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夏休みを過ぎて

 新学期から、一ヶ月が経った。


 学校内で、タケルの力について目の当たりにする者たちが他のクラス、他の学年でも出始め、その中のうち、いじめられたりしている生徒たちがタケルの元に助けを求めにやって来たため、タケルはそのことを教師たちに伝え、しっかり働くように指示を出し、彼らに適正に処理させた。


 教師の言うことを聞かなかったりして手に負えない生徒たちには、タケルは分身を送り込み、力で彼等をねじ伏せた。


 正しいことを言っているのにその言葉に従わないというなら、力で言うことを聞かせる。


 それが、タケルのやり方であった。


 クラスメート達がアルバイト等を始め、しばらく経つとそれぞれ給料を得始めたので、彼等はその中から決められた分を、タケルに納めた。


 時間のあるときには、彼等、彼女等はかつて自分がやった悪事を謝るため、家や店を訪問し、かつていじめた過去のクラスメート、万引きした店達に謝り、また必要なら賠償もした。


 タケルのもとには、毎月百万円を超えるくらいの額が入ってきた。


 タケルは、その金には一切手を付けることはなく、ただずっとタケルの預金口座の残額だけが増えていった。


 タケルは、時々以前のような“テスト”を行い、クラスメート達の忠誠心を試した。


 わざと架空の敵から倒されてみたり、いきなり行方不明になってみたり、力を失ったふりをしたりして何度もクラスメートたちを試すうち、彼等は最初の頃はそれに引っかかることもあったが、しばらくすると全員引っかからなくなってしまった。


 そんなことをしているうちに、二ヶ月が経ち、三ヶ月が経った。


 警察官の影山から、難解な事件の捜査についてタケルに相談などがあっていたので、タケルは気が向いた時には彼の仕事の相談に乗った。


 彼の仕事は、主に少年犯罪の捜査、聞き取りなどであった。


 タケルは、彼に真実を見せ、隠された証拠を教え、誰が嘘を付いているのかを示したので、影山の仕事は大いにはかどり、数多くの仕事をこなせるようになった。


 四ヶ月が経ち、五ヶ月が経った。


 タケルは、しっかりとクラスメート達を管理した。遅刻、欠席は許さなかったが、この頃からやむを得なく学校を休まなければならない者には、欠席する事をときどき許すようになった。


 一人、タケルから赦されていたクラスメートの一人が、まるで自分が偉いかのように振る舞いはじめたため、タケルはその生徒を罰し、彼を赦していたのを取り消し、償いをさせる者の中に彼を加えた。


 クラスメート達をしっかり働かせ、タケルは毎月収入を得た。しかし、タケルはその金には手を付けはしなかった。


 紙に封じ込められていたシュウイチの親が、ある程度まで賠償金を払ったので、タケルはシュウイチを生き返らせ、支払いの続きは彼本人にやらせる事にした。


 六ヶ月が経ち、七ヶ月が経った。


 タケル達は、三年生になった。


 クラス替えは行われず、クラスメート達は相変わらずタケルと同じクラスであった。


 この頃から、タケルの事を学校の殆どの者が「タケル様」または、「タケルさん」と呼ぶようになり、もはや彼を呼び捨てにするのは、絵里や義雄など、一部の者だけになった。


 タケルは、時々"テスト"を行っていたが、この時にはもうクラスメートの誰も、それに動揺する事は無かった。


 タケルがいてもいなくても、彼等の言動は変わらなくなった。タケルはそれを見て、満足した笑みを浮かべた。


 八ヶ月、九ヶ月、そして夏休みを迎え……一年が過ぎた。


 タケルの口座には、一千万円を超える額の預金が貯まっていた。


 そして、三年生になって夏休み明けの新学期を迎えたある時、タケルは学校の屋上にいた。


「ふう……もう一年かあ。僕がヒロユキ君達に仕返しを始めて、もうそんなになるんだね」


「……そうね……」


 タケルと話していたのは、絵里であった。


 タケルはこの一年、絵里を常に自らに付き添わせ、自分の判断する様子や、罰を与える様子をずっと見せていた。別に絵里に何か相談するわけでも無かったのだが、何故かタケルはずっと絵里を近くに置いた。


