5★
※注意※
これより先に「人類友達、全て救うぜ!」なヒーロー騎士はいません。
戦闘表現があります。血が流れます。人が死にます。
そのような『残酷な描写』を含んでおりますので、苦手な方はご留意ください。
また読まれた方におかれましては自己責任の範疇ですので、読後の「こんなん違うわ!」などのクレームは受け付けません。
あらかじめご了承ください。
ただし「アンタら、やるやん!」などの感想は大歓迎です。
繰り返します。
この先は『残酷な描写』を含んでおります。
「清濁飲み込んだキミが好き!」という精神的猛者の方のみお進みください。
「隊長っ!!」
空気を裂いた、それは必死の呼び声。
何事かと研究員たちが色めき立ったところ拠点に駆け込んできたのはフーパだ。ぽとり、と落ちる汗の大粒を拭いもせずに彼は火急の要件を伝える。
「第四ポイントに魔獣が現れた!」
「タイプは?」
「疾風餓狼の群れ、数はおよそ四十! その内一体が変異体!」
「総員警戒態勢。メディオは全ポイントを索敵」
その短い指示にすぐにメディオは記録の手を止め索敵に集中した。
第四ポイントはチックとキノウンの担当だ。
第一から始まり第三ポイントまでは滞りなく救助が進んだ為、フーパはペアの騎士と共に手助けに回っていたのだが、第四ポイントで作業中に魔獣と遭遇した。
疾風餓狼だけならば彼らだけでも対処出来る。だが、どうにもおかしな個体が混ざっている事でいつも通りとはいかなかった。
新人であるキノウンを避難も兼ねて走らせることも考えたが、彼よりもフーパの方が足も速いし馬の扱いにも長けている。
また拠点は第一ポイントと第二ポイントの中間にあり、第四ポイントから一番遠い。別荘の前を走れば早いがそうすると敵方に見つかる可能性がある。
一刻を争う中、第二ポイント担当の騎士達もいたので防衛は任せてフーパが連絡係を請け負い、拠点のある林の中を全速力で駆けてきたのだ。
索敵を終えたメディオが顔を上げた。
「ここの周辺に敵影はありません。第四ポイントにのみ集中していて……妙ですね」
「誘導もしくは召喚……可能性は低いが転移」
偏った出現にあらゆる可能性を考慮して、コージャイサンは一つの決断を下す。
「俺も出る。お前は彼らと共に拠点を守れ」
「……私は、一人で戦闘は……」
「何が一人だ。彼らがいるだろう。魔獣は何を嫌う? お前なら寄せ付けない方法を知っているはずだ。研究員と共に防護幕を張れ」
そう言われてメディオはハッとした。
コージャイサンは敵を屠れとは言っていない。一人でやれとも言っていない。
ここには、メディオの他にも防衛局員がいるのだから。
「研究員はそんなに柔じゃない。彼らは武力はなくとも知力で身を守る方法を確立している。決め付けて侮るな。お前が思うよりも彼らは強い」
悪癖を指摘されたメディオは歯を噛む思いだ。
魔導研究部で使用する材料は基本的に研究員が自力で調達する。そこが危険地帯でも、だ。なので彼らは知恵を絞る。
コージャイサンが研究員に視線を向けると彼らは心得たとばかりにイタズラな笑みを浮かべた。
「魔導具じゃんじゃん使っていっすか?」
「ええ。コイツにも使い方を教えてやってください。ここは任せます」
「了解!」
許可を得て、研究員達がワッと浮き足たつ。さて、どんな魔道具が飛び出すのか……。拠点が守れればヨシとしよう。
コージャイサンとフーパは目配せをすると、第四ポイントへと向かって駆け出した。
交戦する騎士たちの元に馬の嘶きが届く。林を抜けた後、二人は全速力で馬を駆ってきた。
「状況報告を」
隊長がきた事に喜びの表情を見せる騎士達。けれども馬をフーパに預けるコージャイサンは落ち着いていて。
「各ポイントから応援が到着。民間人の安全は確保済みです」
「召喚士の姿を確認。その為斬っても餓狼が次から次へと湧いてきます。変異体と見られる黒い個体が一体。そちらが厄介です」
「黒い個体により騎士五名が負傷。ロットが治療中ですが呼吸するだけで痛みに襲われ、さらに黒いモヤが取れず芳しくないようです」
騎士からのそれぞれの報告を受けた。
——黒いモヤ……。
少し思考に気を取られた時、木の影から一体がコージャイサンへと襲いかかってきた。
危なげなく避けた彼の予想は確信へと変わり、視線を鋭くすると騎士に注意を促す。
