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飲酒の場面が続きますが、ヤケ酒は色々と危険ですので皆様が飲まれる際は出来れば程々にしてください。

正体をなくすまでの深酒、ダメ、絶対!

 すっかり騒がしさの戻った飲み会。相変わらず顔色一つ変えずに呑む従兄弟にケヤンマヌはそっと声を潜めて尋ねた。


「コージーは公爵家という立場なのにどうして兄弟がいないのかは知っているのか?」


「母から聞いた」


「そうか……」


 これといった感情も込めずに返すコージャイサンに王子は懺悔するように言葉を振り絞った。


「公爵夫妻は子どもの数を絞る事で争いを避けられた。恥ずかしい話だが、私は再教育を受けるまでその事を考えもしなかった」


 見た目、家柄、能力と全てに恵まれ、公爵の座を確約されている従兄弟。

 ケヤンマヌは生まれこそ王族だが、王太子の座にはすでに兄が就いている。兄の補佐として城に残る彼にとって優秀すぎる従兄弟の現状に嫉妬心を抱いた事は一度や二度ではない。


 だが、再教育で聞かされた話の中にオンヘイ公爵夫妻の子が一人しかいない理由があった。

 俯いた王子の耳に教師の声が木霊する。


『その昔、とある貴族に三人の兄弟がおりました……』


 それはいつだって起こり得る事で、王太子ではない王子というのは、狙う側にも、狙われる側にもなれる。

 ゼロとは言えない可能性に、自分たちが生まれる前の話だから無関係だと一蹴する事は——できなかった。

 グッと腹に力を入れた王子は真剣な顔つきで自分の考えを述べた。


「でも……私はコージーたちなら大丈夫だと思う」


「なんでそう思う?」


「上手く言えないが、二人のやり取りを見てたら大丈夫だろうなと。子どもだって似たように育ちそうだし。いや、お前に似たら厄介だからイザンバ嬢に……あ、ダメだ。こっちもある意味厄介じゃないか!」


「ふ……はは、ははははっ!」


 コージャイサンが声を上げて笑った。


「厄介、か。お前たちにとってはそうかもしれないが……」


 未だ喉を鳴らすように笑う彼に物珍しいと視線が集まる。


「でもザナは子どもに甘いんだ。きっとどんな子でも寄り添おうとするだろうから、俺はそれを支えたい」


「お前……そんな慈愛の精神持ってたのか」


「俺をなんだと思っているんだ。一度認識をすり合わせないといけないなぁ、マニー?」


「ごめん! イザンバ嬢限定で優しくていいからその空気は引っ込めろ!」


 物理的に空気が冷やされて身が縮こまる。こんな時だけ愛称()を呼ぶ従兄弟が自分をからかっていると分かるが、それはそれ。これはこれ。


「だが、違う意味では気を付けろよ」


 しかし、すぐに表情を改めたかと思うと今度は警告を告げる。


「教会だ。あの場で叔父上が釘を刺したからイザンバ嬢の獲得は諦めただろう。だが、子に関しては別だ。二人に退魔の才能がある事は知られている。男児だろうが女児だろうが教会はすでに目をつけているはずだ」


