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続・残念だったな。うちの婚約者はそんなことしない。  作者: 雪椿
影で踊る月隠 ★残酷描写あり
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 ここでセレスティアが新たな写真を手に取った。そこにはコージャイサンの腕の中で花のような可憐な笑みを浮かべるイザンバの姿がある。


「こういう表情を向けてもらえているという事は、今はちゃんと守れているようね」


「苦しい思いをさせましたが(おおむ)ねは。それに今回の件に関してはザナにも対抗手段がありますから」


 いつかのにがい思い出を引き合いに出され、コージャイサンの眉間に少しばかり皺がよる。

 対抗手段と聞いてセレスティアが取り出したのはイニシャルが刺繍されたお守りだ。


「そうね。このお守りも——自分にできる事を考えたのでしょうね」


「すまないな。お前は寝ていたから先に俺たちが貰ってしまった」


「良かったですね」


 同じくお守りを取り出したゴットフリートだが、息子の反応は淡々としている。

 それは彼が思い描いていた反応とは違ったようだ。


「なんだ、いやにあっさりしているな。また庭で手合わせが必要かと思ったんだが」


 どんな変化があったのかとゴットフリートは面白そうに目を細めた。

 しかし、庭と聞いてセレスティアの麗しい顔が顰められる。


「やめてちょうだい。あなた達が庭を荒らすたびにトムから希少な苗木を求められるんだから」


「ハハッ。トム爺さん、ちゃっかりしてんなぁ」


「お前が言うな」


 誰よりもちゃっかりしている従者に素知らぬ顔でコージャイサンがツッコミを入れるが、うんざりしたような母の言葉の一端を担っているのは彼自身である。

 さて、コージャイサンのあっさりとした態度の答えは至極単純なものだ。


「俺も貰いましたから」


 それも特別仕様なのだから機嫌が悪くなるはずもない。

 満足そうに口角を上げる息子に夫妻は視線を合わせると優しく微笑んだ。

 ふと、思い出したようにセレスティアが口を開く。


「そう言えば、差し入れもこの前の訓練公開日で初めて貰ったんでしょう?」


「ああ。とても嬉しそうだったと皆が報告してきたくらいだ」


「じゃあ、その時の写真も飾ろうかしら! あの日もいい写真が沢山あるのよ! それにお茶会で今一番の話題を知らない者がいたら可哀想じゃない」


 楽しそうに弾む声は親切心から——なんて事はなく。とにかく見せつけたい一心が分かりやすく表面化している。

 そして、そんな妻の姿にゴットフリートはといえば……。


「それはいい。いっそ画廊(ギャラリー)を作ろうか」


 それもまた一興とでも言うように返すのだからどうにもタチが悪い。

 夫の言葉にセレスティアの楽しそうな視線が写真に向く。このままではまた写真を見てあれやこれやと言い出しかねない、とコージャイサンが先手を打った。彼だって年頃。これ以上母親から小言を貰いたくないのだ。


