表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/173

 高鳴る心臓を落ち着かせるように二人はお茶を飲んだ。目が合うとどちらもはにかんで言葉を探す様子は、一体どこの付き合いたてのカップルだと言いたいほど初々しい。


「それ持ってるって事はやっぱりシリウス推しですか?」


「はい。カティンカ様はレグルスのどんなところが好きなんですか?」


 イザンバの問いかけにカティンカの表情がパッと明るくなった。青空のような瞳はより一層高く澄んで、それだけで彼女が本当にレグルスが好きなのだとイザンバには伝わった。


「……外見が魅力的なのはもちろんなんですけど、実力も作中トップクラスだしシリウスとバチバチにやり合ってる時なんかカッコ良すぎるくらいなのに、見た目の万能感に反しておバカなところが愛おしいっていうか。ほら、愛すべきおバカっているじゃないですか。副官が綿密に立てた作戦を聞いて『オッケー、ゴリ押しな』って結局それで勝っちゃって副官に叱られているところがもうバ可愛い。幼少期のエピなんか涙なしに語れないのに戦場では一切そんな弱さを見せないところがマジ性癖ドンピシャっていうか。どんな状況でも怯まない信念を貫く姿がもうダメ。こっちを殺しに来てる。むしろレグルス様にトドメ刺されたい!」


 激流とも言える熱量での早口。恐ろしいほどの既視感にメイドたちは慣れたように澄まし顔を保つ。

 しかしカティンカはここがよそ様の邸だということを思い出し、先ほどまでの勢いが嘘のように小さくなった。


「すみません。つい……」


「大丈夫です。カティンカ様の気持ち、すっっっごく伝わりましたから」


 だがイザンバだけはニコニコと笑みを浮かべて、なんなら親指だって元気に立てて、彼女の想いを肯定する。


「ありがとうございます。イザンバ様はシリウスのどんなところが好きなんですか?」


 自分だけが語りっぱなしとはいかない。推しのことは誰だって語りたいのだからと、当然のようにカティンカはイザンバにも水を向ければ。


「カッコよくて強くてストイックで保護対象には優しいのに騎士団員が魔王と恐れるほど高圧的なところがあって。だってあの鬼畜作戦ですよ? どんだけ敵に容赦ないのって思いました。でもそこがいい。それにキラリン王女に対する絶対的な忠誠と敬愛は正しく騎士道で本当尊敬する。私の敬愛も捧げちゃう。そんな完璧な騎士が実は家事が出来なくて小姑化したリゲルに叱られているギャップがもうたまらない! 主従萌え最高! 次元の壁が突破できるならぜひお世話しに行きたい! それが無理なら路傍の石でもいいから見守りたい!」


