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 イザンバが鼻血を出したため一度挟む事にした休憩。紙の山がだいぶ削れた事に危機感を覚えた彼女はカジオンに追加をお願いした。

 当人の視線はすぐにコスプレをしている三人に戻る。嬉しそうな笑顔のまま順に見回した。


「本当みんな顔が天才すぎじゃないですか⁉︎ カッコいいと可愛いが災害級レベルなんですが! ここ最近の憂鬱な気分が一気に吹っ飛びましたよ! ありがた過ぎて潤う〜!」


 言葉通りその笑顔は大層明るく、表情にも声にも張りが出てツヤツヤとしている。

 ふと、ここで一つの疑問を抱いた。


「前もコージー様とイルシーの髪と瞳の色が綺麗に変わってたんですけど、今回もみんな綺麗ですよね! 一体どうやってるんですか?」


 ムラも濁りもない、まるで最初からそうであったかのような自然な仕上がりで、特にコージャイサンは黒髪から銀髪と正反対の色なのだから不思議に思うのも当然だろう。

 その疑問にヴィーシャが答えた。


「色変わりの術式を使てるんです」


「そんなコスプレ向きな術式があるんですか⁉︎」


「いえ、本来は潜入する際の印象を変える為です」


「お嬢様、こちらにいらしてください」


 嬉しそうなイザンバの認識をすぐさまジオーネが正す。

 印象というものは髪や瞳の色、服装やメイクの仕方で変わる。変装を得意とするイルシーはともかくその美貌を活かして仕事をしてきた彼女たちは様々な色を纏ってきた。

 ちなみに長さを変えるのは別の術式だ。

 ヴィーシャに呼ばれたイザンバは素直に従い、壁際にいる彼女の元へ向かった。

 そこへジオーネが一人掛けの椅子を運んできたのでそのまま腰掛ける。

 正面に立ったヴィーシャの手で挟むようにして現れた魔法陣。イザンバと同じく初見のケイトも興味津々に、メイクをする際に見せてもらったシャスティもイザンバの側に寄ってきた。


「こうやって——術式を髪や瞳に纏わせるんです。鏡見てみます?」


 スルスルと髪を撫でられる感覚のあと、手鏡を見たイザンバはそれはそれは驚いた。

 鏡の中の彼女の髪は見慣れた茶色ではなくヴィーシャと同じストロベリーブロンドに変わっていたからだ。


「うわー! すごい! でも……あはははははは! 私にこの色って似合わないですねー!」


 左右や内側も確認すれば綺麗に色が変わっているではないか。

 しかし、鏡の中にいる明るい色合いの自分になんだかむず痒いような、面映ゆいような、ケラケラと楽しそうな笑い声が通る。

 けれども、そう思っているのは彼女だけ。ジオーネがその眼差しを和らげた。


「そんな事はありません。見慣れていないから違和感を感じるだけでしょう。お似合いです」


「……そうですか?」


「ええ。それに瞳の色ともよぉ合うてますよ。そや、これもつけて髪もアレンジしましょか」


 ヴィーシャが自分の頭から装飾品を取りながら言えばシャスティが大いに張り切って手を上げた。


「はい! それは私が!!」


「わぁー、お嬢様可愛いですよー」


 さて、大いに盛り上がる彼女たちだが、撮影スペースのソファーに腰掛けたコージャイサンからはメイドたちが壁になってイザンバの姿が見えない。

 楽しそうな雰囲気を感じながら彼は小道具のステッキを手慰みにしている。すると、突然壁が割れた。


「コージー様、見てください! 髪の色、変えてもらっちゃいました!」


 コージャイサンの元へ駆け寄ってきたイザンバは髪で耳を隠すように緩くサイドで結い、頭には猫耳を付けている。にゃんにゃんとポーズまで付けているのだから、そのテンションの高さは推して知るべし。