「イルシー、片付けろ」


「御意。つか、画廊(ギャラリー)ってどんだけ飾る気だよ。そんなに飾ったらさすがに撮影機についてツッコまれんじゃね?」


「ツッコんできたところで情報をくれてやるほど母が親切だと思うか?」


「……出過ぎた事を申しました」


 素早く写真を回しながら素朴な疑問が口をついたイルシーだが、コージャイサンの言葉にすぐさま撤回をした。

 なにせお茶会のホストは王妹であり公爵夫人だ。

 そんな彼女に根掘り葉掘り質問したところで機嫌を損ねては次の機会をなくすだけのこと。

 扇で隠された顔貌、その面の皮一枚下に隠された本音を暴ける者は客の中にはいない。

 セレスティアは話したくない事はただにっこりと微笑むだけでいい。それだけで人を黙らせる地位も威圧感もあるのだから。


「それにしても……せっかくコージーが宣言したのに他国の手先に堕ちる愚か者が居るなんて……」


 一転して不満をこぼすセレスティアが対面していた夫の元へとその足を動かした。


「ねぇ、ゲッツ」


「ん?」


 愛称を呼びながら彼女は椅子に座るゴットフリートに背後から抱きついた。しなやかな指でするりと頬で撫でた後、そっと耳元へと口を寄せる。


「私は誰にも邪魔立てされずに、そして憂いもなく二人の門出を祝いたいの。だから——……」


 色香を漂わせた眼差しを交わした二人。セレスティアは碧眼をうっとりと滲ませ、それでいて無邪気な声で夫に強請(ねだ)った。


「あの国、()ってきて」


「いいとも」


「いや、軽っ!」


 神秘的な灰色の瞳にとろけるような甘さを羽織り即答したゴットフリートに思わずイルシーからのツッコミが入る。なにせ軽いも軽い。フワッフワだ。

 しかし、ツッコまれた本人は当然とでも言うようにニヤリと笑ってみせるではないか。


「ティアの望みだからな」


「…………奥方のおねだりで一国落とすのかよ」


 コージャイサンが選んだのが小心者のイザンバで良かったと、イルシーは心底思った。おねだりのレベルが違いすぎるのだから。

 元王女らしい高飛車さ、防衛局長の豪胆さに慄いていると、ここでまさかの追撃をコージャイサンが発した。


「よくある事だ」


「え゛っ⁉︎」


 イルシーは頬を引き攣らせながらも瞬時にここ二十年のお国事情を脳内で巡らせた。目の前で悠然と構える人物(ゴットフリート)にその実力がある事を知るからだ。

 そんな彼に向かってコージャイサンが不敵な笑みを浮かべるものだから、背筋に冷たい汗が流れる。


「冗談はさておき」


「冗談かよ! 分かりにくいわ!」


「防衛局は初めからそのつもりで進めている」


 しかし、すっかりクールな表情に戻ったコージャイサンはそんな従者の心には我関せず。けろりとそう言ってのけるのだから大概である。

 ボケるならもっとあからさまにボケてほしい、とイルシーは思う。対面でクスクスと笑う夫妻に彼の口は何とも言えない感情を噛み潰した。


『ここからは我々オジサンに任せなさい』


 そんなゴットフリートの言葉の真意——防衛局は北側の国を制圧する。


「諜報部からの報告も上がっている。国盗りを企んだのも飢饉によって内乱が起こる寸前まで追い詰められたからだ。麻薬で腹は膨れないからね。馬鹿げた話を押し通せると考えたのも彼ら自身が正常な判断が出来ないからだ」


 統治する頭も力もない無能だ、とゴットフリートは他国の首脳陣を切り捨てた。

 そして、凄みのある笑みを形作る。それはまるでハイエ王国に手を出してきた事を後悔させてやる、とでも言うようで。


「国盗りがどう言うものか、見せてやろうじゃないか」


 ——見せつけられた強者の覇気

 ——覚えのある射抜かれた感覚


「さすが——……っ」


 短い息を吐き、思い返される邂逅にイルシーは体を震わせた。もはや一国が地図から消えるのも時間の問題だ。

 そこへコージャイサンが一冊の本を机の上に置いた。


「父上、これを。ザナから譲り受けました。反魂の術式について書かれています」


 開かれたページからさらにパラパラと捲ったゴットフリートが感心したように声を出した。


「古代ムスクル語で書かれているが、まさか……これを読んでいたのか?」


「そうです」


「へぇ。本当に——おもしろい子だ」


 愉悦の混ざった声には婚約当初の思惑よりもずっといい結果をもたらしてくれた伯爵令嬢への賞賛が含まれる。

 ところが心底不思議そうなセレスティアの声が割って入った。


「ねぇ。あの子、次は考古学者でも目指すつもりなの?」


 狭く深く偏った知識を持つイザンバだが勉学において優秀なわけではない。それなのに、古語を読み解いていると言うのだから一体どこを目指しているのかと彼女も心配になるのだろう。

 母の言葉にコージャイサンは首を振る。


「それはないです。古代語が読めるようになるのは面白いとは言ってましたがあくまで趣味の範囲です」


「趣味」


 つい真顔で返したセレスティアだが、そう深く考えないでほしい。ただ彼女がお茶会で聞く一般的な趣味よりもだいぶ偏っていて、専門的で、難解なだけである。

 コージャイサンはさして気にした様子もなく言葉を続ける。


「ザナに古の術式を使えるほどの魔力もない。その本も禁書や魔導書ではなく当時の日記ですから」


「コージャイサン様が魔導研究部に入ったきっかけが古の術式だと聞いて、そこから興味を持って自分で調べ始めただけみたいだせぇ」


 軽く肩をすくめながらイルシーが見聞きした事実を語れば、セレスティアはしっかりと食いついた。


「まぁ! つまりコージーの好きなものに興味を持ったのね! これは一大事だわ!」


「ああ。今晩は秘蔵の酒を開けようか」


「それは結婚式の日に呑むのよ! でも、別のものを開けましょう。料理長に(さかな)を用意させるわ」


「頼んだよ、ティア」


 夫妻はすっかり祝杯を上げる気で、どうやら一足先にセレスティアがこの場を離れるようだ。


「それじゃあ、私は先に部屋に戻っているわね」


「分かった。——また後で」


「ええ」


 ゴットフリートの甘やかな眼差しと艶を含んだ低音に引き寄せられるように、セレスティアは夫の唇に軽くキスを落とす。名残り惜しむような愛慕溢れる碧眼も去るための一歩が踏み出されると共に鳴りを潜めるのだから、これぞ淑女の仮面の真骨頂。

 そして彼女は通り抜けざま、息子に勝ち気な笑みを向けてこう言った。


「いい報告を待っているわ」


「楽しみにしていてください」


 ——それはどっちについてだ?


