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飲酒の場面が続きますが、ハイペースでの飲酒は危険ですので真似しないようお願いします。

皆様はご自分のペースを守り、楽しんでお飲みください。

 飲み会開始以降、常に看板娘たちよりも先にコージャイサンの元に足を運んでいるリアン。


「水とおつまみです。お酒は同じものをお待ちしますか?」


「ああ」


「それもいいが私が持ってきたワインを頼む」


「分かりました」


 ケヤンマヌの言葉にリアンはすぐにワインボトルと新しいグラスを持って来た。


 王子が持ち寄ったのは若者たちが一気飲みするには勿体無いほどの上質なワイン。彼らの勢いが落ちている今ならじっくりと味わえるだろう。

 注がれた少量のワインをゆっくりと回せば鼻腔をくすぐる香りが開く。

 軽く口に含むだけで華やかな香りが口内にしっかりと広がり、濃厚で上質な後味に二人の表情も自然と満足を表すものとなった。


「いいワインだな」


「だろう? 父上のコレクションの一本だ」


 まさかの発言に咽せて咳き込んだのは誰だろう。国王のコレクションを持ち出した従兄弟にコージャイサンが呆れたような視線を投げかけるが、彼はいたずらっ子のように笑う。


「お前な……」


「ちゃんと許可はいただいた。コージーの祝いだからな」


 それならば有り難く頂戴しよう。二人はまた一口、しっとりとした味わいに舌鼓を打った。


「よし、次だ!」


 そして切り替えるように出されたのは明るい声。


「ふふふ、これは重要だぞ。間違えたら本人のみならず周りからも軒並み大ブーイングだ」


 さてまだ何を聞こうと言うのか。コージャイサンがつまみを口にしながら待てば、王子はいっそ堂々と声を張った。


「イザンバ嬢のどういうところが好きなんだ? 『全部』なんて無粋な事言うなよ!」


 ニヤついた表情を隠しもせず繰り出されたこの問いに、一体いくつの耳がピクリと反応したのやら。

 多くの耳目を集める中、当人はワインを一口呑む。やけにゆっくりと見えるそれは勿体ぶっているのか、ただの照れ隠しなのか。


「それは前にも言っただろう。ザナは多少変わったところがあるが」


「アレを多少で済ませるのか」


 王子の指摘にコージャイサンは素知らぬ顔。イザンバ・クタオと言う人物を語るにその前提は覆せない、とそのまま続けるつもりのようだ。

 さぁ、どう答えるのかと誰かがごくりと息を飲むように、机の上に置かれたグラスに張り付いていた水滴がツゥーっと落ちた。


「他人に関心が薄い割に素直で家族や友人に対しては誠実だ。そういった面は好ましい」


「ふむふむ」


 それは前にも聞いたと王子は軽く頷き。


「お前たちも知っている通り、豊かな感情を制御して淑女として凛と立つほどに公私の使い分けが巧い」


「確かに」


 彼女の素を知るからこそ納得の一言で。


「意外と行動力があって狭く偏っているが知識も豊富。次に何を言うのか、何をするのか、見ていて面白い」


「へぇ」


 そこに興味が引かれたのかと知り。


「好きなモノに向ける熱量は尊敬に値するし、本を読んでいるときのくるくると変わる表情も楽しそうな笑顔も眩しい」


「……おー」


 しっかりとハートを撃ち抜かれていると分かった。ここまで聞けば十分なのだが、どうにもコージャイサンの口が止まらない。


「ザナが下すには辛い判断もあったが、守られる立場を理解し場に応じた判断をする姿勢は望ましい」


「俺が集中しすぎて待たせたり、不測の事態があっても受け入れるくらい懐も情も深い」


「思考を読まれると分かっても俺に触れる事を躊躇しない面は清々しい」


「俺に過剰な期待も恐怖もない。当たり前のように感謝も労りも口にして自然体でいてくれるザナの側は心地良い」


「一見すると薄茶色だが、角度や光の加減、感情によって色を変えるあのヘーゼルアイはどの宝石よりも美しい。それに——……」


 逃げ出したかと思えば懸命に受け止めようとする。

 ——恋慕に染まり蕩けた瞳も

 ——頬に集まる高揚の彩りも

 ——吐息に混ざる艶やかさも

 ——人前ではしない甘える仕草も


「俺だけが知るあの表情(かお)は可愛いからな」


