タケルを狙ってみた
自分の容姿に、タケルの隣の席にいるアヤカは多少ながらも自信を持っていた。
もちろん、芸能人と変わらない美貌の持ち主だとまで思っている訳ではない。でも、クラスの中では多分一、ニを争うくらいには自分は可愛いと思ってはいた。
男子生徒から告白された事も、何度かある。
目は結構大きめの二重で、我ながらぱっちりとしていると思うし、背も高過ぎず低過ぎず、鼻筋もすっと控えめに通っており、自分の顔をカメラで撮る時も、撮り直しをあまりしなくて済む。
加えて、アヤカはスタイルも良かった。少し痩せ気味ではあるが、それでも出る所は出ているし、足もそれなりに長いと彼女は自覚していた。
だから、彼女は思った。
タケルの彼女になれれば、今の苦しい状況からもしかして脱出出来るのでは無いか……と。
少なくとも、今のこの状況――賠償金を払い、そして"課題"をこなさなければならない、今より悪くなる事は無いだろう。
そんな思いで、横の席に座っているタケルをアヤカは改めて見てみた。
うん、大丈夫だ。こうやって改めて見てみると、そんなに顔は悪くない。背も低いわけじゃないし、太り過ぎでも痩せ過ぎでもない。
何より、今のタケルは強い。そして権力を持っている。このクラス、引いてはこの学校の支配者は、タケルであることは明白なのだから。
成績も、元々特待生として入ってきたタケルは、学年でもかなり上の方、十指に入る順位のはずだ。
ならば、女として、この極上の獲物を当然狙うべき……そうアヤカは思った。
タケルは心の中を見る。だから、心の中までしっかり好きという気持ちを作っていかないといけない……それを気をつけながら、アヤカは、自分で自分に言い聞かせた。
(私は、タケルの事が好き……。タケルの事が好き……)
まるで自分自身に暗示をかけているかのように、そう心の中で言い続け、もう大丈夫だと思ったアヤカは、ある日の昼休み、隣の席にいたタケルに話しかけた。
「あ、あの……タケルさん……」
アヤカに話しかけられ、タケルが何の用かと振り向くと、彼女は上目遣いでタケルを見つめていた。
「ん? 何か用? アヤカさん」
タケルが、いつもの調子でアヤカに答えると、アヤカは出来るだけタケルに気に入られるよう、甘え過ぎず、馴れ馴れしくせずのギリギリのラインで、タケルに聞いた。
「あの……変な事を聞いてごめんなさい……。でもどうしても聞いてみたくて……。タケルさんって……好きな人とか、いるんですか?」
ここまで言えば、タケルは私の心を読んで、私のタケルへの好意に気付くはず……アヤカは、そう読んでいた。
果たしてその通り、タケルはアヤカの質問に対し、その真意を探ろうと彼女の心を読み……そして、少し意外な顔をした。
「へえ……。何のつもりかと思ったら……一応は本気なんだ」
そう言って、タケルは少し笑った。
「あ、あのっ……私じゃ、駄目……かな? タケルさんの彼女って……」
精一杯の可愛い声で、アヤカはタケルに問いかけた。その声は、周りにいた他の生徒達にも聞こえた。
何人かの女子生徒が、タケルとアヤカの方を振り向いた。
彼女たちもまた、実はタケルと仲良くなりたい、出来れば付き合いたいと思っていた者達で、抜け駆けしたアヤカに対し、内心驚きと怒り、そしてある意味、思い切りの良さに感心しつつ、この場がどうなるのかを興味深々で窺っていた。
そんな周りの注目を知ってか知らずか、タケルはアヤカの方をじっと見つめ、そして答えた。
「うーん……今は、僕を今までいじめてきた人と付き合うっていうのは……無理かなあ」
タケルは、優しく笑ってそう答えた。
「えっ……」
少しは脈があるような、そんな答えを期待していたアヤカは、思わずそうつぶやいてしまった。
「そりゃあそうだよね? 先月までは無視されてたし、いきなりそんな事言われてもね……。心の中は一応本気だけど、アヤカさんの好きっていう気持ち……僕そのものじゃなくて、僕の力に対してだよね。細かく言っちゃうと」
「そ、それは……」
まさにその通りであり、核心をつかれたそのタケルの言葉に、アヤカは、何も言うことが出来ない。
「だから、まあ無理かな。またいつか、アヤカさんが償いを終えたあとでもその気持ちが残っているなら、その時また考えるくらいで丁度いいと思う。第一、わた――」
タケルは、そこで少し口を閉じ、そしてすぐにまた言い直すように口を開いた。
「……僕は、今は彼女を作る気分にはなれないからね……」
「あ……じゃあ、せめてお友達とか……」
そう言いかけたアヤカに、タケルは首を振って答えた。
「もし僕たちがお友達になれるとしたら、それはアヤカさんがきちんと償いをした後、分かった? それ以上はもうこの話は無し。良いね?」
「は、はい……」
笑顔が無くなったタケルに冷たく言い放たれてしまったアヤカは、それ以上は何も言えなかった。
黙ってうなだれるアヤカを見ながら、タケルは(危ない危ない……つい出ちゃうとこだった……)と思ったのであった。