「気の早い事だ」


「教会だけじゃない。防衛局の活躍を……と言うよりもオンヘイ公爵家を目の敵にしている連中もいる」


 会議に出席していた王子はやれやれと肩をすくめるが、コージャイサンは気にした風もなくボトルの残りを注いだワイングラスを揺らす。

 ——ガーネットのように濃く深い赤の

 ——開いた華やかな香りの

 人の視線を誘い集める一杯がゆっくりの飲み干された。最後のひと雫まで。


「そこも含めて綺麗にしていかないとな。王家からの圧力も頼りにしている」


 この場にいる誰もがそれぞれの勤めを果たす事で今日という日を誰かの未来に繋げる。一人の力で足りないのなら、二人、三人と加わればいい。

 王子はフッと力を抜いて穏やかに微笑んだ。


「兄上に十分気を配ってもらえるよう頼んでおくよ」


「いや、そこは殿下が頑張るところでしょ」


「腕の見せ所だよー!」


「お前たち、侮るなよ。私にそんな権限はない!」


 外野からのツッコミにいっそ堂々と胸を張るこの残念さよ。国王でも、王太子でもない、いち王子に出来る事は限られているにしたって開き直りすぎではなかろうか。

 かと言ってコージャイサンが無理を言うことはなく。


「俺たちが何かするより先に母が動きそうだけどな。今から孫の写真を撮るんだと張り切っている」


 それなのに教会が連れていこうものなら、セレスティアが烈火の如く(いか)るのは目に見えている。


「あははははは! あの人は一番怒らせてはいけない人だからな。そうなったら叔父上も動くし、これ以上ないほどに頼もしいじゃないか!」


 一粒種が繋いだ未来。きっとオンヘイ公爵家が総力を上げて守るだろう。

 余計なお世話だと分かっていても口にした不安は公爵(さいきょう)夫妻が勢いよく彼の胸中から追い出した。


「まぁ今から見えもしない憂いばかりをあげても仕方がないな」


 そう言うとケヤンマヌはグラスを掲げた。その瞳に、声に、温もりと祝福を宿して。


「二人の未来に幸あれ」


 返事をしようとコージャイサンがグラスを持ち上げた瞬間——彼を囲う多くのグラス。

 ニッと男臭い笑顔が並ぶ中、チックが食堂中に聞こえるように声を張った。


「全員グラス持ったかー⁉︎」


「おー!」


「それでは、我らがオンヘイ小隊長とイザンバ嬢の幸多き人生を祈って!」


「カンパーイ!!!」


 食堂のあちこちから沸き立つ祝福に。


「ああ。ありがとう」


 コージャイサンも嬉しそうに笑ってに杯を掲げた。


 主人が雑音のない祝福を受ける様子を見ていたリアンも胸中に沸いた穏やかさに頬が緩む。

 この調子ではまだ酒が進むだろう、と準備をしていたらその前に誰かが立った。


「リナちゃん。それ、私が持って行っていい?」


 サナだ。走り去る前の悲壮感は鳴りを潜めたが目は赤い。それでも真っ直ぐにリアンを見つめる瞳には決意がみなぎっている。

 そして後ろの二人も見守るように、最後のチャンスを乞うように、彼に懇願の視線を投げかける。

 小さく震える手をリアンは凪いだ瞳で受け止めた。


「どうぞ」


「ありがとう」


 渡されたトレイがさっきよりも重い。そう感じるのは彼女の決意の重さゆえだろうか。

 ゆっくりと賑やかな輪の方に足を向ければ、気のいい彼らは道を開けてくれる。

 恋しい人まで続く、今以外二度と繋がることはない短い花道。

 二人のテーブルに全てを並べ終えた後、サナは大きく息を吸った。


「コージャイサン様」


 ——緊張を孕んだ声に

 ——縋るような眼差しに

 翡翠がサナを映してくれた。


「あの、私…………私は…………」


 声が喉に張り付いて出てこない。そうこうしている内に周囲から注目が集まって。

 全身が心臓になったのかと錯覚するほどに、大きく打ち付ける鼓動。

 鎮まれ、鎮まれとサナは目を閉じてギュッとトレイを抱きしめて誤魔化した。

 そして、大きく息を吸うと己を鼓舞し、彼を見つめる。


「私、コージャイサン様が好きです! 初めてここで見た時からずっと……ずっとコージャイサン様の事が好きでした!」


 答えは分かりきっているけれど、真正面からぶつけた熱く切ない恋心。

 酔いとは違う赤い頬のサナを前にしても、彼の表情に変化はなく、心すら戸惑い揺れる事はない。


「気持ちは有り難いですが、あなたには応えられません」


 間を開けず告げられた断りのセリフに、悲しさと悔しさが込み上げる。ツン、と刺激された涙腺は実に呆気ない。


「はい、知ってます。コージャイサン様が婚約者さんのこと、すごく好きなんだって……私じゃダメなんだって……分かってます。でもケジメをつけたかったって言うか…… だから……幸せに…………絶対幸せになってください!」


