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 イザンバが街を歩けばどこからともなく「火の天使様!」と声をかけられる。護衛は三人体制とはいえ人が、特に子どもが寄ってくると彼女は足を止めてしまう。

 しかし膝をおり、視線を合わせて話す彼女に釣られたのは、何も子どもだけではなかった。


「火の天使様とかマジ?」


「へぇー、実物も可愛いじゃん! 清楚系って感じ?」


「つかメイドもヤベーって! 全員レベル高っ!」


「お前、ちょっと声かけて来いよ! ガキの相手してるくらいだからイケるって!」


 そんな声が聞こえ、すぐに護衛たちはイザンバの周りを固める。子どもたちを親元に行かせた彼女にも『相手にするな』と視線を送れば、小さく応と返ってきた。

 その場を離れるために歩き出したところ、彼らは果敢にも挑んできた。


「ねぇねぇ、オレらともお話ししよう」


 しかし彼女たちは答えない。前を塞ぎ、周りを囲み、彼らはニヤニヤとしながら言う。


「ねぇーってば、無視しないでよー」


「お嬢様はお急ぎです。そこを退きなさい」


 ジオーネが冷たく言い放つと彼らは視線を顔へ、胸へと向けてニヤニヤとしたまま。


「わぁ〜、怒った顔も可愛いー!」


「別にいいじゃん。ちょっとお茶するくらいさ〜男四、女四でちょうどいいんだし」


「大丈夫だって。心配しなくてもオレらも火の天使様と同じでチョー優しーよ」


「ほら! 火の天使のお嬢様、行こうぜ!」


 イザンバに向かって手を伸ばし強引に連れて行こうとする彼らに護衛たちが殺気立った。

 突如襲ってきた心臓を鷲掴むような、呼吸を阻むような恐怖心に男たちのみならず周囲の人間が一気に動きを止めた。

 イザンバも動きを止め、そして案じた。このままでは彼らの未来はお先真っ暗、下手をしたらこの場で閉ざされるとそんな危機を感じ取ったから。


「やめ……」


「はーい、そこまでー!」


 止めようするイザンバの声に被せるように聞き慣れない男性の声が割り入った。

 全員がそちらを見れば紺の軍服を着て帯剣した三人の男性たち。言わずもがなその服だけで防衛局の騎士だと分かる。ホッと安堵の息を漏らしたのは誰だろう。


「お前たちやめておけ。この方は公爵令息にして防衛局の若き一等星、我らがオンヘイ小隊長の婚約者だ」


 大柄で厳つく威圧感を放つ赤い瞳の騎士。


「女の子には優しくしてもしつこくしたらダメだろ? そんなにお茶したいならオレたちが付き合ってやるって」


 人の良さそうな笑みを浮かべる落ち着いた海老茶色の瞳の騎士。


「はいはーい、お兄さんたちはおれたちとあっちでお話ししよっかー? あ、お姉さんたちもその物騒なものしまっておいてね」


 護衛たちにウインクを飛ばすレモン色の瞳の騎士。

 三人の登場で人目が彼らに向かい、さらに言われた内容にマズいと悟った男たちはそそくさと逃げ出した。


 ——あれ? この人たち、どこかで見た事があるような……?


 そんな中でイザンバが覚えた既視感。内心で首を傾げているとヴィーシャが知ったそぶりの声を漏らした。


「あら、あの人ら……」


「知り合いですか?」


「三人ともご主人様の小隊のメンバーです」


画廊(ギャラリー)の訓練公開日の写真にも写っていました」


 ジオーネとリアンの説明に成る程と納得出来た。

 男たちの姿が完全に見えなくなると騎士三人はイザンバに向き直る。


「ご令嬢、お怪我はございませんか?」


 騎士の礼をする彼らにイザンバは淑女の礼(カーテシー)を。


「はい。私はクタオ伯爵が娘、イザンバと申します。高潔な騎士様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「はっ。自分はチック・デセット、階級は曹長であります」