「推しと同じ次元に行きたいですよね! イザンバ様の気持ち、すっっっごくよく分かります!」


 こちらも生み出された波にノリに乗った。カティンカも煌めくいい笑顔で元気にサムズアップだ。

 さぁさ、オタク女子が二人。お互いの推しが分かったのなら次のステップだ。イザンバはその問いを迷いもなく口にした。


「もしあの世界に行けるならどのポジでいたいですか?」


「モブの一兵卒になってレグルス様の勝利を支えたい。そしてシリウスとの絡みを昼夜問わずこの目で見守りたい!」


「わかりみが深〜〜〜い! でもそうなると私たち敵対してしまいますね」


「うふふ、たとえイザンバ様が相手でも容赦しませんよー」


「望むところです!」


 カティンカが挑発するように唇の端を上げれば、イザンバもガッツポーズで答えた。

 どう考えても武器よりお菓子が似合う二人のなんて楽しそうな敵対関係だろう。


「そうなるとある程度装備整えておかないとあの世界じゃ即死ですよね。今と違って戦時中だし。モブが生き残るには身体強化と防御力は必須!」


 カティンカの言葉にイザンバは大真面目に頷いた。


「ですね。男性相手だと単純な力で押し負けちゃうから騎士としては邪道だけど仕込み杖とか暗器も忍ばせといた方がいいですね」


「私向こうに行っても生き残れるように結界の術式覚えようと思ったけど難しくて……初級しか無理でした。連続攻撃されたら死ぬ」


「初級でも使えるのスゴいですよ! それなら何パターンかの攻撃を想定して術式を先に仕込んでおくといいと思います。一撃目が防げたら隙も生まれますし」


「成る程! でも残念な事にそこから勝利するための剣技を持ち合わせていないんですよね!」


「私もないです!」


 うーん。と唸りながら、二人はどうすれば生き残れるのか悩み始めた。真剣に、それはもう真剣に。

 そして——イザンバが閃いた。


「よし、コージー様を連れて行こう! それなら絶対に勝つる!」


 一家に一台、安心安全のチートな一品である。これ以上ない程にイザンバの中で勝ちが確定した。


「第三勢力の台頭だ! これは情勢が塗り変わりますよ! イザンバ様どうします? シリウスとオンヘイ公爵令息様、どっちの味方につきます?」


「……どっち…………うーーーん……」


「あはははははは! 悩み始めちゃった!」


 ケラケラとしたカティンカの明るい笑い声を背景にイザンバはまた唸り出した。


 妄想(ゆめ)に対して同じ熱量が打ち返されるものだからころころと話が進む。

 はて、ここにいるのはどちらも貴族令嬢だったはず……と首を傾げたくなるほど飛び交うのは現実味のない言葉たち。


 ——どうしてそんな話になるんだろう。


 キャッキャッと盛り上がる二人に対してメイドたちの内心とのこの温度差よ。

 邪魔をする気は毛頭ないが、聞くともなしに聞こえてくる二人の会話の盛り上がりにメイドたちは到底ついていけない。ツッコミ? 残念ながら不在である。

 そんな中でイザンバがジオーネに視線を向けた。ハッとした彼女が静々と本を差し出せば礼と共に向けられる円やかな微笑み。


「お嬢様、どうぞ」


「ありがとう。カティンカ様はレグルス推しという事ですが、この本はご存知ですか?」


 そう言ってイザンバが見せたのはシリウスとレグルスのファン作品である絡み本。

 お茶を飲みかけていたカティンカだが、それを見た瞬間に別のところに入ったようでそれはもう盛大に咽せている。

 イザンバは慌てて駆け寄るとその背を摩った。


「大丈夫ですか⁉︎」


「……ダダダダイ、ダイジョブデス。アリ、ゴホッゴホッ! アアアアリガトウゴザイマス」


「全然大丈夫そうじゃないですけど⁉︎ 慣れない場所で疲れましたか? お茶淹れ直してもらいますね」


 心配そうに覗き込むヘーゼルから逃げるように青空は右へ左へ行ったり来たりと忙しい。

 だらだらと尋常でない汗を流し、がくがくと体が震わせるカティンカの背をイザンバはゆっくりと摩り続けた。

 暫くして震えは治ったが、まだ呼吸が荒い。ヴィーシャに薬を用意してもらおうと視線を動かした彼女の耳に小さな声が届く。


「ご」


「ご?」


 何が言いたいの? と首を傾げるイザンバに、彼女は勢いよく頭を下げた。


「………………ご購入、誠にありがとうございますっ!」


 チクタク、チクタク、と秒針の音がいやにサロンに響く。

 それは数秒か数分か。沈黙に耐えきれなくなり、そろそろと視線だけでイザンバの方を窺えば……本を見て、カティンカを見て、また本を見て。三度繰り返してようやっと叫んだ。


「『小王親衛隊長』様!!??」


「待って待って違うんです! いや違わないけど! 人気なのはシリウスとかリゲルとかキラリン王女でしょ⁉︎ レグルス様って本当供給無さすぎて自給自足したやつがこんな風に出回ると思ってなくて!」