 目を逸らしたって、燻り続ける思いを抱えては次に進めないから。

 昇華されずに狂気に呑まれた末路を辿りたくないから。

 彼の幸福に包まれる笑顔を陰らせたくはないから。

 そんなごちゃごちゃとうるさい内心に大丈夫だと啖呵を切って。


「ご結婚、おめでとうございます!」


 止めどなく流れる熱い雫が頬を濡らして、とてもサナが思う綺麗な姿ではない。それでもサナは今できる精一杯の笑顔を彼に向けた。


「ありがとうございます」


 優しい言葉をかける事も手を差し出す事しないが、祝いの言葉だけでも受け止めるコージャイサンに、サナは顔を覆いながら小さく頷いた。


「よく言ったぞサナちゃん!」

「男はコージャイサンだけじゃないからな!」

「いい男捕まえて見返してやれ!」

「サナちゃんの頑張りにカンパーイ!」


 成り行きを見守っていた面々からの慰めに、駆け寄って抱きしめてくれるココとロクシーに、より涙腺は刺激されて、もう拭いきれない。


「あなたも飲みm……」


 開演前に知った恋心の結末に、何となしにメディオが差し出したグラス。その口をジュロが慌てた様子で後ろから手で押さえつけた。心なしか顔色が悪い。


「あっぶねー……! あ、サナちゃん、そのお酒持っていっていいよ。なんならココちゃんとロクシーちゃんの分も持って行きな」


「女性同士でしか言えない事もあるだろう。あ、つまみはこのくらいで足りるだろうか?」


「料理長、サナちゃんたち勤務時間終わりでいいかな? 代わりにオレが手伝うから」


 トレイに数種類のつまみを乗せるユズ、クロウは料理長に交渉を持ちかけた。


「いいよ。キミたち、お言葉に甘えて下がりな」


 告白の流れと男たちの気遣いに、流石の料理長も許可を出す。

 涙の跡を残しながらもどこかスッキリとした表情のサナ。その手を引くココと、トレイを受け取ったロクシーは振り向きざま彼らに頭を下げた。


「はーい、メディオ君はこっち集合ー。ちょっとお兄さんと酒のマナーのお話ししようかー?」


 彼女たちに手を振り返した後、ジュロはメディオを引きずって行った。

 宴会が始まる前はサナの事も理性的に見て対応していたと言うのに、この場で酒を飲まそうとはどう言う事だ。


「何を言いますか! 酒は飲んでも呑まれるな! これは基本ですよ! 先輩はそんなことも知らないのですか⁉︎ ははははははっ!」


 高笑いを決めるメディオだが、こちらも酒精の力でキレやすくなっているようでジュロが行儀悪くも舌を打つ。


「チッ。一番呑まれてるくせに……このインテリ野郎が」


「まぁまぁ落ち着け。酔っ払いに言ってもしょうがないんだし」


 珍しくユズが宥め役に回るが、こちらにも高笑いは絡んでいく。


「私のどこが酔っていると言うのですか! あははははははっ! いいでしょう! このメディオ・ケンインが先輩方のお相手しましょう!」


「ロットー! これ引き取ってー!」


「え! 僕ですか⁉︎」


 とはいえユズも早々にロットに丸投げした。彼が友達思いで良かったと、先輩たちはまた酒を呷る。


 さて、サナと入れ違いにコージャイサンの元にやって来たのはキノウンだ。乱雑に肩を組むと、彼は無邪気な笑みを友に向ける。


「なぁ。コージャイサンの部下にガタイのいいヤツがいるだろう?」


「いるな」


「父上が言っていたんだ。『異形の一撃にも耐えるいい筋肉だ。一度手合わせしたい』と」


「へぇ」


「そんな猛者なら俺もぜひ挑みたい!」


 その言葉に誰が耳聡く反応したかと言えば。


「俺もだ!」


 チックだ。一番に手を挙げた。


「オレはあのフードのヤツと勝負してみたい。アイツも相当な手練だろ?」


「気圧されたままは男の沽券に関わるよなー」


 ジュロとフーパもどこか好戦的な瞳でイルシーを名指すものだから、小隊メンバーの騎士たちの関心が動いた。

