5★
※注意※
これより先はコージャイサンの部下である暗殺者の彼らがお仕事をする場面でございます。
暴力が振るわれ、血が出ます。人が死にます。
そのような『残酷な描写』を過分に含んでおりますので、苦手な方はご注意ください。
また読まれた方におかれましては自己責任の範疇ですので、読後の「気持ち悪い……」「無理」などのクレームは受け付けません。
あらかじめご了承ください。
ただし「姐さん素敵!」などの感想は大歓迎です。
繰り返します。
この先は暴力、流血、殺人など『残酷な描写』を含んでおります。
「おほほほほ!わたくしに敵うと思って⁉︎」という精神的猛者の方のみお進みください。
注意は読みましたか?
大丈夫な方のみ、彼女たちの仕事ぶりをご覧ください。
霧が立ち込める王都の表通りを巨大なゴールデンキングビートルがひた走る。
目指すは王都中心部の広場である。そこで初代王妃を甦らせる儀式をするつもりだと防衛局がつかんだのだ。
さて、ただでさえ死霊や呪いが溢れて混乱をきたしている中であったが、眩い黄金ボディが爆走をかませば誰だって注目するだろう。
得体の知れないものに怯えていたはずなのに、巨大な昆虫王者に感動して青褪めながらも胸を高鳴らせる少年と元少年がちらほらと見受けられる。
しかしながら、元よりこの魔導具は騎乗向きではない。振動激しいその背中で一人楽しげな声を響かせる。
「ねぇねぇ! コイツ速いでしょー! ビートルって飛ぶよりも歩く方が速いんだけど、それでも遅いから足回り強化したんだよ! でもね、本物と同じで翅も広がるんだよ! 見る⁉︎」
「今広げたら落ちっ……いだっ!」
ボタンを押そうとするマゼランを止めようとしたクロウが舌を噛んだ。見ているだけで痛そうだ。
「アハハ! クロウ、舌噛んだの? バカだねー! てか婚約者ちゃん、これもヤバいよ! ほら、見て! お守り持った手で呪いを触ったら居なくなっちゃった! ねぇ、見た⁉︎ もう一回やるよ! ほらー! 何コレおもしろー!」
しかし、マゼランはケラケラとそれはもう楽しそうに笑っている。彼の手にあるのはジオーネのイニシャルがされたお守りで、呪いを弾き燃やす度に現れる紫銀の光がマゼランを包みこむ。
呪いを回避することができたらいいなー、くらいだったイザンバの提案は見事にいい意味で裏切られた。
「これ魔力だけじゃなくて浄化の炎も込めてるでしょ? ねぇ、どうやったの⁉︎ なんかすごいキラキラした色じゃない⁉︎ 浄化の炎って熱くないの⁉︎ 縫ってる最中はどうな感じなの⁉︎ 普通に魔力込めるより疲れたりした⁉︎」
お守りを見ながらの矢継ぎ早の質問。目にすることのなかった代物に、それだけマゼランの知的好奇心が刺激されたのだろう。
「あ、の……それは……痛っ!」
あまりにも彼が自然に話しているから答えようとしたのだが、案の定というかイザンバも舌を噛んだ。口元を押さえた淑女の仮面は眉を寄せるに止まっているが、内心は痛い痛いと大騒ぎである。
そんな彼女の腰に巻き付けられたヴィーシャの鞭。
その端を持つのはジオーネ。
これは安全第一、落ちないようにとの配慮がなされた結果だ。
「お嬢様、今答える必要ありません。バランスを取って落ちないことに集中してください」
「ほら、あの人もう他所向いとるし。答えたとこでどうせちゃんと聞いてませよ」
——なんでこの人たち普通に喋れるの⁉︎ スゴい!