 なんて余計な口出しは今度こそ飲み込んで、従者は静かに頭を下げると公爵夫人を見送った。

 扉が閉まると、頭を起こした彼は胸をさする。


「あっちもこっちも……胸焼けするっての」


「俺はあそこまでしてない」


「『今日は』だろぉ。どうせその内すんだって」


「出来ると思うのか?」


 驚いたように言うがコージャイサンのその問い掛けはつくづく返答に困るもので。


「あー……慣らしゃ出来んじゃね? ………………多分」


 イルシーが言葉尻を濁した。なにせ相手はあのイザンバだ。キスマークを付けただけでご立腹なのだから、人前でキスだなんてとてもとても……。

 揃って肩をすくめる二人にゴットフリートが忍び笑う。


「ティアは常に人の目がある環境にいたから見られることに抵抗がない。羨ましいか?」


「別に。ザナの可愛いところは俺だけが知っていればいいので」


「言うようになったじゃないか」


 さらりと惚気る息子に父の笑みは一層深まって。

 しかしコージャイサンは父の笑みを意に介さず、そんな事より、と話題を変える。


「この本で分かったことですが、反魂の術式は特別魔力量が多くなくても使えます」


「なに?」


「足りない分は他者の魔力を吸収して補ったそうです。生け贄とは別に。この本の場合だと結果として村一つがなくなっています」


「その手段であれば誰でも出来るという事か……——危ういな。対策を急ぐか」


 他にもやり方があると言うのであれば、コージャイサンが敵の手中に落ちていなくても楽観視は出来ない。もしも、その手段を用いられれば生贄以外にも無作為に多くの人が被害にあう。

 表情が険しくなったゴットフリートにコージャイサンが願いでる。


「すぐにコイツを『商人』の元に向かわせます。が……それとは別に至急魔術師団にして欲しいことがあります」


「何をさせるつもりだ?」


 それは防衛局長としての問い。対策として有用ならば聞いてやる、と灰色の瞳が挑発する。


「他者の魔力を吸収する術式には範囲指定があります。そこを押さえ、同じ範囲を一気に結界で囲い浄化します。そのために、魔力を増幅・拡散させる術式を補助具として用意していただきたい」


「補助具、ね。魔導研究部では間に合わないか?」


「時間がありません。なにより必要なものが違います」


 翡翠に強い意志を込めて成したいことを告げるコージャイサンにゴットフリートは息を吐いた。それはどこか呆れたような、それでいて面白がるようで。


「これは魔術師団に徹夜仕事をさせる事になるな。よし、レオナルドから搾り取ろう」


「それなら謹慎が解けた息子の方も魔力量には自信があると言っているので使えばいいのでは?」


「それはいい案だが、アレは別に使う予定だ」


 それは薄情な程に効率的で、有無を言わせない為政者の顔。情ばかりを優先させては国は守れない。

 そうでなくてもどのみちレオナルドには魔術師団長として負わねばならない責任がある。


「魔術師団が動けない分、魔導研究部にも頑張ってもらわないとな」


「……あの人たちがまともに動くとは思えないんですが」


 眉を顰めた息子にゴットフリートは吹き出した。コージャイサンが言えた事ではないが集中すると時間を忘れるのは皆同じだ。


「動くさ」


 例えば変人奇人と言われようとも、彼らは防衛局の一員だ。鶴の一声がかかれば動かざるを得ない。


「局内で分かった事だが、反魂の術式に必要な生贄の数は死後年数が経つほどその数が増す。初代王妃を復活させようものなら魔力補填を抜きにしても村一つでは足りないな」


 では、どこならば足りるのか。

 呪いも随分撒いたようだし、と語るゴットフリートは危機が迫っていると言うのに楽しげだ。

 コージャイサンも同じく笑みを返す。


「そのために用意をしてほしいんですよ。指示をお願いします」


「いいだろう。『商人』に関してはお前たちが見つけた獲物だ。しっかりとトドメを刺せよ、コージー」


「心得ております」


 笑い合う父子の望みは平穏な日常。決定された未来に主人に倣いイルシーもそっと頭を垂れた。

活動報告にセレスティアの苦言の庭荒らしの小話をアップ予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] もうこれはお母様ラスボスなのでは こんなお母様に気に入られているザナはもう無敵ですね でもコージャインサン様自分だけが知ってれ良いと言っていますがイチャイチャはしたいんですよね✨
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