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飲酒の場面が続きますが、許容量を超えた飲酒は危険ですので真似しないようお願いします。

皆様が飲まれる時は無理のない量でお楽しみください。

 一時間後、コージャイサンを酔わせようと結構なペースで飲んでいたメンバーたちだが、それはもういい感じに酒が回っていた。


「つぎ、ダブルバイセップス!」


「いいぞー! 仕上がってるぞー!」


 上半身裸の騎士による盛り上がる筋肉自慢とは反対に、飲み比べを挑んでいたチックが机に突っ伏しながら悔しそうに低い声で唸った。


「……くそっ、おまえほんとどーなってんだ」


「うっぷ、だめだ……はく……!」


「ぼくも……おえっ……」


 ユズとロットも口元を押さえているがその顔色の悪さからいつ嘔吐してもおかしくない状態だ。


「わぁぁぁあ! ちょ、吐くならトイレに……って混んでる! もうちょい我慢しろ! マゼラン、バケツー!」


「そこに置いてあるよー」


「違う! 持って来て欲しいんだって!」


 慌てふためくクロウがマゼランに声をかけるも、彼は明るい調子でカウンターの下を指差すばかりで腰を浮かせる様子すらない。

 その周り、一番初めに脱落したメディオと他数名は夢の中。持ってくる事は到底出来ないだろう。

 結局自分で動く方が早いとクロウはバケツを取りに向かった。


「おねーさん、すてきなおみあしですねー。こんやどうですか?」


「よく見ろ、それは美脚美人じゃない。モップだ」


 立て掛けたモップに壁ドンして口説くジュロの横をツッコミながら通り。


「ようせいさん! こんどいっしょにごはんいきませんか!」

「きれいなていえんみたくないですかー?」

「ぷりちーなどうぶつとたわむれましょう!」


 コージャイサンの元に酒を運ぶ途中のリアンの行く手を次々と男たちがデートに誘う場面に遭遇した。

 助け舟を出すべきかとクロウが動く前に、リアンは可憐な笑みで愛想良く返す。


「残念だけど仕事が忙しくて行けないです。ごめんなさーい」


「ありがとうございます! おしごとがんばってください!」


 フーパなぞ過去に鋼線(ワイヤー)が飛んできた事は忘却の彼方。皆振られても大変幸せそうなのでよし。

 相当出来上がっている彼らの間を駆け抜けてクロウは嘔吐寸前の二人の元へ戻った。


「ほら、二人ともバケツ。全部出したら口濯いで、その後に酔い覚ましな」


 そう言いながらバケツと水の入ったピッチャーと薬を差し出せば、彼らは弱々しくも受け取った。


「…………はい」


「お前ら酒ばっかりでチェイサー挟まなかっただろ。悪酔いしたり二日酔いになるのをある程度防げるから次からは気をつけろよ」


「はい、おかあさん」


「誰がお母さんだ」


 クロウは真顔で返す。しかし顔色の悪い酔っ払いに強く言っても仕方がないので頼れる黒翠に目を向けた。


「コージャイサン! 飲んでるとこ悪い! こっちに結界張れるか⁉︎」


 パチンと指先一つですぐさま張られたのは、あの香害対策に使われた聖結界。しかも食事中の者が気分を害さないようにと中が見えないようになっているのだから流石の配慮である。

