表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しょうもなおじさん、ダンジョンに行く  作者: 埴輪庭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

131/280

きょくしんまつり⑥~春風~

 ■


 李は血で染まり、斃れ伏して動かない。

 ただ、胸部は荒く上下している事から死んではいない様だった。しかし怪我は酷い。


 特に左腕部だ。左前腕部から首元にかけての皮膚、肉がズタズタに引き裂かれていた。


 歳三はそんな李に向かって小走りに駆け寄り、ほっと一息ついた。腕が千切れていなかった為である。


 歳三は腰のポーチから治療キットを取り出した。同時に飛来する(クナイみたいなヤツ)が歳三の手の甲に当たり、金属音を立てながら地面に落ちる。


 む、とでも言いたげに黑 百蓮の眉が顰められた。


 協会謹製の治療キットは注射器によって患部へナノマシンを注入し、傷を癒す。効果に応じて幾つかの種類が販売されているが、歳三が取り出したものは上から三番目のものだ。値段も張る。その治癒能力は大したもので、部位そのものが無くなってしまっていない限りは概ね治ると思って良い。


 勿論これほどの治癒能力と引き換えにするものがあるにはあるが、常用さえしなければ問題はない。


「しっかしまァ……なんでこんな事に……」


 そう言った歳三は次瞬、にやりと不敵な笑みを浮かべた。悪辣で狡猾なウルフを思わせる(と本人は思ってる)表情である。


「ははぁん……立ち合いですかい? 随分酷くやられちまいましたね、武道家……武術家? ともなると……あるんでしょうがね、色々と。でも李の旦那も考えなきゃあ駄目だぜ。2日後に大会なんだからよ、大怪我なんてのはだめだよ」


 若者三人……いや、二人組はそんな事をべしゃる歳三の事を宇宙人を見る目でみていた。陽キャだけは"ああなるほど"というツラをしている。彼の知能レベルは歳三とどっこいなのかも知れない。


 ドス、ドス、と2箇所。歳三は雑に李の首元と腕に注射器をぶちこみ、ナノマシンを注入していった。


「まあこのくらいならすぐ元気になりますぜ。この薬は結構高くてね、あんまり使いたくはなかったんですが、李の旦那とは一緒に呑んだ仲だからなァ」


 その時、"あの"というか細い声が歳三の傍らから聞こえた。顔を向けると、そこにはスポーツ女が立っていた。顔色は青く、明らかに血流不全なその様子に根がニブチンである歳三も心配になる。


「どうした……ましたか、ええと……」


音斑(おとむら)(ひびき)です」


 ひびきさんね、と歳三が記憶しようとすると、発砲音。歳三の頭がかくんと後方へ軽く傾ぐ。


 弾かれた様に響が音の方向を見ると、自分達を取り囲む襲撃者の一人が銃を構えていた。


 大きく、太い。

 明らかに人に向けるものではなかった。


「さっ……!!」


 スポーツ女こと音斑(おとむら)(ひびき)が声をあげると、歳三は頭の位置を元へ戻して黑 百蓮達を見る。


 ぎょっとしたのは歳三と黑 百蓮以外の全ての者達だ。インド象を一撃で殺す大口径弾を頭部に受けて、傷一つ負わないというのは尋常な事ではない。


 黑 百蓮は思う。

 妹を殺した男が銃如きで死んでは興冷めだ、と。


 真に手強い相手は飛び道具などという(アマ)(ヤワ)なモノでは斃せない。


 それを彼女も良く知っていた。



 ・

 ・

 ・


 ──もしかして


 と歳三は思う。


 ──もしかして、この人たちは


 ──もしかして、()()()()は"敵"なのか? 


 ──"これ"は武術家同士の果たし合いとかではなくて……俺たちは襲われてるのか? 


 ・

 ・

 ・


 そう、歳三は今の今まで、黑 百蓮らが"襲撃者"だと認識していなかった。これは歳三がIQ5以下のド低能だからという訳ではない。歳三も常ならばもう少し早く気付く。


 しかし空手大会に向けて学びを得る為、多くの漫画、アニメを見たのがいけなかった。


 彼の見た作品の多くでは、格闘家、武術家達はそこかしこで"果し合い"みたいなことをしていたのだ。それは殺し合いとかそういうものではなく、もっとこう尊い……陳腐な言い方をすれば"武を競う"というようなものだった。


 だから李と黑 百蓮の戦闘ももっとピュアな動機で行われているとおもったのだ。"果し合い"であるなら、場合によっては敗者は死亡することもあるだろう、しかしそれはそれで仕方ない……歳三はそう理解している。


 だから李の敗北が決定的となった今、襲撃者たちは健闘を讃えて去っていく筈……少なくとも歳三はそう考えていた。


 無論これは完璧に狂った価値観なのだが、モンスターとの殺し合いを"粗っぽいながらも純粋な意志と意志の交歓"というように捉えている彼の中では極々普通の価値観である。


 ■


 悪い事をしたな、と歳三は思った。


 もし敵であるなら、随分失礼な事をしてしまったと反省した。彼にとって戦闘とはある種尊いものだったので、ふざけた態度で臨戦するというのは食事中に屁をこくようなものだ。


