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夢舞台、舞台袖

 イザンバが注目した先、テラスの入り口に気まずそうな表情をした男性が一人居る。

 彼はイザンバと目が合うと、バツが悪そうな表情で片手を上げた。コージャイサンもその姿を認めると、彼をテラスへと招き入れる。


「全く、貴方たちは相変わらずだな」


 乱入者は金髪碧眼に美しい顔立ちで、白の衣装を着こなすその姿は絵に描いたような王子様だ。いや、ケヤンマヌ・ヴォン・バイエは正真正銘の王子である。


「王宮でこんなに堂々と防音魔法を使うなんてコージーくらいじゃないか? 報告に来た影も驚いていたぞ」


 コージャイサンへ気さくに話しかけた。『報告』と聞いて驚いたのはイザンバだ。いくらコージャイサンが気を遣ってくれたからと言っても、王宮での魔法使用はやはりご法度だったのかと己の甘さを悔いる。

 だが、コージャイサンは何も気にしていない。


「それは何より。報告があったと言うことはちゃんと影たちが仕事をしてる証拠じゃないか」


「いや、まぁ、そうだが。普通はしないからな」


 なにせ使用場所がテラスということで、疚しさも隠れる気も無い。そんなコージャイサンのあっけらかんとした返答に毒気を抜かれると、二人はそのまま「久しぶり」と握手を交わした。


「イザンバ嬢も久しいな。以前と変わらぬ平凡さで安心したよ」


「初っぱなから喧嘩売ってますね。買いますよ」


 売り言葉に買い言葉。言ってから「しまった」と慌てるイザンバにコージャイサンとケヤンマヌは顔を見合わせた。


「今更だろ」


「そうだな。私は貴女の本性を知っている。だから、淑女の仮面は外してくれて構わない」


 綺麗に笑みを浮かべキラキラエフェクトを放つ姿はさすがだ。腐っても王子。二倍になったエフェクトにイザンバの目が潰れそうだ。

 一人ダメージを負っているイザンバをよそにコージャイサンが話しかけた。


「どうしてここに?」


「そうですよ! 殿下は顔だけはいいんですから、あまり寄って来られるとコージー様の分と合わせて余計に御令嬢たちの視線が痛くなるんです!」


 素直に便乗したイザンバはこの場の顔面偏差値を上げられたことによる弊害を訴えた。そして、コージャイサンも煽る。


「ザナ、顔だけじゃない。血筋もあるぞ」


「そうでした!」


「あと、財力も」


「あー! ダメじゃないですか! やめてください今すぐお戻りください出口はあちらでっす!」


 顔だけ、血筋だけ、と鋭さを持った言葉が飛びかかる。


「……悪いがやっぱり淑女の仮面を付けてくれないか」


 外した途端になくなった遠慮に心を抉られ、ケヤンマヌは早々に涙目だ。イザンバも口を押さえているがそれこそ今更だ。


「少し話がしたくてな。しかし、こんな所で二人で籠っていたとはな。テラス付近で令嬢たちがソワソワとしていた訳だ」


 立ち直ったケヤンマヌはそう言うが、外野のことは特に気にしていなかった二人は揃って疑問符を浮かべる。


「卒業パーティーでコージーだけ婚約破棄を言い出さなかっただろう? 顔良し、家柄良し、実力有りに加えて誠実だときている。理想的だとかでまた株が上がっているぞ。そう言った類の連中とは会わなかったのか?」


 指摘された点について嫌そうな顔をするコージャイサンと悟り顔のイザンバ。因みにではあるが、昨日今日で始まった猛攻ではないので、どの出来事についてだか両者ともにさっぱり分からないらしい。

 大きく息をついて脳内から鬱陶しい面々を追い出すとコージャイサンが問うた。


「そっちはどうなんだ?」


「母上をはじめ、全員が教育者みたいだよ。窮屈だが、追放や処刑じゃなかっただけ良かったのかもしれない。王族としての生活しか知らないから、追放されていたらきっと早々に人生を終えていただろう」