 メキッ、とコージャイサンの手元から気のせいにしては大きい音が鳴った。


「——っ、ああ、似合ってる」


「えへへ、ありがとうございます」


 言葉を無くしたのは一瞬。彼の言葉に偽りはない。大変似合っている。色はもちろんのこと猫耳も。

 褒められてご機嫌でメイドたちの元に行くイザンバの後ろ姿にイルシーがぼそりと呟いた。


「ヴィーシャのヤツ、ありゃ狙ってやってんぜぇ」


 コージャイサンが吐き出した深いため息は余計なお節介を焼く従者に向けてか、はたまた無邪気で無防備な彼女に向けてか。

 そんな主人にファウストとリアンの視線が同情を纏う。


「ステッキをお預かりします。……よくぞ耐えられましたな」


「結婚式までです! 頑張ってください!」


 もはや使い物にならないであろうステッキ。尊い犠牲である。

 再度切り替えるように息を吐き出してコージャイサンは顔を上げた。その視線の先には猫耳をヴィーシャに返す彼女がいる。


「ザナ」


「はい、なんですか?」


「せっかく色を変えたんだ。別の色も似合うだろうからザナも着替えようか」


「へ?」


 イザンバが用意した衣装は既に着用されている。さて、彼は一体何に着替えろと言うのか。突然の提案にイザンバは疑問符を浮かべるばかりである。

 だがしかし……彼の言葉に反応してキラリ! と光る瞳が一対。


「かしこまりました! このシャスティめにお任せくださいませ! 必ずやお嬢様を可愛く仕上げて参ります!」


「え? え?」


「さぁ、婚約者様がお望みなんですから行きますよー」


「ちょ、待って、着替えるって何に⁉︎」


 なぜ、シャスティは当たり前のように応えているのか。

 なぜ、ケイトも流れるような動作でイザンバを連れて行こうとしているのか。

 増した疑問に、それでもメイド二人に腕を引かれながらイザンバは懸命に問う。

 そこへすかさずジオーネが口を挟んだ。


「ご安心ください。ご主人様が用意されたお嬢様用の衣装です」


 ジオーネが手に持つ箱が答え。

 ——それはイザンバが用意したものとは別のもので。

 ——その言葉通りならイザンバが着替える事は必然であって。

 ——しかしながら、心の準備というものは全くできていないわけで。

 彼女は二人に引き摺られ、ジオーネに背を押されながらも必死に首を捻りコージャイサンに訴えた。


「そんな話、聞いてません!」


「今言った」


 扉が閉まる直前、イザンバが見たものは実にイイ笑顔であったと言っておこう。





 イザンバたちを見送り、サロンに残ったのはコージャイサン、そしてジオーネ以外の従者四名のみ。

 コージャイサンの表情はすっかりと冷めたものへと変わった。酷薄な雰囲気を纏い主人が護衛に問うと畏まったヴィーシャがまず答えた。


「その後、ザナの周囲に異変は?」


「防衛局が呪い返しについての声明を発表して以降お茶会で浄化を強請る愚か者はおりません。ですがネズミが数匹、邸周辺をうろついておりました」


「観察したところ、いずれも貴族階級の者ではありませんでした。イザンバ様のお姿は先日の出来事ですっかり噂になっていますので、平民が待ち伏せて浄化をお願いするつもりだったようです」


 続くリアンからの報告にコージャイサンが不愉快そうに眉を顰めた。


「厚かましいネズミにお嬢様のお手を煩わせる必要はないと判断し、ウチがお嬢様に変わってお話させていただきました」


 髪の色を茶色に変えて、柔らかなグリーン系の服を着たヴィーシャに彼らはまんまと釣られたのだ。


「このままじゃ仕事にも行けないし人前にも出られない」

「火の天使と呼ばれているならそれくらい出来るだろう?」

「優しい天使様は国民を見捨てたりしないよな。な?」

「なんでもする。なんでもするから……なんとかして!」


 同情的な表情を装った彼女にこう訴えてきたが、切羽詰まろうが、後悔しようが、それらは全て自業自得である。

 彼らの様子を冷ややかに見下ろしたアメジストは情を一切見せずに切り捨てた——無理だ、と。

 微かな希望を断たれ失意に呑まれた者たちは現実を受け入れられず、それはもう激昂してヴィーシャを口汚く罵った。


「結果、ネズミの知能が低い事が判明。騒ぎ出したので一旦沈黙をさせ捕縛しております。いかがなさいますか?」


「そうか。……——そう言えば首席が退魔の呪文や呪いについて興味を持たれてな。色々と検証したいそうだ。そいつらがまだ使えるなら防衛局に引き渡せ。サンプルは多い方がいい」


