先生、気持ち悪いよ
「カマタ先生、あなたは……怠惰だった。面倒くさいという理由で、僕のいじめをちょっとした、下らないものであるかの様に扱い、解決しようとしなかった」
タケルの横にいた絵里は、気付いていた。
タケルは、相手に興味がある時は、笑顔になる事が多い。そして、興味が無いときは、決まって無表情になったり、場合によっては少し怒っている時がある。
そして今、タケルは……無表情だった。
(ということは……タケルは、カマタ先生の事、興味が無いんだ……)
こういう時のタケルは、与える罰が"雑"になる事が多い。良い意味でも、悪い意味でも。
タケルがあっさり殺してしまう時は、相手に興味が無く、どうでもいいと思った時……その事を、いつも横で見ていた絵里は、分かってきていた。
「す、すまなかった! お前の気持ちに気付いてやれなくて、傷付ける事になってしまった!」
カマタのその言葉に、タケルは却って苛立ったような顔になった。
「先生……何言ってるの? 僕は心の中も分かるからね? 気付いていたでしよ? 気付いてて、無視してただけじゃない? 変に別の言葉に置き換えられると、ちょっとイライラするね」
吐いた言葉で余計に悪くなった状況を何とか打開すべく、カマタは愚かにも、さらに言葉を吐いた。
「た、頼む! これからは心を入れ替えて、真面目に働く! クラスの問題にも、誠実に取り組む! だから、今回は見逃してくれ! 俺には年老いたお袋がいるんだ! お袋を養ってやらなきゃいけないんだ!」
この言葉を聞いたタケルは、少し呆れた顔になった。
「はあ……ねえ先生……。今、僕に殺されると思って、とにかく何でも口に出してるよね?」
「えっ……? そ、そうだろ? 殺そうとしてるだろ? ち、違うのか?」
カマタのキョトンとした表情を見て、タケルは思わず苦笑いをした。
「うん……まあ、さっきまではもう面倒くさいから殺してもいいかと思ってたけど……」
そう言ったタケルは、カマタをちょっと嫌な顔をしながら見た。
「あのさ、先生。先生のお母さん、先生の妹さんが同居して、ちゃんと養ってあげてるじゃない……。先生はお金も仕送りしてないよね? 独身で、別に養うべき奥さんや子供がいるわけでもないのに……」
カマタは、でまかせを言っていたのであった。タケルが心の中を読めるというのは分かっているはずなのに、この男はそれでもつい言ってしまう男であった。
「それに、これからは心を入れ替える……って、今見たら全然変わってないよ、先生の心の中。早く帰ってゲームしたいって……ああ、しかも18禁なの……? 先生、それはちょっと気持ち悪いよ……」
タケルの言葉に、カマタは別の意味で凍りついた。
今まで隠していた性癖がタケルに暴露され、なんと答えたら良いか分からず固まっているカマタに、タケルは更に言葉をかける。
「先生が仕事を最低限しかせずに、いつも早く家に帰るのは、そんなのをやりたかったからだったんだ……。駄目だなぁ……本当に駄目だ。生徒のいじめを放置して、早く家に帰る理由が、エロいゲームをやりたいから……か、はぁ……」
呆れた顔になったタケルは、手をそっと前に出し、手のひらを上に向けた。するとそこから、何やら針のようなものが出て来た。
絵里は、横で見ていて思った。
(これは……一周回って、かえって興味が出て来た……ってパターンなの? もしかして……)
そんな絵里の心が見えているのか否か、タケルはカマタに言った。
「先生、だらしないよね……。本当にだらしないや……。なんか、あっさり殺すのはかえって勿体無いような気がしてきたよ……」
そう言うタケルの手のひらから出てきた針は、すうっとカマタに近付くと、カマタの額に刺さりそうになり……そのままカマタの頭の中に、溶け込むように消えていった。
「うわっ! な、何だ今の?」
慌てて額に手をやるカマタの腹は、ジャージの下に隠れて分からないが、30代前半にしては、多少たるみが出てきている。
そんな腹を少し揺らして慌てるカマタを見ながら、タケルは少しばかり面倒くさそうにではあるが、針のようなものについて説明し始めた。
「さっきの針は、先生の脳を刺激するんだ。そして、針からはとっても楽しくなる物質が出る……こんな感じにね。効果は強力だよ?」
「えっ? な、何だって……? あれ? 何か急に楽しくなって……あっ、はっ、あはっ? あっ、あれええっ? あははっ……」
女性教師たちが汚物を見るような目で見守る中、カマタは目の焦点が定まらなくなり、小さな声で笑い始めた。
「さて……。いつもはもっと効果が長続きするけど、先生がこんなんじゃ説明にならないからね……」
そう言いながらタケルが手を振ると、カマタは急に我に返った。
「あっ……、い、今のは……?」
わけが分からず混乱しているカマタに、タケルは諭すように教え始めた。
「先生がこれから先、真面目に仕事をしたら、針からさっきの物質が少しだけ、ほんの少しだけ出るようにしたよ。もし怠けたら、物質が体から減少する事になって、反動がだいぶ苦しいからね? 頑張って働かないといけないよ? 先生、分かった?」
「ええっ……」
呆然とするカマタはもう無視して、タケルは、もうすでに頭の痛みが収まっていた校長と教頭の方を再び向くと、「じゃ、監督しっかりね」とだけ言い残し、職員室を立ち去った。
そのタケルに後ろから付いていきながら、絵里は職員室を振り返り、女性教師達から鋭い視線を浴びながらも、まだ自分に何が起こったのかを完全には理解できないでいるカマタを、ちらっと見た。
(カマタ先生……、今回だけに関して言えば……先生の性癖が、先生の命を救ったのかもね……)
そう思いながら職員室を出ていこうと歩き出した絵里は、続けてこうも思った。
(まあ、性癖もバラされて、変な針なんか頭に入れられて……、先生にとってはそれが死ぬより良いことか悪いことか、それは分からないけど……)
そんな事をふと思った絵里は、先に歩きだしていたタケル達に追い付こうと、少し小走りになって職員室を出て行ったのであった。




