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続・残念だったな。うちの婚約者はそんなことしない。  作者: 雪椿
影も踊った新月 ★残酷描写あり
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 全てを見回った後、イザンバは玄関先から門の外へ視線を向けた。そして、その背を静かに見つめる護衛たち。


「お嬢様」


「大丈夫、分かってる。分かってるから……」


 止めるような声色にイザンバは感情を押さえつけながら答えた。

 守ってもらっている立場で感情任せに飛び出すことは出来ないと理解しているから。


 外からはまだ混乱の声が聞こえて、クタオ邸と同じかそれ以上の状況なのだろう。

 いくら退魔の才能があってもイザンバ一人で浄化出来る限度は知れている。邸内でさえ時間がかかったのだ。王都内全ての浄化なぞそれこそ回復薬が何本あったところでイザンバの限界が先に来る。

 守る事にも、助ける事にも、必要なのは力だとイザンバは思う。


 ——私じゃ……足りない。どうして……。


 自分は魔力量が平均値しかないのだろう。

 ——もっとあればナチトーノ様のように爆破魔法だって使えたのに。

 自分は優れた運動神経がないのだろう。

 ——それがあればビルダ様のように騎士として務めることができたのに。


 イルシーのように、ヴィーシャのように、ジオーネのように、リアンのように、ファウストのように、何か一つでも突出した能力があれば——……。


 ——コージー様と一緒に戦う事が出来たのに……。


 そう、能力値が平均的な彼女の手が届く範囲は彼らよりもずっと狭いから。


 こうやって見捨てる事を選んだ時、いつも諦めて封じ込めた願望が沸々と腹の奥底で煮えたぎる。

 けれどもイザンバに出来るのは自分の現実を受け止め、駆け出したい衝動を抑える事だけ。

 悔しさを噛み砕いて飲み込んで、護衛たちに促され邸に入ろうとしたところ、ひどく明るい声が飛び入った。


「あ、居たー! 婚約者ちゃん、やっほー!」


 そこには眩い金色ボディの昆虫界の王者が居た。しかし、どうにもサイズ感がおかしい。

 二階建ての高さはあろうゴールデンキングビートルだが、よくよく見ればその体は作り物で、自立式の昆虫型魔導具だ。

 そして、その背にはコージャイサンの先輩、マゼランとクロウの姿がある。

 イザンバは瞬時に淑女の仮面を被ると門扉を開けて応対した。


「マゼラン様、ごきげんよう。それにクロウ様も。お揃いでこんな夜更けにどうなさいましたか?」


「こんばんは、イザンバ嬢。いきなりで申し訳ないがオレたちと来て欲しいんです! 事情についてはこれを読んで……」


「婚約者ちゃん、確保ー!」


 クロウの声を遮って響く号令。ポチッと押されるボタン。

 何事かと声の主(マゼラン)を見るが、動いたのは彼らが乗ってきた昆虫型魔導具だ。

 その口がパカリと開き、長い縄がイザンバの腰に巻き付いた。

 そして、まるでカメレオンの舌のような、獲物を掠め取るような動きでそのままグンッとイザンバを口元へと引き寄せるではないか。

 さて、反応は三者三様。


「え?」


 イザンバは展開についていけず疑問符を浮かべ。


「お嬢様!」


 護衛たちはいきり立ち。


馬鹿野郎(マゼラン)〜!!??」


 クロウは青褪めた。

 しかし、当のマゼランは魔導具の動作を観察して満足そうに頷いているのだから、本人に人心への関心が一切ない事が窺える。

 中々の高さで昆虫の口に咥えられる事態になったイザンバ。どうしよう、と口を開くより早くクロウが平身低頭詫びてきた。


「イザンバ嬢、すみません! 大丈夫ですか⁉︎ おま、マゼラン! まだ説明もしてないのに何やってんだ!」


「そんなの進みながらすればいいじゃん。はい、レッツゴー!」


「この馬鹿! いいから早く——うわっ! メイドさん、ちょっと待って! これには事情が……っ!」


 クロウが詰め寄るもマゼランは無邪気な笑みでふわふわと躱す。

 しかし、二人の会話が終わる前にジオーネが発砲した。弾は二人の体スレスレを通り、辛うじての慈悲が見られるのみ。

 素早く銀の弾丸の銃から通常弾の銃へと持ち替える早業といい、狙いの正確さといい、全く恐れ入る。


「マゼラン、お前も早く詫び……」


「お嬢様を離せ」


 そんな事はいいとばかりにジオーネから放たれる殺気。本当は一発目で当ててしまいたかったが、魔導具の使用者を即死させればイザンバが解放されないかもしれない、と理性を効かせた。