平然と注意を促すジオーネも、マゼランの様子に呆れ返っているヴィーシャも常と変わらない。
イザンバは舌噛み仲間のクロウと二人、首を傾げながらも尊敬の念を抱いた。
さて、バランスを取る事に必死なイザンバとは違い、護衛たちは周囲を見る余裕すらある。
「それにしても……呪いや死霊以外にも変な痣をつけてる人の多いこと。アレ、呪い返しにおうた人らちゃう?」
「だが、少し様子がおかしくないか? 貴族にしろ庶民にしろあれではただの無法者だ」
そこはすでにいつもの賑やかで平和な表通りではない。
まるで親の仇を見るような憎悪を宿した者、無抵抗な者に言いがかりをつける者、人を、店を襲う者が呪いや死霊と同じく跋扈する。
「お嬢様、アレは死霊と同じように反魂の術式の影響を受けてると思います? ハイやったら頷いてください」
しかし、イザンバは首を傾げた。そして、ヴィーシャの手のひらに指先を滑らせた。
『反魂の術式の術者と呪いを渡した人が同じならマーキングの意味もあったのかもしれません。負の感情を増幅して混乱を招くために術式を通して操っているのか、儀式の生贄とするのかはわかりませんが』
そのどちらもイザンバの見解でしかない。だから彼女は首を傾げたのだ。
「そうですか。ほんなら……」
相槌を打ちながらヴィーシャも考え込む。
王都内は防衛局の動きにより麻薬断ちの薬も多く配布された為、敵方の当初の目論見ともズレが生じているだろう。
その時、流れる景色の中でアメジストがあるものを見つけた。
「お嬢様、うちちょっと野暮用が出来ました。お側を離れますけどすぐに追いつきますさかい、かんにんしてくださいね」
突然の申し出に不思議に思うも、イザンバはコクリと頷いた。
ヴィーシャは感謝の意を頭を下げて伝えて、ジオーネに向き直る。
「お嬢様を頼むで」
「分かっている。ヴィーシャもしくじるなよ」
「当たり前やろ」
檄を入れるジオーネに向かってそれは大層余裕のある笑みを浮かべると、ヴィーシャはトンッと軽い動作で走行中のビートルから飛び降りた。
別行動の了承はしたが一人にする事への心配と、何の戸惑いもなく飛び降りた驚きを混ぜた視線を小さくなっていく彼女に向けるイザンバ。
「ヴィーシャは大丈夫です。お嬢様は御身を守る事を考えてください」
「……はい」
ジオーネが力強く言い切ったお陰で少し不安が和らいだ。
広場まではもう少し距離がある。イザンバも今はバランスを崩さない事に専念しよう。
さて、お守りを持つヴィーシャは呪いも死霊も恐れず、相手にもせず一直線に歩を進めると。
「こんばんは。貴族のお嬢様がお一人でどうなさいました?」
民家の壁についた右手で体を支えて、片足を引き摺りながら歩く女性に声をかけた。
しかし、女性はヴィーシャを一瞥するだけで答えようとしない。それこそ飛ぶビートルよりも遅い足取りで先に進もうとするではないか。
けれどもヴィーシャも負けてはいない。女性の無視をさらに無視して話しかける。
「あら、うちのこと分からはりませんか? ふふ、お体動かしにくそうですね。霊魂の状態で欠けた左腕は上がりませんか? 右脚も引きずって、ほんまご不自由そうで」
その言葉に女性はキッとヴィーシャを睨みつけるが、ヴィーシャは心配しているんだと言う顔で白々しく続けた。
「あら、その首の痣……まるで人の手で絞められたみたいな……」
ストールで隠している箇所をまるで見たように指摘された。その事に焦って右手で隠せば、バランスを崩した彼女は路地裏に座り込んだ。まるで逃げるように、影に紛れるように。
「違いますわ! これは何かの間違い、あの女が……そう! あの女の仕業ですわ! わたくしに向かって呪いを放って!」
「あの女、ですか?」
「イザンバ様ですわ! コージャイサン様にあんな失礼な態度をとって、わたくしにもこんな酷い事を……!」
「まぁ」
自分は被害者だと訴えればヴィーシャが同情の表情を見せるのだから、これでいいのだと女性は安堵を漏らした。
けれども、ヴィーシャの表情は一転。すぐにギラリとした怒気を向けられた。
「嫌やわぁ、いちびるんも大概にしぃや。それはあんたが呪いを返されただけの話やろ。ルイーザ・ボード伯爵令嬢」
ヴィーシャの言葉にルイーザは目を見開いた。なぜ知っているの、と。
『その呪いが強ければ強いほど、祓う力が強ければ強いほど——より重くなって本人に返ります』