「音斑さん。李さんを頼む……みます。あー……やあ! 敵かい?」


 響が頷くのを待たず、歳三は唐突に襲撃者たちに声をかけた。カジュアルで溌剌とした声だ。彼にとって人間関係とは同僚とのそれよりも敵とのそれの方が気軽なのだ。


 これは一応確認を取ろうという歳三の配慮である。キャンピングカーを破壊されてるのだから当然敵なのだが……


 ──間違いで殺したくないし、殺されたくもねぇよな


 歳三の問いかけが通じたかどうか。

 だが答えに似たものは返ってきた。


 幽麗な顔つきの黑 百蓮が伸ばす、白く細い繊手という形で。


 ゆらり、ゆるりとした動きはまるで早春に吹く柔らかい春風に似ている。殺気は欠片も籠められていない。


 これが肝で、達人であればあるほどに彼女の遅々とした動きに危機感を抱く事が出来ないのだ。なぜならば達人は"意"を察知し、対応するものだからである。


 彼女の所作は自然体に過ぎた。


 春、柔らかくあたたかい微風が肌を撫でるのを防ごうと思う者がいるだろうか? 風の羽が頬に触れても気にも留めないであろう。


 害する事を目的とした行動に、肝心の意を籠めない。これはまさしく達人の所業である。


 ・

 ・

 ・


 歳三は中年男性のくせに小首を傾げた。それが攻撃かどうかよくわからなかったのだ。


 例えるならば、拳が飛んでくるかと思えば風船が飛んできたに等しい。そして人間は誰にしもよくわからないモノが差し出されたらそれを確認しようとしてしまう。


 歳三の腕に黑 百蓮の指がツ、と触れた。


『抓到你了』

(つかまえた)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20250508現在、最近書いたやつ


最新異世界恋愛。ただテンプレは若干外して、父親を裏主人公としました。裏ではヤクザみたいなことしてるパパ。
完結済『毒蛇の巣』


先日、こちら完結しました。47歳となるおじさんはしょうもないおじさんだ。でもおじさんはしょうもなくないおじさんになりたかった。過日の過ちを認め、社会に再び居場所を作るべく努力する。
しょうもなおじさん、ダンジョンに行く



女の子、二人。お互いに抱くのは好きという気持ち。でもその形は互いに少し違っていて
完結済『好きのカタチ』

男は似非霊能力者のはずなのに、なぜかバンバン除霊を成功させてしまう
完結済 GHOST FAKER~似非霊能者なのに何故か除霊してしまう男~

他の連載作


現代ダンジョンもの。もなおじは余りメインキャラが死なないが、こちらはバシバシ死ぬ
【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】

愛する母に格好いい姿を見せたいがために努力を重ねた天才──悪役令息ハインのマザコン無双伝
悪役令息はママがちゅき

戦場の空に描かれた死の円に、青年は過日の思い出を見る。その瞬間、青年の心に火が点った
相死の円、相愛の環(短編恋愛)

過労死寸前の青年はなぜか死なない。ナニカに護られているからだ…
しんどい君(短編ホラー)

夜更かし癖が治らない少年は母親からこんな話を聞いた。それ以来奇妙な夢を見る
おおめだま(短編ホラー)

街灯が少ない田舎町に引っ越してきた少女。夜道で色々なモノに出遭う
おくらいさん(短編ホラー)

彼は彼女を護ると約束した
約束(短編ホラー)

ニコニコ静画・コミックウォーカーなどでコミカライズ連載中。無料なのでぜひ。ダークファンタジー風味のハイファン。術師の青年が大陸を旅する
イマドキのサバサバ冒険者

前世で過労死した青年のハートは完全にブレイクした。100円ライターの様に使い捨てられくたばるのはもうごめんだ。今世では必要とされ、惜しまれながら"死にたい"
Memento Mori~希死念慮冒険者の死に場所探し~

SF日常系。「君」はろくでなしのクソッタレだ。しかしなぜか憎めない。借金のカタに危険なサイバネ手術を受け、惑星調査で金を稼ぐ
★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)

ハイファン中編。完結済み。"酔いどれ騎士" サイラスは亡国の騎士だ。大切なモノは全て失った。護るべき国は無く、守るべき家族も亡い。そんな彼はある時、やはり自身と同じ様に全てを失った少女と出会う。
継ぐ人

ハイファン、ウィザードリィ風。ダンジョンに「君」の人生がある
ダンジョン仕草

ローファン、バトルホラー。鈴木よしおは霊能者である。怒りこそがよしおの除霊の根源である。そして彼が怒りを忘れる事は決してない。なぜなら彼の元妻は既に浮気相手の子供を出産しているからだ。しかも浮気相手は彼が信頼していた元上司であった。よしおは怒り続ける。「――憎い、憎い、憎い。愛していた元妻が、信頼していた元上司が。そしてなによりも愛と信頼を不変のものだと盲目に信じ込んで、それらを磨き上げる事を怠った自分自身が」
鈴木よしお地獄道



まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
歳三、お前絶対に松尾象山だろ
[一言] 敵認定されていない今が最大のチャンスだったのに腕か 腕に攻撃してもIQ5のおじさんは殺せないよ
[一言] 「それが攻撃かどうかよくわからなかったのだ。」 そういうふうに感じさせる技巧、のはずなんだけど、歳三にとっては実際にその通りの可能性がありそうだと思うのはこちらの感覚が狂っているのだろうか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