「かしこまりました」


 呪いの蔓延なぞ二度と起こってほしくはないが、後世の為にも資料は多く残すべきだろう。

 実用的な判断を下すコージャイサンにヴィーシャは静かに頭を垂れると、その場をリアンが引き継いだ。


「またお茶会では(あるじ)やお館様に取り次ぎを願う者が複数名接触してきました。内容は身内の売り込みばかりでしたのでイザンバ様が丁寧にお断りをされていました」


 コージャイサンの寵愛を一身に受けている彼女が公爵夫人の座につく事は最早確定された未来。その彼女の口添えがあればあるいは、と目論んだのだ。

 しかし、彼らがどれほど身内を優秀だと言ってもイザンバは軽く流した。


「まぁ、そうなんですね。それはご活躍を耳にする日を楽しみにされている事でしょう」


 彼女は暗に返したのだ。

 本当に優秀ならばコージャイサンやゴットフリートが既に把握しているだろう、と。

 本当に優秀ならば人伝にもっとその評価を聞いているだろう、と。

 相対する者の顔が悔しそうに歪んでも、淑女の仮面が変わる事はなかった。


 自己評価が高い事は悪くない。イザンバのように自尊心が低すぎるのも後々に問題となる。

 だが、それだけしかないと言うのがダメなのだ。

 ——結果を伴う確かな実力

 ——客観的な評価の高さ

 ——紛うことなき忠誠心

 コージャイサンの側に侍る事を許された五人を、信頼の置ける者たちと結ばれた絆を、彼女は知っているから。


「ですが、コージー様の求められるものとあなた様が提示されるものは大きく異なるようです。このお話、ご縁がなかったとご理解くださいませ。これからのご活躍をお祈りしています」


