 特にイレギュラーが存在するかどうかという情報はかなり重要だ。


 ただ、現時点ではこのイレギュラーモンスターの出現は確認されておらず、あるいは存在しないのではないかという向きもある。


『設定完了、ジュンビヨシ』


 そして、鉄騎。


『システムに異常なし。いつでも行けます、マスター』


 その声に歳三はスーツ姿のキャリバリOLを連想した。少なくとも小娘と呼ばれる年代のそれではない。


 調整前の鉄機はもう少し声色の機械味が滲んでいた筈だ。


 その違和感に歳三は内心首を傾げるが、成長したんだったら声も変わるだろうと雑に納得した。


 と、そこで漸く歳三は二機の背後にぽつねんと立つ海野 千鶴に気付いた。


「ああ、先日はどうも」


 千鶴の耳が悪いと勘違いしている歳三は、やはりグイと距離を詰めて彼女のパーソナルゾーンを半歩侵食する。


 千鶴は下腹をドロドロとした何かが巡る様な熱を感じ、しかしすぐに冷めていく。


 千鶴も元探索者だけあって、既に対策を講じていたのだ。


 ヤクである。


 精神抑制剤を服用し、正体不明の高揚を抑えようとした千鶴の策は功を奏した。


「ほ、本日は私が "丙級指定 しながわ区民公園ダンジョン【イ】" までご案内いたします。それでは私が運転を務めさせていただきますのでお乗りください」


 ◆


 しながわ区民公園はかつて勝島運河を埋め立てて造られた緑豊かな区立公園である。


 総面積にして127,419㎡。


 東京ドームのそれが46,755㎡であることから、その広さがある程度は知れるだろう。


 この公園は「花とひろばと水と緑の公園」というテーマを掲げ、何度かの改修工事を繰り返した。


 結句、園内では四季折々の花々や緑が訪れる人々を魅了し、自然の豊かさが広く区民から愛される様になった。特に約200本の松並木や、花見の季節には約100本の梅と約400本の桜が咲き誇り、休日には家族連れで賑わう。


 さらにはしながわ水族館や約6,500平方メートルの人工湖「勝島の海」があり、水辺の美しさを楽しむこともできる。


 また、桜の広場や植物園、噴水広場、各種のスポーツ施設(野球場、テニスコート、プールなど)もあり、もはや公園の規模を超えている様にも思える。


 しかしこの公園は美しいだけではなくて棘も持っている。


 公園の敷地内に点在する複数のダンジョンがその棘の正体だ。


 ただ、棘といっても人を傷つけるだけではなく、刺激としてそれを捉える者達もいる。


 探索者であった。


 歳三が車窓から外を覗き見ると、武装した一団が公園の方角に向かって歩いている。


「彼らもこれから区民公園のダンジョンへ向かうのだと思います。ここ最近は品川も探索者が増えましたよ。協会所属の探索者だけじゃなく、外部の探索者組織も珍しくありません」


 そんな事を運転席の千鶴が言った。


「この辺も随分と賑わいそうですね」


 歳三は答え、そして胸中に二人の探索者を思い浮かべる。


 ──そうか、だったらあの二人にもまた会ったりするかもしれねぇな


「あ、そろそろ着きますよ。園内は車の乗り入れが禁止されていますので、少し歩く事になります」


 千鶴が告げると、歳三はぎゅっと拳を握り込んだ。


 久々の三人の探索が嬉しかったのだ。




 ■■■


【ある日のモブ探索者②~戌級探索者 鈴木美咲&田中恵理】


挿絵(By みてみん)


 千葉県は市川市、船橋法典駅。


 大変異前、この駅の横には大き目の駐輪場があったのだが、現在では戌級指定のダンジョンとなっている。


 一歩足を踏み入れれば、まるで立体駐車場を思わせるようなコンクリートの柱が立ち並ぶ空間へと変貌する。


 そしてダンジョン内には自転車型モンスターが跋扈していた。


 といっても脅威度は野良犬より少し上といった程度だ。


 突き出た両ハンドルがブレード状となり、横を走り抜けると同時に斬りつけてきたり、その程度に過ぎない。


 耐久力もそこまでなく、金属バットか何かで思い切り引っぱたくか、銃撃の数回でもくれてやればバラバラになって四散する。


 だがモンスターの金属片は協会で買い取り対象となっているため、金にはなる。1キロあたり20万かそこらだが……。ただ、ホームレスのようにアルミなどを集めるよりは余程良い。あちらはせいぜいキロ200円だとかそのあたりだ。場合によってはもっと下がるかもしれない。