 肩を竦めながらも現状を伝える。常に人の目がある厳しい環境だが、文句を言える立場ではない。放り出された自分がどうなるか、今のケヤンマヌは理解している。


「自分が幸せになることばかりを考えて他人の事なんて考えてもいなかった。……特に彼女のことは。公私共に迷惑しかかけてなかった」


「話したのか?」


「いいや。謝罪に赴いた時も私は会ってもらえなかったし、今日も父上への挨拶には来てくれたがそれだけだ」


 瞼を下ろし、ゆるく首を振るその姿は落胆を大きく表した。それもそうだろうな、とイザンバは凛と立つ背中に想いを馳せる。

 ケヤンマヌは自嘲すると、さらにその後の過ちを吐き出した。


(ゆる)されると思っていたんだ。私は一国の王子だし、彼女も王子妃として教育されてきた期間があるから、詫びの品を持って謝罪に出向いたらそれで終わるだろうと。だから会ってくれなかった時は何故だと憤ったよ」


 これには二人も呆れ返った。更に言えば、イザンバはその視線に『軽蔑』の感情を乗せている。

 あの直後によくもそのような思考になったものだと、その頭のおめでたさにコージャイサンが溜息をついた。


「お前、やっぱり馬鹿だな。それはあまりにも考えが甘すぎるだろう」


「どうせどこぞの誰かに吹き込まれたんじゃないですか? 吹き込んだ人は最低のクズですけど、鵜呑みにした殿下は単細胞のクズですね」


 イザンバはオブラートに包む労力を放棄した。容赦なく放たれる言葉が軽蔑という勢いを乗せてドンドン刺さっていく。


「ああ、そう言えば私は以前殿下に『浅ましい女だ』と言われましたが、殿下の自己中謝罪の方が余程浅ましいのではないですか?」


 時差式ブーメランのクリーンヒット! 膝から崩れ落ちたケヤンマヌはめそめそと続きを話す。


「うう、分かってるからぁ。皆まで言わないでくれ。その後すぐ、母上に扇で頬を殴られたんだ」


 そう聞いて二人は目を見開いた。予想通りの反応に王子は張られた頬を掻く。


『——彼女が会いたくないと言うのは当然のことです。貴方はそれだけのことをしたのですから。しかし、今改めて貴方の考えを理解しました。形だけの謝罪で終わらせるつもりなら容赦はしません。その性根、きっっっちり叩き直してあげましょう』


 淑女の仮面が鬼の面と入れ替わった瞬間だった。いつもは穏やかな王妃だが、怒髪天を衝く程の怒りは収めようがない。王妃は髪の毛を逆立たせ、息子を睨み付ける。握りしめた扇はその怒りに耐えきれずピシピシと悲鳴をあげた。