 しかし、次は当てると鋭い視線で言われてしまえば流石に鈍いマゼランでも分かる。やる気が削がれたように、落ち込んだように号令を口にした。


「分かったってー……婚約者ちゃん、かいほー」


 再びボタンが押されたことによりパカリと開いた口。言葉通りにその場で長い舌からもイザンバの腰は解放された。

 さて、お忘れではないだろうが、この魔導具の高さは二階建ての建物ほどだ。


「えぇぇえっ!!??」


 浮くことも飛ぶこともできないイザンバは重力に従って。


大馬鹿野郎(マゼラーン)!!!???」


 あらゆる死が過ったクロウはマゼランの首元を掴みガクガクと揺さぶって。


「お嬢様!!」


 叫ぶ護衛のうち、ヴィーシャは腰に巻きつけていた武器を外し、イザンバ目掛けて振るう。

 それがイザンバの腕を捉えた瞬間、ヴィーシャは力一杯自分たちの方へと引っ張った。

 人一人が落ちてくる衝撃は大きい。隣でジオーネが同じく構えたため分散されたとはいえ立って耐える事はできず、三人は土の上を滑った。


「つぅっ——……お嬢様、お怪我は⁉︎」


「大事無いですか?」


 ジオーネとヴィーシャが口々に安否を尋ねてくる中、二人の柔らかな胸の中でイザンバは顔を上げた。


「……はい。びっくりしたけど、大丈夫です。二人は怪我……ああ!」


 だが、イザンバに傷がない分二人は擦り傷だらけだ。特にジオーネは露出が多いため赤い傷が目立つ。


「ごめんなさい! こんなに怪我……痛いですよね。すぐに治療、あ、治癒魔法が、待って、この中に消毒液と包帯を使える方はいらっしゃいますかー! え、私それなら出来る! 大丈夫二人とも落ち着いてね。包帯飛んでこーい!」


 すっかり気が動転したイザンバは一人であたふたと狼狽える。だが、相対する二人は至極冷静だ。


「お嬢様が落ち着いてください」


「こんくらい舐めといたら治りますわ」


「確かに舐めたら早く治るって言いますけど……あ、私が舐めますか⁉︎」


「アホ言わんといてください」


 目を煌めかせたイザンバの提案はヴィーシャに真顔で、そしてすげなく返された。


「受け身とったし大丈夫です。それにほら、うちは毒だけやのぉてお薬作るんも得意なんですよ」


 そう言ってヴィーシャは手のひらに水球を作るとパシャリと傷口にかける。すると瞬く間に血は止まり、端の方はすでに瘡蓋(かさぶた)になっているではないか。どうやら自然治癒力を高める作用があるようだ。


「成分を調合した水魔法の応用です。流石に回復薬や聖水は作れませんけどね」


 ジオーネも自身の傷を見ながら続いた。


「どれも浅い傷ばかりです。そんな事よりお嬢様にお怪我がなくて良かったです」


「うちの子たちが男前すぎて辛い〜〜〜!」


 二人が微笑んでいってくれるものだからイザンバの感動値は鰻登りだ。

 男前ぶりを噛み締めていて、はたと気付いた。まだ大事な事を言っていない、と。


「二人とも、助けてくれてありがとうございます」


「どういたしまして」


「お嬢様をお守りする事があたしたちの役目ですから」


「——っ……素敵すぎるでしょう! これだから世の男性が恋に落ちるんだ!」


 例えイイ笑顔で同僚に治療薬をぶっかけていようとも、ずぶ濡れでドヤ顔していようとも、彼女たちはイザンバにとって尊敬できる、そして頼りになる護衛たちだ。キュンキュンである。