 そんな初心者向けのダンジョンに、今、2人の女性探索者が挑んでいる。


 目的は一つ、金策だ。


 生活費を稼がねばならない。


 彼女達は生活の為にダンジョンに潜っているのだ。


 ・

 ・

 ・


 彼女たちは元々は同じ会社で働く先輩と後輩だ。2人が初めて逢った時、互いが互いを赤の他人だと感じなかった。


 似ていたのだ。


 顔立ちも背丈も何もかも。


 まるで双子の様であった。


 似ていたのは外見ではなく、内面もだ。


 どちらかが悲しいと思った事は同じ様に悲しいと感じる。


 嬉しいと思ったことも同様に。


 2人は急速に親しくなり、交流を重ねていく内に同性という垣根すらも取り払われつつあった。


 しかしある時、女上司にそれがバレてしまう。その上司はジェンダーの問題にやや狭量で、かなり古めかしい感覚の持ち主であった。


 そして嫌がらせが始まる。


 結句、会社に居づらくなった2人は一緒に退職する事にし、美咲は先輩である恵理の家に転がり込む事になった。


 この時、2人とも当初は楽観視していた部分がある。すぐに再就職すればいいと思っていた。しかしその上司は方々にコネクションを持っていたようで、再就職は上手くいかない。


「でもさ、やっぱり2人でアルバイトっていうのも、生活結構苦しいよねえ。女ってほら、お金かかるものだから」


「そう、ですね……」


「ならさ、探索者なんてどうかな? もし美咲が嫌なら、私だけでも探索者になって稼いでくるよ。年収億なんて余裕だってネットで見たよ。風俗とかよりは全然いいでしょ。というかそういう仕事は絶対いやだよ私。一人ならともかくね」


 先輩女がそんな事をいった時、後輩女はそんな危ない事は嫌だと思ったが、好きな先輩に一人任せるというのはもっと嫌だった。無論風俗などという選択肢も論外である。しかし金が無いのも事実だ。バイトも不安定だし、先行きの事を考えると不安になる。


 そんなこんなで結局、2人して探索者の道を選ぶ事になった。


 ──2人でこの先もずっと一緒に居たい。不自由なく暮らす為に、頑張れる勇気を下さい、神様


 最初、後輩女の美咲は自分に探索者なんて勤まるのだろうかと不安だったが、いざなってみればそれまでの不安は一転し、なんとかなりそうだなという気がしてきた。


 ダンジョンにもぐっていると、何か心の中で活力の様なものが湧いてくるのだ。それを勇気と呼べばいいのか、それとも他の呼び方があるのかは美咲にはわからなかったが。


 ・

 ・

 ・


 23歳の後輩探索者、鈴木美咲は小振りのブレードを手に、緊張の面持ちで歩みを進める。ブレードは刃渡り70cm程度のもので、中古品。切れ味はお察しである。


 一方、24歳の先輩探索者、田中恵理はオタコレクションを処分して購入したデリンジャーを構え、周囲を警戒していた。


 防具は中古品で、しかも補修品だが最低限の性能は残している。


 様々な事情で協会が引き取った武器や防具は、そのほとんどがジャンクになってしまっているが、最低限の補修が為されたうえで新米にレンタルされている。彼らには金がなく、間に合わせの武器防具もありがたいものだった。


 柱の影から突然、自転車型モンスターが二人に襲いかかる。


 田中は素早く狙いをつけ、数度銃撃した。


 しかし外れる。


 まだ銃の扱いになれていないのだ。銃口が跳ね上がり、田中に隙ができた


 その隙にモンスターがつけ込み、ぎゃりりという音をたてながら田中の横を疾走した。


 突き出たハンドル部はブレード状になっており、田中は脇腹に大怪我を負ってしまう。


 血も流れる。


 命も流れてゆく。


 田中は苦痛に顔を歪めながらも、自分を見捨てて逃げろと鈴木に言った。


 だが鈴木はそれを拒否する。


 田中を背負って必死にダンジョンを脱出することを決意し、怪我を負いながらも、彼女たちは危険を乗り越えて何とか生還した。


 ダンジョンを脱出した二人は協会に連絡して医療班を派遣してもらい、急いで治療を受ける。治療費はローンで支払うことになったが、金で買えないモノを金で繋ぎとめたのならば上々だろう。

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まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
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