 次々と挙がる手にコージャイサンは呆れてみせる。


「お前たちのやる気は分かったが、流石に局内で暴れさせるわけにはいかない」


「そういうと思っていた! だから今日はこれだ!」


 いつの間に用意したのか、アームレスリング台が食堂に登場だ。

 彼らは最初からファウストに挑むつもりで、器物破損を最小限に止める策を考えていたようだ。


「成る程。だが……お前らでは勝てないだろうな」


「なんだと⁉︎」


「アイツは素手で骨を砕くし、人の首を引き千切る」


 淡々と告げられる凶悪で残虐な怪力。主人の敵に一切の容赦がないのは従者たちも同じ事。

 あの異形の一撃に耐える筋肉は決して見せかけではないのだ。


「それでも挑むか?」


「望むところだぁぁぁ!!!」


 一気に上がった騎士たちの気勢、その前に聞こえた物騒な単語に脳筋たちは誰もツッコまない。


「いや、骨砕いちゃダメだろ」


「ほんと騎士って脳筋だよねー」


「医療棟のベッド、先に確保しておこうか?」


 そしてユズの冷静なツッコミも小馬鹿にしたエッリの物言いも騎士たちはスルーである。

 怪我人多数を予想したスフルにコージャイサンが言う。


「身体強化をすればそう簡単に折れませんよ。もし折れたとしても俺が治してやります」


「え。珍しい。どうしたの?」


「今日は気分がいいですから」


 それは彼がこの飲み会を楽しんでいるという事で。それなら水を差すのは野暮だな、と彼らは肩をすくめてその場を引いた。

 だが、その前に……。


「お前たち酔いは平気なのか?」


 なにせ彼らはしこたま酒を飲んでいる。挑むにしたって全力とはいかないだろうに、彼らは力こぶを見せつけて快活に笑った。


「吐いたらスッキリした!」


「寝たら治った!」


「クロウ母さんのお陰だ!」


「お母さん言うな!」


 クロウが酒を運びながらツッコミを飛ばす。それでも彼の介抱は騎士たちだけでなく酔いが回った者にはありがたいものだ。

 思っていたよりも元気そうな彼らを見て、コージャイサンはその名を呼んだ。


「ファウスト」


「はっ」


「ご指名だ。相手をしてやれ」


 すぐさまコージャイサンの背後に現れたスキンヘッドの大男。

 ——見た目の厳つさに

 ——その怪力の逸話に

 向かい側の王子の腰が引けている。


「余興とは言え無様な姿を晒すなよ」


「恥じぬ勝利を我が主に」


 決して騎士たちに負けるな、と言う主人にファウストが捧げるのは絶対勝利。厳つい顔がさらに凶悪になったのは彼のヤル気ゆえだろうか。

 そんな主従のやり取りに騎士たちは咆哮をあげた。


「よっしゃぁぁぁぁあ!」


「お前ら、騎士の意地見せるぞ!」


「おうっ!」


 さぁ、騎士たちの熱量はすでにアームレスリング大会に向いている。飲み会なんぞそっちのけだ。


「妖精さん! 君におれの勝利を捧げる!」

「いや、ぼくだ!」

「応援しててください!」


「皆さん、頑張ってください」


 瞳をキラキラと輝かせて跪く騎士たちにリアンは激励のサムズアップを送る。

 スキップして去って行く彼らの背中を見送ると、リアンはファウストを見て笑顔のまま親指を下に向けた。


 ——()っちゃって。


 取り繕うようになったとはいえ内心は別物。ファウストはやれやれと肩を竦めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] えっ、騎士様達大丈夫ですか? まあコージャインサン様が居れば大丈夫か でもマニー殿下なかなかの気遣いの出きる男になりましたね でもまだ姿形もない未来のお子様達が狙われるなんて 困ったもんです…
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