「黒い個体は呪いです。触れないように」
「触れるなって……じゃあ、どうやって倒すんだ⁉︎」
倒す為に触れて呪いを受けるとなると騎士達の身が持たない。焦りを口に出したジュロに、けれどもコージャイサンは気を高め、抜刀した剣身に左手を添える。
ゆっくりと剣先まで薙いでいくと、刃が紫銀を纏った。
それは神々しく、同じ支給品の剣でありながら神器と呼びたくなるほどだ。
浄化の気配に黒い個体から上がる唸り声。牙を出して威嚇する呪いにコージャイサンも姿勢を低くした。
じりじりと睨み合い、そして地を蹴ったのは同時——大きく口を開けた呪いはもはやコージャイサンを噛み殺す勢いだ。
だがその牙が届くよりも速く、鮮やかに紫銀の剣が呪いを裂いた。
「俺が斬り伏せます」
「やだ、カッコいい……!」
騎士達が胸をときめかせる音がそこかしこから聞こえたが、それらは氷点下の視線で粉々に散らされるのだからこの隊長はつれない。
さて、コージャイサンがロットの元へ向かうと負傷した騎士たちの側で座り込んでいた。
ロットは友人の姿を見つけると少し涙ぐんだ。
「僕、頑張って治癒魔法をかけたんだけど……黒いモヤが取れなくて……いつもなら、怪我も……状態異常だって治せてるのに……! 皆ずっと辛そうで……でも、痛みを和らげる事しかできなくて……!」
魔力量に自信のあるロットは攻撃や防御、補助のみならず治癒系においても優秀であった。
だが、今回は勝手が違った。いくら強力な治癒を重ねがけしても一向に良くなる兆しがない。
疑問は焦りを呼び、平常心を喰らう。挫けそうになった時、黒いモヤがなくなり気が抜けたのだ。
「落ち着け。その黒いモヤは呪いだ」
「呪い……それ、どうやって……」
「祓った」
コージャイサンが黒い個体を斬った事で呪いは祓われた。
その事実にロットは呆然とし、そして魔力量を誇るだけではどうしようもなかった理由を知った。
呪いを受けた騎士の中にチックとキノウンの姿がある。騎士達は身を苛む痛みがすっかりなくなり、その変化の大きさに驚くばかりだ。
「すげぇ……あんなに酷い痛みだったのにもう何の問題もない」
「呪いによるものですから祓えば残らないんですよ」
すぐさま立ち上がりグッと体を伸ばす先輩騎士達とは対照的にキノウンの表情は沈んでいる。
それに気付いたチックがバシリとその背を叩いた。
「よしっ! 行くぞ、キノウン! あいつらに活躍の場を全部取られちまう!」
だが、キノウンに快活な笑みに応える余裕がない。口籠った彼が何かを言おうとしたところ——突然、地面が大きく揺れた。
何度も地を叩く感覚にコージャイサンも警戒心を引き上げ他の騎士たちと合流する。
そこに現れた地響きの正体に誰かが呆然と呟いた。
「…………ゴーレム……」
その背後から現れた複数の人影。ローブの人物が一歩前で高らかに声明を出す。
「ふはははははは! 愚かな防衛局の騎士共め! お前達もここで新たな国の礎となるのだ! そのままゴーレムに踏み潰されろ!」
「愚か者に死を!」
「姫に忠誠を!」
「我らの新たな国に栄光を!」
売国の音頭が続く中、召喚士が次々とゴーレムを喚びだす。二体、三体、四体と。
その傍で光る見慣れない魔法陣にコージャイサンが眉をひそめた。
——古の術式……。
さて、さすがの騎士たちも複数の巨大兵の登場には狼狽えた。
それを感じ取ったコージャイサンが一つゆっくりと息を吸い、翡翠に闘志を宿らせると一体のゴーレムに向かって走り出す。
だが、まるで行く手を阻むように疾風餓狼が数体、腕や脚を狙って飛びかかってくるではないか。
剣を持つ右手側の襲撃は斬り捨て、左手側の襲撃は鋭い牙を交わし氷の矢を疾風餓狼の脳天に撃ち込むと頭上に影が出来た。ゴーレムの拳だ。
振り下ろされた拳をサイドステップで避けると拳を足がかりに一気に腕を駆け上がる。
そして、ゴーレムの足元で小さな爆発を起こし全体が傾いた所を核を狙って——斬った。
「えぇぇぇぇぇええっっ!!!???」
場を支配する驚きに敵も味方もない。
巨体が倒れ込んだ事による地響き、昇る土煙。
コージャイサンはゴーレムを足場にしたまま、冷ややかな視線を召喚士達に向けた。
「俺たちはハイエ王国防衛局だ。この程度で止められると思うな」