「この一年、何だかあっという間だったなあ……。もうクラスの皆をテストしても、誰も面白い反応をしなくなったなあ」


「……あれだけやれば、そりゃあそうなるわよ……」


「ふふっ、そうだね。最初の頃は楽しかったな。ヒロユキ君、あんなに慌てて……」


 そう言って、タケルは屋上から校庭を眺め、少し笑った。


「うふふっ……」


 絵里は、そんなタケルをずっと見ていた。


 そして……ふと、絵里は思った。


 タケルは、いつからあんな笑い方になったんだろう。


 入学してきたタケルに初めて会って、挨拶したあの時……


 タケルの笑い方は、あんなじゃなかった。あんな、女の子みたいな笑い方じゃ……


 そこまで思った絵里に、ふと、一つの疑問が浮かんだ。


 なんてことは無い小さな疑問と言うか、疑惑。でも、何となくぼんやりとずっと思っていた疑惑。


 絵里は、それを今、タケルにぶつけてみたくなった。


(こんなこと聞いたら、タケル、怒るかな……? いや、別にタケルをバカにしてるわけじゃないし、タケルのやる事を止めてる訳でもないから、問題ないよね……)


 そう思った絵里は、相変わらず校庭を眺めながら微笑んでいるタケルに、横から話しかけた。


「ねえ、タケル……一つ聞きたいんだけど」


「ん……? 何?」


 そう言って振り返ったタケルに、絵里は持っていた疑問をそのままぶつけた。


「ねえ、タケル……。あなた、本当にタケル?」


 絵里のその言葉を聞いたタケルの表情が、笑顔のまま一瞬固まったのを、絵里は見逃さなかった。


 確信めいた何かを得た絵里は、改めてタケルにもう一度聞いてみた。


「あなた……本当は、誰なの?」


「……うふふっ……」


 タケルは、絵里のその問いに、可愛らしい笑い声で返した。


 その笑い声は、タケルのそれとは全く違う……若い女性の声であった。


「えー? なんでそう思ったの? たけるのお母さんだって気付かなかったのに……」


 聞き間違いではなく、笑顔でそう絵里に問いかけるその声は、確かにタケルの声ではなかった。もっと高い……女性のものとしか思えない声。


 何かを答えようとした絵里であったが、それはタケル……いや、タケルの中にいる何かの言葉によって遮られた。


「ふふっ……まあいいや。もうしばらくこの体で過ごしていたかったけど、約束だもんね……。しょうがないや。返すとしましょうか」


 タケルの中にいる"何か"がその場に座り込んでそう言うと、タケルの体は急に力が抜けたように、その場にそのまま倒れ込んだ。そして、体から、何かモヤのようなものが出て来るのを絵里は見た。


「あっ……! た、たける!」


 倒れ込んだその体に、絵里は慌てて近寄ると、頭を抱えて抱き起こした。そして……その顔を絵里が見ると……不意にその目がぱちっと開き、そして絵里を見たかと思うと、彼女に向かって叫んだ。


「え、絵里さん! ありがとう! 見破ってくれて本当にありがとう!」


 そう言って絵里の手を力強く握りしめたその人は、絵里に向かってこう言った。


「ぼ、僕が本当のたけるなんだ! 今まで僕の体の中にいたのは、本当の僕じゃなかったんだ!」


 そして、たけるは、空中で人の形を取りつつある、先程武たけるの体から出て来た何かに向かって叫んだ。


「あ、あなたはっ……! あなたはっ! なんて事をっ……!」


 先程、たけるの体から出て来たそれは、衣を着た女性の姿を取りつつあった。


「ミナトヒメ……! なんて事を、僕の体でやってくれたんだっ!」


「うふふふ……」


 たけるから、ミナトヒメと呼ばれたその何かは、今や、はっきりとその姿を現しつつあった。その姿は、天女の衣のような服を身に纏った、若い美しい女性であった。

 

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