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しょうもなおじさん、ダンジョンに行く  作者: 埴輪庭


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魔王①

 ◆


 会場ではまだ人の形を保っているであろう人影が逃げ惑い、或は負傷によって蹲り、もしくは黒い繭へ誘引されていない極少数の蟲と交戦している。


 歳三はそれらを見回し、救助の任務を遂行しようと考えたが──…不意に目を見開いて黒い繭に向き直った。


 視られている、と歳三は感じた


 繭の中から何かがこちらを視ている。


 その視線には、常人が浴びたならば瞬時に廃人となる程の強い害意が籠められていた。


 職務に忠実である歳三をして、救助より排除を優先させる程の害意だ。


 "コレ"を捨て置けば厄となる…そう理解した歳三は積極攻勢を決断する。


 歳三の奥歯ががちりと音をたてて噛み締められ、右腕に(りき)を籠めれば(たわ)むパワーは秒単位で極点へ達した。


 最早、業を使う余裕もないとばかりに歳三は駆け出し、マッハの高速移動から繰り出される右ストレートが黒い繭に打ち付けられたがしかし。


「ぬぅッ!」


 歳三は拳に極めて強い抵抗を感じた。


 だが抵抗といっても硬いとか柔らかいとか、そういう感触ではなかった。


 敢えて言うならば、近寄れない…そんな感じだ。


 黒い繭から数ミリ離れた所で歳三の拳は止まり、細かく震えている。


 この黒い繭は様々な意味で変容しつつある旭 道元を護る防壁である。


 防壁であるからには一定の防御能力を備えていなければならないが、繭のそれは物理的なものに限った話ではない。


 老いと死という不可避の大厄を拒んだ道元の願いが形となったそれは、道元を損ねるあらゆるモノを拒む概念的な防壁と化していたのだ。ジャンルとしてはPSI能力に属する防御機構と言えるだろう。


 こういったものは単純な膂力では打ち破れない事がままある。


 ・

 ・

 ・


 観客席で摩風が目を細め、黒い繭を睨みつけた。


 彼に限らず、高野グループの構成員は "この手" のモノには目ざとい。


 高野グループは探索者協会の劣化版などと口さがない者などはいうが、ことスピリチュアルな分野において高野グループは探索者協会の上を行く。


 だからこそ国もドカドカと金を出して国内の霊的インシデントの解決を任せているのだ。


 ──膂力佳し、速度佳し。それで破れぬは意が籠められておらぬからか、もしくは逸れているからか


 ここで摩風が思う意とは強烈な目的意識の事だ。


 歳三の意識は黒い繭の中に居る者へ向けられている。


 それでは繭の防壁を破る事は出来ない。


 繭を破るという強固な目的意識に、中に居る者を抹殺する為にという指向性を与える必要がある。


 これは対PSI能力の基本的な対策であるが、かなり感覚的な事なので苦手な者はとことん苦手としている。


 だが高野坊主連中はこの手の分野は大の得意なのだ。


 ◆


 ぬ、ぐ、ぐ、と歳三は力を籠めるが効果はない。


 そんな歳三の腕に、そっと皺だらけの手が置かれた。


 歳三が首をまわすと、そこにいたのは一人の老僧…摩風が立っている。


「若者よ…若者ではないな…とにかく名前は何という?…ふむ、そうか、歳三よ。こういうものはな、力づくでは宜しくない」


 このようにやるのよ、と摩風は空いた方の手で祈りの型を取り、まるでケーキにナイフを差し込む様に黒い繭へゆるりと突き込んだ。歳三が満身の力を籠めて打ち込んだ拳打をも防いだ繭だが、摩風の手刀は繭を紙の様に切り裂いていく。


「無知故に恐れ、無理解故に遠ざける。拒絶の根幹とはその様なものよ。然るに、文殊の光は斯くなる蒙を啓くであろう。さればその光を以て無明の闇を切り裂く事は実に容易いことよ──オン・アラハシャノウ、アラハシャノウ…」


 文殊菩薩は大乗仏教の崇拝の対象である菩薩の一尊で、智慧を司るという。


 高野グループではこの文殊菩薩の真言に、精神防壁ないし概念防壁を分析・解析し、解体する精神の所作を籠めている。


 どのようなPSI能力にせよ、発動の為には自身の精神のどこをどの様に励起させるかという細やかな作業が求められるのだが、高野グループはその猥雑な作業を祈りの型と真言に籠め発動を簡略化させているのだ。


 ・

 ・

 ・


 そこからは複数の出来事が電撃的かつ並行的に進行した。


 一つ、摩風の腕を異形の手が掴み、掴まれた部分が急速に干からびていった事


 二つ、歳三が思わず「すげえな爺ちゃん!」と叫ぶやいなや、 "ん" の時点で手刀を振るい、摩風の腕を断った事


 三つ、繭から這い出てきた異形に対し、凶津 蛮が上空から奇襲を仕掛けた事


 この三つの出来事が、ほぼ同時に起こったのだ。


 ◆


 凶津 蛮の奇襲は高度を利用したストンピングであった。


 その爪先には、心意六合八法拳に基づく猛禽の形意が宿っている。


 上方からの強烈な一撃は異形の肩口に直撃し、ややよろめかせることに成功した。


 そこへ隙ありとみた歳三が全身と全霊を拳に籠め、構える。


 力任せの打撃ではない、破壊の力点を意図して一点集中させた正拳中段突きだ。


 華こそないが、その構えを見た凶津 蛮は背中に氷柱をさし入れられたかのような悪寒を覚える。


 "業" なくして打倒し得ぬと判断した歳三は、かつてシシドを一撃の元に葬り去った突きを撃ち放った。



 ──新月



 歳三は過去の如何なる闘争に於いても、必殺の確信無しに新月を放った事はただの一度もなかった。


 この一撃を除いては。


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