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あなたの望んだとおりに

 絵里は、まだ事態をうまく飲み込めていなかった。


 目の前で、宙に浮いている不思議な女性。


 そして、その女性を睨みつけている、武。


 武が言うには、今まであの女性が武の体にのり移っていたという話であるが、果たして、ではあの女性は、敵なのか味方なのか、絵里には分からなかった。


「ここまで……ここまでやらなくても別に良かった!」


 ふわふわと浮いて笑っているミナトヒメに、武は叫んだ。


「軽くやっつけて、もう二度といじめをしないようにさせれば、もうそれだけで良かったんだ! 何で……! 何でここまでやってしまったんだ! この一年、横で僕が止めるようずっと言ってたのに、あなたは!」


「えー? だって……」


 ミナトヒメは、武の周りをふわふわと笑いながら飛び回っている。絵里から見ると、特に敵意は無いように感じる。


 ミナトヒメは、タケルの前まで飛んでくると、そこで止まって武の目を見ながらこう言った。


「だって、これって……あなたが心の中で望んでいた事よ? 私はただ、あなたが望んていた通りにしてあげただけ……。ふふっ、ねえ武、あなた、こう思っていたじゃない。徹底的にやっつけて、きっちり今までの償いをやらせたい……って。だからわざわざ、こうやってクラスの子たちをあなたの手足になれるように調教してあげたのよ?」


 ミナトヒメのその答えに、武は言葉に詰まった。


「そ、そんな……そんな事、僕は……」


 そんな武を気にする様子も無く、タケルの横までふわりと舞いながらやって来たミナトヒメは、耳元に囁くように、武に更に話しかける。


「ほら、もうヒロユキ君たちは、あなたの忠実な手足になったわよ……? もうあなたが何をしても、反抗もしないし、文句も言わないわ……。武が行けと言えばどこへでも行くし、やれと言えば何だってやる……そういう風に鍛えてあげたんだから……。そして、そこの絵里ちゃん……ふふっ」


 武の耳元で楽しそうに囁くミナトヒメの目が、細く歪んだ。


「ずっと私の側にいさせて、私のやる事の殆どを見るようにさせたわ……。彼女はもう、武からはもう離れられない……。あなたがこれから何か相談したい時、相手がいるようにしてあげたわよ……。だから……」


 そこから先は、絵里には聞こえなかった。ミナトヒメは、武にだけ聞こえるよう、耳元でそっと囁いたからである。


 ミナトヒメのささやき声を耳にした武は、顔を赤くしてミナトヒメに怒った。


「そ、そんな事まで頼んでないっ! 余計なお世話だっ!」


「ふふっ……」


 大声を出す武の側から離れ、再び宙にふわりと浮いたミナトヒメは、武に向かって優しく微笑んだ。


「せっかくこのお姉さんが色々とお世話してあげたんだから、武にはもっと感謝してもらってもいいと思うんだけどなあ……。ふふっ、まあいいわ。いずれ感謝する事になるでしょうからね……」


 二人のやり取りを横で見ていた絵里は、だんだん事情が分かってきた。


「この……この女の人が……全て、やっていた事……」


 なぜ、新学期に登校してきたあの時、タケルの様子が変だったのか。


 なぜ、タケルはクラスメート達を簡単に殺そうとはせず、むしろ楽しそうにおもちゃで遊ぶような扱いをしたのか。


 なぜ、タケルはいじめっ子達に怒りや悲しみをぶつけるような事がほとんど無かったのか。


 クラスメート以外の者に、タケルが余り興味を持たなかったのはなぜか。


 なぜ、集めた金を今まで全く使わずにいたのか。


 全ては、ミナトヒメが武のために、そして自分が楽しむためにやった事……それを絵里は、たった今理解したのである。


「じゃあね……。もう少し楽しんでいたかったけど、まあ、いじめっ子達はもう訓練も終わったし……もういいや。さようなら、可愛い武くん。ふふっ」


「あっ、ミナトヒメ、まだ話は終わってない!」


 ミナトヒメに向けて伸ばされた武の手であったが、彼女に触れる事は叶わず、タケルの叫びが虚しく響く中、ミナトヒメはまるで空に溶け込むように、すうっと消えてしまったのであった。

次か、そのまた次でおしまいです

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