 流石の王も息子の馬鹿さ加減にフォローは出来ず、王妃の様子に震え上がったケヤンマヌは心がまたぼきぼきと折れたのだ。


「情けない話だが、母上に頬を殴られて初めて彼女が傷付いていたと思い至ったんだ。……アレは本当に怖かった」


 普段怒らない人が怒ると余計に怖い。思い出して震えているが、完全に自業自得で同情の余地はない。


「その後、父上たちは公爵と彼女と話しているんだが……」


「イスゴ公爵はなんて?」


「今はそっとしておいてほしい、と」


 公爵家として王家の謝罪を一旦受けはするが、父としては許し難い行為であっただろう。ケヤンマヌには応えるより他に術はなかった。


「なら関わろうとするな。お前が動くと碌なことにならないんだ」


「そうだな」


 コージャイサンの忠告に頷きはしたが、その表情はどこか物悲しさが漂う。人の傷や怒りに触れ、己の過ちに気付きはした。だが、まだどこか甘い考えが残っていそうだ。


「お前が信用を地に落としたのはお前のせいだ。あの状況下でお前が選んだことだ」


「ああ」


「まぁ、元々信頼関係は築けていなかったみたいだけどな。王子という身分や彼女の寛容さや優秀さに、お前が胡座をかいていただけなんだ」


 コージャイサンはまず事実を突きつけた。身も蓋もない言葉だが、王子に言い返せる要素はない。

 さぁ、ここからは釘いや極太の杭を打ち込もう。

 コージャイサンの纏うピリリとした空気にケヤンマヌの背筋が伸びた。


「勘違いをするな。終わりを決めるのはお前じゃない。赦しを乞う側が勝手に『これならいいだろう』と決めるな」


「はい!」


「この件に関してお前は加害者だ。狼藉者だ。犯罪者だ。自分勝手に動かず、彼女の意向を一番に考慮しろ」


「はい!」


「贖罪のために彼女が尽くしてくれていた国の(しもべ)となれ。一人で判断して動くな。自分に厳しい相手に監督を頼め。だが、俺には頼るな」


「なんで⁉︎」


「仕事以外の面倒は御免蒙(ごめんこうむ)る」


 ピシャリと言い放つ。絶対零度の眼に宿る圧は本物だ。そんなコージャイサンに恐る恐る尋ねた。


「なんでコージーはそんなに詳しいんだ?」


「ザナが本の虫だと言っただろう。読んだ本の感想や考察を聞いていたら大体想像がつくようになる。いつだったか恋愛小説を読んだ後にひどく怒っていたしな」


 そんなものあったっけ? とイザンバは中空を見る。すると思い当たるものがあったのだろう。パッと笑顔になると口を開いた。


「あの胸クソ展開のハーレム物ですね! あれはもう、主人公イチモツもげろ! ハーレム要員の……」


「淑女の仮面ー! 今すぐ戻ってきてー!」


 淑女にあるまじき発言にコージャイサンがその口を手で押さえ、ケヤンマヌは自分の耳を押さえながら大声で要請を出した。

 悪びれることなく舌を出すイザンバにコージャイサンは懐から取り出した仮面を渡すと、ケヤンマヌに向き直った。


「安心しろ。お前がまた道を誤ったら、その時はちゃんとトドメを刺してやる」


「そこは事前に進言するべきじゃないか?」


 クールに言い放つコージャイサンに肩を落とす。一方のイザンバは驚愕の表情で口に手を当てながらヨロヨロと後退して言葉を零した。


「……殿下、聞く耳をお持ちだったんですね」


「そうだな! 以前の私は持っていなかったな! 知っているよ!」


 ケヤンマヌは踏んだり蹴ったりだ。ただ、面倒と言いながらも、白い目で見ながらも、普通に話をしてくれる。彼にとってはそれだけで有り難い。


「恩に着る」


「気にするな。何かあったら先に王妃(伯母上)公爵夫人(うちの母)の雷が落ちるだろ」


「それはダメだ……母上だけでも怖いのにセレスティア叔母様まで加わったら本当にダメだ」


 ガタガタと震える姿の情けないこと。単細胞残念王子、とイザンバの中で格付けされた。


「そろそろ戻るよ。また連絡する」


「ああ。でも、来るのはやめてくれ。休日にお前の相手はしたくない」


「さっきから酷くないか⁉︎」


 休日を守る為に先手を打つコージャイサン。ツッコミに対して片眉を上げると、不敵に笑った。


「読まれて大丈夫な手紙の書き方くらいは出来るだろ?」


 挑発的な物言いにケヤンマヌもニヤリと口角を上げる。そして、堂々と言い返した。


「任せろ。それも復習中だ」


「んふっ! んん、失礼しました」


 イザンバの取り繕う様が苦笑を誘う。それじゃあ、とホールに戻ろうとしてケヤンマヌは一つ忠告をすることにした。


「ああ、そうだ。イチャつくならこんな開けたところじゃなくて部屋でするように。声が聞こえない分、特に女性たちがヤキモキしていたぞ」


 王子である彼ですらこの空間に割って入っていいものか悩んだのだ。イザンバが気付かなければそのまま立ち尽くしていただろう。

 言われた二人は顔を見合わせると首を傾げた。


「イチャつく?」


「誰と誰が?」


 この返答にケヤンマヌは盛大に舌打ちをした。諸々(もろもろ)がこもった大きな舌打ちであったが、言葉にするのは癪なので胸に収める。


「まぁいい。次確実に会えるとしたら二人の結婚式か。盛大に祝わせてもらうよ」


 話題と共に気分も切り替える。王と同じく結婚式を楽しみにしているのだろう。しかし、そこはこの二人。


「えー、なんか縁起悪そう」


 イザンバは少々心配そうに。


「ご縁を解消してるしな」


 コージャイサンは真顔で、バッサリと容赦ない言葉をケヤンマヌにぶつける。


「そんな事ないから! 貴方たちなら大丈夫だから! 呼んでくださいお願いします!」


 最後まで締まらない。どこか緩い空気のまま、二人は王子を見送った。



遠慮のない言葉でゲンコツ!

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