「ジュロ・ドシュタです。軍曹であります」


「フーパ・キュンメネンです。同じく軍曹であります」


 敬礼をしながらビシッと答える三人。護衛たちは彼らのいつぞやとのギャップに大層驚いた。

 そんな事情を知らないイザンバだが、表情は穏やかな淑女の微笑みのまま改めて礼を述べる。


「チック様、ジュロ様、フーパ様、助けていただきありがとうございます」


「いえ、自分たちこそオンヘイ小隊長の婚約者様にお会いできて光栄です」


 騎士という職業柄だろう。上下関係がハッキリとしているからか随分と固い態度だ。

 しかしこうも畏まられるとイザンバとしては申し訳なくなる。


「私自身は皆様の上官ではありませんし、私の方が年下ですので出来ればそのように固い態度ではなく先程のように話していただければ」


「いえ、そう言うわけには参りません」


「……そうですか。無理を言ってすみません」


 眉を下げて残念そうな表情になった彼女に対してチックたちの良心と騎士道がせめぎ合う。しかし————彼らは女性に弱かった。


「それでは、お言葉に甘えて失礼致します。……しかしまぁ、長年婚約者をやっているとこういう所も似るものなのか?」


「と、言いますと?」


 申し出を受け入れたチックの口調が途端に荒くになる。けれどもイザンバに気にした様子はなく、彼の言葉に首を傾げた。

 その疑問に答えたのはジュロだ。


「隊長もオレたちが改まった言葉遣いしたら『正式な場以外では今まで通りでいい』って言ったんだよ」


「あっちは『お前たちが敬語だと気持ち悪い』ってチョー冷たい視線とセットだったけどね」


 フーパが続けると三人からはカラカラとした嫌味のない笑いが出てイザンバもつられて笑みを溢した。彼らしいな、と。

 それにしても、とジュロが視線を動かして言う。


「ただのナンパヤローを撃退するにしてはお姉さんたちの殺気、ヤバかったなー。何事かと思ったよ」


「全くだ。俺たちが巡回中で良かった。あの男と同郷なだけあるが、危うく死人が出る所だったぞ」


「流石我らがオンヘイ小隊長の部下! でも昼間の往来で血の雨降らされたら流石に無罪放免とはいかないからマジで気を付けてね」


 チックも同じように危険を感じたようで、フーパがさりげなく釘を刺す。けれども護衛たちは気にした様子もなく。


「嫌やわぁ、そんくらいちゃんと加減しますて」


 コロコロと笑うヴィーシャに。


「お二人の顔に泥を塗るわけにいかないからな」


 澄まして言うジオーネに。


「しつこいアイツらが悪いんだよ」


 ご機嫌斜めな様子のリアンに。騎士三人はまたキュンとハートを射抜かれそうになったが、その後ろに冷えきった視線の魔王とニヤリと笑う従者が見えたような気がして大急ぎで回避し円陣を組む。