「すっごく素敵でした! 耽美的で性別を超えた純愛! 私コージー様に再現してもらおうと思ったくらいです!」


「公爵令息様にナニさせる気だったんですか⁉︎ 俺の婚約者にナニ見せてんだオラァで首と胴がさよならする! 不敬罪怖いやめてくださいダメ絶対!」


 イザンバの発言に今度は違う意味で震えてきた。カティンカの顔色は赤くなって青くなってと安定しない。ついには顔を手で覆い隠してしまった。


「お手にとっていただけてすごく嬉しいんですけど、目の前で広げられるとか恥ずか死ねる!」


「じゃあ感謝と感動の気持ちはお手紙にします!」


「優しい! ありがとうございます!」


 ニコニコとしているイザンバと対照的にカティンカは未だ羞恥に悶え、現状を受け止め損ねている。

 彼女の心情的に今は絡み本について触れない方がいいだろうと判断したイザンバは、対面に戻ると別の本をテーブルへと置いた。


「ランタマ先生の美麗画集はご覧になりましたか?」


「見ました! オフショットとか入っててマジで最高オブ最高だった!」


 よし、こちらは大丈夫そうだ。

 テーブルに広げられた画集を二人は額を突き合わせるように覗き込む。新たに投下された燃料(イラスト)に二人は瞳をうっとりと潤ませた。


「ほんとそれ! 本編では睨み合ってる二人なのにここ! このシリウス様とレグルスが同じ部屋で寛いでるとこ!」


「エモ〜〜〜い!」


「そうかと思えば引き込まれるこの堂々のワンショット!」


「カッコよすぎ! 尊いっ!!」


「衣装チェンジして鎖骨と腹筋が見えてたり!」


「マジけしからん!」


「まさかまさかの半裸&水も滴るいい男!」


「いいぞー! もっとやれー!」


 イザンバの一言に綺麗に入るカティンカの合いの手。熱量も声量も右肩上がり、突き上げられた拳はいつの間にか興奮そのままに振り回される。

 止めるものがいない二人の盛り上がりは最高潮だ。


「………………——楽しいっ!」


 興奮の余韻かヘーゼルが不思議な色合いでキラキラとした輝きを放つ。

 カティンカも額の汗を拭い、なんと充足感のある笑顔だろうか。


「わかる……興奮しすぎて脳汁出まくるんですけど」


「私もです!」


 その言葉通り、イザンバは令嬢たちと恋バナしてる時よりも楽しそうである。推し強い。

 盛り上がりが少し落ち着いたところで、カティンカが好奇心むき出しで尋ねた。


「ねぇねぇ。ちょっと気になったんだけど聞いていいですか? イザンバ様の初恋ってもしかして……——シリウスですか?」


 ——そこは婚約者様ですか?って聞くところでは……?


 賢いメイドたちはそんなツッコミをしっかり飲み込んだ。ごっくん、と。

 しかしながら、普段から二次元のキャラにキュンキュンしている二人にはこの質問でなんら問題ない。

 イザンバは少し含んだ笑みで首を振る。


「いいえ、違います」


「じゃあ誰? 誰ですか?」


「『ひよっこ兵士物語』のロイド先生です!」


 にぱっとした明るい笑顔でもたらされたのは低年齢向けの本である。

 ひよっこ兵士物語は数百年前の兵士養成学校を舞台にした話だ。年端のいかない少年たちが立派な兵士になるべく門を叩き集った養成学校。そこで仲間たちと失敗しながらも日々の生活や学習で人として共に成長していく。兵士と銘打っているが子ども向けなので、鬱展開のない非常に明るくほのぼのとした物語だ。

 ロイド・コボハーツはその養成学校で座学、実技の基礎を教える若い男性の先生である。

 さて、この答えに対して反応は別れた。


 ——流石お嬢様。ブレない。


 メイドたちの内心は揃いも揃って呆れたように。

 そしてカティンカはといえば……


「出たー! いや、分かる。分かりますよ! ロイド先生じゃ仕方ないです!」


「ですよね!」


 もちろん笑顔で全肯定である。それがイザンバには嬉しくて嬉しくて。


「少ない大人キャラの中でも普段は優しい先生ですが、兵士として戦ってるときの真剣で容赦ない戦法のギャップ、それに絶対生徒を見捨てない姿に胸を打ち抜かれちゃって恋に落ちました」


 うっとりと頬を赤らめるイザンバ。頭も良くて運動もできて顔もいい。さらに優しくて頼りになる大人の男性とくれば少女が憧れを抱かずにいられようか。


「それは抗えない! ちなみにですけど、私はそこなら三年担任のサム・ハン先生です!」


「ああ、サム先生! 分かります! サム先生は硬派イケメンですもんねー!」


「ちょっとぶっきらぼうなところがあるけど生徒思いで、掃除洗濯炊事も完璧。ロイド先生と張り合える実力もあるのに気を抜いたら小指が立っちゃうとこが可愛い!」


 顔良し、頭良し、運動神経良し、さらに家事もできる最強スペックにちょっこっと足された愛嬌。少女から見ても十分に大人と感じるからこそ、その可愛い一面の威力がエグい。

 イザンバがにんまりと目を弓形にしながら尋ねた。


「それカティンカ様が何歳ぐらいの時ですか?」


「んー、確か……六歳です」


「あはははははは! カティンカ様の性癖の確立が早い!」


「いや、イザンバ様もでしょう⁉︎」


「あははははははははは!」


 明るく軽やかで生き生きとした笑い声はちっとも淑女らしくないけれど。

 対象が肉体を持たないというハンデがあるけれど。

 今この瞬間、彼女たちは確かに初恋を語る乙女であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] お互いこんな思いのまま推しの話が出来るのは初めて なのでしょうねとても楽しそうで何よりです。 しかしカティンカ譲小説をお書きになられるとは凄いですね えっこの世界って即売会ってあるのですか …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