 穏やかなのに熱のこもった声と、甘く蕩けた翡翠が彼女を愛おしいと雄弁に語る。


「どんだけ惚気るんだよ!!!!!」


 ところが思いの外つらつらと語られて、酔い潰れていた者も、夜勤中で食事に来た者も、なんなら裏方だって声を揃えて総ツッコミだ。

 これはもしや今まで言えなかった反動かと言いたくなる。途中から相槌すら打てなくなるほど一番間近で当てられたケヤンマヌは顔を真っ赤にして叫んだ。


「聞いてるこっちが照れる! 勘弁してくれ!」


「自分で聞いといて照れるな」


 対するコージャイサンは顔色一つ変えていないのだから羞恥心をどこにやったと問いたい。


「ふふふ……ははははははっ! さてはあなた酔っていますね⁉︎」


「そうかもな」


 普段の彼にはない饒舌さをあげつらうように高笑いを決めるメディオの顔は赤く、目は完全に据わっている。だがそれにも動じず、コージャイサンの声は楽しげだ。

 そんな彼の様子にキノウンは友人二人と肩を組んで高らかに鬨の声を上げた。


「やったな! 呑ませて暴く作戦、成功だ!」


「これ成功って言えるの? 全然酔ってるように見えないけど……キミ分かりにくいよ!」


「ははははっ! 実に愉快だ、この酔っ払い! もっと暴露しなさい! ははははははっ!」


 拗ねたようなロットと対照的にメディオはひたすら上機嫌に笑い声を上げる。

 ところが、独り身は次々と斬りつけられて瀕死の重傷だ。喉を大きく鳴らして一気飲みしたチックは乱暴に口元を拭った。


「あ゛〜〜〜っ! クソっ! 呑まなきゃやってらんねーよ!」


「全力で惚気やがって! 羨ましい通り越して腹立つわ!」


「チクショー! おれも彼女欲しいぃぃぃ!」


 コージャイサンを指差して怒鳴るジュロとは反対にフーパはおいおいと声を上げて嘆く。

 そして、こちら。綺麗な桶に顔を突っ込んでスフルが言う。


「甘すぎて砂糖吐きそう……」


「おーい、そこの辛口の酒こっちにもちょーだい!」


「胸焼けがエグい。リア充爆発しろ」


 エッリは口直しを求め、胸を掻きながらも目が据わっているユズ。

 先程までの静けさがまるで嘘のよう。くどいほどの甘さと涙のしょっぱさに彼らは次々と酒を呷った。


「アハハハ! コージャイサンは本当に婚約者ちゃんが大好きだねー」


「この前の爆発でも『守れ!』って叫んでたもんなぁ」


 マゼランのケラケラとした笑い声、事実だけを語るクロウにコージャイサンはゆったりと微笑んだ。


「だから言ったんです。俺が欲しいのはイザンバただ一人だと」


 それは肌を刺すような冷気の中でなされた宣言。

 ——その時と変わらずに堂々と

 ——その時よりも深い想いを朗々と

 熱く滾る恋慕が音となって人々の鼓膜を揺らす。


「知ってますぅー!!!」


 羨ましさと陽気さが混ざった数多の声に隠れてその場を走り去るサナの背中をリアンだけが見送った。


「ねぇねぇ。逆にさ、イザンバ嬢にここは直して欲しいみたいなところとか嫌だなって思うところってあるの?」


 先輩たちの勢いに引きながらもロットが尋ねるのは先程の王子とは反対の事。コージャイサンは少しだけ考えるそぶりを見せると、これまたつらつらと述べる。


「卑屈ではないけど過去の出来事から自尊心が低い。行動力があるのはいいけど楽観的なところがあって危なっかしい。俺に新しい扉を開かせようとするのはやめて欲しい。やたらと年上に気に入られているから色々やりづらい。無自覚に煽ってくるところは特に始末が悪い」


「え、まだ惚気るの?」


 それはもういいよ、と言うより前に彼らの想像力が刺激されて。


「ヤりづらいとか煽られるとか贅沢なんだよ!」


「婚約者がエロ可愛くて辛いんですってか!」


「夜の勝ち抜き戦も無敵か! この鬼畜隊長が!」


 嫉妬に駆られる声と。


「やだー、ヤラシーわー」


「やっぱりオンヘイ小隊長ってムッツリよねー」


「百戦錬磨な色男に清純な火の天使様が堕とされちゃったわー」


 囃し立てる裏声に苛ついたコージャイサンが指を鳴らすより前に王子が宥めた。


「まぁまぁ。その辺りはなんだ、もう結婚するんだし問題ないだろう。コージーとイザンバ嬢の体力差はどうしようもないんだし。浮かれるのは分かるが加減をしないと愛想を尽かされ……」