 縁を繋ごうとしなかった彼女にコージャイサンは緩く口角を上げる。まるで当然だとでも言うように。

 主人の反応にヴィーシャも釣られて顔を綻ばせるが、ふとその表情を引き締めた。まるで自身に喝を入れるように体にも力が入った。


「数は少ないですが、貴族の次男、三男などでお嬢様の愛人希望者が湧いて出ました」


 その言葉に、コージャイサンから漏れ出したのは場を凍らせるような不機嫌さ。相当気分を害したようだ。

 気合を入れていたヴィーシャはともかくファウストとリアンの体がびくりと揺れた。


「『挨拶をしたい』はまだ可愛いもんで、『二人きりにしろ』『寝室へ手引きしろ』等持ち掛けられました。特に……皆様リナには強気に出るみたいですわ」


 ヴィーシャがそう言えば、リアンも思い出して不貞腐れた顔をする。

 なにせ彼の見た目の可憐さに騙される者の多いこと多いこと。リアンがわざと一人で別行動をとれば、たちまちその家の使用人や時には令息本人が接触を図ってきたのだから。

 もちろん、リアンがそのような不敬で不遜な提案を承諾するはずもない。お使いに来た使用人は無言で昏倒させた。


「流石に招かれたお茶会で刃傷沙汰はお嬢様の名誉に傷がつきますさかいに、リナもちゃんと加減したようです」


 まぁ縛られて床に転がっているか、死なない程度に吊るされているかの違いだけだが血が出ていないのでよし。

 メイドが貴族に手を出す事は本来ならば御法度だが『リナ』は護衛も兼ねている。

 主人の気分を害する、と聞かずとも分かる者をイザンバに近づけさせない事の方が遥かに重要である。

 だから、リアンは令息にニッコリと微笑んだ。ただし、それは殺気まじりの微笑みだ。愛人になりたい軟弱な令息は抵抗など出来ずにただただ気圧されるだけ。

 その一瞬の隙に縛り上げ、大声を上げて人を集めた。


「この子はコージー様から派遣された護衛でもあります。それをこのような場所に連れ込んで、一体何をなさるおつもりだったのですか?」


 イザンバが厳しい声で投げ掛ければ、メイドの正体に、クタオ伯爵家のみならずオンヘイ公爵家からの報復に、恐れを覚えた彼らは平身低頭する他ない。

 報告を聞いたコージャイサンがリアンに視線を向けた。


「よくやった。その調子で励め」


「はいっ! お褒めいただき光栄です!」


 ここに来てから見られる彼の成長ぶりにコージャイサンは口数少なく、けれども確かな満足を伝えた。

 褒め言葉を賜ったリアンの声がそれはそれは嬉しそうに弾む。


「今日のザナのテンションが異様に高いのはその反動だな。相当疲れていただろう」


 コージャイサンの言葉に護衛二人は神妙に頷いた。


「ため息の数が凄かったです」


「是非甘やかして差し上げてください」


 取り巻く環境が大きく変わった。その落差に対応するだけでも大変だ。コージャイサンは今は席を外している彼女への労りを早くも滲ませる。

 ところがここでイルシーが声を上げる。それは情報共有を目的とした声だ。


「コージャイサン様の方にも馬鹿が湧いてたぜぇ。っつっても、戦後処理の会議の場でだけどなぁ」


「退魔の才能を持つイザンバ様は王位継承権がある者と結ばれるべきだとか、火の天使は神に嫁がせるべきだとか。利権が絡んでいるにしろ命知らずも甚だしい連中ばかりでしたな」


 ファウストが続けた内容にヴィーシャもリアンも呆れ返った。


「なんそれ。アホなん?」


「救いようがないね」


「だから馬鹿だっつっただろぉ。おもしれーのはこういう事言う奴に限って身内にもっとどうしようもねー馬鹿がいるって事だぁ」


 ニィッと意地悪く上がる口角。弓なりになったオッドアイからは分かりやすく愉悦が漏れる。

 不満を覚えたヴィーシャたちにファウストが言う。


「安心しろ。国王陛下がイザンバ様の立ち位置を明言された。お館様からの圧も加わりこの先そのお立場が揺らぐことはない」


「ああ、確かに。ザナの立ち位置は明確になったな、イルシー」


「まぁ、その方がいんじゃね?」


「呪いに便乗した者にも、何もしなかった者にも、全てが終わってから口を出す権利はない。させる気もないがな」


 頬杖をつき、足を組んだコージャイサンは笑う。いっそ寒々しいほどの冷気を湛えて。


「しつこいヤツが出てくる事は想定の範囲内だ。だからこそ黙らせる切り札(カード)もある」


 そうだろう、と彼は従者を見遣る。その視線に強気な笑みを返したイルシーは、さてどんな弱みを掴んできたのだろう。


 コージャイサンや従者たちの言葉を素直に聞き入れるのは彼女からの信頼の証。

 赤の他人が何を言ったところでそれらは右から左へ聞き流される、と彼らは知っている。

 何を今更……と誰もが思うように。くるりと返された手のひらにただ熱も情もない眼差しを注ぐだけ。

 一転してコージャイサンは試すように、仕掛けるように、不敵な笑みで従者たちを見た。


「お前たちは今後も勤めを果たせ」


「全ては我が主の意のままに」


 恭しく頭を下げた従者たちは主人が望むもの、その全てを叶えるだけだ。

 鷹揚に頷いたコージャイサンだが「それにしても」と口を開いた。


「その格好では締まらないな」


「そりゃイザンバ様のせいだろうが」


 カラスのような怪盗に猫耳の女怪盗、美少女メイドに扮した少年と筋肉マッチョとはなんともおかしな組み合わせだ。

 黄金色の瞳はそんな彼らを横目にまだ開かれぬ扉へと視線を向けた。

活動報告にてゴットフリートが出席していた会議の様子をアップ予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] あららコージャインサン様さらなる生殺しが 結婚式まで後何日ですか~ まあザナの方はコージャインサン様に対して煽ってる とは思っていないですものねだからこれからも生殺しが...しかもザナに対し…
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