当たり前のように言い切る姿に敵方はたじろいだ。しかし、これで諦めるほど自分たちの夢は安くない。ぐっと歯を食いしばり、負けじと睨みつける。
「たかが一体倒したくらいで調子に乗るな!」
「クソっ! 騎士ってあんな簡単にゴーレム斬れんのかよ!」
「疾風餓狼をもっと呼べ! 撹乱してゴーレムに近づけさせるな!」
目を白黒とさせる騎士もさることながら敵方の混乱はもっともだ。
だが、コージャイサンは足場から飛び降りると至極冷静に自分の行動を省みる。
——剣と自分に強化、ゴーレムに弱体化をかけただけだが意外と簡単に……。
「斬れる」
「斬れるかぁぁぁ!!!」
ここで騎士の心が一つとなった。腹の底から出た声での総ツッコミとは素晴らしい。
「隊長基準で言い切んのやめてくんない⁉︎」
真っ先に涙目で詰め寄ったフーパ。
「普通ゴーレム倒すには魔術師が必須なんだよ! このおバカ!」
一周回っておバカ扱いするジュロ。
「お前、自分が人外だって事忘れてんじゃねーよ!」
もはや同じ人間ではないと言い切るチックに多数の騎士が同意を示す。
流石にコージャイサンもこれには反論した。
「失礼な。総大将も将軍も斬れる」
「それはあの人たちも人外だからだよ! オレたちはまだ人間やめてないの!」
ジュロが必死に言い募るも、さて響く先は隊長以外。
コージャイサンとて腕力だけで斬ったわけではないが、肝心なところが何一つ伝わっていないのだから仕方がない。
掛け合いをしている間に呪いの個体がまた現れた。彼の意識はもうそちらに向いている。
「呪いは俺が引き受けます。今の要領でゴーレムを倒してください」
「無茶言うなー!」
ポイっと投げられた指示は騎士にとっては無茶振りで。チックがコージャイサンを揺さぶる隣で、フーパが希望を見出した。
「そうだ、ロット! お前の爆破魔法でやっちまえ!」
「すみません! 手持ちの回復薬飲んだあとなんで二発が限界です!」
「まじかぁぁぁ!」
ゴーレムを倒すのに二発とは心許ない。だが、ここまで浮遊や回復を使い続けた彼を責める事が出来ようか。
ここに将官や佐官クラスがいればまだ良かった。だが、今いるのはそこには至らない者ばかり。
騎士達の間に広がる動揺に敵の召喚士は勝利を確信して笑みを浮かべた。
「静まれ」
それは大きな声ではなかった。だが妙に耳に届く、逆らいようのない澄んだ強い声だった。
まるで声の出し方を忘れたように騎士たちは、いや、敵方さえもその動きを止めた。
ぐるりと騎士に向けて巡らされた翡翠が清冽な輝きをもって彼らを射抜く。
「戦闘時に無様に狼狽えるな。お前たちの前には敵が居る。後ろには民が居る。お前たちが狼狽えれば敵を喜ばせ、民は恐怖が煽られ不安を生む。その不安が背後からお前たちを襲うことになるぞ」
——自身が狼狽えれば
——守護対象が恐慌状態に陥れば
命はその手をすり抜け儚く散る。騎士の使命の中でも守る事はいつだって一番難しい。
力及ばず命が散った無念さを、己が無力さを知る彼らはスッと背筋を伸ばした。
「笑え」
淡々とした声の割に煽り立てるような、根底の矜持をけしかけるような尊大な笑み。
「いつもの軽口はどうした。例え不利でも己は強いと笑え。お前たちの敗北は民の、主君の死だ」
騎士の敗北が直結する悲劇を言葉にして。
強者の余裕も弱者の虚勢も紙一重。怯え、挫け、恐れた者が敗者だ。
今この場に敗者となる事を望む者はいない。彼らが手にするものは絶対勝利——ただ一つ。
顔つきが引き締まった騎士を背後に従え、コージャイサンが敵を見据える。
「剣を取れ」
——恐怖すらも薙ぎ払い
「足を踏み出せ」
——許されるは前進のみ
「お前たちはハイエ王国防衛局の——誇り高き騎士だ」
「はっ!!!」
気合いの咆哮が空気を揺らす。
すぐさま連携をとり、ゴーレムに挑みだした様子は正しく勇敢で、その命ある限り抗戦する騎士の姿だ。
「っ————ハッタリだ! 行け、ゴーレム! 騎士共を殺せ!」
召喚士が命じるとゴーレムは揃って騎士を狙って動き出す。けれどもコージャイサンは焦るどころか淡々と言うではないか。
「ハッタリかどうかはその目で確かめろ。まぁ、生きていたらの話だが」
「ヒッ……!」
彼らは民を守る。だが、残念ながら今回はそこに敵対した者への慈悲は含まれない。
向けられた翡翠の冷酷さに小さく声を漏らして召喚士は腰を抜かした。