「そう言えば、私を引っ張ってくれたこれはリアンの鋼線(ワイヤー)ですか?」


 しかし、よくよく見れば違う形状にイザンバは固まった。

 長くしなやかな形状だが、それは動物を打つためだったり、時に拷問に使われるものである。

 ヴィーシャの手元にあるのは皮を編み込んだ一本鞭。


「ゆうて武器やのぉて調教用なんやけど」


「ちょうきょう⁉︎」


 驚きひっくり返った声を出すイザンバにヴィーシャが綺麗に微笑んだ。ニッコリ、と。


「そうですね、例えば……」


 そう言ってギラついたアメジストを向けた先。


「あぁぁぁ……怪我がなくて本当に良かった……!」


「もぉー。オレは触るなってコージャイサンもクロウも言うから急いで巻き取り式に改造したのに。でも、いい感じに動いてたよね!」


「だからってなんで配慮の仕方がそう斜め上になるんだよ! この馬鹿!」


 それは丁度いいタイミングで聞こえた間が抜けたクロウの安堵の声と不満を漏らすマゼランの声。今日も今日とてバシン! と景気のいい音が鳴っている。

 ヴィーシャの動きに合わせるようにジオーネが照準を定めた。


「貴様……覚悟は出来ているだろうな」


「躾のなってへん子ぉには——お仕置きが必要やな」


 パシッ、と小気味良い音で鞭が土を打つ。

 このまま調教が始まってしまいそうな雰囲気にクロウは一層青褪め、魔導具から飛び降りると平身低頭の姿勢で謝罪した。


「すんませんっした! でも防衛局からイザンバ嬢に緊急要請でして! あなた達の主人からもこちらを預かってます!」


「それが本物やて証拠がどこにあるん」


「確かにそうなんですけど、それはもう読んでもらうしかないって言うか。コージャイサンからも渡せばわかるとしか言われてませんし」


 眉を下げるクロウからヴィーシャがひったくるように手紙を奪うと文字を追う。

 それは確かにコージャイサンからの指示で、それでいて彼女たちのする事は変わらない。

 銃を構えたままのジオーネと目配せすると、二人は警戒を解いた。


「こちらはオンヘイ総大将からイザンバ嬢への手紙になります」


「拝見します」


 同じく一通の手紙を受け取ったイザンバはすぐに目を通した。


「あの、これは間違いないんでしょうか?」


「はい」


「間違いないよ」


 頷くクロウの隣でマゼランさえもニコニコと言うが、イザンバが戸惑うのも当然で。

 彼女はもう一度手紙に視線を移した。

 そこにはゴットフリートの字でこう書かれていた。


『可愛い義娘へ。


 王都に異変が起きている事は気付いているね。だが、残念なことにコージーが間に合わなかったようだ。

 そこで君に一つ頼みたい。


 ザナ、聖なる浄化の炎で王都を救ってくれ。


 もちろん防衛局が全面的にサポートするからザナは安心していつも通りにしてくれたらいい。

 よろしく頼むよ。


 義父より』


 困惑する彼女にクロウは懐からさらに正式な書状を取り出した。


「イザンバ・クタオ伯爵令嬢。防衛局からあなたに正式な要請です。どうか王都を危機から救う為、ご助力ください」


「お願いしまーす。じゃ、行こっか!」


「待て待て! お前は大人しくしてろ!」


 イザンバの手を引こうとするマゼランをクロウが後ろから羽交締めにした。マゼランがひょろりと高い分大変そうだが。

 その様子を見て少しためらった後イザンバは気になった点を尋ねた。


「あの、コージー様はいらっしゃらないんですか?」


「小隊率いて出張中なんだよね。てか、婚約者ちゃん聞いた⁉︎ コージャイサンてば少尉だよ! アイツほんとヤバいよね! まじウケるー!」


 ケラケラと笑うマゼランの答えに成る程と納得した。

 だからゴットフリートは『間に合わない』と書いていたのだ。コージャイサンがいれば彼が浄化したはずだ。

 だがそれにしても、イザンバは自分にお鉢が回ってきた事が信じられない。


「浄化ならオンヘイ総大将様もお出来になられます」


「その総大将は王族を守るために王宮に缶詰なんです。呪いは王族にも多く向けられてます。その浄化のため、また王族が生贄にされないために王宮を離れることが出来ないんです」