コージャイサンに呪いを返された者はすでに狂っており、保って数日だろうとイルシーから聞いている。
だが、ヴィーシャから見た目の前の女は、その身体に変調をきたしているとはいえ自分の意思を持ち、なにより生きている。
——これが実力の差ってやつやろか……。
コージャイサンとイザンバの全力の差。
それでも一生残る跡を返しているだけよくやったとヴィーシャは思う。
それに退魔グッズで欠けた場所は動かせないようなのだから、あの時のイザンバは本当に良いものを集めておいたものだと感心する。
「ふふ、生き霊になったあんたはお嬢様しか見てへんたしうちに気づかんでもしゃあないけど。ああ、周りを見てへんのは元からやな」
そう言いながらヴィーシャは周囲に水を撒く。するとそれはすぐに霧状と化し、表通りと路地裏に幕を張った。
——コロコロと笑う姿は無邪気なのに
——声だってとても楽しそうなのに
一等煌めくアメジストがそら恐ろしい。
「訓練公開日で直にご主人様の想いを聞いてる癖になぁんも理解してへんねんもんなぁ。その頭、ほんまに脳みそ詰まってんの? それとも、接触出来ひんかったアイツらが悪いんやとでも言うん?」
軽く膝を折り、ルイーザの顔を覗き込んだ。グッと深みを増したアメジストは愉悦と侮蔑を織り交ぜて。
「うちからの忠告、無視してくれてありがとうなぁ。ご主人様を煩わせて、お嬢様を傷付けたお礼、しに来たで」
残忍で、冷酷で、獰猛な獣が牙を剥く。
その気配にルイーザの身の毛がよだったが、それでも庶民に気圧されただなんて伯爵令嬢の矜持が許さない。
「お黙り! コージャイサン様だってわたくしに微笑んでくださっていたのよ! 舞踏会でお会いした時も遠征地でお世話をした時も!」
「そら社交用の作り笑いやろ。ほな、あんたこんな笑顔向けられたことあんの?」
ヴィーシャがポーチから取り出したのは一枚の写真。そこではコージャイサンとイザンバが額を合わせて微笑み合っている。
ルイーザは似顔絵というレベルではない、まるでこの目で見た一瞬を切り取ったような一枚の画を信じられない思いで見つめた。
「……————っ。なに……そんな……」
「お嬢様といる時はいつもこんな顔してはんねん。あんたは……当然見たことないわな」
向けられるはずがないのだから、と。
「この表情を引き出せるお嬢様に敵うわけないやろ。そうやなくても……あんたはコージャイサン・オンヘイ公爵令息に相応しくない」
改めて口に出された事実は心を裂く。残虐なまでに、悪逆なほどに。
「うちはお嬢様みたく優しないで……——覚悟しぃや」
美しい獣はアメジストを輝かせて妖艶に嗤った。
本当は……訓練公開日の日、ルイーザも分かっていた。
今までコージャイサンが「婚約を解消するつもりはありません」と言うことはあった。
だが、それは家と家の繋がりのためであってイザンバ個人への気持ちではないと捉えられる。
それが人前であんなにも堂々と言ったのだ。
しかも彼女に対して何かした人への嫌悪感まで滲ませて。
貴族の、それも公爵家の者の公言は逃げる事も覆す事も許されないと言うのに。
——もう、無理なのだわ……。ああ、どうしましょう……!
タイミングの悪い事に「ちょっと彼女を脅してきて」と依頼したばかりだった。けれども、その者たちと再接触ができず、ルイーザが部屋で右往左往したところで事態は変わらない。
それが返ってきたのだ。
光沢感あふれる手触りのいいリボンが巻かれた綺麗な箱に。
——それは貴族向けの店で売られているもので
その中に丁寧に女性のように化粧を施された生首が
——それは自分がよく使うメイク用品で
依頼した人数分、自分の枕元に置かれていた。
——次はお前だ、とメッセージを添えて。
今までで一番恐ろしい贈り物だった。
——わたくしだと……バレている!
そう思うと怖くて怖くて。この恐怖を信頼できる人に吐露した。
『オンヘイ公爵夫人の座が相応しいのはあなたよ。大丈夫。要はバレなければいいの。私がなんとかしてあげますからね』
そう言った叔母が連れてきた痩せた糸目の男。そして、授けられたのは願いを叶えると言う代物だった。
『あなたの想いが強ければ強いほど、願いの内容が難しければ難しいほど、コレは強い効果を発揮します。……バレないのか? ええ、もちろん。コレを振り払える者は早々居ませんから安心してください。あなたの呪詛は必ず叶います』
だから知りたかった。
——どうしてあの女なの?