目の前にいるのはどう見たって年若い男なのに、強者だと言わんばかりの威圧感に完全に呑まれたのだ。
「罪はその命をもって贖え」
いくら強力な魔獣を召喚しても、それは古の術式の補助あってこそ。
恐れを抱いた心で過ぎた力を御する事が出来ようか。
召喚士が気づいた時にはもう手遅れ。制御から外れたゴーレムは思うがままに暴れだし、そこに敵味方の、ましてや召喚主の区別はない。
自分に向かってくる巨大兵に身が竦む。
「助け……助けて、くれ……——————っ!」
騎士がゴーレムたちを相手にする中で轟音は増すばかり。救いを求めようにもその声は轟音に掻き消され、縋るように向けた先で翡翠と目が合った。
だが、彼は動かない。熱のこもらない瞳で召喚士が迎える末路を見ているだけ。
救われない現実に絶望を抱き、召喚士は己が喚び出したゴーレムにいとも容易く踏み潰された。
——飛び交う怒号
——舞う汗と血飛沫
——簡単に消えていく命
それは学園の模擬戦でも討伐訓練でも無かったものだ。実戦はかくも血生臭く熱を帯び、無遠慮に新人の心を抉る。
「……俺は足手纏いだ…………強いと……コージャイサンに勝てないだけだと…………」
それは自惚れの自覚。安全性を考慮された箱庭の中の強さは飛び込んだ世界の前では無意味なもの。
先輩達が戦っている。自分も行かなければ、と思うのに体が固まって動かない。
キノウンはやっと綺麗事だけで済まない世界に身を置いた事を知った。
「お前は力み過ぎだ。言っただろう? 力の抜き方を観察しろと」
組み分けの際に言われた言葉。再度言われてキノウンはグッと拳を握り込んだ。
「新人が足手纏いなのは当然だ。実践経験なくして培えるものはない。彼らだってそうしてきたんだ。安心して胸を借りて来い。それに……」
意味深に止め、続きを待つキノウンにコージャイサンはニヤリと笑う。
「アレはドラゴンよりも弱い」
なんてものと比べてくれるんだ。キノウンを襲うがくりと項垂れるほどの脱力感。だが、いい具合に力が抜けた。
「はぁ……イザンバ嬢に文句を言わねばならないな。——どうせなら俺も連れて行ってくれたら良かったのに」
同級生でありながら実践経験が違いすぎる。キノウンは体の芯まで思い知った。もはやこの友人は張り合う相手ではない、と。
しかし、友人の態度は先ほどのアドバイスとは一転。
「断る。お前がいたらザナが楽しめない」
「ははっ。そうか」
そして、一つ大きく深呼吸を。それは体に血を巡らせ、魔力を巡らせ、己が矜持を巡らせて——瞳が挑む意思を持つ。
「行ってこい」
「はっ!」
隊長の声を合図に踏み込んだ、これが騎士としての本当の第一歩。
そんな二人のやり取りを黙って見ていたロットから戸惑いの声がかかった。
「キミ、そんなだったっけ?」
「何が?」
「婚約者に対してだよ。確かに仲良さそうだったけど、優しいって言うか……甘い?」
「惚れた女に甘いのは当たり前だろう。そんな事より……」
恥ずかしげもなく言い切られてロットは面食らった。そして、またポイっと放られた魔力回復薬がその手に届く。
「疾風餓狼に重鈍化付与、ゴーレムに弱体化付与と足止めに小爆発。騎士たちには攻撃強化と随時回復」
「だから注文多いってばっ!」
「お前一人が爆破魔法を撃つより効率的だろう?」
爆破魔法は威力も大きいが魔力の消費も多い。そうすると彼が一番に戦線離脱する事になる。
それよりもせっかく奮い立った騎士たちと上手く連携し討ち取れば……。騎士とロット、どちらもが自信と功績を持つことになる。
「そうだけど……ほんと、キミそういうとこだよ。どうせ呪いの事も知ってたんでしょ? こっちにも優しくしてよ」
「十分優しいだろう。騎士の補助は頼んだ」
ほら、そう言って部下の要望はサラリと流すのだからこの上官は優しくない。ロットは諦めたように息を吐いたあと、強気に笑ってみせた。
「了解です! だって、僕も防衛局の魔術師だからね!」
鼓舞された騎士達の奮戦の最中へ気合いを入れたロットも飛び込んだ。
友人を見送り、コージャイサンは左手で胸ポケットに触れた。そこにある小さな袋の存在に緩く上がる口角。
——必ず帰る。
しかし一度敵が接近すると彼の顔に胸ポケットに触れた時の穏やかさはなく、それはそれは容赦のない一刃を浴びせたのだった。