 酔い潰れたメンバーの介抱に回るクロウとは反対に、マゼランはいつもよりも紅潮したほわほわとした顔で楽しそうに二人に近づいた。


「結構呑んだけどコージャイサンも殿下も顔色一つ変わらないねー」


「私も王族の端くれ。酒に呑まれて失態を犯す訳にはいかないからな」


「わー、殿下がすごくまともな事言ってる! じゃあオレ特製カクテルあげるねー!」


 自慢げに語る王子の前にマゼランが一つのグラスを置いた。しかしカクテルなんてものではなく、片っ端から混ぜてみただけという代物に流石の王子も顔を引き攣らせる。

 助けを求めるようにコージャイサンに視線を向ければ受け取るなと首を横に振られた。当然だ。


「この馬鹿! 殿下にそんなモン渡すな! 殿下、絶対呑まないでくださいよ!」


 さらに横から飛んできて止めるクロウの険しい叱責にマゼランは口を尖らせるとパッと明るく強請った。


「えぇー。じゃあクロウが飲んで!」


「いらんわ!」


「ねぇー、飲んでよー。クロウってば人の世話ばっかりで全然飲んでないじゃん。飲んでくれなきゃ口移ししちゃうよー?」


「馬鹿やめろっ! この酔っ払いが!」


 マゼランはニコニコと笑いながらクロウの腰を引き寄せグラスを口に当てる。

 酔っ払いの悪ふざけと分かる言動だが、看板娘たちのみならず食事に来ていた夜勤中の女性騎士や魔術師が色めき立った。

 ——自分で飲むか

 ——口移しで飲むか

 究極の二択に見せかけた実質一択。しかし誰かが飲まない限りマゼランが止まらない事はクロウもこれまでの付き合いで十分に分かっている。

 妙な期待にギラつく多数の瞳は全力で見ないフリをして。


「ええい、ままよ!」


 彼は体を張った。


「……きっつ……!」


「アハハ、じゃああっちで口直ししよー」


 しかし一口でギブアップだ。口元を押さえてしゃがみ込むクロウを見てケラケラと笑ったマゼランは残りを飲み干すと、ご機嫌な様子で同僚を引きずっていった。


 そんな彼らを横目にコージャイサンとケヤンマヌは向かい合って自分たちのペースに呑み続ける。賑やかな者から潰れたせいか始まったばかりの時のような喧騒はない。


「これは……私たちでは決着がつかないかもしれないな」


「別にこんな事しなくても話すのに」


「ほほう。では、答えてもらおうか。一番分かりやすいのはやはりアレだな」


 呆れたようなコージャイサンとは対照的に王子がにっこりと笑みを浮かべて問う。


「コージー、イザンバ嬢に愛称で呼ぶ事を許したのはいつだ?」


 その問い掛けにコージャイサンはパチリと目を瞬いた。質問の意図を掴みかねているような仕草に王子はしてやったりと笑みを深める。


「お前はあまり人の名を呼ばないだろう。信用できると判断出来るまでは呼んでも敬称か家名だしな。女性に関しては特に」


 彼の部下であるヴィーシャとジオーネは例外として。その数少ないながらも名で呼ばれている女性がナチトーノやビルダである。


「そして気安く呼ぶ事も中々許さない。そういうところ、本当徹底しているよな」


 そう言って王子は楽しそうに肩を揺らす。

 ロイヒン男爵令嬢がどさくさに紛れてコージャイサンの愛称を呼んだところ、ブリザードが吹き付けたのだから。


「そんなお前が当たり前のようにイザンバ嬢を愛称で呼び、また呼ぶ事を許している。この時点で特別な好意を持っていると言っていいだろう」


 そうしたり顔で語る従兄弟に己の自認とは別にそういう見方があるのか、と感心しながらグラスを傾ける。

 しかし、ここで彼はハッと何かに気付いた。


「あれ、私は従兄弟なのにあまり呼ばれていないぞ。お前……私の愛称は覚えているよな……?」


 恐る恐るというふうに窺い見てくる彼に、コージャイサンは視線を合わせると綺麗に微笑んでから首を傾げた。大変あざとい。


「嘘だろう⁉︎」


「冗談だ。マニー、グラスが空いてるぞ。ほら、呑め」


「ああ……良かった! 流石にそこまで薄情じゃないか」


 酌を受けながらもほっと胸を撫で下ろす王子に対してコージャイサンは翡翠にからかいの色を含んだまま軽妙に言葉を返す。


「従兄弟と言えど臣下としての体を保たないとな。父も友人とは言え陛下を名で呼ばないだろう」


「それはそうだが……その割に扱いが雑だし単純に男の名を呼びたくないだけじゃないのか?」


「失礼な。必要な時は呼んでる」


「愛称でもか?」


 そう言われるとどうだろう。コージャイサンが目を閉じて考えているうちに手に持ったグラスの中で氷が涼しげな音を鳴らした。


「…………それはアルくらいか」


「アル? 誰だ?」


「ザナの兄」


「なんだろう……私は血縁者なのに負けた気分だ!」


 王子は心底悔しそうに唸ると勢いよくグラスを傾けた。

 しかし、コージャイサンの中でケヤンマヌとアーリスに優劣はない。ただ従兄弟だからこその気安さも手伝って、特に愛称()を呼ばなくても会話が成立していたから困る事がなかったのだ。