だから暴きたかった。
——何か秘密があるの?
だから救いたかった。
——今までのわたくしの努力を
けれども、知れば知るほどルイーザの感情は不愉快なほどにかき混ぜられた。
貴族令嬢らしくない彼女。
何をしても平凡な彼女。
それなのに、彼の関心を惹いてやまない彼女。
場面が進むほどに妬みが、怒りが、憎しみが増幅して、こんなにも彼を思う自分がなぜ報われないのかと想いが溢れた。
そして——感情のままその首に手をかけた。もう殺せばいいんだと、お前が存在するからダメなんだと。
にもかかわらず、呪詛は叶わなかった。
他でもない、平凡だと見下したイザンバ・クタオ自身によって祓われてしまったから。
そこからの目覚め以降、首に跡が残り、四肢は不自由をきたし、そしてイザンバへの憎悪とコージャイサンへの執着だけが粘り着いたように、直接書き込んだように思考を占めた。その他の人は全て頭から抜け落ちて。
ルイーザは生きている。だが、身体が不自由をきたしたのと同じく、その精神も思考も欠けて正常ではない。
「ゆうてそんなのんびりしてる時間ないし、サクッとヤりたいとこなんやけど……」
ヴィーシャはそう言ってニッコリと綺麗に微笑えんで、けれどもその口は綺麗さとは反対の刺々しい毒を吐く。
「お二人に迷惑かけた分があるさかいになぁ。ちゃあんと苦しんで、それから去ね」
「ふざけ……」
ふざけた事を言うな、とルイーザは言えなかった。
なんの遠慮もなしにパシャリ、と頭から被せられた液体は触れた箇所を焼いたから。
「ぎゃあぁぁぁぁあ!」
「薄めたるけど中々のもんやろ? 皮膚、溶かせんねん」
「あ゛あ゛っ! わだぐじの、がおがぁぁぁ!」
「原液はもっとすごいんやで。ふふ、骨の髄まで溶かしたるわ」
「いだい……いだい……だずげで……」
しかし、どれだけルイーザが助けを求めようとも誰も来ない。
「今王都が混乱の最中にあんのは分かる? こう言う時て暗殺しやすいねん。ほら、他所で騒ぎがあればみんなそっち向くし。うちはここに人の注意がこんよぉにしといたらええだけ」
さっき蒔いた水が人目から二人を隠す。
元から霧の濃い新月の夜だ。騒ぎはあちらこちらで起き、叫んだところで死霊に怯えていると思われるだろう。
さらに巨大な黄金昆虫が視線を攫えば、路地裏に座り込む彼女を誰が見つけられると言うのか。
「こんな夜にあんた一人消えたところで誰も気付かへんわ」
救いの手はない、と現実を突きつけると同時にヴィーシャは水球を作り出すとルイーザの動く方の脚に向かってポイっと投げた。
骨の髄まで溶かすとの言葉通り、毒の水球が触れた脚が至極あっさりと痛みだけ残して溶け消えた。
「あ゛ぁぁあ゛あ゛ぁぁ…………っ!!」
のたうち回るルイーザの手足を徐々に削っていくつもりだったが、気は強くても彼女は普通の貴族令嬢。早々に気を失ってしまった。
仕方ない、とヴィーシャはため息をつくと彼女の頬を叩き起こす。
「ん…………あ……きゃぁあ!」
「まぁ、やかましいこと。心配せんでももう終わらすわ。そや、恨み言は先に冥府に行ってる元家庭教師の叔母さんに言いや。あんたとよぉ似て思い込みの激しい粘着質な女やったわ」
「叔、母……?」
それは妄執に取り憑かれた哀れな女に向けての餞別の言葉。調べて見えた関係性に彼女たちの怒りが膨れ上がったのは至極当然の事だった。
けれどもルイーザの欠けた思考ではそれが誰か分からず、ヴィーシャの掌で生まれた水球にただただ絶望だけを見る。
「ほな、さいなら」
同性ですらも息を呑むほどの甘い笑みと激痛を催す猛毒を受けて……。
ナニかが溶けた跡だけが路地裏の片隅に残った。
活動報告に従者たちの会話劇アップ予定です。