 そう言って従兄弟に目を向けるが、彼から返事がないばかりか目も合わない。


「コージー?」


 訝しむ王子が名を呼ぶが、コージャイサンはうんともすんとも言わずただ酒を呑む。


「え? もしかして…………まだ?」


 それでも彼はつまみを口にしながら貫く無言。さて、沈黙は肯定と同義だと言ったのは果たしていつの時代の偉人だったか。


「えぇぇぇぇぇえっ!!!???」


 これには全員が叫んだ。そんなまさか、と驚愕を込めて。


「見せつけるようにキスしようとした癖に⁉︎」


 いつも以上の声量のチックも。


「あんだけ人前でイチャついてるのに⁉︎」


 気遣いが吹っ飛んだジュロも。


「まだ手出してないって……お前本当に欲あるの⁉︎」


 信じられないとフーパが叫ぶ。順番にずいっと勢いよく捲し立てる彼らの近さに、しかしコージャイサンは眉を顰めるのみ。


「人並みにはあると言ったでしょう」


 さらりと返してくるが、そんな欲の欠片もない声音で言われて誰が信じられようか。

 訪れた混乱に多くの者が動揺する中、王子が待てと声を上げる。


「待て待て待て待て、待てコージー。二人は学生時代から泊まりがけで出掛けてるんだろう⁉︎」


「ああ」


「初体験は非日常の高揚感から盛り上がってがお決まりだろうが!」


「お前そんな事してたのか」


「私にそんな機会があるわけないだろう! 王族の窮屈さを舐めるなよ⁉︎」


 王族の視察ともなれば警護も厳しくなる。

 例え王太子でなくても旅先で羽目を外すなんて事は許されず、また元婚約者も王族に嫁ぐ意味を理解していた為到底そんな機会はない。


「問題はお前だ! そんな絶好の機会があったのになんでヤってないんだ⁉︎」


「そういう時は諜報部がついていたからな」


「ああ〜〜〜」


 彼らは察した。

 父親の指示で動いている第三者の警戒対象に彼自身が含まれていた事を。

 そして、終始健全な旅路であった事を。


「成る程な。それはなんて言うか……残念だったな」


 向けられた憐れむような視線にイラっとしてワインをたっぷり注いだ。


「おい、入れすぎだ! 香りが楽しめなくなるだろう!」


 ケヤンマヌはボヤきながらもゆっくりとワイングラスを回す。眉間に皺が寄ったのは生じた味の違いにか、それとも目の前の男へか。


「……お前、よく耐えてるな」


「ザナを攻撃する口実を与えないためと伯爵家への敬意だ」


 コージャイサンに実力があるからこそ伯爵から遠出の許可を得ていた。それを裏切るような真似を出来ようか。

 周囲に関しても今は呪いの事もあって大人しいが、コージャイサンが手を出した事でイザンバを身持ちが悪いなどと言わせない。

 かと言って距離を取りすぎてイザンバに魅力がないと言われるのも許しがたい。

 もちろん他の女性を相手にする気はさらさらないのだから、結局は結婚式までコージャイサンが耐えることが一番丸く収まると考えたのだ。


 ——最近は結構辛くなってきたが……あの高笑いと号泣を聞いといて良かった。


 自分で決めたとは言え、彼も健全な成人男性。湧き上がる欲望が理性とせめぎ合い、グラつく天秤を理性に傾ける事は最早一種の修行と言っても過言ではないだろう。


「もしかしておれたちに足りないのってこういうとこ?」


「あいつが異常なんだよ」


「鋼の精神力かよ。でも……」


 落ち込むフーパの肩を叩き、ジュロは讃えるような物言いだが、それぞれの瞳には別の感情も浮かぶ。


「生殺しは可哀想〜」


「うるさい」


 声を揃えて憐れむ彼らにコージャイサンは一層無愛想に返す。


「ん? つまり二人ともその顔で童t……」


 ここでチックは今までの会話からある事に気付いたのだが、全てを言い終わる前に盛大にずっ転けた。


「いってぇー!」


「あはははははは! 何やってんだよー!」


「大丈夫かー?」


「誰だ、膝カックンしたヤツ! 足も引っ張っただろ!」


 しばしのたうち回ったチックは強かにぶつけた鼻を抑えながら吠えるが、ユズが落ち着き払って言う。


「誰もお前の後ろにいなかったぞ」


「飲み過ぎて足がもつれたんじゃないの?」


「いーや! アレは絶対誰かがやった!」


 酒精の悪戯だとスフルが続くが、チックはどうにも納得できない。立派な鼻が赤くなっているのを見て彼らはニヤリと顔を見合わせる。そして、エッリが大袈裟に慌ててみせた。


「あ、大変だ! チックの鼻の穴が二つになってる!」


「なんだって!!?? い、医療班ー!」


「落ち着け! それは元からだろ!」


 クロウがツッコミながら赤い鼻に冷やしタオルを押し付ける。しょうもない事で笑いが沸くのはそれこそ酒精の力だろう。

 一瞬通った風と細い鋼線(ワイヤー)からキラリと反射した光が人知れずその笑顔を飾る一部となったのは、主従だけの秘密である。

 さて、繊細な事情を知られた王子は顔を覆った。


「……なんで私まで……」


「ドンマイ」


 淡々と言われても巻き込み事故には違いない。ケヤンマヌはグラスに酒をなみなみと注ぐと周りを見渡して声を張る。


「コージャイサンのぉー!」


「ちょっといいとこ見てみたいー!!!」


 ノッてきたメンバーの後押しと挑発を隠しもせずに差し出されたグラス。


「はい、イッキ! イッキ! イッキ!」


 コールを受けてコージャイサンは不敵に笑うと酒を呷り大きく喉を鳴らした。

活動報告に立ち去ったサナたちの小話アップ予定です。

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[一言] いや~ん。コージャインサン様ってばベタ惚れですねふふふ。 しかしコージャインサン様ってストイックで淡白な人だと 思ってたんですよね~その事でイルシーにも色々つっこまれて万年筆投げ付けてたりし…
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