「で、イザンバ嬢にはいつ許したんだ?」


 慰めの一つでもするべきかとコージャイサンが思案していると、対面の彼はもう切り替えたのか面白がるような視線が寄越す。


「ちゃんと自覚をしたのはもっと後だが、愛称を許したのは婚約して一年経った頃だ」


「そんなに前なのか! 筋金入りじゃないか!」


「そうだな。その考え方だと俺は随分と前からザナに惚れていたらしい」


 腑に落ちる時は案外すとんと落ちる。


 ——だがそれも悪くない。


 イザンバですらもそうであったように、クツクツと喉を鳴らす彼は自分の無自覚を愉快だと受け入れた。

 さて、目の前で碧眼がウズウズと刺激された好奇心を隠しもせず問うた。


「その時何があったんだ?」


「思いっきり頭を撫でられた」


「…………何をどうしたらそんな状況になるんだ?」


「勢い? あんな風に頭を撫でられたのは初めてだったが存外悪くないと思ったんだ」


 当時を思い返すように柔らかくなる翡翠の眼差し。釣られるように王子の表情も穏やかなものになった。


「なんだ。コージーが女性からの接触を受け入れてる時点で決まりじゃないか」


「お前たちはもっとベタベタしていたもんな。ほら、三年に上がってからのあの頭がおかしくなってた時とか特に」


「頭がおかしいはひどくないか⁉︎ 確かに周りが見えていなかったけど!」


 コージャイサンの明け透けな言い方は王子にクリーンヒット。やらかしはこうやって事あるごとに弄られるのだ。

 ケヤンマヌは気持ちを持ち直すようにわざとらしく咳払いをすると澄まし顔を作った。


「それで? コージー自身が自覚したのはいつなんだ?」


「学園に入ってすぐだな。多くの女性と関わるようになって……かなり疲れた」


「まぁアレではな……」


 コージャイサンのみならず王子たちもまた多くの女子生徒からアプローチを受けていたのだ。




 〜〜〜


 教室での授業なら友人たちと席を共にするが、それ以外にもペア活動やグループワークがあった。

 クラスが同じなら婚約者だからと言ってイザンバと組めたが、残念な事に二人は別のクラス。そうなれば違う人と組まざるを得ない。

 授業中だと言うのに隣や向かいから次々と送られてくる秋波やさりげないボディタッチを装ったアプローチをさらりと躱しているコージャイサンだが、うんざりするのは当然で。

 そのストレスを晴らすように素材と術式の応用実験でつい徹夜をした日の午前。彼はイザンバの訪れを待つ間に珍しくソファーで居眠りをした。


「コージー様」


 柔らかく穏やかな声が鼓膜を揺らす。


「こんなところで寝てたら風邪ひきますよ」


 ——分かってる。


 思うばかりでまだ瞼は開かない。それでも声は咎めているような、案じているような調子で彼の耳を打つ。


「さてはまた徹夜しましたね。まぁ始めたら集中しすぎちゃう気持ち、分かりますけどね。お腹が空くのも眠くなるのも、体が『自分生きるぞー』って言ってるんですから無視しちゃダメですよ」


「……ん、分かってる」


 とは言え動きは緩慢で、ゆっくりと瞼の下から現れた翡翠に目覚めを確認したヘーゼルはふわりと眦を緩めた。


「ほら、まずはちゃんとベッドで寝ましょう。その後ご飯を食べて、難しいことを考えるのはそれからです」


 そう言って差し出された手に応えようとコージャイサンも腕を伸ばした。

 ——他の人といても得られない安心感

 ——側にいるだけで生まれる穏やかな心地

 当たり前のように取った手は忌避感も嫌悪感もない。


「ザナ」


「はい、なんですか?」


 応えた親愛の情を宿すヘーゼルと柔らかな微笑みをじっと見つめて。


 ——触れるなら……側にいるのはザナがいい。


 と、強く思った。


 ——ああ、そうか。


 他の誰でもない。まるで誂えたように、いつの間にか自分の隣にいる事が自然になった——一番馴染んだ存在(ひと)

 彼女が特別なんだ、と胸の内に咲く切なくも確かな想い。自覚したばかりのそれはどこかくすぐったくて、ゆるりと口角が上がる。


「コージー様?」


「悪い。何でもない」


「そうですか? はっ、もしかして——……今誰かと比べましたね! ついに気になる人が出来ましたか⁉︎ 私ならいつでも婚約解消オッケーですからね!」


「そんな事しない」


 反射的にコージャイサンが無表情になるのも致し方なし。高鳴る鼓動を追い落とすように去来するこのやるせなさをなんと言おうか。

 イザンバの笑顔は何よりも煌めいて見えるのに、元気よく上がった親指が小憎らしい、とコージャイサンは思った。




 〜〜〜


「……私は生まれて初めてお前に同情したよ」


 話を聞いた従兄弟の碧眼にありありと浮かぶのは憐れみだ。


「自分の心にも疎く、やっと自覚したと思ったらこれとは……先々の苦労がすでに見えるようだ」


「お前が単純すぎるだけだろ」


「単純って言うな!」


 文句を右から左に聞き流して、コージャイサンは静かにグラスを傾けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] マニー、あらやだ何か可愛い でもコージャインサン様がちゃんと自覚したのって結構 遅かったんですねてっきりグローブをプレゼントされた会話をしている感じだとその時にはザナの事好きになっていると …
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