「あ……危ねぇ……油断したらまたハート持っていかれる……美し過ぎるって本当に罪だ!」


 心臓を抑えるジュロと。


「同意する。もうときめくのは仕方ないと割り切ろう。タイプど真ん中なんだからどうしようもない!」


 開き直ったチックの隣で。


「お前らまだいいじゃん……おれ、女の子が好きなのに……それでもときめいちゃうのどうしたらいいんだよ……チクショーッ!」


 フーパは悔しさに涙を流す。


 こそこそと小声で話している彼らに、なんとなく——イザンバも察するところがある。

 色々と聞きたい衝動がむくむくと湧き上がるが、しかしここは往来。淑女の仮面は見事その衝動を抑え込む。今日もいい仕事ぶりだ。

 けれども、気になったのはそこだけではない。


「もしかして彼女達の事、ご存知なんですか?」


 その素性を。


「まぁ……色々とありまして」


 イザンバの質問に騎士三人はそっと明後日の方向を見る。

 彼らが警戒するほどの殺気を放つコージャイサンの部下と同郷と知らず激務後ハイになってナンパをして、しかも失敗したなんて言えやしない。

 そして後から知った時の衝撃。特にフーパに関しては慰める言葉も出なかったほどだ。

 話を変えるようにジュロが笑顔でイザンバに水を向ける。


「婚約者さんは今日は買い物?」


「はい。その……コージー様のお誕生日が近いのでプレゼントを……」


「羨ましい!!!」


 その声量は人々に視線を一瞬で集めた。

 三人は周囲に詫びると、フーパは何事もなかったかのように話を続けた。


「何買うの? いいの見つかった?」


「いえ、それがまだ……今までと趣向を変えてみようと思うのですが、お恥ずかしながら男性がどのようなプレゼントを喜ばれるのかあまり存じ上げなくて」


「じゃあおれらが選ぶの手伝おっか?」


「……よろしいのですか?」


 フーパの申し出はイザンバにとっては渡りに船。しかし、彼の後ろで騎士二人が首を横に振る。なんなら護衛たちも首を横に振っている。


「え、なに? その反応なに? 女の子が困ってるんだよ? 助けなきゃだろ」


 イザンバ以外全員の反応にキョトンとするフーパだが、ジュロが極めて冷静に返した。


「いや、オレだってそう思うけどな。けど今回はダメだろ。お前、隊長の溺愛っぷり忘れたの?」


「プレゼント選びに俺らが口出したなんてバレたら後が怖いだろうが」


 続いたチックの言葉に彼は見る間に顔色を蒼白へと変えた。彼とて忘れていない。ただ困っている女の子を助けようという思いが先に出ただけだ。

 すっかり顔色をなくしたフーパは彼女たちに必死に言い募る。


「それもそうだ! ごめんね、やっぱ手伝えない! だからお姉さんたちも隊長に内緒にしてね⁉︎ ね⁉︎」


 ——こんなに怖がられてるなんて、コージー様一体何したの

 ? ……あ、氷漬けだ。


 画廊(ギャラリー)にあった写真を思い出しイザンバが少し遠くを見た。

 そんな様子が彼らには断られて不安を抱えたように見えたのだろう。ジュロが慌ててフォローに回る。


「自分の選んだプレゼントが喜ばれなかったらどうしようって不安になるのは分かるよ。ものすっごくよく分かる!」


「俺たちも覚えがある悩みだ。彼女に似合うモノを選ぶうちに予算オーバーして給金三ヶ月分とか余裕で飛んだからな。あはははははは……はぁ〜〜〜」


 笑い飛ばすには些か威力が足りず、最後にチックから出たため息にジュロが慰めるように肩を叩いた。大丈夫、給金三ヶ月分を飛ばしたのはここにいる騎士三人共だ。

 さて、騎士の給金三ヶ月分がいくらかイザンバには分からないがため息の深さにそれなりのお値段であったのだろうと推測する。


「やはり高価なモノの方がいいんでしょうか?」


「え? ああ、違うよ! 選んだモノの結果としてその値段になっただけで高いから喜んでもらえるってわけでもないし!」


「その時の彼女が人気者だったからな。くだらないと思うかもしれないがちょっとした男の見栄だ」


 チックが男臭くも気恥ずかしそうに言えば他の二人も大きく頷いた。

 その結果の一時的なひもじさなど屁でもない——と格好つけたい所だが、高価なプレゼントをしても、店に通い詰めても、全員同じ理由でフラれたんだから見栄を張るのも程々にしなければ。

 その教訓をジュロは少し意味合いを変えて伝える。


「『身の丈に合う』って持つ人もだけど贈る側にも言えることだと思うんだよね。極端な話になるけど次はもっといいモノあげたいってなってさ、その為に無理したら元も子もないじゃん?」


「そうですね」


 イザンバが素直にそう返せば彼は目を細めて伝わった安堵を抱いた。だが、そもそも彼女の場合は値段で考える必要はないだろう、とジュロは思うわけで。


「男が喜ぶモノをって力まなくていいんだよ。婚約者として、隊長に使って欲しいモノを贈る。大事なのはあなたの気持ちだよ!」


 彼らが間に入ったらそこにはどうしても他の男の主観が混ざってしまうから。

 今までのプレゼントがどんなモノか彼らには知る由もないが、彼女自身が考えて、想いを込めて選んだモノだからこそコージャイサンにとって最高の価値を持つのだと伝わるように。