 真剣なクロウの言葉にこれまた成る程と納得した。

 王族を全員守るとなると確かにゴットフリート以外に務まらないだろう。


「私は魔力量が平均値しかなくて。とても王都を救えるほどでは……」


 恥を忍んでそう言えば、マゼランが楽しげな声を上げる。


「大丈夫だよ! その為に魔術師団が全員ミイラになったんだから!」


「……ミイラ、ですか?」


「言葉の綾です。ですが、イザンバ嬢をサポートする体制は整っています」


 つまりお膳立ては完璧なのだ、とクロウは言う。

 それでも疑問と困惑を隠せないイザンバだが、クロウが「あっ!」と声を上げるものだから思わず肩がビクリと跳ねた。

 クロウの顔がさっと青褪めた。またやらかした、と。


「すみません! コージャイサンからイザンバ嬢に渡すように言われたものがあるんです。アレ、どこやった?」


「ああ、アレ! 今出すねー!」


 マゼランがボタンを一つ押せば魔導具のお腹側がパカリと開くではないか。そんな所が開くのかとイザンバは興味をそそられて覗き込みたくなった。

 彼は目的のものを手にするとイザンバに差し出す。


「じゃじゃーん! コージャイサンから婚約者ちゃんへのお届け物でーす!」


 ショルダータイプの保存用の魔導具から取り出されたのは一つの花束。

 柔らかく可愛らしい星形のピンクの小花がたくさん集まって並び咲いている。


 ——この花、確か……カランコエ。


 そう考えて、どうしてかイザンバから笑みが漏れる。


「……ふふっ」


 クスクスと笑う彼女に他の者は皆首を傾げる中、クロウが呆れたように肩をすくめた。


「まぁ、確かにこんな緊急時に花束ってのも笑えますけどね」


「いえ。そうじゃないです」


 緩く首を振ったあと、どこか愛おしそうに花束をヘーゼルに写す。

 そして、一つ深呼吸をしてイザンバは護衛の方を見た。

 彼女たちも心得ているのだろう。問いかけるような、決意を固めたようなイザンバの視線に二人はゆっくりと頭を垂れた。


「お嬢様のお心のままに」


「何があってもあたしたちがお守りします」


「ありがとう」


 護衛たちが止めないのもまた彼の指示だろう。

 イザンバは凛とした表情でクロウとマゼランに向き直り告げた。


「分かりました。行きます」


「ありがとうございます! それじゃあ、すぐに……」


「あの、このお花を部屋に置いてきてもいいですか? 汚したり潰したくなくて」


「それならこの魔導具に入れておきましょう。全てが終わったらまた取り出せばいいですから」


「はい、ありがとうございます」


 せっかくの花束だ。綺麗に残しておきたいという彼女の気持ちをクロウは汲んでくれた。

 しかし、この男はマイペースだ。


「ねぇねぇ。どうして急に行く気になったの? 怖がってたでしょ? あの花に何があるの? オレには普通の花束にしか見えないんだけど何か特別な力でもあるの?」


 ひょっこりとイザンバの顔を覗き込んで矢継ぎ早に尋ねるマゼラン。

 ——花束一つ

 たったそれだけでどうして彼女の心境に変化が起きたのか、彼の知的好奇心が刺激されたようだ。

 その様子がまるで「なんで? どうして?」と聞く孤児院の子どもたちのようで、イザンバは微笑ましい気持ちになった。


「大丈夫だって、思ったからです」


 そう言ったイザンバの視線は魔導具の中の花束にむき、ヘーゼルは柔らかくも暖かな光を宿している。

 この答えでマゼランが納得したかは分からない。

 でも、彼女には十分に伝わるものだったのだ。


 カランコエの花言葉は『たくさんの小さな思い出』。

 その言葉は今まで二人が積み重ねてきた日々を彷彿させて。

 辛い事も、苦しい事も、悲しい事も。

 けれどそれを上回る嬉しい事、楽しい事、喜ばしい事。

 一人では出来なかった事も二人なら可能になる。

 きっと今回も……イザンバで事足りるようにしてくれているのだろう。


 人は弱く流されやすい。つい先程までイザンバも自分の無力さに打ちひしがれていたのに。

 でも、コージャイサンが味方であると伝えてくれた。それなら私だってと奮い立つしかないじゃないか。


 思い出がたくさんあるこの地で、彼を信じて待つ為にイザンバも動く。


 ピンクのカランコエの花言葉は————『あなたを守る』。

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― 新着の感想 ―
[一言] ザナ頑張ってあなたならきっとできるはず そしたらザナを侮ってた人はいなくなるはず しかしマゼランさんものすごい自由人ですね ってかこれが終わったらコージャインサン様に殺され るんじゃあ...…
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