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しょうもなおじさん、ダンジョンに行く  作者: 埴輪庭


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魔胎⑧~半月~

在りし日のドス・花柳8段

挿絵(By みてみん)

 ◆


 阿修羅の如き三面六臂のモンスターから絶え間なく放たれる拳打の前に、高野グループが誇る阿闍梨級の武僧と言えども無傷では居られなかった。


 逸らし損ねた拳が左腕を砕くのを感得しながらも、摩風は折れた腕を胸の前に構え…


 ──怨


 摩風の両手が不動明王印を組む。


 ──ノウマク サンマンダ バサラ ダンカン


 すると、事前にセットアップされていた人体発火を誘発する(PSI能力)が発動し、阿修羅・モンスターの顔の一つが激しく燃え上がった。


 摩風は阿修羅・モンスターの精神の一部に干渉し、モンスター自身の意志で細胞を激しく振動させ、その摩擦により発火させたのだ。


 高野グループは真言密教の神仏の秘儀を扱うとされてはいるが、実際の所はやや異なり、印か真言をトリガーに事前に複雑に設定したPSI能力を起動している。勿論それは高野グループの公式発表による所ではないのだが…。


 複雑に設定した、というのは例えば発火現象を引き起こすにせよ、発火に至るまでには多くのアプローチが存在する。一般的には大気中の塵などを火種として発火させるというのがスタンダードなアプローチだが、アメリカ最大の発火能力者であるキャリエル・ブラックなどは情念で燃え盛る自身の精神世界を現実世界に重ねるという離れ業をやってのけると言う。


 そして、高野坊主の扱う不動明王火焔呪と呼ばれる発火能力は細胞の振動による発火であった。


 ・

 ・

 ・


「凄いな、あのおじいさんは。神様の加護って奴なのか…?」


 歳三がキッズめいた声色で呟く。


 凶津 蛮はゆっくりと首を振って否定した。


「いいや、あれは超能力って奴だ」


 それに対し、"え、でも御坊さんが何か唱えてるじゃん"と言いたげな歳三。


 歳三は良くも悪くも形から入るタチなので、お坊さんが何か唱えて火がボウボウと出たら、それは超能力じゃなくて神パワーかなにかだと信じ込んでしまうのだ。胡散臭い占い詐欺に引っかかっただけの事はあるピュアっぷりであった。


「連中の得意技だぜ。どこをどう燃やすか、どのくらい精神力をこめるかっていう意味付けをあの手振りと真言にあらかじめ設定しているんだ。例えばおっさん、アンタは野球は好きかい?…そうか、なら話がはええな。球を打つ時に打者はただ打つだけじゃねえだろ?きちんとした構え、きちんとした足の位置、腰の捻り、色々とあるはずだ。そういうのを"スイング"って言葉に全部詰め込んでいる。だから野球選手によ、スイングしろっていったらそういう複雑な動作を一呼吸でやってのける。そういうのと同じだよ」


 余り理解できなかった歳三は、そうなんだな、と要領を得ない相槌を打って老僧と阿修羅・モンスターの交戦をみやった。


 両者は激しく拳打の応酬を繰り広げながらも、一階席から二階席、二階席から三階席へとダイナミックに移動をしている。それをみて歳三はノラゴンボールという子供向けのアニメの戦闘シーンみたいだなと小学生並みの感想を抱いた。


「どうだい、助けにいかねえのか?爺さん苦戦してるみたいだぜ。俺が見る限り、あの均衡はすぐに崩れるな。爺さんのスタミナが大分落ちてる」


 蛮としては歳三の手札をもっと見たいのだ。だからけしかける。


 蛮が顎をしゃくると、歳三は頷き、その場を後にした。


 ◆


 決して表情には見せないものの、高野坊主・摩風のスタミナは底が見えていた。精神干渉による発火は細胞それ自体を発火させるため、対象の性質に関わらず発火させる事が可能だが、術者の疲労も尋常のものではない。


 摩風は疲労の極みに達しながらも、阿修羅モンスターの激しい嵐のような攻撃から身を守り続けていた。


 怪物の六つの腕は、止まることなく猛烈な拳を摩風へと繰り出し続ける。


 この連打はこのモンスターがドス・花柳という空手家であった頃の名残だ。


 脳から自在に興奮物質を分泌させる事で身体能力を高める邪拳の使い手であったドス・花柳だが、彼はとどまることを知らぬ嵐の様な乱打を得意としていた。脳内麻薬でしこたまラリって、その勢いで自分か相手がぶっ壊れるまで連打し続けるのだ。


 この男も弾間 竜の様に自らの意志でモンスターとなった口だが、日々に飽いて未知を求めてモンスターと化した竜とは違い、ドス・花柳は流されただけだ。エピキュリアンを自称する彼らしい末路と言える。


 摩風の動きは少しずつ鈍くなり、彼の呼吸は荒く激しいものに変わっていくが、僅かにでも息をつけばその瞬間ミンチにされてしまうだろうことが摩風にはよくわかっていた。


「「「ぎもぢイイナァッ!!!ギモヂイイイイイイ!!!」」」


 摩風を殴りつけるたびに阿修羅・モンスターの外見はより人外のそれへと変容していく。


 同時に、焼き払われた頭部の一つも既に治癒してしまっていた。


 更には筋肉が異形めいて盛り上がり、頭部には複眼が生成され、もはや……


 ──怪物めッ!


 摩風は眼光鋭く阿修羅・モンスターを睨みつけるがそんなものは何の威嚇にもならない。


 ──あやつらは一体何を…儂一人では抑えられんぞ


 そう思う摩風だが、視線を逸らす余裕もない。


 阿修羅・モンスターは六腕に(リキ)を滾らせ、哀れな老僧をミンチ肉にすべく最期のラッシュをかけようと身構え、ふと老僧の背後へと視線を移した。


 摩風は轟、と後方から風が吹き付けてきた感覚を覚え──…


 しゃあッ!


 変な掛け声の、その次の瞬間。

 阿修羅・モンスターの向かって左の頭に歳三の膝が突き刺さり、異形の頭部が一つ、爆散した。


 両の脚に力を溜め、爆発的な勢いで前方に跳躍し、腰と胴の捻りからくり出す変則的な飛び膝蹴り、"半月落とし"だ。


 歳三曰く、この技は半月板でもって敵の頭を叩き潰すという威勢の良い技なのだが、歳三が想像している箇所は半月板ではなく膝蓋骨である。ただその辺の事は歳三には学がないため分からないし、誰も歳三にその辺の事を指摘してくれる者などいない。だから歳三はいまでも膝蓋骨を半月板だと思っている。

ドス・花柳8段、近影

挿絵(By みてみん)

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まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
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