 ——似たような事を昔お兄様にも言われたな。


 そんな風に懐かしいあの頃に引きずられてイザンバの纏う雰囲気から力が抜けた。


「では、参考までにご意見をお聞かせください。防衛局に勤める方にとって、その、身につけるジュエリーは…………邪魔では、ありませんか?」


「ありません!!!」


 即答だ。まるでイザンバの不安を吹き飛ばすように三人は口を揃えて言った。


「恋人や夫婦でお揃いのアクセサリーを着けている騎士もいます。羨ましい」


「魔術師もだよ。爆破魔法とかでチェーンが切れたり宝石に傷つかないように強化してるしね。羨ましい」


「魔導研究部なんかアクセサリーどころか自分で理想の恋人製造(つく)ったヤツもいたからね。羨ましい」


 順に答えてくれるが語尾にはどうにも漏れ出している彼らの心情。知る必要のなかった誰かの性癖にはそっと蓋をしておこう。

 それはさておき、彼女の懸念事項を一つ消したのは間違いない。


「自分で探すのもいいけどさっきの事もあるし、護衛のお姉さんたちから絶対に離れたらダメだよ!」


「庶民向けの店にはガラが悪いヤツもいるからな。行商を邸に呼びつけた方が安全じゃないか?」


 隊長の大切な子に何かあってはたまらないと念を押すジュロにチックも安全性を考慮して話す。

 フーパは手を合わせて心底申し訳なさそうにもう一度詫びた。


「聞いといて力になれなくてごめんね。でもその悩んだ時間もプレゼントのうちだよ! 頑張ってね!」


「はい」


 ニカッと笑う彼らに対してイザンバは柔らかな笑みを浮かべた。

 さて、すっかり話し込んでしまったが彼らは仕事中だ。この場もそろそろお開きにせねば。


「それでは、自分たちは職務に戻りますのでこれで失礼します。道中お気をつけて」


「はい。お気遣いありがとうございます。皆様もお仕事頑張ってください」


「はっ!」


 最後にビシッと敬礼をして彼らは巡回に戻って行った。


「あの人ら……案外まともなとこあったんですね」


 ぼそりとこぼしたヴィーシャの言葉に一体どんな邂逅だったのだろうと少し気になったが、イザンバは彼らの言葉を参考に思案しながら歩を進めた。

 その後、王都内の宝飾店を回ったが目的の物には結局出会えず終い。邸に戻ったイザンバは書庫で宝石やアクセサリーについての本を広げていた。

 しかし今まで着飾る事を人にお任せしてきた為、何がいいのかさっぱり分からない。男性のものとなると特に。

 夕食時も難しい顔をしていた彼女を両親もアーリスも気にかけた。


「ザナ、大丈夫?」


「お兄様」


「コージーの誕生日プレゼント考えてるんでしょ? 明日一緒に見に行こうか」


「ありがとうございます。でも自分で選ぼうと思うから」


「えっ⁉︎」


 彼女の言葉にアーリスは驚いた。いつもアドバイスをしていたから断られると思っていなかったのだ。

 自分で選ぶ。それはいい事だ。しかし彼は焦ったように、大事な事だというように妹に釘を刺す。


「何にするつもりなの⁉︎ 間違っても蛙の銅像なんて作っちゃダメだよ⁉︎」


「…………作らないもん」


 まるで思考を読んだかのような兄にイザンバは頬を膨らませた。安心してほしい。それはすでにヴィーシャによって却下済みだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 本当、、まともなとこもあるのですねって当たり前か ただ女性が絡むとアレなだけで、ただフーパさんには ドンマイと言ってあげたい。 お兄様はさすが妹のことをよく分かってらしゃる あのナンパ達密か…
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