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しょうもなおじさん、ダンジョンに行く  作者: 埴輪庭


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魔胎⑨~声~

 ◆


 歳三の奇襲はこれだけでは終わらない。


 阿修羅・モンスターの左頭部に突き刺さったのは歳三の右膝だが、歳三はすかさず腰に鋭くキレのある回転を加えた。


 下半身の捻りは腰の捻りに連動し、腰の捻りが上半身の捻りを生む。


 半回転した歳三は左の肘を勢いのままに阿修羅・モンスターの右頭部のテンプルにぶち込み、頭部はやはり熟れたトマトより脆く潰れ、弾けた。


 これぞ連携・肘打ち、三日突きである。


 生来の不器用さ故に連続技の類を得手としない歳三だが、旭真祭に備えて多少は業を磨いてきたのだ。


 阿修羅・モンスターの六腕のうち、四腕は既に動かない。恐らくは一つの頭部が二腕を動かしているのだろう。


 三つで六腕、そのうちに二つを歳三が潰してしまった事で、阿修羅・モンスターは一時的に半身不随に陥ってしまった。


 ──ムッ!何という使い手よ、剛柔一体とはまさにこの事か。しかし…若いか


 危うい所を歳三の横槍によって生き永らえた高野坊主・摩風は心中にある懸念を抱く。彼が知るかぎり、優れた業の使い手はそれに見合った性根を持つものだった。それが善か悪かは兎も角として、優れた肉体には優れた精神が宿るものと摩風は考えている。


 しかし1世紀近くを生きた摩風の人物眼でも、歳三にその様な光るモノを見出す事ができなかった。なんというか、幼さが目立つのだ。


 ──やや、若い


 この一部の中年の男女に見出す事ができる特有の"幼さ"を明文化する事は難しい。


 しかし、責任を背負うという事を避け続けて数十年を積み重ねた者の殆どにこの"幼さ"を見出す事ができる。


 摩風の見立ては正しい。


 歳三という男はまあまあメンタルが弱く、これまで色んなチャレンジを避けてきた傾向にある。人間関係を築くにせよ、就職活動をするにせよ、拒絶された時の心の傷を恐れて色々と理由を並べ立て、自分の心を護ろうとしてきたきらいがある。


 だが、ここ最近の歳三は探索の同行者の命に責任を持ったりする事も多く、心身成長著しい。


 摩風が歳三を"若い"と見たのはその辺が理由だろう。もし当初の歳三を摩風が見たなら、若いではなく、ガキと表現するはずである。


 ・

 ・

 ・


 阿修羅・モンスターの二つの頭を潰した歳三はそれでも油断はしなかった。まあ元より闘争に関する事で、歳三が油断をするという事はまずないのだが…。


 阿修羅・モンスターは残る二腕をクロス・アームブロックに構え、追撃に備えた。


 着地した歳三はそれを見てパシン、と両の掌を合わせる。


 歳三はクロス・アームブロックがどれ程強固な防御の構えかを知っている。ボクシングの漫画で読んで学んだのだ。ゆえに、ガードの上から無理やり叩き潰すという愚行を取るのではなく、ガードの隙間を抜く事を選んだ。


 これで殺害すると見た目最悪な殺し方になってしまうのだが、歳三は考慮しない。これは彼が残虐だからではなく、戦闘に於いては非常に合理的な戦術思考を取るためである。


 ただ、その戦術思考は大きな穴があった。


 自分自身の戦力計算の精度がクソだという穴があるのだ。


 歳三は自分の力ならどのくらいの事が出来て…などとは考えない。どんな戦術を取ればより痛撃を与えられるかという視点でしか考えていない。


 ガードが硬い、しかし隙間はある。


 歳三のポンコツ戦術思考が選んだのは、即ち、諸手突きであった。


 歳三の諸手突きが阿修羅・モンスターのガードの隙間から覗く胸部に突き刺さり、聞いているだけで気が狂う様な恐ろしい絶叫があがる。


 歳三はそのまま両掌を外へ広げ…結句、阿修羅・モンスターは胸部から真っ二つに引き裂かれてしまった。


 ドス黒い血に両手を染め、阿修羅・モンスターの死骸の前で佇む歳三に、さしもの摩風も声をかけられない。


 ──こいつ、ちょっとヤバすぎじゃろ…


 そんな事を思いながら、腕を組んで観戦していた凶津 蛮を見る。


 この二人は面識があるのだ。


 ◆


 残虐・冷酷・無情!


 凶津 蛮による歳三評である。


 敵と見れば例え嘗ての仲間であろうと躊躇なく殺害し、あまつさえその素材を剥ぎ取ろうとし、戦闘に於いては圧倒的な実力差がありながらも嬲り殺す様な真似を取るというのは、歳三という男が正真正銘のキリング・マシーンであるからだろうと考えた。


「探索者協会もとんだ狂犬を飼ってやがる。例の計画といい、探索者協会はやりたい放題やってやがるな」


 例の計画とはゐ号計画(説明回:ゐ号計画書参照)と呼ばれる政府・桜花征機・探索者協会の三者によるちょっととても人道的とは言えない計画だ。


 この国にとって不利益な者の人格を洗浄し、抽出し、調整した上で電脳に投射する。するとどうなるかといえば、人としての可能性を保持した機械兵が出来上がるのだ。国にとって都合の良い人格を備えた機械兵はダンジョンの干渉により恩恵を受け、より大きく国家へ貢献してくれるだろう。


 これは既に実用化が目前に迫っていた。


 ただ、その非人道的な側面から全ての関係者が賛同しているというわけではない。中でも探索者協会会長は強い反発を見せているが、勢力多数を誇る副会長派がゐ号計画に賛同し、結局協会は消極的賛成という立場を取っている。


 この辺りの事情を凶津 蛮が知るのは、彼にも彼なりの情報ルートがあるからだ。未開の地のバーバリアンにしか見えない彼ではあるが、知的な側面も有している。


 ──本来ならあんな野郎と共闘するのは御免だ。だが、アレは俺の手には余る代物なのも事実…


 蛮が険しい表情を浮かべて黒い繭を睨みつけた。


 繭はまた一回り、大きく膨れ上がっている様に見える。


 蟲たちは繭を取り囲み、まるで儀式か何かでもしているようだ。


 ──蟲の王


 蛮は不意にそんな事を思った。


 ◆


 黒い繭の中では、かつては旭 道元と呼ばれていた老人が眠っていた。


 昏い夢の中、彼の心は溶け、肉体もまた溶ける。


 命に対する根源的な欲求が、彼の心を支配していく。


 ──死にたくない、老いたくない


 人として、これを願わない者はむしろ少数だろう。


 しかし多くの者は最終的には妥協していく。


 だが道元には妥協できなかった。


 だから、"問いかけ"に答えたのだ。


 この場がダンジョンと化す瞬間、無限に引き延ばされた一瞬の中で道元は確かに声を聞いた。


 あの男、道元に今回の計画を持ちかけた男の声ではない。


 もっと深く遠い所から、そして蠱惑的で、抗いがたいあの声。


 道元は意識を失う直前、それこそがダンジョンの声だと考えた。



サバサバ冒険者の2話が昼頃公開されました。ニコニコ静画とかコミックウォーカーとか。

よろしくお願いします

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まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
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